1-2 曲がり角を抜けて、ベテランへ

2016/01/15

パネリスト:

大光明 宜孝  Omiya Yoshitaka

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技術翻訳者(日英・英日)。電機メーカー勤務後、51歳でフリーランスの技術翻訳者として独立した。航空、通信、無線関係のほか、自動車、計測器等のハードウェア、プレスリリース、人事関係、会社の規程等、幅広い分野の日英・英日翻訳を手がけている。

仙野 陽子   Senno Yoko

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映像翻訳者(英日・日英)。幼少期をニューヨークで過ごした後、20歳で再渡米。その後、映像翻訳学校に通学したのちデビュー。現在は15年目となり、取引先や営業方法、仕事環境などを見直しつつ、ベテランの域に達するために地道な努力を続けている。

齊藤 貴昭    Saito Takaaki

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某社翻訳コーディネーター、社内翻訳者(日英・英日)。電子事務機メーカーにて米国赴任後、インハウス翻訳/通訳を6年間経験。翻訳の面白さと奥深さにハマって2007年より現職。SNS上ではTerry Saitoを名乗り、ブログ「翻訳横丁の裏路地」を主軸に活動している。

モデレーター:

高橋 聡    Takahashi Akira

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英日産業翻訳者。学習塾講師と翻訳業の兼業時代から、ローカリゼーション系翻訳会社勤務の時代を経て2007年にフリーランスとして独立。IT系のニュースやブログを中心にテクニカル翻訳全般を手がける。

翻訳者の勉強会「十人十色」メンバーにより、「中堅の曲がり角」をテーマとしたセッションが開かれた。中堅には、どんなワナがあるのか。不安定な要素をなくして、さらに高みを目指すにはどうすればいいのか。「中堅」から「ベテラン」になれるのは、いつ、どんなときなのだろうか。発注側の担当者もパネルに加わり、双方向の視点で議論が交わされた。
 
報告者:久松 紀子(フリーランス翻訳者)
 


1. 現在のステージを見つめる~十人十色に寄せられた質問を中心に~​

1-1. 「時給」で考える

大光明:会社に勤めていると気にしないかもしれないが、フリーランスにとっては「時給」で換算するのは重要。1日にどれだけの仕事があって、どれだけ訳したのか。どれだけ稼いだのかは、翻訳単価だけでは決められない。自分の分野に近いか遠いかという要因もある。自身の時給を把握することが大事。
 
Excelのワークシートを使って、これまでの14年間のすべてを記録に取っている。すると1日に何時間仕事をしたかがわかる。何時から何時までどういう仕事をしたか。今日の時給は?最初はこれくらい。それから少し上がってきて、最近は少し下がってきたが、65歳という年齢を考えると仕方ないかもしれないと思っている。いずれにしても、自分の時給を数字で把握することが大事。

高橋:ここで昨年の翻訳祭十人十色セッションの資料を映します。フリーランス翻訳者にアンケートを取って、平均時給を聞いた結果です。

 

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齊藤:厚生労働省のデータによると、勤め人の平均時給は、年間2,150時間(8時間で割ると、260時間仕事をしている勘定)。40-50代の大企業勤務者の時給は5,000円~6,000円と言われている。
 
(会場の参加者より):稼いでいる時給の5,000円と、売り上げとしての時給は異なる。サラリーマンの時給とフリーランスの時給を比較するなら、フリーランスならばサラリーマンの2倍の額が必要。
 
高橋:先ほどのデータで言うなら、3,000円ならばサラリーマン時給に換算すると1,500円です。5,000円のサラリーマンと同じだけ稼ごうというなら、フリーランスが目指す時給は10,000円となります。

1-2. 翻訳スピードの問題

高橋:(会場に聞いてみた結果)いちばん時間がかかる作業は、調査ということ。
 
仙野:調べ物の時間をいかに短縮できるか?自分はドラマの仕事が多いので「旬」の言葉を理解できるようにすることが大事。検索の際には「検索ワード」が重要だが、「もしかしたらこれかも?」と検索ワードを連想していけることが近道なので、とにかくアンテナを張っておく。
 
高橋:アンテナといえば、各分野で立てておくことが必要。IT翻訳者を目指すなら、FacebookやTwitterをやっていてほしいです。
 
大光明:スピードを意識するのは当然。年齢と共にスピードは落ちるが、手順としてやるべきことは決まっているので、そのとおりやるだけ。調べ物は大事だが、原文は何を言いたいのか?どういう位置付けで何を言っているのか?これがわからないと作業が止まってしまう。結局この人はこういうことを言いたいに違いない!というのを自分の中で作り上げないと訳せない。だから、原文を書く人は、誰が読んでも同じ解釈になるようきちんと書いてもらいたい。

