「翻訳者の真実」~ もうひとつの翻訳白書 ~●齊藤貴昭

2015/09/04

「翻訳者の真実」~ もうひとつの翻訳白書 ~



 
翻訳コーディネータ
齊藤貴昭
 
今号の特集記事は、フリーランス翻訳者の方々を対象にSNSを利用して実施したアンケートの集計結果です。翻訳者が取り引きしている翻訳会社の姿が分かり、翻訳者が抱える悩みや不満、疑問を知ることができます。翻訳会社・クライアントと翻訳者のより良い関係の構築に生かしていただけることを期待します。
 
  • アンケート方法:TwitterとFacebook にて募集しGoogle Form を使ってアンケート実施
  • アンケート実施時期:2015年7月2日~12日(11日間)
  • 総回答者数:129名
  • 複数回答可としています。従いまして、アンケート回答数は翻訳者数、翻訳会社数ではありません。
 

 
アンケートに回答したフリーランス翻訳者の属性
【年齢層/経験年数】

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  • 回答者の年齢層は30代~50代が多い。60代以上の回答数が少ないのは、SNSの利用が少ないからと推測される。
  • 経験年数別で見ると回答者数に差があまり大きくなく、比較に適したデータとなっている。
  • 経験年数5年未満が20代~50代でそれぞれ見られ、各年代で翻訳を仕事としてスタートさせている人がいることがうかがえる。
 
【取引会社数】
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  • 経験年数別に取引翻訳会社数を比率でグラフにすると、このようになる。
  • 経験年数が長くなるにつれて、取引会社数が増えていく傾向にある。
 
翻訳者の経験年数が長くなるにつれて取引先が増えるのは当然の流れでしょう。ひとつの考え方として、より条件の良い取引先を探すために10年を越えたあたりから翻訳会社/クライアントの新規開拓をしているのではないかと推測されます。
 
【取扱言語】(日本語は除く)

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  • 圧倒的に英語を取り扱っている翻訳者が多かった。
  • 1言語のみならず、複数言語を取り扱う翻訳者が全体の14%ほどいた。
     
 
【Q1】部分翻訳の依頼を受けることがありますか?
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【Q2】Q1で「はい」と答えた方:その場合の翻訳分量のカウント方法は?
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「差分の箇所のみ」の多さに驚く。単語の羅列部ならば理解できるが、文中の差異の場合、一文全体を訳し直す可能性があり、場合によっては前後の文も翻訳をし直す必要があることは、翻訳を知る人間であれば誰でもわかることだと思います。この観点から「差分の箇所のみ」のカウントが、果たして妥当であるかどうかを判断する必要があるでしょう。
 
【Q3】取引先は、翻訳分量のカウント方法を明示していますか?
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【Q4】翻訳分量のカウント方法は?(複数回答可)
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【Q5】提示された翻訳分量を、翻訳者は検証できますか?

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【Q6】翻訳会社やソースクライアントが提示する分量カウント方法で、疑問に感じる方法は?
  • 削除のみの箇所はカウントされない。 (コン、50代)
  • Trados関連はおかしい事が多い。一箇所の改訂で前後全部直さないといけないような場合でも「変わってないところは直さないように」という指示がされる。品質的にも、他人のデータを使って部分訳扱いになったりすると著しい訳文のレベル差があり、全文リライトの方が良いという場合でも認められなかったりする。 (koriari, 40代)
  • 複数のファイルに同一内容のパラグラフがあったとき、納品後に、その箇所のワード数を引いて訂正された明細が届いたことがある。(中略) 作業開始前に「同一内容があった場合は…」といった事前の通知もなく納品後に勝手にまるまる引くのは少々納得がいかない。 (M, 40代)
  • 日英翻訳のうち、仕上がりワード数でカウントされる翻訳会社さんがいらっしゃいます。訳文が冗長になればなるほど料金が上がることになりますので、ちょっと不思議な仕組みだと思います。 (よっちゃん、40代)
  • 翻訳支援ツールで repetition として検出されるものに対してディスカウントがかけられてしまうことがあるようですが、(特に台詞テキストなどの場合)同一表記でも訳を変える必要がしばしば生じるゲーム翻訳では、あまり実作業時間に即した合理的なカウント方法とは言えません。 (画龍点睛、30代)
  • 1ヶ月内で翻訳処理をした分量が一定量を超えると、その超えた分のワード単価を引き下げてカウントする会社があります。契約ではそのようなカウント方法を明示されておらず、事後通達で知らされたため、取引を停止いたしました。 (YK, 30代)
  • カウントに「数字を入れない」という翻訳会社やソースクライアントがいるといいます。数字も解釈に必要な重要要素です。カウントに入れるべきだと思います。 (SK, 50代)
  • 数字は訳さないからカウントしない→「であれば、数字は抜いて訳しますけどいいですね?」と返します。 (Buckeye, 50代)
  • エンドクレジット(映画の最後の部分)の時間をカウントしないクライアントがある。 (えいぞう、50代)
 
