不明瞭な会社の将来像と明瞭な自身の将来像●中村泰洋

2014/05/09

 中村 泰洋

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普通科高校卒業。宅配便ドライバー、塾講師、翻訳会社勤務、ローカリゼーション翻訳者を経て、2009年よりフリーの情報技術系特許翻訳者。学歴・職歴とも貧弱で、専門性も高くないことから、基準が曖昧で競争相手が多すぎる「上手い翻訳」ではなく、「漏れと揺れのない翻訳」を届けることにより、発注サイドから見て「計算できる翻訳者」であることが信条。とにかく人と違うことがやりたい性分で、試行したアイデアは数知れず。その大半は失敗に終わるも、「試したのは業界内で自分だけ」という思いだけで満足できる楽天家。翻訳で日本サッカー界に貢献することが1つの夢で、日本サッカー協会公認指導者ライセンスも保有。
 

リンゴプロ翻訳サービスの中村と申します。一応、情報技術系の特許翻訳者ですが、元々はITローカライズが中心でしたし、ビジネス/マーケティング、スポーツ、自動車・機械といった分野の翻訳も手がけておりますので、何翻訳者かということにはあまりこだわっていません。業歴は通算15年ほどで、2012年にはJTF翻訳祭にも翻訳者として登壇させていただきましたが、家庭の事情等により、翻訳者としてのキャリア追求が困難となったことから、2013年に事業を法人化し、会社を設立しました。「リンゴプロ」という社名には、当然のことながらさまざまな意味付けをしていますが、米アップル社の成功にあやかりたいという浅はかな理由も小さくありません。とはいえ、私はアップル製品を1つも持っていません。
 
会社と言いましても、今のところ社員は私だけです。現在の仕事は、情報技術/コンピュータ関連、自動車部品、医療機器といった分野の英日の特許翻訳をメインに日英が少々。さらに、IT系ニュースサイトの英日翻訳と、地元オープンカレッジ講座での翻訳指導も手がけています。翻訳指導はフリーランス時代からもう10年以上続けており、ほぼライフワークと化しています。
 
ほんやく検定で3度目の1級合格をいただいた2011年ごろから打診や引き合いが増え、翻訳の方はここ数年で専門特化が進んできましたが、その分他の仕事が増えてきました。現在は翻訳以外に、翻訳支援ツールの開発支援およびアドバイス、翻訳者向けパソコンのプロデュース、海外某社のトライアル評価・合否判定なども手がけています。さらに翻訳者の育成にも力を入れており、少量・長期の翻訳プロジェクトを、潜在能力と意欲があると私が判断した新人翻訳者に依頼し、そのチェックとフィードバック、ウェブサイトへのアップロードを行っています。
 
仕事が多岐にわたるということには、専門性が高くないという理由もありますし、リスク分散という目的もありますが、「人とは違う変わったことがやりたい」という純粋な欲求が根底にあります。専門特化こそが翻訳者としての王道であることは百も承知なのですが、「珍しいね」とか、「変わっているね」とか、「そんな人他にいないよね」などと言われるのが、私はこの上なく幸せなのです。特に3つ目の言葉は、「馬鹿じゃないの?」という含みが込められている場合でさえ、誇らしい賛辞に聞こえます。
 
コラムタイトルが「フリースタイル、翻訳ライフ」ということですので、日常生活にも少し触れておきましょう。
 
現在の生活サイクルは、5時過ぎに起床。家族が寝ている時間に少し翻訳をした後、朝食・昼食を挟んで夕方まで仕事をします。仕事ぶりは我ながら実にだらしなくて、リサーチのためにウェブ検索を始めたのに、気が付くとYouTubeでBon JoviやVan Halenの古いPVを見ているという有り様で、愛用のパソコンデスクには、翻訳という仕事には不似合いなJBLのスピーカーが理想的な位置に居座っています。この生まれながらの集中力・注意力欠乏症により、これまで数々の失敗を犯し、取引先にも迷惑をかけてきました。そのため今は、Tradosを始めとした翻訳支援ツールと、共同開発の訳漏れ防止・訳語統一ツール、さらには翻訳ソフトをバランスよく組み合わせることで、ミスの低減と精度・一貫性の向上を図っています。前の世代の翻訳者が見たら、噴飯物と失笑するか、怠け者と一喝するかのどちらかなのでしょうが、私は本気でこの手法を追求しています。
 
夕方5時過ぎに仕事を終えた後、夕食までの1時間弱は運動の時間で、慢性化している頭痛・肩こりの軽減と気分のリフレッシュを兼ね、自宅前にある小学校でボールを蹴るのが日課です。4歳と6歳の息子と一緒に蹴ることもありますが、子供たちが気乗りしないときには1人で蹴ります。校門の脇に掲げられた看板によると、部外者の立ち入りは一応禁止されているようなのですが、下の写真に示すとおり、小学校側は「立ち入りを無断で禁じている」ので、何の躊躇もなく立ち入り、おもむろに準備運動を始めます。本稿執筆時点では長男もまだ入学前だというのに、小学校の先生方とはもうすっかり顔なじみで、学生時代にサッカーをやっていらしたという校長先生とも気軽にパス交換をする仲です。

 
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不可解な看板
 
夕暮れ時、人気のない小学校で1人黙々とゴールに蹴り込む時間は、他人には理解し難いかもしれませんが、至福のひとときです。サッカーをやったことがない人には、日本代表の試合などで選手たちがいとも簡単にボールを蹴っているように見えるかもしれませんが、丸いボールを丸い足面で狙いどおりに蹴るのは、実は非常に難しい行為です。自分がイメージしたとおりの弾道、回転、強度、コースにボールが飛ぶのはせいぜい10発のうち1発くらいなのですが、ボールがイメージとおりの軌道を描いてゴールネットに「パサッ」と収まったときの爽快感は格別で、このカタルシスを得るために、私は翻訳時の数倍の集中力で目の前のボールと向き合います。
 