 1-3. 仕事が途切れるということ~「クレーム」について​

高橋:仕事が途切れる要因としてはどんなものがあるのか。
 
齊藤:翻訳を依頼しなくなるケースとしては、分野の問題がある。その方にしかお願いできない案件があれば依頼するが、そういう分野の仕事がクライアントから入らないと発注できない。
 
高橋:そういうときは翻訳者に連絡してほしい。自分も何年もやっていたお客さんの仕事がなくなったことがあったが、きちんと連絡をもらった。そしてその後、それが復活した。
 
齊藤:翻訳者から連絡してもらえればきちんと説明はできる。他の案件を出すこともある。問い合わせてもらえれば対応できるので、ぜひ連絡をしてほしい。
 
齊藤:フィードバックとクレームは違う。クレームではなくフィードバックをすることはある。将来、能力伸長すると思えばフィードバックはする。企業側から言えば、投資と同じ。お金を使ってマテリアルを準備することになる。それに対して翻訳者は内容を吟味して、次回納品からはそれに対応した成果物を上げる必要がある。そういうことを想定できる相手と思えばフィードバックをするが、そうでなければほとんどフィードバックはしない。
 
仙野:映像翻訳の場合は、ほぼ必ずチェックバック(フィードバック)がある。最近のドラマは翻訳者2人体制が多いので、統一感を出すためにも赤字が入ったフィードバックが戻ってくる。クレームがないからいいのか?というと、それはわからない。
 
高橋:翻訳者の悩みとして、自分がやっている仕事がいいのか悪いのかわからない。とりあえず仕事が続いているから大丈夫だろう、というのがかろうじての指針。だけどそれがギリギリのラインかもしれない。
 
仙野:「スクリプトがない」仕事(特典映像)をやるときはいつも、スクリプトはなしで納品するのが自分の常識だった。が、あるお客さんでは「スクリプトを書き起こして、それも訳文と同時に納品する」というのが常識だった。当たり前というところでずれがあったので、クレームを避けるためにも、自分は当然と思っていても確認することが大事。
 
高橋:お互いに前提を確認し合う。「いつもの案件」でも、前提を確認していくのは大事。
 
(会場の参加者より):そのとき、発注書を受け取っている?そこに条件や指示が書いてあるのではないか。それとも発注書がないのか?
 
仙野:発注書はあったが、書き起こしについての細かい指示はなかった。
 
高橋:積極的にフィードバックをするエージェントはほぼいない。面倒だから……。
 
(会場の参加エージェントより):その翻訳者をもう使わない、というときは、フィードバックはしない。フィードバックというのはとてもコストがかかる。それでもフィードバックをするのは、効率化を図りたいから。翻訳者の単価を上げたいけれど、そのためには評価基準が要ると思う。だが、翻訳者からフィードバックはほしくないと、マイナスに捉えられることもある。フィードバックは地道に継続していくことが必要と思い、対応に神経は使う。
 
高橋:育てる以上は、フィードバックはする、と。
 
大光明:自分はあまりフィードバックされることが好きではない。翻訳者にとっても相当な手間がかかる、いったん納品したものを吟味し直さねばならないので。
 
それから、エージェントの「成果物に対するFB」だけではなく、ソースクライアントがそれをどう受け取ったかが知りたい。褒められたなら、その言葉を伝えてほしい。これは非常に大事なことだと思っている。褒めてもらわないとやる気が出ない。どう評価されているのか、あの訳でよかったのかということがわからないと。ソースクライアントから「あの訳、とってもいいです」「ここがよかったよ」という声があったら、それを教えてもらえるとありがたい。積極的にこういうことをやってもらえると、翻訳者は真面目なので「そうか、じゃあ、もっとがんばらないと」となる。
 
(会場の参加エージェントより):プラスのフィードバックはすぐに、できるだけ詳しくやる。当社では、いいものも悪いものも返そうとしている。お客様が言うことが100%正しいわけではないので……。フィードバックが嫌だという声もわかるが、あえて送っている。それからいまは、やりやすかったとかそうではなかったとか、翻訳者からも声を返してもらっている。こうすると「得意じゃない」と本人が思っていても、実際の評価が良いこともある。こういうふうに、いろんなことをやっている。
 
高橋:面白いですね。
 
(会場の参加者より):自分は経験3年で、新しいところに登録したらフィードバックがほしい。大変だと思うけれど、間違いについても返してほしいし、後工程についても同様。ずっとこう言っていたが、このところ「翻訳祭の準備で忙しい」などと言われることがあってもらっていない。「うちの会社では、こういう翻訳がほしい」というフィードバックはもらいたい。ベテランになったらどうかわからないけれど……。

