トヨザキ社長は、翻訳に何を求めるか●豊﨑 由美

2015/09/04

豊﨑 由美
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1961年生まれ。ライター、ブックレビュアー。『GINZA』『週刊新潮』『TV Bros.』などで書評を多数連載。著書は『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(以上、アスペクト)、『文学賞メッタ斬り!』『百年の誤読』(以上、共著、ちくま文庫)、『勝てる読書』(河出書房新社)、『読まずに小説書けますか』(共著、メディアファクトリー)、『石原慎太郎を読んでみた』(共著、原書房)、『まるでダメ男じゃん!』(筑摩書房)など多数。
Twitterアカウント @toyozakishatyou

 

今回は、ベストセラー『文学賞メッタ斬り!』の著者である豊﨑由美氏をお迎えし、海外純文学書評の先達として、翻訳書や翻訳者に何を期待するか伺います。
 
店主:まずご本人について伺います。あだ名「社長」の由来は?
 
豊﨑氏:自分で付けました。私は黒子に徹する雑誌ライター出身ですが、個性が求められる署名記事を書かなきゃならなくなった際、お調子者の自分を増幅し、傍若無人でバカっぽいキャラにしたら結構受けまして。それ以来「社長」。このあだ名のおかげで、誰からもなめられません(笑)。
 
店主:これまで雑誌に掲載された書評だけでも千冊分に及ぶそうですね。そもそも書評家の役割とは何ですか?
 
豊﨑氏:「レジに連れていく」こと。私が一番嬉しい言葉は、「買いました」です。図書館で借りるのではなく、できれば本屋で買って欲しい。なかには「買ってみたけど、面白くなかった」という人もいるでしょうけれど、そんな人には「もし読めなかったとしても、売らないで取っておいて」と言います。一年に一度、誕生日にで
も手に取ると、あるとき突然読めるようになっている自分がいるはずなので。「本に選ばれるまで待つ」ということです。
 
ガイブン(外国文学)の場合は、良い作家でも売れなければ次が出ない。翻訳されない。絶版になる。そうなったら語学ができない私は、もう読めないわけですよ。だから何のために書評を書いているかというと、ぶっちゃけ、自分が読みたいから。自分のためです。
 
店主:苦しいと言われる、日本のガイブン状況をどう捉えていますか?
 
豊﨑氏:悪くなっているとは思いません。以前、編集者や翻訳家に取材して、「日本における外国文学のコアな読者は何人位?」と尋ねると、みな一様に3000人と答えました。減っていくという人もいれば、努力すれば増やせるという人もいました。私は長いこと「読んでいいとも!ガイブンの輪」と題したトークイベントを開催し、翻訳小説の魅力を紹介するために毎回ゲストを招いています。そこには若者も含む様々な人が来て、読者は確実に増えていると感じます。
 
店主:ガイブンの魅力とは何ですか?
 
豊﨑氏:海外文学は「よく分からない」から面白いのです。日本の小説なら、人物からモノの名前まで馴染みがあるから、共感しやすいし理解の範囲も広くなる。でも外国が舞台だとそうはいかない。例えば、ジンジャー・ブレッド(ginger bread)。一昔前の子供たちは、どんな食べ物なのか見当もつかなくて、「コッペパンに生姜を挟んで何がおいしいの?」って思ってたわけです。外国文学は分からないからこそ、より大きな「驚き」をもたらしてくれます。
 
店主:翻訳書や翻訳者には、どんなことを求めますか?
 
豊﨑氏:翻訳者というより編集者への希望ですけど、人物対照表をなぜ載せないのか、とよく思います。日本人はカタカナが苦手。そのうえロバート(Robert) がボブ(Bob) になったり愛称を覚えるのも大変。そういうことを「面倒くさい」と感じる人はガイブンを読んでくれません。出版社だって売るための工夫はすべきで、まずはこの名前問題を一刻も早く解決して欲しいですね。
 
あと、訳者あとがき。ここでは原文の調子(トーン)がどういうものであるか、用いられている技法、それをどう翻訳に反映させたのかを明記して欲しいですね。例えば一文が非常に長いスタイルの作品では、「忠実に訳すと読みにくいため、文を切って訳した」とか。例を挙げて具体的に。もし原文が難解なため訳文も難解になったのなら、そのことも報告して欲しい。粗筋を上手に紹介してくれる人がいますけど、翻訳者のあとがきなのだからそんなのいらない。それよりは原文についての話を書いて欲しいです。
 
訳そのものについては、私は決して「優れている」とか「劣っている」とか言いません。だって原文に当たれない私に、翻訳の質を評価することはできないでしょう。私の翻訳家への態度は「信頼」です。訳されたものを素直に信じて読み、訳文が優れているときは「訳者の日本語が美しい」と評します。
 
店主:これまでで感心した訳は?
 
