イベント報告

2016/09/16

AAMT総会(基調講演報告)

長尾 真

1936 年三重県生まれ。京都大学工学部電子工学科を卒業の後、京都大学助手、助教授を経て1973年に京都大学工学部教授。その後、第23代京都大学総長 (1997年~2003年)、国立大学協会会長(2001年~2003年)、情報通信研究機構初代理事長(2004~2007年)、国立国会図書館長 (2007年~2012年)を務める。紫綬褒章(1997年)、文化功労者(2008年)、日本国際賞(2005年)、IEEE Emanuel R. Piore Award(1993年)、Medal of Honor(IAMT)(1997年)、ACL Lifetime Achievement Award(2003年)、レジオンドヌール勲章(2004年)ほか受賞多数。著書として『知識と推論』1988年、『人工知能と人間』1992年、『電子図書館』1994年(新装版2010年)、『「わかる」とは何か』2001年、自伝『情報を読む力、学問する心』2010年など。編著として岩波講座ソフトウェア科学『自然言語処理』他多数。言語処理学会初代会長(1994年)、電子情報通信学会会長(1998年)、情報処理学会会長(1999年)、機械翻訳国際連盟初代会長(1991年)などを歴任。
 

東 郁男

1961年鹿児島県生まれ。1984年京都産業大学外国語学部スペイン語専修を卒業後、大阪の通信設備工事会社に入社し、海外部にて海外通信工事支援業 務、人事部にて人事・採用・教育業務を担当。1992年に(株)京都翻訳センター(現 (株)翻訳センター)に営業担当として入社。主に特許・医薬分野の営業を担当し、1999年取締役大阪営業部長、2000年取締役東京営業部長。2001 年に代表取締役社長に就任。業界活動経歴として2004年日本翻訳連盟常務理事、同年、日本知的財産翻訳協会理事に就任。2006年には日本翻訳連盟会長に就任する。
 



アジア太平洋機械翻訳協会 AAMT 機械翻訳フェア(MTフェア)2016創立25周年基調講演会
日時●2016年6月17日(金)12:30 ~ 18:00
開催場所●ホテルアジュール竹芝
テーマ●「AAMT設立までのこと」 「拡大する翻訳ニーズと翻訳業界における機械翻訳への期待」
登壇者●長尾 真  Nagao Makoto IAMT、AAMT初代会長  ●東 郁男 Higashi Ikuo  一般社団法人日本翻訳連盟 代表理事・会長
報告者●目次 由美子(LOGOStar)

 



AAMT設立までのこと(長尾 真)

AAMTは1991年に「日本機械翻訳協会」として設立され、1992年には事業拡大を目指して「アジア太平洋機械翻訳協会」と名称を変更した。機械翻訳に関する研究開発から製造、販売ならびに利用・活用に至るまで幅広く機械翻訳の普及啓蒙を推進する団体として、四半世紀にわたって活躍してきた。機械翻訳国際連盟(IAMT:International Association for Machine Translation)およびアジア太平洋機械翻訳協会(AAMT:Asia-Pacific Association for Machine Translation)の初代会長である長尾氏により、創立25周年を記念する講演が行われた。
 

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MT(Machine Translation、機械翻訳)研究開発の始まり

1945年頃にはコンピュータを使用したMTが発案され、1950年代にアメリカとイギリスを中心に研究が始められたそうだ。1957年にはソビエト連邦によって史上初の人工衛星「スプートニク」が打ち上げられ、これに衝撃を受けたアメリカはソ連の技術文献を調査する必要性を認識したとのこと。露英翻訳者が希少であることやコンピュータの普及なども手伝って、相当な投資を伴う開発が推進されたそうだ。アメリカでのMT研究に刺激を受けた和田弘氏が、電気試験所からの派遣先であったマサチューセッツ工科大学から帰国した後、1956年に日本でMT研究を始めたそうだ。1958年に完成させたMTシステム「やまと」で単文を翻訳させ、1959年にパリで開催された第1回情報処理国際会議にて発表したとのこと。