2. 翻訳者自身のレベルアップ

2-1. 自分の訳(実力)を客観的に判断できる機会を作る

高橋:仕事はしているが、客観的には自分の力がなかなかわかりづらい。これを判断するにはどうしたらよいか。

大光明:自分がどこまで自信があるか、ということにも関連する。自分の訳と他の人の訳と比べるのは参考になるし、自分の置かれた位置もわかってくる。自分の実力を客観的に知りたければ、勉強会などに出て行くとよい。ネット上には勉強会も多いので。自分はいま、ネット上で1つ、オフラインでも2つ勉強会に入っている。課題を出すとそれが発表されて、全員の訳文を見ることができる。上手い人も下手な人もわかる。自分の訳を比べて見たときに、どの程度なのかがわかる。それがひとつの自信につながるはず。翻訳者がたくさんいる中で、自分の位置を知ることができるので、勉強会にはまめに参加したほうがよい。
 
高橋:いま勉強会に参加している人、手を挙げてください(会場に対して)。――結構いますね。
 
仙野:私は、映像翻訳者になる前に翻訳学校に通っていたので、そこの仲間(字幕翻訳者ばかり)で作った勉強会をやっている。これが15年目になる。同じ時期にスタートしていっしょに成長してきた仲間や、後から入った人もいる。
 
それから、ぎちぎちにやってしまうと勉強会は続かない。自分たちの勉強会のやり方は、講師役がひとり。課題を決めて、その場で(初見で)、ホワイトボードに書きだして訳文を作る。こうすると訳文を比べられる。これはお見事だなという訳に出会える。自分の翻訳スピードもわかる。
 
人から得られるもので勉強になるし、自分の訳文をさらすというのはすごく勉強になる。恥をかいてもいいから自分の訳文をさらすことでものすごく力がつく。勉強会に行っていないとか、行っていても訳文を見せあわないということがあれば、ぜひ思い切って、恥をかいてもいいから訳文をさらすことをお勧めする。恥をかくのが実力への近道。
 
大光明:ネット上だけでなく、実際に集まってやるのもある。文芸翻訳の勉強会にも入っている。
 
高橋:産業翻訳者も文芸はやるべき。
 
大光明:そうですね。

2-2. トライアルだけでなく、紹介される翻訳者をめざす

高橋:自分の力を把握したいので、あえて定期的にトライアルを受けると言う人もいるが、最近よく聞く話は、「紹介」。トライアルだと、スタートレートがぱっとしないことがあるけれど、「紹介」という手段があって、このほうがいい話は多いと思う。紹介される翻訳者を目指そう。紹介してもらえるように、人脈を増やすことが大事。
 
大光明:紹介というのは、この人なら安心して勧められる、ということで、その人の力を知っている人がすること。逆に言うなら紹介者のことをよく知っていないとできない。また、紹介先の条件が悪くないと分かっているからこそ、紹介できる。
 
仙野:ここ最近はずっと紹介が続いている。一緒に組んでやりたいと言ってもらったり、ということが多い。勉強会で、実力はもちろん、訳語が自分と似た感覚の人がいると、ドラマのときに安心して組める。それに、突然姿を消すという心配もないし……。
 
あとは積極的にセミナーに行って、いろんな人と顔を合わせたり、専門的なブログを書いて、できるだけ情報を発信する。自分を知ってもらう、自分を紹介して売り出す。何かインパクトの残ることを添えて一歩踏み出して売り出す。結局は、顔を合わせないとダメ。
 
高橋:顔を合わせるのは大事。自分も、翻訳学校で教えるようになったのは、5年前のJTFのセミナーのときに出席していた人から話がきたのがきっかけ。こういうふうに、場に出ていくようになってから、紹介してもらえるようになった。
 
紹介は翻訳者同士だけではなくて、エージェントのこともある。担当者(コーディネーター)が転職して声がかかる、というケースも実在する。
 
大光明:紹介のときには、トライアルがないこともある。こうなると最初の仕事がトライアル。信頼を裏切れないから必死でやる。
 
高橋:再度、昨年の翻訳祭十人十色セッションの資料を出します。翻訳者の経験(レベル)と品質や視点についての分類です。
 

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高橋:駆け出しの間は交渉する余地はない。一生懸命、相手の言うことを聞き入れてやるだけ。それが中堅になってくると、ある程度交渉はできるようになる。だけど、関係をリードすることはまだできない。ベテランだと対等になって、こっちからの意見を言うようになってくる。