豊﨑氏:柴田元幸さんの『甘美なる来世へ』*1の訳には震えました。この本は、冒頭の一文*2で「禿のジーター」がどうしたこうしたという描写が延々と続きます。柴田さんの訳文を読んでいくと、最後で大きな驚きがある。すごいですよ。信頼する翻訳家である柴田さんの、作家に寄り添う姿、原文の空気を伝えようとする姿勢に改めて感動しました。
 
訳の工夫という点では、岸本佐知子さんの訳した『ノリーのおわらない物語』*3。主人公は9歳の女の子。身辺で起こる出来事を「わたし」ではなく三人称の「ノリー」で語っています。生意気なノリーは、背伸びして難しい言葉を使っては、滑稽な間違いを繰り返す。そんな言い間違いを岸本さんは、「朝めしさいさい」とか「これにて一件着陸」とか訳しています。翻訳のため、岸本さんは子育て中の友人に「なんか面白い言い間違いはない」と聞いて回り、可愛らしい表現をたくさん集めたそうです。すごい手間のかけかた。そういう訳に接すると、感謝の気持ちで一杯になります。
 
店主:「この訳者の本なら読みたい」と信頼する翻訳家は?
 
豊﨑氏:大勢いますよ。柴田さん、岸本さんの他、英語圏以外の訳者も含めて20人以上。作家に寄り添う訳者は信頼できます。「外国文学は何を読めばいいかわからない」という人には「訳者買い」を勧めています。何か読んで面白かったら、次は同じ翻訳者の訳した別の作品を読んでみると、自分の嗜好に合うことが多い。そうやって本の世界を広げていくことができます。
 
店主:すでに名声のある翻訳家は別格として、これから外国文学を訳して出版したいと思う人にとって、その道は平坦ではありません。最後に、そんな方に向けたメッセージをいただけませんか。
 
豊﨑氏:私の知っている高名な翻訳家の多くは下積みを経験し、下訳や共訳を経て自分の訳書を世に出しています。ツテを頼りに有名な翻訳家の弟子になったり、翻訳教室で勉強したり。だれでも徒弟時代はあるみたいです。そんな中で頭角を現し、引き上げてもらう。だから試し読みの機会でも与えられたら、全力でレジュメ作りに取り組むことです。あと日本語の大切さ。「英語がいくらできても、日本語が駄目なら失格」という話はよく聞きます。名を成す人に共通の資質ですが、どんな仕事でも力を抜かず、信じて愚直に努力し続ける。それしか凡庸さから抜け出す道はないです。「ふてくされたらおしまい」です。
 
店主:どうもありがとうございました。
 
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*1 原書Off for the Sweet Hereafter, 著者T. R. Pearson
*2 1238字続く、句読点なしの長文
*3 原書 The Everlasting Story of Nory, 著者 Nicholson Baker


 

コラムオーナー

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遠田 和子
(えんだ かずこ)

 
日英翻訳の傍ら翻訳学校での講師、またプレゼン研修の講師をしています。著書に、「英語なるほどライティング」、「Google英文ライティング」、「eリーディング英語学習法」、「あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話」(講談社)があります。趣味は読書・映画・旅行です。また英語スピーチの練習、バレエのレッスンを続けています。それぞれ少しでも上手くなるため、地道に努力しています。

■Website: WordSmyth英語ラボ
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WordSmyth Caféは、翻訳に関わるさまざまの人々が集う「誌上カフェ」です。当コーナーでは、毎号異なる執筆者にご登場願い、翻訳を含む言語に関わるさまざまなテーマを取り上げます。名前のWordSmyth (ワードスミス)は、wordsmith (言葉の職人)とmyth(神話=お話)を組み合わせた造語です。「言葉の職人として、さまざまな物語を紡ぎたい」という店主の願いを表しています。