日米MTセミナー

1960年に設立された情報処理学会では、和田座長の下にMT研究会が発足されたとのこと。計算言語学研究会は、現在も自然言語処理研究会として継続されているそうだ。1964年には第1回MT日米セミナーが東京で開催され、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校やテキサス大学を含む約10カ所のMT研究グループに所属する著名な研究者がアメリカから、そして長尾氏自身も参加したとのこと。翌1965年には同セミナーの第2回がニューヨークにて開催され、同氏はアメリカ国内のMT研究機関の数カ所を訪問する機会に恵まれたそうだ。露英のMTデモを見る機会もあったが、当時のコンピュータにはメモリもなく、辞書はディスクに書き込まれていたそうだ。日米セミナーはその後も数回開催され、日本のMT研究に大きな刺激を与えたとのことだった。
1956年頃からは約5年にわたり多額の資金を伴うMT研究が推進されたが、実用には至らなかったことなどもあり表立って研究を継続することは難しく、自然言語処理研究の範疇としてMT研究が推進されていたそうだ。 

計算言語学国際会議:Coling

1965年のMT日米セミナー開催時には、IFIP WCC(International Federation for Information Processing World Computer Congress)と第1回Coling(International Conference on Computational Linguistics、計算言語学国際会議)も開催され、ICCL(International Committee on Computational Linguistics、計算言語学国際委員会)がColingの主催団体として結成され、隔年開催が決定された。和田氏は日本からのICCLメンバーとなり、長尾氏も第3回から参加したとのこと。Colingは1980年には日本で初めて東京で開催され、京都を経て、本年12月に大阪での開催が予定されている。

電子協のMT調査研究会

1958年には、現在の電子情報技術産業協会(JEITA)の前身である電子工業振興協会(JEIDA)が設立され、1970年代に入って発足されたMT調査研究会の座長は長尾氏が務めたとのこと。大学の研究者や当時の有力なコンピュータメーカーが構成員として参加し、MTの世界の状況の調査や研究開発に関する議論を行うなど、大学のMT研究と企業の開発との橋渡しの役目を2000年代に入っても継続していたそうだ。

Muシステム開発とMTサミット

1982年から4年間行われたMuシステムは、アメリカからの強い要望を受けて、国として取り組んだ日米MTシステムの研究開発だったそうだ。当該の研究開発にはコンピュータメーカーのみでなく翻訳会社を含む多くの企業が参加し、日本のMT技術のレベルアップにも貢献したとのこと。1987年には、JEIDAを経由して通産省からの全面的な支援を受け、世界のMT研究者を集めた国際会議として第1回MTサミットを箱根で開催し、研究開発の成果を世界に向けて公表したそうだ。

IAMTの設立

1987年のMTサミットの成功を継続するべく、1989年には第2回がミュンヘンで開催され、国際的なMTの組織の形成が決定され、1991年にワシントンDCで開催された第3回にてIAMTが組織されたとのこと。IAMTの下にはAAMTを含む3つの地域組織が設けられ、ヨーロッパのEAMT、南北アメリカのAMTAと共に、ローテーションでMTサミットを主催することになった。

AAMT

1991年には日本機械翻訳協会が設立されていたが、IAMTの設立に伴って、1992年にアジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)として拡大し、日本を中心としてその他のアジア諸国にも呼びかけたそうだ。AAMTの25年に亘る発展においては歴代の会長(田中穂積氏、辻井潤一氏、井佐原均氏、中岩浩巳氏)による尽力と、事務局の荻野孝野氏の協力によるものとのこと。2017年秋には名古屋で開催されるMTサミットの準備を開始していることも紹介された。

MT研究開発の今後

MTシステムの質の向上や、多言語に対応するための拡張が指摘された。テキスト翻訳における分野ごとの専門用語やコーパスの大規模な蓄積が必要であること、音声翻訳については多言語の音声データベースの整備が必要であることが示された。

翻訳専門家の知識の活用

翻訳専門家のノウハウをコンピュータに取り込むことの重要さも、人工知能的手法による蓄積・管理・拡張などを検討する必要性も指摘された。また、スマホのような簡便な装置で各種MTを運用させることの重要性にも言及された。そして、30年後には世界の言語障壁を十分低くできることを目指すと力強く語られた上で、努力重ねれば真に実現できると思うとして、講演を締めくくられた。
 
※ この記事はアジア太平洋機械翻訳協会との同時取材です。 
 

拡大する翻訳ニーズと翻訳業界における機械翻訳への期待
(東 郁男)

