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メディカル翻訳会社若手リーダー座談会●最先端医療と新薬開発を支える翻訳会社の舞台裏

2014/07/11

メディカル翻訳会社若手リーダー座談会
 

最先端医療と新薬開発を支える翻訳会社の舞台裏

 


メディカル翻訳というジャンルは、実際には、医学・薬学に関わる様々な翻訳を指す。
医学論文や学会用の資料・原稿といった学術文書や、製薬会社や医療機器メーカーによる各国の規制当局に承認申請を行う際に必要となる書類、医学学会から発行されるガイドライン、取扱説明書、販促用の資料、医薬関連の書籍や学術誌の記事なども対象となる。高度な専門性が求められる文書が多いので未経験者のハードルは高いが、景気に左右されず、安定した需要を見込むことができる。ただ、業界のグローバル化のスピードは加速し、専門性と時間の制約は厳しくなるばかりである。そんな中、業界をリードする3社の若手リーダーに集まっていただき、メディカル翻訳の魅力や市場の動向、翻訳者に期待すること、翻訳会社の価値と役割について語ってもらう。

 


パネリスト:
株式会社アスカコーポレーション 営業部 シニアプロジェクトマネージャー 中西崇生
株式会社MCL シニアコーディネーター 吉田久倫
株式会社翻訳センター 大阪第二営業部 医薬部門スーパーバイザー 阿部博一

モデレータ:
株式会社アスカコーポレーション 営業部 QCコーディネーター 伊藤聡子(JTF関西委員)

 
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写真左から 阿部、伊藤、吉田、中西
 
中西:メディカル専門。製薬/医療機器メーカー、大学・病院、研究機関、出版社、代理店などへ、翻訳を中心にメディカルライティングなどクライアントの要望に応えるサービスをトータルに提供。
吉田:メディカル専門の翻訳会社で、製薬及び医学全般、歯科や眼科、整形も含め専門的な内容に幅広く対応。
阿部:メディカル専門として創業。現在では、特許、医薬、工業、金融・法務の主要4分野を取り扱う日本最大規模の翻訳会社。


伊藤:今回は、産業翻訳の中でも医薬(メディカル)に携わっている関西の翻訳会社3社の若手リーダーにお集まりいただきました。関西は製薬業界のルーツであり、今でも主要産業のひとつです。メディカル翻訳業界の現場で起きていることやその魅力についてお伺いしたいと思います。
 

品質と短納期の両立
 
伊藤:メディカルといえば、まずイメージされるのが非常に専門性の高い分野だということですが、それぞれ品質面ではどのような取り組みをされているのでしょうか?
吉田:MCLは「常に100%の品質を目指す」ということを会社の基本としています。翻訳者とコーディネーター、チェッカー、エディターが一丸となり、妥協することなく常に100%の品質を目指すことを第一に考えています。具体的には、翻訳文チェックの際に、社内ノウハウをつぎ込んだ自社開発ツールを活用し、チェック作業はすべて社内で行っています。加えて、最終チェックとして経験豊富な社内エディターが文章全体を論理的科学的観点から見直すというプロセスを入れています。
阿部:品質という言葉はメディカルに限らずよく使われますが、定義が難しいところがあります。翻訳センターでは「ケアレスミスをしない」ということを最重要視しています。通常の校正者やチェッカーは専門用語や文法、表現などをチェックしますが、彼らとは別に数字や記号だけをチェックする「ポイントチェッカー」もいて、ケアレスミスを防ぐ体制を整えています。
中西:当社では翻訳者を登録する際のトライアルに重きを置いています。多角的な基準を設定し、登録者を厳選することで一定の品質を保ちます。翻訳プラスアルファでは、必要に応じて医師の監訳を追加することができます。現役の医師や研究者とのネットワークは当社の強みのひとつです。また、当社では営業職とコーディネーター職を分けず、プロジェクトマネージャーがクライアントサービスから工程管理まで一括して行います。これによりクライアントからの情報を曲げず、歪めず、ダイレクトに翻訳作業に反映することができます。
 
