外交官の武器は「ことば」 ~沼田貞昭元カナダ大使に聞く~●沼田 貞昭

2016/03/04

沼田 貞昭                         
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American Field Service にて米国留学(The Choate School)
東京大学法学部卒業、オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)
1966年外務省入省 英国、インドネシア、米国、スイス、豪州に在勤(1972 - 82年歴代総理の英語通訳)。1994 - 1998年在英国日本大使館特命全権公使。1998 - 2000年外務報道官。2000 - 2002年パキスタン大使。2005 - 2007年カナダ大使。2007 - 2009年国際交流基金日米センター所長。2001年6月より日本英語交流連盟会長。

 

 
本日は沼田貞昭元カナダ大使にお越しいただき、言葉に関わるお話を中心に伺います。沼田大使は長年の外交経験を持ち、外務省在職中には歴代首相の英語通訳ほか外務報道官も務められました。
 
店主:初めに、なぜ外交官を目指したかについてお話しいただけますか。
 
沼田:私は1960年高校3年生のときにAmerican Field Service (AFS)の留学生として米国東部にあるChoate Schoolに留学しました。J.F. Kennedyの出身校です。1960年といえば日米安保条約改定に反対する安保闘争が吹き荒れ、学生が激しいデモを繰り広げていた年です。多くのアメリカ人から”Why are Japanese students rioting?”(「なぜ日本の学生は暴動を起こしているのか?」)という質問を受け、そのたびに日本人の問題意識とか願望を外国にきちんと説明する役割が必要だと感じました。それが外国との架け橋となる職業外交官を目指したきっかけです。
 一年の留学の終わりに、世界中から来ていたAFS留学生千人以上がホワイトハウスに招かれました。Kennedy大統領が挨拶に起ち、「いつかあなた方の内の誰かが、このホワイトハウスで未来の米国大統領に会うことを期待する」と語りかけました。モチベーションが上がりましたね。振り返れば、外務省在職中Nixon, Ford, Carter, Reagan, Clintonという5人の大統領にホワイトハウスで会う機会がありました。
 
店主:外交官とはどのような職業ですか?
 
沼田:なんといっても信頼を築くintegrityが必要です。あと実体験からいうと、“stuck between a rock and a hard place”(岩と堅い場所の間に挟まれる)と表現する状態になります。日本語なら「挟み」ですが、英語だと「挟み」ですね。大使ともなれば、日本国と受入国の政府・世論からの圧力を常に受け、両者の板挟みになるわけです。公式に発言するとともに舞台裏で交渉することにより両国間の食い違いを最小化し、利害の一致を最大化する努力をします。外交官は「ことば」を使う職業です。外交官にとり「ことば」はとても重要です。
 
店主:言葉の重要性については、翻訳者とまったく同じですね。
 
沼田:そうでしょう。古代ギリシャの政治家デモステネスが、こんな言葉を残しています。”their (=ambassadors’) weapons are words and opportunities.” 「大使の武器は、言葉と機会である」ということです。
 
店主:通訳のご経験についてお話しください。
 
沼田:初めて通訳をしたのは大学1年生のときで、1962年に広島で開催された原水爆禁止世界大会での同時通訳です。ほとんど訓練なしでブースに入ったのですが、反射神経だけは速かったですね。先輩の通訳者から”You have a knack for sounding plausible.”(「もっともらしくは聞こえるな」)と言われました。褒められたのか、けなされたのか分かりません。
卒業後は外務省に入り、オックスフォード大学での研修や各種業務を経験したあと1972年に北米一課に配属され、その後在外のポストにいた時も含め10年間歴代首相の通訳官を務めました。外務省では実質的仕事をする人が通訳をします。政治家の発言要領やスピーチを書き起こし、さらに通訳もするわけです。こき使われますけど、首脳会談の通訳は中身が分かっている人を使うのが外務省の伝統です。
1978年からの4年間はワシントン在勤でした。当時は日本が経済成長を遂げJapan as Number Oneの言葉が流行ったころです。アメリカは日本に平等な責任分担を求め、厳しい日米折衝が続いていました。
 
店主:1979年の大平総理とCarter大統領の対談記録を読むと、その場での発言を通訳する難しいタスクだったようですね。英語では肯定的なニュアンスの言葉が足されています。このような補完は通訳でどこまで許されるのでしょう?
 
