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イベント報告

2017/03/10

2016年度第3回JTF関西セミナー報告
あなたもきっと納得、これが求められる医薬翻訳の
ポイント!~事前課題あります~


森口 理恵

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兵庫県生まれ。京都薬科大学薬学科卒業。データベース検索担当者、社内翻訳者を経て、医薬系翻訳者として独立。医学・薬学の論文や健康関連書籍の英日・日英翻訳を手がけ、各種翻訳教育機関において医薬翻訳の指導やテキストの作成を担当している。著書に『まずはこれから!医薬翻訳者のための英語』(イカロス出版)がある。

 



2016年度第3回JTF関西セミナー報告
日時●2017年2月3日(金)14:00 ~ 17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●あなたもきっと納得、これが求められる医薬翻訳のポイント!~事前課題あります~
登壇者●森口 理恵 Moriguchi Rie  R&Aメディカル 代表
報告者●山内 純子(株式会社 翻訳センター)

 


 

本セミナーのポイントは大きく以下の5点であった。

  • 英語をしっかり読む
  • 英英辞書を使う
  • ヒントは原文と参考文献にある
  • 専門領域の「常識」をネット検索で把握する
  • 日本語での情報伝達法を研究する


セミナーでは、上記のポイントを最初に紹介し、その後、課題の一文ごとに重要な用語、表現、そしてなぜこのような訳にすべきであるかの理由を説明してくださった。
課題は米国疾病対策センター(CDC)の論文誌Preventing Chronic Diseaseに掲載された、人獣共通感染症としてのサルモネラ感染症に関する論文(Outbreaks of Human Salmonella Infections Associated with Live Poultry, United States, 1990–2014.)の抄録、緒言、Methods、Discussionの各パートから採用された。事前に課題を提出した場合、先生が受講者ごとに添削してくださった訳文をセミナー当日に受け取った。
以下に課題で注目された用語、表現の一部を記す。
 

抄録:第1文

Backyard poultry flocks have increased in popularity concurrent with an increase in live poultry–associated salmonellosis (LPAS) outbreaks.

Backyard poultry flocksとは?

正しく訳すためには、そのヒントとするために専門領域の常識を理解し、原文や参考文献も活用しなければならない。CDCの一般向けページ、Keeping Backyard Poultryでは、環境意識の高まりにともない家禽を飼育する人々が増加していることが示されており、課題論文中の図には同じ敷地内にある家と鳥小屋が表示されている。
これらの情報から、backyard poultry flocksとは、養鶏業ではなく一般家庭で家禽を飼育することと想像できるが、どのような日本語が適切であるのか。「小規模飼育」と訳した人が多かったが、Google検索で用例を見てみると、姫路家畜保健衛生所の「過去3年間の管内養鶏農場における死亡率増加事例の要因検索」という報告書では、何万羽も持つ「大規模飼育」に対し、100羽未満の飼育を表す用語として「小規模飼育」と使われており、あくまでも養鶏業に関する用語と考えられる。
一方、兵庫県篠山市ホームページでは、家畜を飼育している住民への情報の中に「庭先飼育」という用語が使用されている。飼育の規模を考えると、本課題のbackyard poultry flocksとは、「庭先飼育」が適していると判断した。第1文の解答例は以下となった。

[訳例]
近年、家禽の庭先飼育の人気が高まっているが、これに伴い生きた家禽類に由来するサルモネラ症(LPAS)の集団発生事例が増加している。

抄録:第2文

Better understanding of practices that contribute to this emerging public health issue is needed.

Contributeの意味は?