伊藤:高品質のほかに求められるものは何でしょうか。
阿部:クライアントである製薬会社にとっては、1日でも早く新薬を世に出すことが社会的使命であり企業利益にもつながります。そのため短納期へのニーズは非常に高く、ツールの進化はますます加速しています。欧州ではすでにツールを用いた翻訳が主流になっていて、その傾向がここ数年で顕著にあらわれています。グローバル対応という意味では、この点でクライアントより遅れているようでは生き残ることは難しいと思います。
中西:大きく3つに分けると、価格、納期、品質が挙げられると思います。まず、価格面では、競争力のある価格設定を希望されます。外資系の製薬会社では、購買部門が主導して推奨ベンダーを選定する動きが近年見られます。次に、納期ですが、グローバルでリアルタイムに業務を進行するためのスピードが求められます。そう遠くない未来に起こり得る世界同時申請を実現させるため、翻訳会社もクライアントのスピードに付いていく必要があります。最後にやはり、究極的にはそのまま使える成果物が一層求められています。
吉田:情報伝達の速度は飛躍的に高くなっています。一方で翻訳というのはまだまだ人の手や頭脳を要するものであり、ツールや情報検索による効率化は進んでいるものの、翻訳スピードの向上は情報伝達速度の進歩には追い付けていません。さらに、日本語は欧州言語とは違って英語と言語構造が大きく異なるという翻訳上のネックがあります。これらが日本におけるローカライズの大きな課題であり、その解決にはさらなる取り組みが必要です。
阿部:費用ももちろんですが、納期面での競争もますます加速していますね。
吉田:常に品質を確保しつつスピードを上げていくことが求められているので、リソースや段取りの調整には毎回難しい判断を要します。それをカバーするには、クライアントとのコミュニケーションが重要ですね。どこにニーズがあるのかはもちろんのこと、どういうコミュニケーション方法が望まれているのかというところまで把握する必要があります。
伊藤:業務の効率化で工夫されている点はありますか?
吉田:事前準備が重要だと考えています。例えば参考資料を準備すること。またクライアントごとのニーズを十分に把握すること。コーディネーターは原稿を受け取ったら、納期の観点からもすぐに翻訳に着手したいところなのですが、案件によっては準備に時間を費やすことが必要で、結果的にそれによってその後の作業時間が短縮されることが多々あります。
中西:少し観点を変えてお話しすると、翻訳者の方々も人間ですので、モチベーションを高く持ってもらうことは重要だと考えています。このプロジェクトに参加したい、この仕事をしたいという熱を伝えてくれる翻訳者の方と仕事がしたいですね。熱を伝えてもらうためにはコミュニケーションが必要ですから、社内の勉強会に招く、プロジェクトのキックオフミーティングから参加していただく、そして、食事を共にするなど関係を築くことも重要視しています。精神論に聞こえるかもしれませんが、翻訳者の方々が自発的に意見や提案をできる雰囲気や場をつくることは非常に重要だと思います。
 

市場の動向
 
伊藤:メディカル分野は需要が安定しているとよく言われますが、実際のところはいかがでしょうか。
中西:品質とコストを一定化させるために外注先を数社に限定するクライアントが顕著に見られます。当然ながら、優先または推奨ベンダーに選ばれると確実に受注が増加しますが、選定されなければ受注がゼロになる可能性もあります。
吉田:メディカル分野では、「翻訳者が質/量ともに飽和する」という状況にはまずならないと思います。専門知識が豊富な翻訳者の平均年齢はどうしても高くなるという傾向がありますので、どの翻訳会社でも、積極的に新しい翻訳者を採用する継続的な努力を行っていると思います。ですので、より多くの翻訳者の方々にぜひアプローチしていただきたいですね。
阿部:業務としての翻訳の依頼だけではなく、派遣翻訳者に対するニーズも高まっています。具体的にはクライアントである製薬会社のオフィスに常駐し、臨床試験に関する資料をクライアント先で翻訳していただくというものです。翻訳者にとってもフィードバックを受けやすかったり現場の状況を知ることができたりと、これから医薬翻訳者としてキャリアを積もうとする方にはメリットの多い仕事ではないかと思います。
伊藤:翻訳者の需要となるとどうでしょうか。
阿部:登録翻訳者が増えていくのと実際の稼働翻訳者数というのはイコールではないのですが、全般的に見て登録者数は増えています。また、単価や納期についても、先に出たような競争はあるものの、ほかの分野よりは恵まれているかもしれません。
 