文中にある数字や記号は、他の単語と同様に翻訳プロセスを通して訳文中に落とし込むことを、翻訳を知る人間であれば誰でも知っていることですが、これを「翻訳しないもの」と判断してカウントしない翻訳会社があることは驚きです。
 
【Q7】翻訳以外の作業(例えば編集、体裁整え)は明確にされ、正しく報酬が支払われていますか?
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  • そういう作業は基本的に受けません。 (斉藤完治、50代 / うさこ、50代 / owl, 50代 / t-mac, 50代/ Chris, 70代以上)
  • ソースクライアント直取引のみなので、見積もり時から編集費も算入し、請求している。 (Buckeye, 50代)
 
 請ける仕事内容と報酬額に対する合意形成が、不十分な印象を受けるコメントが多くみられました。疑問と思われる点は、協議してクリアにしてから仕事を請けるべきでしょう。
 
【Q8】今後取引するなら ISO17100の認証を受けた翻訳会社が良いですか?
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  • どちらかというと実際取引した感覚のほうを重要視すると思います(少なくとも最初は)。 (koriari, 40代)
  • 参考にはするが、もっとほかの要因のほうが大きいかと。 (baldhatter, 50代)
 
【Q9】振込手数料はどちらが負担していますか?

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  • 負担させる会社もありましたが、そういう会社は他の条件もひどいことが多く、取引をやめることが多いです。 (ak, 30代)
  • 振込明細書は年1回にまとめて送られてくるため、確認が難しいです。 (えみねずみ、50代)
 
圧倒的に、振込手数料を翻訳者負担としている翻訳会社が多いという結果になりました。この振込手数料ですが、取引開始時にどちらが負担するかの取り決めがされたり、取り交わす契約書に書かれているようです。もし、取引先が下請法上の親事業者にあたる場合、「下請事業者と合意することなく、下請代金を銀行口座へ振り込む際の手数料を下請事業者へ負担させ、下請代金の額から差し引くこと。」は「下請代金の減額」に該当する可能性があるようですので、これをひとつのガイドラインとして考えるのも良いかもしれません。(公正取引委員会「ポイント解説 下請法」より引用: http://www.jftc.go.jp/houdou/panfu.files/pointkaisetsu.pdf )
 
【Q10】消費税は支払われていますか?(複数回答可)
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  • 未だに支払わない1社とは、距離を置いている (pekoe, 30代)
  • 直接取引のソークラから「年収一千万円未満の人は消費税を納税しなくていいから、うちは年収1千万円未満の人には消費税払わない」と言われた。そういう問題ではないのですが。 (ダージリン、40代)
 
昨年4月の消費税増税の際、翻訳者に支払われる報酬における取り扱いがネットワーク上でも大きく話題になりましたが、未だに「分からない」と回答される翻訳者が相当数おり、少々驚いた結果になっています。また、消費税増税に伴い法整備も行われ、「消費税転嫁対策特別措置法」が施行されたものの、「支払っていない」翻訳会社が存在することにも驚きです。
翻訳会社・クライアントの消費税の取り扱いについて疑問や問題がある場合、内閣府が設置している「消費税価格転嫁等対策」のホームページにある「消費税価格転嫁等総合相談センター」へ相談してみるのもひとつの方法です。( http://www.tenkasoudan.go.jp/ )
 
 
【Q11】JTFなどの翻訳業界団体に期待する事は?(複数回答可)
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  • 消費税や振込手数料など、翻訳者が交渉の際に利用できるガイドラインを作成してほしい。 (ak, 30代)
  • せめて法人会員は、翻訳者への消費税課税を外税にするような啓発活動を行ってほしい。現在の(自分の)取引先で消費税を支払わないのが、すべてJTF法人会員というのも不思議な話。 (Akira, 50代)
  • オフラインでのセミナーでのコンテンツの遠隔発信、ないしアーカイブ提供。 (画龍点睛、30代)
  • 地方在住者のため、地方都市でのセミナー開催を増やしてほしい。 (pekoe, 30代)
  • 年金積立制度や健康保険組合など、フリーランスの立場を守る制度。 (87, 40代)
 
