フリーランス翻訳者のライフスタイル●大光明宜孝

2012/07/06

大光明 宜孝(おおみや よしたか)

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技 術翻訳者(日英・英日)。千葉大学工学部電気工学科卒業後(株)東芝に入社、社内の留学制度で米国MITに留学し航空宇宙工学科にて修士(MS)取得。主 に衛星通信/無線通信機器の開発技術者として勤務し、国際機関や海外メーカー等との折衝を通じ海外経験も豊富。51歳のとき退職、独立して翻訳業。航空、 通信、無線関係のほか、自動車、計測器等のハードウェアを中心に人事関係や会社の規程等も含め幅広い分野の翻訳を手がけている。
 

ストレスフリーの仕事スタイル
 
高 橋さんからフリーランス翻訳者としてのライフスタイルを記事にしてみないか、というお誘いを受け、しばし逡巡しました。「次は、翻訳仕事のペースを少し減 らし、家庭菜園のベテランでもあるというライフスタイルをお過ごしの Yoshi さんがいいなぁ」ということで、声をかけていただいたのは光栄ですが、あまり読者の参考にはなりそうにないと思いつつ、それでも会社勤めの後の転職先に 「翻訳業」を考えている人や、これから始めようとしている人達に何かの参考になるかも知れない、ということで引き受けました。
 
 
1. 全般的な生活スタイル、時間帯
 
私 はメーカーの工場勤務でしたから、朝は8時に始まり、残業2~3時間で19~20時に勤務を終えるという生活を29年間も繰り返し、その生活パターンが染 みついています。独立後もその延長線で、朝は6時に起床、遅くとも8時には仕事を開始し、19時頃まで、というのが当初の数年間のパターン。1日の実働時 間は大体10時間くらいだったでしょうか。しかし、還暦を過ぎ子供たちも独立した今ではペースを落とし、1日の平均(正味)稼働時間は6時間程度。それで も朝の9時から午後4時くらいまでは仕事をします。要するに、会社時代の勤務と同じパターンで、通勤はなく、勤務時間も短縮されているという格好です。
 
6 時半ごろ起床し、金魚のエサやり、お湯を沸かし、入浴、体重測定(これが大事)、血圧の薬を飲み、野菜の水やり、珈琲を淹れて・・と一連の手順を踏みま す。これは完全にパターン化されていて、パソコンに向かうのは7時半ごろ。珈琲を飲みながらメールチェック、お気に入りのブログを一通り巡回し、 TwitterのTLを追い、ニュースを読み、Twitter仲間に「朝のごあいさつ」をし、同時に体重の増減を報告、また場合によっては自分のブログを 更新したりするうちに9時近くになります(以前と違い、ずいぶんと仕事開始までの時間が長くなりました)。
 
9時にはいやでも仕事を始め ます。ところが、9時には同時に株式市場も開くので、気にしながら仕事を進めることに(これで随分と能率が下がります)。一旦仕事に入ると、あまり休みま せん。途中、少し遅い朝食をとるくらいで、昼頃までは集中します。ご存じの通り、人間の集中力は2時間が限度といいますが、翻訳作業の場合、特に長くて難 解な文章が出てくると、そこで集中力が途切れてしまうこともあります。そのようなとき、バルコニーに出て野菜の生育状態をチェックしたり、多少なりとも体 を動かしたりするのが気分転換になります(後述)。
 
午後3時になるとその日の株式市場も引けますが、ちょうど1日のノルマが気になる 頃。翻訳作業のノルマは、枚数と納期、難易度との兼ね合いで決まります。たとえば100枚の英訳仕事を10日間で受けた場合(英訳の場合、200ワードで 1枚の計算)、できるだけ2日程度の余裕を持たせることにし、100枚を8日で消化するなら1日12.5枚という具合です。で、3時を過ぎるころからは、 そろそろ仕事を終わりにしたい自分との戦い。ノルマを達成しないと後から厳しくなるので、やむを得ないときは午後6時頃までやりますが、普通は4時頃には 終了。
 