英和辞書では、contributeの意味は「寄与する」「貢献する」が上位にある。多くの人はこれらのイメージにとらわれ、contributeをポジティブな意味にとってしまいがちであるが、どちらも本課題文には不適切である。
英語を理解するには英英辞書の使用が有効である。英英辞書でcontributeを調べると"To help to make something happen"などの説明もあり、「原因となる」と訳すことができると判断できる。第2文の解答例は以下となった。

[訳例]
この新たな公衆衛生上の問題の原因となる行動について、理解を深める必要がある。

抄録:第6文

During 1990–2014, a total of 53 LPAS outbreaks were documented, involving 2,630 illnesses, 387 hospitalizations, and 5 deaths.

Illnessesをどう訳すか?

illnessesは「病気」「疾患」と一般には訳されるが、実は訳しにくい。原文の文脈で、387例は入院、5例が死亡とあれば、2630 illnessesはサルモネラ症のために医療機関を受診した患者数であるはずと考えを巡らせてほしい。第6文の解答例は以下となった。

[訳例]
1990~2014年の期間中、LPAS集団発生事例が53件報告された。発症例は2,630例、入院例は387例、死亡例は5例であった。

諸言:第1文

Salmonella species are zoonotic bacteria found in the intestinal tract of many animals, including cattle, pigs, horses, other mammals, reptiles, amphibians, and poultry (e.g., chickens, ducks, geese, and turkeys) (1).

Zoonotic bacteriaとは?

英辞郎で調べると「人畜共通細菌」と出るが、辞書の言葉が本当に適切な用語かどうかを検証するべきである。Googleで調べると「“人畜共通細菌”」は839件あるが、「人畜共通細菌性疾患」などの表現が中心。「“人畜共通細菌の”」で調べると検索数はわずか3件である。よって、「人畜共通細菌」は適切な言葉ではないといえる。
では、次に「“人畜共通” サルモネラ」で検索すると、検索結果より「人獣共通感染症」が新しい表現であることがわかった。
セミナー受講者から、zoonoticの名詞形zoonosisから調べると良いという意見も上がった。第1文の解答例は以下となった。

[訳例]
サルモネラ属菌は、ウシ、ブタ、ウマなどの哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類(ニワトリ、カモ、ガチョウ、シチメンョウ等)の腸管に存在する細菌で、人畜共通感染症の起炎菌である(1)。

 

上記のほか、課題の一文ごとに振り返り、それぞれのポイントを丁寧に解説してくださった。その後、最後に医薬翻訳の「極意」として以下の6点を示してくださった。

  • 英語として読み、日本語で表現する:原文が何を表しているのか英語で理解、整理したうえで自然な日本語で表現しなければならない。
  • ヒントは原文と参考文献にある:論文本文の図表やCDCサイトなども確認し、訳出の材料とする。
  • 専門領域の「常識」をネット検索で手早く把握する:本課題では「サルモネラ」と検索するだけで知識を得ることができる。高額な医学書が必ずしも必要ではない。
  • 原文と距離を置く:辞書の意味に引っ張られず、状況を考慮して訳出することも大事である。
  • 日本語での情報伝達法を研究する:日本語でいかに自然に表現できるかを習得しなければならない。
  • 翻訳に近道はない。

感想

私は普段校正者として翻訳業務にかかわっているが、品質の高い訳文を生み出すためには、翻訳者の方がこれほどまでの多大な労力を費やす必要があるということに衝撃を受けた。今回のセミナーでは、辞書の意味にとらわれず、著者の意図や原文の背景・状況を理解しなければ適切な訳を導き出せないという内容が繰り返し述べられた。
校正はお客様に納品する前の最後の工程である。せっかく翻訳者の方が丁寧に調査し、状況を理解したうえで訳出した用語や表現を、校正者が原文の文字だけにとらわれて改悪してしまうようなことはあってはならない。本課題では、翻訳者の読解力、文章力、調査力が求められたが、これらは校正者にとっても重要であると感じた。校正も時間に限りのある作業ではあるが、その中でできる限り参考資料やネットで得た情報を読み込み、正しい意味を理解することで、翻訳者の方々の訳の品質を損なわず、時には品質を上げられるように努めたい。


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