沼田:それは発言者との信頼関係で決まります。あと相手のくせを知っていること。大平総理は英語が分かる方で、私の訳を聞いては一文毎に頷いていた。それでOKを確認できました。大平さんは「あ~う~」が多くて言語不明瞭と言われたけれど、実は「あ~う~」を取ると内容は非常に明晰で通訳しやすかったです。
 
店主:思い出深い通訳体験はありますか?
 
沼田:1977年に福田総理がマレーシアを訪問し、Hussein Onn首相と会談したときです。当時、日本がマレーシアに円借款をいくら出すかについて政府内のコンセンサスがとれていませんでした。首脳会談でこの問題が出たら総理がどう答えるか。関係者は戦々恐々としていました。案の定、会談が始まると早々にOnn首相は円借款の質問をしました。福田総理は「以心伝心です」と答え、僕の方を向いてにたっと笑ったのです。それは「沼田、これ訳せるか?」という顔でした。数秒間考え、“We have a Japanese version of telepathy.”と訳しました。それを聞いてOnn首相は数秒間黙っていました。やがて、にこ~っと笑って“Thank you!”と応えたのです。「私もいろいろ厳しい状況だけど、あなたの気持ちは分かるから、何とかするよ。ノーということはないから」という福田総理のメッセージが、Onn首相に伝わったわけです。
 
店主:微妙な状況のなかでの素晴らしい訳、反射神経ですね。そこまで英語を上達させるには何が役に立ったのでしょうか?
 
沼田:英語を「書く」ことです。AFS留学中も、オックスフォード研修時にもエッセイをたくさん書きました。例えば哲学の授業では、週ごとにあるテーマを与えられます。毎週本を十冊近く読み、数千語のエッセイを書き、それを基に先生と一対一でたっぷり1時間議論しました。 哲学は「ことば」の学問です。書くことで考えを纏めてから議論するのはクリティカル・シンキングの良い訓練でした。通訳官のみならず報道官になってBBCとかCNNのインタビューを受けたときも、簡潔明快にメッセージを伝える能力の基礎は書くことで培われました。
 
店主:最後に、沼田さんが会長を務められる日本英語交流連盟(ESUJ)の活動について伺います。ESUJでは即興型ディベートの普及を活動の柱としていますが、その目的は?
 
沼田:今の学校教育ではディベートを教えません。批判的思考を鍛えるのに良い手法であるばかりでなく、議論の作法を教え、身ぶりやアイコンタクトなど伝え方の訓練にもなります。これからの人には、明快な言葉でメッセージを世界に発信して欲しいのです。
 
店主:私も翻訳者として言葉の力を引き出す能力を磨き続けます。本日は貴重なお話、どうもありがとうございました。
 

 

 

コラムオーナー

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遠田 和子
(えんだ かずこ)

 
日英翻訳の傍ら翻訳学校での講師、またプレゼン研修の講師をしています。著書に、「英語なるほどライティング」、「Google英文ライティング」、「eリーディング英語学習法」、「あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話」(講談社)があります。趣味は読書・映画・旅行です。また英語スピーチの練習、バレエのレッスンを続けています。それぞれ少しでも上手くなるため、地道に努力しています。

■Website: WordSmyth英語ラボ
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WordSmyth Caféは、翻訳に関わるさまざまの人々が集う「誌上カフェ」です。当コーナーでは、毎号異なる執筆者にご登場願い、翻訳を含む言語に関わるさまざまなテーマを取り上げます。名前のWordSmyth (ワードスミス)は、wordsmith (言葉の職人)とmyth(神話=お話)を組み合わせた造語です。「言葉の職人として、さまざまな物語を紡ぎたい」という店主の願いを表しています。