イベント報告

2016/09/16

2016年度第1回JTF関西セミナー報告
知財戦略を支える医薬特許翻訳実践

 

沢井 昭司

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東京大学理学部・生物学科卒業後、京都大学大学院・理学研究科博士課程修了。その後ドイツ・ケルン大学、アメリカ・ニューヨーク大学に留学後、東京大学医科科学研究所・助手を経て、2001年5月より一色国際特許業務法人で特許実務・特許翻訳に携わる。少人数制「翻訳ゼミ」講師、知的財産翻訳検定(NPO法人日本知的財産翻訳協会主催)試験委員(バイオ分野)。時國滋夫氏との共著:『特許翻訳の実務 英文明細書・特許法のキーポイント』(講談社)




2016年度第1回JTF関西セミナー報告
日時●2016年6月30日(木)14:00 ~ 17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●知財戦略を支える医薬特許翻訳実践
登壇者●沢井 昭司 Shoji Sawai
 理学博士、一色国際特許業務法人
報告者●渋谷 桂子(株式会社 アスカコーポレーション)
 

特許翻訳に関わる者には、翻訳者及び、翻訳者のクライアントとしての特許事務所あるいは翻訳会社等が存在するが、最終的に特許翻訳は必ず弁理士が翻訳文(明細書)をチェックして出願される。この、弁理士が必ず関与するという点が他の翻訳と異なっている。最終的に何を要求するか決めるのは弁理士であるが、実際には弁理士側からの要望と特許翻訳者が考えているものにズレがあるようである。演者の沢井 昭司氏は特許翻訳者と特許実務者(弁理士等)との考えを近づけ、乖離をなくすことを目的として、実務者として現場の立場からお話しくださった。
 

医薬特許翻訳

医薬特許翻訳は、「英語」と「法律」と「技術」の3つの要素が肝要である。翻訳者=実務者であれば、英語、法律、技術の全てに必要十分な配慮ができる。しかし、現実問題として、そのような能力を有するものを十分配置するのは難しいので、実際は翻訳者と実務者との分担作業になる。翻訳者は英語に詳しいが、法律と技術もある程度理解でき、実務者は法律と技術に詳しいが、英語もある程度できるといった、分担作業というよりも共同作業が現実的な理想である。そのために、翻訳者側でできることは、法律的な面と技術的な知識の向上である。
 

特許制度の基本
特許権

・特許権とは発明を開示する代償として得る排他的独占権である。
・特許権は、属地主義である。この属地主義のために翻訳が必要である。
・特許権の取得
出願(明細書の提出)→出願公開→審査→特許成立

 
優先権制度とは

特許翻訳に関わりがあるものとして優先権制度がある。
優先権とは、第1国に特許出願し、その後一定の期間内に、当該出願を基礎出願とし、優先権主張をして第2国に出願することによって、第2国での新規性・進歩性の判断が、第1国の出願の出願書類に開示された範囲内で、第1国の出願日(優先日という)を基準にしてなされる権利をいう。まず自国で出願できるので、早期に出願が可能になる。
 

代表的な出願形式

(1)パリ・ルートによる直接出願
  第1国(基礎出願)→→→→→第2国(本出願)
                (優先権)
(1-1)外国語書面出願
第2国では、外国語で出願し、翻訳文を提出する。
(1-2)現地語での出願
基礎出願の翻訳文を作成し、それを基にして明細書を作成し、第2国特許庁に提出する。
提出するのは翻訳文ではないので、明細書作成の際に修正することも可能である。
 
(2)PCT出願
第1国(基礎出願)→→PCT出願→→複数の第2国(国内移行)
             (優先権)
パリ条約上の優先権主張出願をする場合、多数の国に対して同時に国際出願することができる(PCT出願)。その後、第1国の出願日から、原則的に30ヵ月以内に各国に国内移行する必要がある。第1国の言語でPCT出願されている場合、国内移行に際し、明細書の翻訳文を提出する必要がある。 