 
翻訳に関わる企業、団体、個人の会員で構成される産業翻訳の業界団体である日本翻訳連盟(JTF:Japan Translation Federation)は1981年に任意団体として創立され、1990年には現経済産業省の許可により公益法人となった。その後、公益法人制度の改革に伴い、2012年には内閣府の認可を受けて一般社団法人となった。翻訳事業に関する調査・研究の実施、研修会の開催などの人材育成や翻訳関連の国際会議などへの参加を通じて翻訳事業の振興を図り、日本の経済社会の発展に寄与することを目的に掲げている。同連盟が年次開催する「JTF翻訳祭」は昨年で第25回を迎え、参加者も1,000名に上った。同イベントではAAMTの企画によるセッションを開催したり、機械翻訳課題調査委員会によるブース出展を行うほか、相互の団体の監事担当者を選出するなど連携を図っている。株式会社翻訳センターの社長を務める東氏が2006年にJTF会長に就任してから本年で10年を迎える。産業翻訳への機械翻訳導入が目覚ましい近年、AAMT創立25周年を記念して、同氏による講演が行われた。

講演の冒頭では、インバウンドの需要増加に伴う品質・スピード・価格を含む翻訳に対する要求の多さが指摘された。これらのニーズに対応するべく、従来行われてきた人間による翻訳に加え、ICTが活用されたクラウド翻訳や機械翻訳など、新しい翻訳手法が拡大しつつあるとのこと。機械翻訳における現状や今後の課題について、翻訳業界としてどのように応えるべきかを考察したいとのサマリーが述べられた。

 

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さまざまな統計情報も示され、訪日外国人や技術輸出額が大幅に増加していることなど、翻訳に対する需要の著しい増加が解説された。「翻訳産業の変遷」と題されたスライドでは、1980年から2020年へかけて、翻訳リソースが用語集から翻訳メモリなどを経てビッグデータへ移行していること、「翻訳支援ツール」と呼ばれるものがまだなかった時代から、リアルタイムでの運用が可能な「カスタマイズMT」へと変化していることなどが紹介された。

機械翻訳の活用事例として、特許公報などではコーパスが蓄積され、統計ベース機械翻訳(SMT)の活用が増加していること、公開範囲が限定された社内資料などの文書についてはルールベース機械翻訳(RBMT)が活用されているとのこと。特許公報・マニュアル・社内資料それぞれについて、プレエディットやポストエディットを含む全体的な作業の流れが図で示され、機械翻訳を活用することによって短縮できる作業期間についても言及された。たとえば、約3万5千ページのマニュアルを4ヶ国語へ翻訳する事例においては、従来6ヶ月を要した作業期間が4ヶ月間に短縮されたといった効果事例も紹介された。コンテンツマネージメントシステム(CMS)とMTエンジンが直結することでプレエディットが不要とされるケースについても言及があった。

JTFとしては、今後もAAMTと協力して翻訳業界向けにセミナーを実施したいとのこと。JTF会員の間で機械翻訳への興味を引き起こしたイベントとなった2015年度第3回のJTF関西セミナー「機械翻訳と向き合うときが来た -MTをもっと身近に、現実的に考える-」も記憶に新しいとして紹介された。2017年の秋に名古屋での開催が予定されているMT SummitにもJTFが協力する意向が示された。

今後の機械翻訳への期待と課題については、インバウンドのみでなくアウトバウンドの需要も見込まれるとのことで、コスト・スピード・発注のしやすさと言った翻訳発注者の潜在的なニーズを満たすべく、翻訳市場の全体的な拡大が望まれると言及された。また、多様化するニーズに合わせて、MT(機械翻訳)、CAT(翻訳支援ツール)、HT(人手翻訳)、MT+PE(機械翻訳 + ポストエディット)など、多様な手法の活用も検討する必要があるとも指摘された。さらには、コーパスのなお一層の蓄積やトレーニングによって、MTエンジンの精度や処理速度の向上など、改善の余地があるのではないかとの指摘もあった。特に、分野ごと、文書タイプごとに分類してコーパスを管理する、コーパスの分量と精度の兼ね合いを考慮する必要性が指摘されると共に、作業プロセスのさらなる拡大と人材開発の重要性が述べられた。

AAMTとJTFがさらに連携を強くすることで、今後の翻訳業界で必要とされる需要について、また推進・拡張される技術革新についても俊敏に対応することができるであろうと思われる講演であった。