1-3 製薬企業のメディカルドキュメント:翻訳の重み

2016/01/15

斉藤 亜紀良 Saito Akira

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東京大大学院(薬・博)修了、薬学博士。So. Illinois Univ (医)、筑波大(基礎医)で薬理学研究・教育、その後田辺三菱製薬にて医薬品の創薬研究を行う。現在は田辺三菱製薬グループの株式会社田辺アールアンドディー・サービス文献情報部主幹としてメディカル翻訳、執筆を行っている。人の為と書いて偽(いつわり)と読み、人に盡くすと書いて儘(わがまま)と読む。GNO(義理と人情と恩返し)は大事な道標である。

報告者: 赤間ゆみな(株式会社 翻訳センター)

 



 メディカルドキュメントの翻訳において大切なのは、読者が知りたい情報を得やすい文書を作ることである。クライアントは読者ではなく著者であるため、常にその先にいる読む人のことを考える。試験報告書の読み手は協業企業や審査当局であり、学術論文の読み手は医師等、医学専門家であるため両者は同じではない。有効性、安全性、信頼性に関する情報を入れる添付文書のために作成するのが報告書であり、世の中にある知識を発表し、その進歩を述べるのが論文である。翻訳者はこの前提を頭に置いておくと良い。
 
 近年は世界での発売を目指す国内製薬企業が増えており、また海外企業も日本市場への参入を考えているため、特に試験報告書の日英、英日の翻訳需要が極めて多い。メディカルドキュメントの特徴は、ごく普通の文書に比べると論旨は理解しやすいが、用語は難しいものが多いということである。医薬品は規制当局が要件を定めていることが多いため、FDA(アメリカ規制当局)のガイダンスに使われている用語を使うのが無難である。またMedDRAなど決まった用語を使うべき場合もある。ガイドラインを使わずに翻訳してしまった例としてValidationのガイドライン用語を紹介したい。ガイドラインで「標準溶液」は"Working solution"であるが、これを"Standard solution"と訳されてしまったのである。チェックの段階で直している一例であるが、製薬会社の求めているのは前者の訳であることを認識してほしい。用語が理解できなければ翻訳はできないので、用語知識がある製薬会社のOB・OGはメディカルドキュメントの翻訳に取り組みやすい。勿論OBでなくても興味があれば問題なくできるとは思う。インターネット上の不要な情報に惑わされず、的確な訳語を得るために信用できるサイトを見つけておくことが大事である。英語のサイトで用語や知識をわかりやすくまとめているところがあるので参照するとよい。
 
 用語選択のほかに気を付けたい点は、日→英では全角文字は使わないといった基本的なルールのほか、「等」のような不明確な言葉(学術論文で「etc.」はまず見かけないので無理に訳す必要はないが、試験報告書の場合には訳した方が良い場合もある)、時制、パラグラフの構成、「患者」「被験者」・「国内試験」「海外試験」といったように区別されて使われている用語(海外の読者のことも考えて訳を考える。"domestic study"とするか"a study in Japan"とするか、等)などがある。どのような場合にも、常に読み手の気持ちを考えて最適な選択をすることが大事である。
 
 製薬会社は医薬品を売るが、薬とともに適正使用に関する十分な情報が提供されて初めて本来の「製薬」である。すなわちその情報の翻訳も医療の一部を担う立場にあるといえる。専門的知識を身につけた翻訳者により、メディカルドキュメントが適切、迅速に翻訳されることが望ましい。