仕事が終わると、天気が良ければ万歩計を付けて散歩に出ます(自転車の場合もあり)。ルートは長短で数種類のコースがあり、近く の公園や尾根道を歩きながら、季節によっては散歩がてら、道端の花の写真を撮ることも。会社勤めでは、どんなに天気が良くても勤務中に散歩など出来ませ ん。フリーランスになって本当に良かったと感じる瞬間です。とても健康的です。
 
散歩の帰りは、近くのスーパーで晩酌のつまみを買い、6 時ごろには帰宅してリラックスタイム。少し早めの晩酌です(これが太る原因)。この時間帯、つれあいは買い物に行っていることが多く、ひとりでテレビを観 たりしながら帰りを待ちます(最近、観たい番組があまりないと思いませんか?)。なお、この時間帯以降は仕事用のPCは使わず、居間にiPadと iPhoneを持ち込み、メールやTwitterをチェックします。
 
私は寝るのもけっこう早く、10時頃には本を読みながら寝てしまいます。
 
 
2. 仕事のリズム(1週間/1ヶ月/1年)
 
フ リーランス翻訳業は基本的に年中無休。特に1週間のうち最も集中できるのが週末です。電話もかかってこないし(たまに土曜日でもコーディネータさんから電 話がありますが)、株や為替の取引もない分、仕事がはかどります。とは言うものの、やはり休日は人並みに休みたいということもあり、できるだけ休みをとる ようにしています。
 
仕事の引き合いがあるのは、金曜日が他の曜日より少し多いかもしれません。逆に、仕事が途切れていて金曜日に依頼が入らなければ、しばらく休みになります。
 
1ヶ月のリズムはほとんど感じません。たぶん、分野によるのでしょう。
 
年間のリズムとしては、やはり年末(12月)と期末(2~3月)に受注が多く、4月や5月は少なめです。したがって、旅行を計画するなら4月か、5月の連休後が一番。これもフリーランスの嬉しいところですね。混まない時期や平日に出かけられます。
 
 
3. 翻訳をしている時間帯、能率のあがる時間帯
 
私 は昼型なので、仕事は9時~16時が中心です。早い時間帯のほうが能率は上がり、午後になると徐々に集中力が低下してきます。午後3時にもなると、早く終 わりにしたいという気持ちが強く出てきて、ノルマとの戦い。でも、集中力が落ちたら早めに終わった方がいいと思います。翌日見て、とんでもない訳に気付い たりすることになりかねません。原稿を読もうとして、内容がすっと頭に入って来なくなったらそこで打ち止め。10年前と比べ、集中力の続く時間が短くなっ たような気もしますが、これは加齢に伴うものでしょうから、何ともなりません。いずれにしても翻訳業は日銭稼ぎの地道な職業ですし、一定のリズムを確立し てしまうと後が楽になります。
 
休憩時間は特に決めていません。集中力が落ちてきたと感じたところで5~15分の休憩。たいていは野菜の世話をしたり、収穫したりです。野菜作りが楽しいのは、葉や花が元気に育っているとき、自分も元気をもらえる気がするところ。
 
 
4. 作業環境(部屋、PC、その他)
 
こ の家を建てるとき、無理して2階に3畳くらいの書斎を作っておいたので、これが現在の仕事部屋。バルコニーに面していて、出入りが自由なほか、反対側は駐 車場と公園なので圧迫感がありません。この部屋の面積の半分は棚と机で占領されており、脇にはお茶のセットのワゴンを置いているので、周囲を囲まれ、飛行 機のコクピットみたいな感じ。

 
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PC はDELLの小型デスクトップを2台(Optiplex 980/960 SFF/Windows XP)と、ディスプレイ3台(24+19+19インチ)を動かしています。翻訳作業にはマルチ画面が必須です。この3枚でも足りないくらいで、もう少し広 くしたいのですが、あまり大きくするとディスプレイの裏側に手が届かなくなるし、圧迫感を感じそうなので我慢しているところ。辞書はJammingの画面 を3枚とPDIC画面を1枚、それにTradosの2画面、Multiterm画面などがありますし、原稿以外にも参考資料が多い場合など、画面はいくら 広くしてもし過ぎることはありません。翻訳作業のストレスを減らすためにも、多画面は必須です。
 