3. フリーランスに甘えは禁物

3-1. エージェントから見た「プロの条件」とは何か

齊藤:プロだなと感じる翻訳者は、訳文に隙がない。こちらが疑問に思ったところに、理路整然とした回答をくれる。そういう翻訳者の比率は5-10%くらい。

3-2. エージェントと対等になるためには

高橋:対等になるためには、甘えていてはいけない。プロは翻訳の品質がいいのも、訳抜けがないのも当然。社会人としてちゃんとしているのも当然。

3-3. エージェントを「選ぶ」という発想

高橋:「当然」のレベルをクリアした上で対等になる。対等な関係になったときには、翻訳者も翻訳会社を選んでいいはず。
 
たとえば、翻訳以外の作業(pptレイアウトなど)はきちんと説明され、報酬が支払われているか? 最初からそういう作業が込みということを、双方了解しているか? 「後出し」はないか? ひとつの数字として、以下の例(JTFジャーナル279号「特集:翻訳者の真実」より)が挙げられます。

【Q7】翻訳以外の作業(例えば編集、体裁整え)は明確にされ、正しく報酬が支払われていますか?

 

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これについて、翻訳会社側からの反論はありますか?(会場に聞いてみて――反応なし)
 
もうひとつ、これも見てください。振込手数料について。同じくJTFジャーナル279号のアンケート結果です。
 
【Q9】振込手数料はどちらが負担していますか?

 

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書面がなければ法律的にはどうなんだろう。どっちでもいいはずだが、契約は確認すべき。契約に書いていないのに翻訳者側に負担させているのであれば、一度言ってみていいはず。こういうのも「気持ちの上で対等になる」ために必要[1]
 
高橋:もっと切実な問題は消費税。
 
【Q10】消費税は支払われていますか?(複数回答可)

 

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この「分からない」8人は翻訳者として「甘えている」と思う。確認してください。それから、支払われていないというのはどういうこと?
 
仙野:私はほとんど消費税は支払っていただいているけれど、一度「免税事業者(売上1,000万円未満)なのに消費税を乗せるのか」と言われたことがある。以来、そことは取引を止めた。
 
高橋:稼ぎがいくらであっても消費税は請求すべし。
 
齊藤:内閣府の消費税価格転嫁等相談センターにメールで問い合わせた結果、「免税事業者への発注であっても、消費税は支払う必要があり、支払わないという翻訳会社の言は誤りである」との回答が得られた。
 
高橋:こういうところも、対等ならば支払ってほしいと言えるはず。たまに、消費税上乗せ分は支払われているが、形式としては内税ということもある。それは会計システムの問題。
 
(会場の参加エージェントより):うちは内税だが、それはシステムの問題でそうなっている。社内でも煩雑だからそうしたくないのだが、システムを変えないと外税計算ができないので……。
 
齊藤:システムの問題で言うと、単価がコンマ1円単位で上がるようになっているか?ということが挙げられる。レート1円上げるのは大変。でも、0.1円なら上がるかもしれない。システムが対応していれば言ってみる価値はあり、実現するかも。


[1]翻訳祭終了後、翻訳勉強会「十人十色」のメンバーが再調査した結果が、Togetterにまとめられています。
振込手数料は翻訳会社負担であるべき」(http://togetter.com/li/905877)

3-4. 最後に~エージェントに求めること

仙野:対等であるという気持ちで接してほしい。それがイコール、プロとして見てくださっているということだと思う。それと、いい翻訳と思ったら、たまに褒めてもらえると嬉しい。
 
高橋:褒めるフィードバックをもらったことのある人?
 
(会場の参加者より):まれに褒められると人間的にも嬉しい。31年やっていて10回くらいなので本当に珍しいことだが……。それから、翻訳の評価システムを確立して、ネガティブ情報もポジティブ情報もいただけると嬉しい。
 
大光明:分納を細々と要求するなど管理しすぎないでほしい。最後まできれいに仕上げて、完成品を納めたい。信頼関係を元に「任せる」というふうにしてほしい。
 
齊藤:私の立場で言うのもなんだが、翻訳業界で一番大切なポストにあるのは翻訳会社だと思う。業界を良くするのも悪くするのも翻訳会社。翻訳者は一緒に仕事をして、良い翻訳物をお客様に納めるパートナーという位置付けでやっている。翻訳会社は、消費税を支払わないなどコンプライアンス的に見るとおかしいことはせず、クリーンな経営をする。
 
高橋:山岡洋一さんの言葉に「稼いでこそプロ」がある。これは甘えないための大事なキーワード。もうひとつ山岡さんの言で「翻訳ほど、おもしろい仕事はない」。そのために自分は何ができるのか。翻訳会社に何を求めたいのか。何をしていただけるのか。それを期待して締めとしたい。