翻訳会社の責任と役割
 
伊藤:翻訳の受注形態として、個人でクライアントから依頼を受けている翻訳者もいると思いますが、それに対して翻訳会社として受注することの強みはあるでしょうか。
中西:個人のフリーランスの方々と比較すると、私たちはやはり会社としてクライアントと向き合いますので、対応の幅に違いが出てくるかと思います。例えば、クレームや業務改善の場合、個人で取れる対応の幅には限界があるかもしれませんが、会社であれば組織として改善策を提案することができます。
吉田: 少しアプローチが違うかもしれませんが、私は翻訳会社における翻訳のプロジェクトは映画の制作に似ているのではないかと考えています。つまり翻訳者が役者さんで、コーディネーターやチェッカー、エディターがいわゆる「裏方」です。一言で裏方といっても、様々な役割を担っています。お客様が観たいと思っている作品に仕上げるためにはどうすればよいかを常に考え、役者さん(翻訳者)を陰で支えつつベストパフォーマンスを引出し、最終的にはお客様、すなわちクライアントに、携わったメンバー全員の力が結集した完成度の高い「作品」として満足いただける翻訳に仕上げるのが翻訳会社の存在意義であり、また醍醐味であると考えています。
阿部:個人では対応できないことがチームではできます。大量かつ短納期の案件や大型のプロジェクト案件などは特に、翻訳者だけではなく、営業、コーディネーター、校正者、チェッカー、オペレーターなど、複数の人間がひとつのチームとなって対応していくことが、今のクライアントのニーズに応えるには必要だと思っています。
伊藤:翻訳会社と仕事をする翻訳者にはどのようなことが求められるでしょう。
阿部:プロ意識ではないでしょうか。といっても特別なことではなく、クライアントからの指示事項を守り、納期を守り、納品物に対して責任を持つというある意味当たり前のことを、きちんと高い意識を持ってやってくださる方とはぜひお仕事をしたいと思います。
吉田:ご自身の強みを把握していることも重要だと思います。現実的に、ひとりの翻訳者がすべての領域をカバーすることは不可能ですし、翻訳会社も翻訳者にそういった期待をすることはありません。しかし、この領域の文書なら任せてほしいというご自身の強みを把握した上で、アピールしていただけると一緒に仕事がしやすくなります。
中西:メディカル翻訳はレギュラトリーの下で行われていることを心得ている方。薬事行政や規制当局の仕組み、製薬会社の組織機能など、英語以外の勉強をしていることは最低限必要です。メディカルにおける翻訳は創造物ではありません。この業界で使われている言葉を適切に使わなければ、どれだけ美しい英語や日本語であっても使い物にはならないと思います。責任感は当然のことです。
 
伊藤:最後に、メディカル業界はどのように変わっていくでしょうか? みなさんの予想をお聞かせください。
吉田:ITとのコラボレーションが進むでしょう。しかし、完全な機械翻訳が翻訳者に取って代わることはないと思います。ただ、背景の変化として、学校教育の恩恵などにより、一般的な英語の読み書きができる人口は間違いなく増えると思います。ですので、メディカル分野の翻訳に求められる専門性は今後ますます高まるのではないでしょうか。
阿部:支援ツールの進化によって、今のスピードやコストの問題がクリアされてしまう可能性があります。その結果、日本国内だけでなく海外の会社が競合相手になってくると考えています。コスト競争の激化や人材の流動が起こり、それに対応できない会社は淘汰されていくことになるかもしれません。
中西:極端な言い方をすれば、翻訳という概念がなくなっているかもしれません。翻訳会社が柔軟に形を変えて、その時代で求められるサービスを提供できないと、やがて淘汰され、存続が危ぶまれるのではないかと思います。
 
伊藤:本日は貴重なご意見をありがとうございました。厳しいながら、魅力的な分野であることが伝わってきました。メディカル分野に興味のある読者の方々にとっても非常に有意義な内容だったのではと思います。皆様の今後のご活躍をお祈りしています。