翻訳原稿はWordでもPPTでも Excelでも、大抵はBuckeyeさんのSimplyTermsでテキスト化してから作業します。そうすることによりTradosの負荷やトラブルが 減り、スムーズに作業を進められるようになります。特に複雑な表や書式があるときに有効です。このやり方はもっと広めたいところ。
 
作業 環境にはBGMも欠かせませんが、今は iPhoneからBluetoothスピーカにラジオを流していて、静かな曲が中心。お気に入りのラジオ局は「Fun Radio Love Songs」や「Live Ireland」、「KBPK」など。音がないと何となく落ち着きませんね。これも会社時代にはできなかったこと。
 
 
5. 翻訳者はストレスフリー
 
会 社での経験が長いから言えることかもしれませんが、会社勤務に比較してフリーランス翻訳業は本当にストレスフリーです。一般の会社では対人関係のストレス (上下左右)に加え、困難な業務に直面したり、納期や予算に縛られたりするストレスがあり、さらには電車通勤のストレスなど、数え上げればきりがありませ ん。
 
フリーランスの場合、無理な仕事は断ればいいし、設備の導入等も含め、ほとんどのことは自分だけで決められます。一方、会社では新 しいPCやソフトを導入したくても予算の壁があり、好きな仕事も選べず、さらにはインターネットが遅くても我慢するしかない場合もあり、モラルの低下にも つながります。そのような面から見ると、フリーランスは天国。すべて自己責任で、ごまかしもなく、本音ベースで行動できることはありがたいことです。
 
そ れでも、ストレスが全くないわけではありません。たとえば、少し仕事が途切れると不安になったりもします。子供たちの教育費を稼がないといけないとか、そ んなとき、どう切り抜けるかが大事ですね。その答は特にありませんが、翻訳業に限って言えば、1つはこの世界は実力の世界だという認識と、それ相応の自信 が大事だということ。もう1つは、最近は特にそうですが、Twitter等を介して同業者の仲間が増え、お互いの状況がよく分かるようになったことが大き いでしょう。
 
実力の世界ですから、翻訳者はいとも簡単に陶太されていきます。手抜きや低品質の仕事をしたら、次からは声がかかりませ ん。そのような状況で、少なくとも数年この仕事を続けられたのなら、ある程度は安心してよさそうです。ただし、手抜きをするようになったらおしまい。これ からこの世界に入ろうとしている人は、何よりも実力をつけることに専念すべきでしょう。そして、駄目だと分かったら、さっさと撤退すべきです。仕事には向 き不向きがありますから。
 
6. 横のつながりが楽しい ―― 翻訳フォーラム、通訳・翻訳クラスタ
 
以 前に比べ、翻訳者の横のつながりは格段に強まっていると思います。私がこの仕事を始めた10年前には「翻訳フォーラム」が1つの中心的な存在で、これには 私もずいぶんお世話になり、辞書やツールなど、様々なノウハウや人的なつながりが得られましたが、最近はTwitterを介して多くの翻訳者の生の声が聞 こえるようになり、また、その中で様々なオフ会も開かれ、同業者として何でも相談できる環境が整ってきました。一人で悶々とすることは少なくなったと思い ます。これから参入する人は、是非そういうネットワークを利用されたらいいと思います。
 
翻訳フォーラム (http://www.maruo.co.jp/honyaku/)はNifty時代からの長い歴史があり、現在もその活動は盛んですし、レベルも非常 に高いものがあります。その反面、「敷居が高い」と言われる方も結構いるようです。またTwitter上の「通訳・翻訳クラスタ」は、さまざまな人的つな がりから生まれたネットワークのようで、その輪は自分の考え方次第でどんどん広がっていきます。とにかく積極的に参加してみることが大事。情報収集だけで なく、個人的なつながりができたり、あたらしい発見があったりと、多くの可能性が広がります。
 