 

特許翻訳の基礎

(1)翻訳文を提出する場合(PCT出願、外国語書面出願)

翻訳文とは

日本の場合、外国語書面が適正な日本語に翻訳された翻訳文とする。以前の審査基準では、逐語訳と呼ばれていた(今年の4月以降、「逐語訳」という用語は審査基準からなくなった)。
 

新規事項と原文新規事項(日本の場合)
新規事項

明細書は補正(修正)が認められている。その補正は、明細書に記載された事項の範囲内でなければならない。万が一、補正されて導入された事項が明細書の記載外のものであった場合、それを新規事項という。


原文新規事項

同様に、翻訳文は、原文に記載された事項の範囲内でなければならない。万が一、誤訳によって、外国語明細書の記載外のものが導入された場合、それを原文新規事項という。
上記には法的効果があり、新規事項の導入も原文新規事項の導入も、拒絶理由の対象となり、無効理由となる。

 
翻訳文に求められていること

翻訳文として要求されていることは、原文に記載した事項の範囲内にないことを翻訳文に追加してはいけないということのみである。いずれの国においても、いわゆる直訳や逐語訳は推奨されるものでは決して無く、「正確な」翻訳文、すなわち内容を忠実に伝えており、母語とする人々が容易に理解することができる翻訳文が望まれている。
 

(2)明細書を作成する場合(パリルートでの直接出願)

パリルートによる直接出願の場合、翻訳作業でもあり、明細書作成作業でもある。また、優先権も関わってくる。
優先権は前述の通り、優先権主張出願であっても、優先権の利益が得られるのは、「第1国の出願に開示された範囲」である。この「第1国の出願に開示された範囲」とは、日本の審査基準によると、「日本出願の請求項の係る発明が、第1国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲内のものであるか否かの判断は、新規事項の例による。」とされ、多くの国でも同様の規定になっている。つまり、新規事項が導入されたとみなされると、優先権の利益が得られなくなる可能性が考えられる。
 

特許翻訳の基盤になるもの

特許翻訳において最も重要なことは、「新規事項を導入しない」ということに尽きる。特許翻訳の場合、「足したり、引いたりしないこと」と言われるが、その具体的な判断基準は、新規事項かどうか、によるものである。
PCT出願のように翻訳文を提出する場合、逐語訳を行い、一方、パリルートによる直接出願のように翻訳文を基にして作成された明細書を提出する場合、多少の変更は許される、と考えられていることが多い。しかし、新規事項は、基本的には明細書の中に記載されているかどうかで、判断がなされる。従って、パリルートによる直接出願の場合であっても、PCT出願と同様、翻訳文を作るという態度で臨むべきである。

 

法的側面からの制約

特許翻訳には独特の表現がある。以下に例を挙げる。
・open ended(comprising)とclosed-ended(consisting of)(「~を含む」、「~からなる」は明確な訳し分けが必要)
・米国における自然法則の扱い
(isolated:「単離された」という意味ではなく、「体内には存在しない」という意味)
・To不定詞の意味(目的を意味する場合と、結果を意味する場合で発明特定事項が変わる場合がある)
・医薬用途クレームの書き方(国によってクレームの形が決まっている)
 

医薬分野における特許翻訳の特徴

・明細書(明細書の中でも特に、実施の形態と実施例の翻訳が大切)
・幅広く、高度な技術分野の知識が必要(対象となる発明は多岐にわたる)
 
以上、最初に説明したように、特許翻訳には実務者と翻訳者の考えを近づけることが大切である。翻訳者が実務者の考えを意識して翻訳することが、特許業界の向上につながると考えている。さらに、実務者と直接話をしたり、中間処理業務(拒絶理由に対する応答等)の翻訳などにチャレンジすることも、翻訳実力の向上に有用と考える。さらなる自己研鑽が必要である。

 
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