イベント報告

2016/09/16

2016年度第1回JTF翻訳支援ツール説明会報告
フリーでオープンな翻訳システム


寺田 慶子 

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日本アイ・ビー・エム株式会社 トランスレーション・サービス・センター Project Management Professional
2003年よりトランスレーション・サービス・センターに所属し、翻訳プロジェクト管理や翻訳検証テストに従事。現在は翻訳プロセスおよび翻訳ツールのサポート業務を担当。

 

影浦 峡

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東京大学大学院情報学環/教育学研究科教授(図書館情報学研究室)
東京大学教育学部・教育学研究科修士課程終了。PhD(マンチェスター大学)学術情報センター、国立情報学研究所を経て、現職。専門は言語とメディア。
Terminology誌及び研究書シリーズTerminology and Lexicography: Research and Practice編集委員。
著書にQuantitative Analysis of the Structure and Dynamics of Terminologies
(Amsterdam: John Benjamins)、『信頼の条件』(東京:岩波書店)等。

 



2016年度第1回JTF翻訳支援ツール説明会報告
日時●2016年6月30日(木)14:00 ~ 16:30
開催場所●GMOスピード翻訳株式会社 大1会議室
テーマ●「フリーでオープンな翻訳システム」
第一部:『翻訳支援ツール「Open TM2」のご紹介』
第二部:『「みんなの翻訳実習」翻訳者に求められる力と翻訳教育プラットフォーム』  
登壇者●寺田 慶子 Terada Keiko  日本アイ・ビー・エム株式会社 トランスレーション・サービス・センター Project Management Professional ●影浦 峡 Kageura Kyo  東京大学大学院情報学環/教育学研究科教授(図書館情報学研究室)翻訳者、JTF常務理事
報告者●目次 由美子(LOGOStar)

 



今回の翻訳支援ツール説明会は「フリーでオープンな翻訳システム」をテーマに二部構成とし、一般的に無償で利用できる翻訳支援システムを対象とした。第一部ではアイ・ビー・エム社にて長年愛用されているOpenTM2について、同社の寺田慶子氏に講演していただいた。同社の翻訳実務にて使用されているツールの機能性や活用法を紹介いただいた。第二部では、東京大学の影浦峡氏に翻訳教育プラットフォーム「みんなの翻訳」を通して、「みんなの翻訳実習」の開発趣旨や、翻訳者教育の現況や背景を講演していただいた。今後の展望や課題にも言及され、翻訳者のプロを育成するためのシステムならではのユニークさも伺えた。
 

第一部 『翻訳支援ツール「Open TM2」のご紹介』 (寺田 慶子)

オープンソースの翻訳支援ツール「Open Translation Manager 2」(Open TM2)はIBM (International Business Machines Corp.)がソースコードを提供している。同社製品のユーザーインターフェースやマニュアルの翻訳において25年に亘る使用の実績を誇る。ライセンスコスト不要という大きな強みを持ち、翻訳業務に必要な機能は完備している。多様なファイル形式をサポートし、新規フォーマットなどに対するカスタマイズも可能、40以上のソース言語にも対応しているとのこと。さらに、OpenTM2はいわゆる「翻訳メモリー」を利用する。翻訳作業を進行しながら結果を動的にメモリーに格納し、再利用する。

OpenTM2には大きく、翻訳プロジェクト管理機能(プロジェクト管理、コスト管理、翻訳品質管理)と、翻訳者支援機能(ワークベンチ、フォルダー管理、辞書、翻訳メモリー、マークアップテーブル)がある。さらに機械翻訳エンジンとの統合や、ApSIC Xbenchを利用するなどのAPI経由でのオートメーションにも対応している。

OpenTM2 Community Editionの最新版(v 1.3.0)はこちらからダウンロード可能であり、Windows 7以降に対応している。関連ドキュメントはOpenTM2ワークベンチからもアクセスできるが、こちらでもダウンロード可能。サンプルドキュメントを開き、ウィンドウごとのフォント、翻訳メモリーの使用状況によるテキスト背景色、翻訳作業に必要なコマンドに対するショートカットキーなどを設定できる。また、OpenTM2の起動時には更新可能なプラグインが通知され、アップデートも簡易に実行できる。

同社での典型的な翻訳プロジェクトフローが紹介され、このフローに沿って機能が詳細に説明された。

 

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翻訳メモリーは加工も可能とのこと。OpenTM2から翻訳メモリーをエクスポートし、一般的なテキストエディターで開いて用語置換や、不要セグメントの削除などを簡単に実行できる。原文と訳文のファイルが対で保管されていれば、Initial Translation Memoryを作成してOpenTM2内で翻訳メモリーとしての再利用が可能だそうだ。

フォルダー作成も重要な手順の1つであり、新しいプロジェクト専用のフォルダーに名前を付けて作成する際には、翻訳メモリー名や言語、ドキュメント内の要素を解析してセグメンテーションを実行するためのマークアップを指定する。この新規フォルダーには原文ドキュメントがインポートされる。フォルダー単位でドキュメントを管理することによって、プロジェクトのファイルをワークベンチ内で一元管理できる。数千ファイルを取り扱うプロジェクトではファイル管理の負荷が軽減され、フォルダー属性値としてドキュメントごとにShipment numberを保存すれば、原文ドキュメントのバージョンを容易に把握できる。