ただ蹴っているだけでは物足りなくなり、昨年20年ぶりにスパイクを購入。キックのフォームとボールの軌道を確認するためにカメラで撮影してみました。せっかく撮ったからということで、自社のウェブサイトに映像を公開したら、サッカー関連の仕事の引き合いが舞い込むようになりました。まだ受注に至ったケースはありませんが、受注の有無に関係なく、私には十分刺激的です。なぜなら、自らのフリーキックの動画を掲載した翻訳会社のウェブサイトなんて、「珍しくて」、「変わっていて」、「そんなの他になくて馬鹿みたい」だからです。
 
https://www.youtube.com/watch?v=3BzBBFj6_EU
 
さて、そんなリフレッシュの時間を終えて家族全員でのんびりと夕食を取った後、子供たちを風呂に入れたら、もう就寝の時間です。絵本を読んで子供を寝かしつけたら、私もすぐに寝てしまいます。あくまでも自己評価ですが、世間一般の標準から見て、私は「イクメン」としてほぼ合格点と言えそうです。週末だけでなく、先述のとおり平日も毎日子供たちと過ごしますし、ほぼ毎月行われる幼稚園行事もほぼ皆勤賞なのですが、我が家は「幼稚園から至近距離」、「父親が自営業」、さらには「在宅勤務」という、幼稚園による父母会会長就任打診条件を理想的な状態で兼ね備えており、このままでは会長ポストに一直線ということに気付きました。私は今、どうやって幼稚園行事からフェードアウトしていくかを考えているところです。
 
幼い子供というのは、特に男の子だと、こちらの思惑どおりに動かないケースが圧倒的多数です。そして大人の想像力を大きく上回る斬新ないたずらを仕掛けてくる一方で、「『手袋』を逆さまに読ませて6回叩く」という下らない遊びが異常にウケてしまい、大人なら1度で済むところを何度も繰り返す羽目に陥ったりします。そんなわけで、毎日接しているとだんだん疲れてくるわけですが、月に1度、妻が子供たちと一緒に実家に2日ほど泊まってくれるため、このときばかりは羽根を伸ばして過ごします。過ごし方は概ね決まっていて、1日は友人との飲み会または近所の八剣伝で1人飲み。もう1日は夕方からジムで運動&サイゼリヤで夕食です。私はあまりお金のかかる趣味を持っておらず、190円のワインと299円のモッツァレラチーズで十分に幸せを感じることができます。以前はもっと野心的だったはずなのですが、すっかり小粒になりました。
 
最後に将来の目標を少し。先述のとおり、私は翻訳と一言で括れないさまざまな業務を経験してきたわけですが、元々塾の講師をしていたこともあり、どうやら人に教えることが性に合っているようです。翻訳講座での指導歴はすでに10年を超えますが、テキストを準備や教室での講義に対するモチベーションは未だ衰えておらず、受講生の利便性と有益性を考えた専用のウェブサイトまで用意して展開しています。自分で言うのもおこがましいのですが、講座は今のところ盛況で、2014年4月現在で13期(6年半)連続定員15名満杯という状態が続いています。授業は土曜日の午前で、教室は名古屋の都心部近くに位置する瀟洒な大学校舎の11階ゼミ室(眺望抜群)です。実はこの理想的な授業時間帯と贅沢な授業環境こそが、人気の秘密だったりもします。
 
講座には幅広い層の受講生がいますが、中でも目を引くのは、子育て中の30代女性です。確かな能力や経歴、旺盛な意欲があっても、就職難や景気低迷、男性優位の企業社会といった社会的事情や、子育てや介護といった家庭的事情でその能力を十分に発揮できる場が与えられていない人が多いように感じています。それはきっと、同年代の子供がいて、子育てが現在進行形である自身の状況に基づくシンパシーなのでしょう。しかし、この埋もれたリソースを活用できれば、お互いにWin-Winの関係が築け、一定の社会貢献ができるはずだと考えています。以前は翻訳者としての成功を人並みに希求していましたが、最近は、翻訳者を育成するための布石という認識で翻訳実務に取り組むという意識へと変化しつつあり、自らの手で一人前の翻訳者を育成したいという思いが、法人化に踏み切った理由の1つでもあります。翻訳者としての多様な経験も、結果的には、翻訳者を育成する上での肥やしになってきたように感じています。
 
10年前の自身の状況との違いを鑑みる限り、10年後の自身の状況を想像するのはなかなか困難ですが、おそらく翻訳の指導は10年後も続けているだろうと想像します。10年後の会社の姿は想像がつきませんが、「家族義務から逃れるために、授業後の帰宅をできるだけ遅らせる理由」の案出に腐心している、今と変わらぬ自分の姿は明確にイメージできるからです...



 

コラムオーナー

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高橋 聡
(たかはし あきら)

 
CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約10年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生 活を約 8年経たのち、2007年にフリーランスに。現在はIT・テクニカル文書全般の翻訳を手がけつつ、翻訳学校や各種SNSの翻訳者コミュニティに出没。

■ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」
http://baldhatter.txt-nifty.com/trados/


 

MISSION STATEMENT

「意外と知られていないフリーランス翻訳者の素顔をさぐる」ために始まったこのシリーズ。そもそもは、私自身がいろいろな翻訳者さんの様子を伺ってみたいと思ったことがきっかけでした。思ったとおり、今に至るまでの人生も、生活スタイルも仕事のしかたも千差万別です。これからも、登場していただきたい方はたくさんいますが、執筆してみたい方がいらっしゃれば、ぜひ帽子屋までご連絡ください!