【Q12】翻訳会社/クライアントとの仕事/取引において、疑問に思った事、訴えたい事は?
  • 登録時の資料にスタート単価や「外税でお願いします」と明記していても、納品後に後出しで「うちは内税でお願いしています」などといわれることがあります。(ak, 30代)
  • Trados等を利用すると品質が上がるようなことを言われることが多いですが、(中略) 会社側のTMを使うと本当に酷いつぎはぎ状態で完了となることがあります(あまりひどいと訴えるのですが、コーディネーターにあまり英語力がない場合、話が通じなかったりします) 安易にソフトに頼れば品質向上する的発想はやめてほしいです。(koriari, 40代)
  • 翻訳者もまだまだ弱い立場だが、翻訳会社もソースクライアントに対して卑屈すぎるのではないだろうか。クライアントから値下げ要求があれば応じるばかりで対等に交渉しない/できない。翻訳の発注があるとき、内容について具体的に細かく確認することをためらう。したがって、翻訳者にもどんな内容の翻訳なのか詳しく伝達できない。結果的に成果物の水準も上がらない。クライアントの作業プロセスについても唯々諾々と従うだけで建設的な提案をしない/できない。こと細かな作業指示をそのまま翻訳者に垂れ流す。要するに、翻訳会社の側に「翻訳のプロ」という自信と自覚がないからかもしれない。これを翻訳会社と翻訳者に置き換えてもまったく同様。 (baldhatter, 50代)
  • 以前は劣悪な作業条件を提示する翻訳会社があったが、そういうところとのつき合いを減らし、トライアルを受け続けて取引先の新陳代謝を活発にした結果、SNSなどで見聞きするような事例(原稿が画像PDFのみ、数字・英語イキ部分は翻訳料金対象外、など)にはあたらなくなった。これもひとつの作戦ではないかと思う。 (Akira, 50代)
  • 最近、消費税転嫁の問題で中小企業庁の方に、(中略) メールでやり取りをする方が「いつ、誰が、何を言った」かが証拠として残るので是非そうしてくださいと言われ、書面として残すことの重要さを痛感しました。 (フク子、50代)
  • 個人に対して未だに消費税を支払うことを拒む翻訳会社がある発注書を翻訳開始までに出さない会社が多い口座振込料を翻訳者の負担としている会社がある。誤訳修正の無償は理解できるが、原文にはない別の要因で訳文のトーンや意訳(原文の変更を含む)を後から繰り返し無償で要求する会社がある。案件を安値で獲得し、その値引き分を翻訳者に押し付ける翻訳会社がある。トライアルは無償と称し翻訳させておき、その後受注した案件をみると既訳分にトライアルで提出した翻訳をそのまま引用している会社がある。 (SFJ5, 50代)
  • 翻訳ツールを導入している翻訳会社でメモリを適切に管理している会社に出会ったことがありません(既訳部分に不統一、誤訳がある等)。(たまの、30代)
  • 翻訳者も翻訳会社も、対等な関係で取引をしているという意識の薄い人が多いように感じる。 (Buckeye, 50代)
  • 翻訳納品後、(中略) クライアントから来た確認や修正、追加作業まで依頼されることがあります。基本は、翻訳納品後のクライアント対応は、その翻訳会社の責任と思います。(yoko, 50代)
  • 納品後に原文が修正になったので、その部分の修正訳文を報酬なしで提出するように求められたことがあります。面倒でしたが、見積書を出して改めて報酬を要求しました。結局支払ってもらうことで合意翻訳者、翻訳会社ともに、翻訳者は仕事のパートナーというより、権利を主張できない使用人という意識があるのではないかと思いました。 (FH, 50代)
 
このアンケート結果から、翻訳会社の方には、翻訳者はどんな翻訳会社を良い翻訳会社と判断するのかを知っていただき、今後の活動に生かしていただきたいと思います。基本的にはコンプライアンスを意識した対応をする翻訳会社が望まれていると感じます。また、翻訳者の方は、今後取引をする翻訳会社を選別する上で、「翻訳の玄人」としての対応がされ、翻訳者をパートナーとして扱うなど、アンケートコメントのような項目において高いポイントがつく取引先を優先して選んでいくと良いでしょう。
 
さいごに
アンケートのコメントを読んでいると、ある傾向を持つグループに気が付きました。それは、翻訳会社からの依頼内容や指示内容を、疑うことなくそのまま受け入れていると思われるグループです。あたかも会社の中で、上司の指示に従って仕事をしているイメージです。
 
フリーランス翻訳者は個人事業主です。翻訳会社とは対等な立場にあり、協議を経て仕様を確定し、合意のもとで仕事を請けるもの。仕事も与えられるものではなく、自分から取りにいくもの。そこが会社員とは違い、条件が見合わなければ仕事を断ることもできます。翻訳会社との条件交渉(作業内容、納品仕様、単価、納期など)やその判断は、全て自分の責任で行うべき事項です。「翻訳会社に言われたから…」ではなく、疑問や不満があるのなら、ちゃんと交渉をして自分の中でクリアにし納得してから仕事を請けるという意識が大切だと感じました。
 

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