 
7. 野菜作り ―― 趣味と仕事の関係
 
さ て、ここからが本題かもしれません。ふつう趣味と仕事は別なのですが、私の場合は好都合な補完関係にあるようです。独立後、数年してから何となく始めた、 少し広めの自宅バルコニーでの野菜作り。翻訳者と野菜作りの相性はとても良く、気分転換には最適です。それも、遠くの畑に出かけるのではなく、自宅のベラ ンダやバルコニーでやるからこそ。翻訳仕事で集中力が切れたとき、すぐにバルコニーに出て作業できることがポイントです。水やりや雑草の抜き取り、収穫と いった作業や、写真を撮ってブログに投稿したりします。翻訳で疲れた頭を一旦からっぽにして、無心になれるところが好き。
 
翻訳者には同 じように野菜作りを趣味にしている人も多いようです。何よりも、取りたての新鮮な野菜を食べられることは嬉しいですね。夏野菜の収穫期ともなれば、ほとん ど売っている野菜を買うことはなくなります。旬の野菜はみずみずしく、スーパーで売っているものとは比較になりません。
 
今年は既に茄子、胡瓜、トマト、ミニトマト、ピーマン、シシトウ、インゲン、ゴーヤ、オクラ、紫蘇を植え付けました。野菜の成長の記録はブログ http://yoshi09001.exblog.jp/ に書くようにしていますので、興味のある方は覗いていただけると嬉しいです。
 
野菜作りも最初の頃は失敗続きだったのですが、徐々にこつが分かってきて、今ではほとんど失敗がなくなりました。参考までに、私が会得したこつは、以下の3点に集約されます。
 
1. 土づくり
2. 肥料のやり方
3. 鉢の大きさ
 
詳しくは上記のブログをご覧ください。
 
 
8. 最後に
 
私の場合、翻訳という孤独な作業のなかで、ちょっとしたオアシスになるのが野菜作りであり、またTwitterを通じた交流です。もっとも、あまりTwitterにはまり過ぎると本業が進まなくなりますので要注意ではあります。
 
こ の稿で一番言いたかったことは、自分のできることで社会に貢献でき、ストレスも少ないフリーランスの翻訳業は素晴らしい職業だということ。そして、たとえ ば教育費の負担が大きい時はたくさん働き、余裕ができたら仕事を減らしていくなど、その人のライフサイクルに合った働き方ができるということ。さらには、 同業の仲間がたくさんいて、互いに刺激しあいながら成長していけることです。
 
最初から翻訳だけで生きている翻訳者のなかには会社の定年 後に(小遣い稼ぎを目的として)翻訳者になる人を好ましく思わない向きもあるかも知れませんが、ここはすべてが実力の世界ですし、実務経験が豊富で正しい 英語、日本語を使える有能な人にはどんどん参入してもらいたいと思っています。ただし、翻訳単価低下の原因を作るような働き方だけは避けなければなりませ ん。成果物の価値に対する正当な報酬を得ることが基本です。
 
この素晴らしい職業を、できる限り長く続けられるよう、今後も頑張っていきたいと思います。宜しくおねがいします。


 

コラムオーナー

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高橋 聡
(たかはし あきら)

 
CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約10年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生 活を約 8年経たのち、2007年にフリーランスに。現在はIT・テクニカル文書全般の翻訳を手がけつつ、翻訳学校や各種SNSの翻訳者コミュニティに出没。

■ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」
http://baldhatter.txt-nifty.com/trados/


 

MISSION STATEMENT

「意外と知られていないフリーランス翻訳者の素顔をさぐる」ために始まったこのシリーズ。そもそもは、私自身がいろいろな翻訳者さんの様子を伺ってみたいと思ったことがきっかけでした。思ったとおり、今に至るまでの人生も、生活スタイルも仕事のしかたも千差万別です。これからも、登場していただきたい方はたくさんいますが、執筆してみたい方がいらっしゃれば、ぜひ帽子屋までご連絡ください!