翻訳やチェックの作業でも、フォルダー内の複数ドキュメンを対象に一括して検索や置換が実行できる。「ApSIC Xbench」を連携して利用すると、複数のフォルダーや翻訳メモリー内の用語を横断的に検索して、用語統一や翻訳品質の向上を図ることが可能とのこと。

翻訳メモリーのアーカイブや辞書の更新など、翻訳メモリーツールを継続利用する上で重要となる、翻訳完了後に実施すべき作業のための機能も紹介があった。さらに、今年からコミュニティが発足され、主にドイツの開発チームによって英語で展開されている。一般ユーザーも質疑応答やテストへの参加が可能であり、新機能の開発やドキュメントレビューなどさらなるOpenTM2の発展に貢献が可能とのこと。
 

 第二部 『「みんなの翻訳実習」翻訳者に求められる力と翻訳教育プラットフォーム』(影浦 峡)

みんなの翻訳」(MNH)は、2009年に公開された匿名で使用可能なオンラインの翻訳支援プラットフォームである。開発チームには東京大学、NICT(情報通信研究機構)、NII(国立情報学研究所)が名を連ねている。インターネットブラウザ上で利用でき、ポータル機能も搭載されており、NGOや個人のオンライン翻訳者の支援が想定されている。翻訳支援エディタ「QRedit」ではシームレスな辞書検索のほか、慣用句のマッチングや対訳検索も可能であり、ブックマークレットによるワンステップ翻訳も可能。神戸女学院大学や独チュービンゲン大学を含む複数の教育機関がこれを利用してきた。教室内の翻訳教育で済ますのではなく、翻訳をインターネットという公共の場で公開することにより、「翻訳をピリッとさせる」という効果がもたらされているそうだ。
 

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現在、これをベースに、英国リーズ大学と立教大学も参加して「みんなの翻訳実習」(MNH-TT)の開発が進められている。本発表では、その現況や課題が紹介された。

MNH-TTは翻訳教育支援のシステムである。プロの産業翻訳者になるための翻訳者育成においては、実習における翻訳や修正データが保管されることなく、大量に消失され続けていたことも指摘された。さらに国際翻訳規格ISO17100も発行され、実務翻訳の現場では上流からの工程管理を擁するプロジェクト運用が重要であり、翻訳者にはコアの翻訳力が求められることにも言及された。翻訳メモリを活用する「翻訳支援ツール」(CAT:Computer-Aided Translation tool)には高機能が豊富に搭載されたシステムが目立つが、ある統計ではプロの翻訳者が実際に使用する機能は約20%と言われているそうだ。また、全翻訳者が同一の20%を使用しているとは思われず、教育ライセンスを提供していないシステムもある。

MNH-TTはCATの操作習得やコンピュータを介した共同作業を目指しているのではなく、翻訳プロジェクトのフローを通して翻訳の基礎を学ぶための教育・学習・実習用のプラットフォームであるとのこと。翻訳教育に従事する文科系の教員が操作・運用することも考慮した、ブラウザを介して簡易に利用できるシステムであり、CATとプロジェクト管理の基本機能を装備しているとのこと。したがって、翻訳産業における基本的な翻訳プロセスをエミュレートできるそうだ。さらに、ダイアログタイプや校閲カテゴリーなどで学習の「足場」を提供し、学習者の自己診断や教員によるチェックのための統計情報も提供している。
 
MNH-TTには、以下の4つの大きな機能がある。
1. プロジェクトの作成
2. プロジェクト参加者の登録と役割の定義
              役割 ― プロジェクト管理者、翻訳者など12種類
3. タスク割り当てとワークフローの定義
              6タスクタイプ、23タスク ― ワークフロー、翻訳など
4. 掲示板を通したダイアログ機能
 
掲示板に書き込みをするダイアログアクトでは、request、clarify、declineなどのダイアログタイプを指定する必要がある。これによって参加者同どうしの対話の目的が明らかになり、文化の相違などによる誤解が削減され、学習者によるダイアログ技術の習得が促進されるとのこと。特定の訳文を校閲したり「いいね」という評価を付けることもできる。校閲の際には予め設定された理由を付ける必要がある。

辞書検索の実施や校閲ステップでの修正は記録され、履歴が確認できるのみでなく統計情報としてグラフなどにも図示される。影浦氏は翻訳という作業では単に起点言語の意味を説明するのではないという。講演の終末、影浦氏は参加者にこう質問した。「野菜カレーの
作り方を説明してください。」会場はしんと静まり返った。さらに同氏は「平面上で円と直線の関係は三通りしかないことを説明してください。」と問いかけた。同氏は、あることを説明できないときに、対象について知らないこともあるが、説明するとはどういうことかが分かっていない状況があると述べた。さらに、意識的かつ明示的な目的のもとに反省を活用して学ぶための「反省的学習」を実践することが説明力を高めるものであり、MNH-TTが提供する対話や校閲のカテゴリーを通して説明力を含む翻訳者力が養われると述べた。

MNHは翻訳エディタの新しいバージョンの接続検証中であり、インターフェースにフランス語やスペイン語を追加するなど、さらなる展開が予定されている。

 

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