1-2 使われないツールの使い方 ― 十人十色のツール論

2017/01/20

パネリスト:

井口 富美子 Iguchi Fumiko

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実務翻訳者(独語・英語)21年目。ドイツ留学から帰国して95年に欧州に本社のある翻訳会社に就職。ドイツ生まれの翻訳支援ツールを97年頃から使用。ツールの進化、変遷を見てきた。本社から来る多言語プロジェクトの翻訳やチェック、外注などに携わり、数々の問題に直面、欧州でのユーザー会議に出席するなどツール開発者と交流し、問題解決をはかってきた。

小林 晋也 Kobayashi Shinya

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産業翻訳者(英日/日英)。米国にてフリーランスのシステム開発者、エンドユーザーサポート等に従事。帰国後、2000年よりフリーランス翻訳者(屋号:スタジオコアラ)として活動。情報通信分野を中心に関連分野の技術翻訳全般を手がけている。地方の翻訳勉強会の活性化、翻訳者のIT技能向上を目指して、「プログラミング講座」、「パソコン超入門」、「翻訳支援ツール超入門」などのセミナーや勉強会の講師、執筆の活動をしている。ブログ「TRA Café」の管理人。

松浦 悦子 Matsuura Etsuko

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フリーランス翻訳者。大卒後、技術翻訳、テクニカルライター、ローカライザーとして勤務の後、配偶者米国転勤帯同を経てフリーに。当初はITに関する技術寄りの翻訳が中心だったが最近は企業のWebページやブログ、プレスリリース、ウェビナーのナレーションなど、より大衆向けの英文を和訳。特に講演やインタビューなどの話し言葉を整理して日本語にする仕事が増えてます。趣味は編み物、キルトなどの糸遊び。暖かい季節は浦和美園付近に出没。ワンコ2頭とさいたま市在住。
 

モデレーター:

高橋 聡 Takahashi Akira

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JTF理事、フリーランス翻訳者。CG以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。ここ数年は、原文を確実に読み取り、適切な言葉を選ぶために、翻訳者はどんな環境でどんな辞書を活用すればいいかということを個人的な研究テーマにしている。ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」
 

報告者:久松紀子(フリーランス翻訳者・編集者)
 


翻訳勉強会「十人十色」は、翻訳祭には3年連続での登壇となる。最近は講師を招くセミナーを多く開催しているが、4年前に「どのように翻訳しているか見せ合いませんか」というSNSでの呼びかけに7-8人が集まったのが原点。今年の翻訳祭ではまさにその設立時の趣旨に立ち返り、CATツールについて4人がそれぞれの思いをぶつける熱いセッションを展開した。

CATツールの長所と意義

高橋:今日のパネリストはそれぞれ、仕事の何割かをCATツールを使って進めていますが、お客さんから指定されてCATツールを使う場合、いい点はどんなところですか?
松浦:原文と訳文を対比(検索)しやすいですね。書籍や巨大なマニュアルを翻訳しているとき、原文と訳文のファイルが別々だったりすると、自分の見たいところを探しづらいじゃないですか。1対1でメモリーを作っておけば、対比しやすいです。
井口:わたしが翻訳している自動車の分野は、エンジン、トランスミッション、タイヤ、塗料、鋼板と、ありとあらゆるものが出てくるので、何万語も用語があります。その用語を何人かで統一して、大量に短期間で翻訳しないといけない。用語管理がとてもたいへんで、CATツールあっての仕事というより、ツールなしではまず無理です。ツールは必要悪といっていいでしょうか。
松浦:Trados QA Checkerで正規表現などを使って、間違いにはエラーを出すように設定しておけばちゃんと表示してくれる。全角や半角指定、半角スペースを空けるのか空けないのか、スタイルの統一も取れます。そういうところも便利だと思います。
小林:いま話に出たQA Checkerって、みなさん使っているでしょうか。Tradosには、スタイルガイドに沿ってるかどうかをチェックする機能が入っています。たとえば半角スペースを入れるか入れないか。かっこが正規に閉じられているか、そういったものをチェックするのがQA Checkerというツールです。作業中にも、いったん終えた後で全体にも使うことができます。数字や固有名詞、使用禁止用語もチェックできます。

翻訳支援ツールそのものの問題点

松浦:CATツールでは、メモリー、つまり前の方の訳文に合わせるのが基本です。そうすると、私の訳ってなんなの?ということになる。それが続くと、自分の翻訳がわからなくなってスランプに陥ったときもあります。
高橋:あとはトラブルが多い。これはみなさん、経験済ですよね。CATツールを使っていると、とにかくエラーが出る。マニュアルもよく整備されていないので解決方法がわからない。一番翻訳者泣かせの問題としては、書き戻しの問題がある。元がWordやPowerPoint、Excelであっても、CATツールというのは全部共通の形式で処理してから、最後にそれを元のWordなりに書き戻すんですね。ところがその形式に戻らないことがたびたびある、と。

翻訳支援ツールの運用をめぐる問題点と要望

高橋:いろんなファイル形式に対応しているのは確かにCATツールのメリットです。でもTradosでは、セグメントごとで処理するためにソースファイルの文がばらばらになった状態で来ることもある。そのときに、元のソースファイルを見ればレイアウトも文のつながりもわかるけれど、そのソースが来ないということはありませんか?
松浦:かなりの確率であります。たとえばpdfをTradosの形式にしたファイルだと、順番が入れ替わったりしています。1ページ目の次に、実際には3ページ目にあるコラムの文が入っている、ってことがあるんです。正しい順番はソースファイルのpdfを見ないとわからないので「ソースください」とお願いするんですけれど、「ありません」と言われてしまうと、すごく困ります。コメントで「ソースがなかったので、こういう状況だと推測して訳しました。ご確認ください」といって返すしかありません。
高橋:マッチ率による単価設定の問題もあります。CATツールを使うときには、メモリーとの当たり具合というのがあります。これが100%完全一致だとメモリーの訳を呼んでくるだけなので、お金は支払われません。それはいいんです。
 ただし、ちょっとだけメモリーが一致している文というのがあります。ファジーマッチっていうんですけれど、そのファジー具合によって、支払われる単価が変わってきます。
 これを見てください。この2文、Tradosで55%マッチとなっています。下の新規の文が、上のメモリーと55%一致しているという意味です。

You've finished your planning, everything's recorded in your calendar, and now you just want to shred through your to-do items and get things done. 
So you can spend your planning time working on deeper things, like how you are actually going to approach your items and get them done

  でも、人間の目ではどう見てもそうは思えない。上と下で使われている同じ単語に色づけしてみましたが、これ、翻訳者ならゼロから翻訳しますよね。No Matchと一緒です。
 Tradosには「一致精度最小値」という設定があって、デフォルトでは70。ある文が70%以上メモリーと一致しているとTradosが判断したら、ファジーマッチしているメモリーの候補を表示してくれる。だけど、それより1%でも下がったら、部分的に一致しているとは見なさずに新規で翻訳してくださいってことなんですね。
 これはマッチ率55%だから、既訳があっても再利用せずに新規翻訳扱いであるはずです。大抵のお客さんは、その単価で払っていただけます。実際に翻訳者は一から翻訳しているのだから当然です。それなのに、60%、70%の単価で設定しているお客さんがいて、これは絶対におかしいですよね。翻訳者として、つっぱねるべきです。翻訳会社さんも、ソースクライアントさんがこの設定を要求してきたら、やはりつっぱねるべきです。

ツールとの付き合い方(指定がなくてもツールを使うとき)

井口:ツール指定案件でなくてもツールを使うときはあります。Excelで辞書をもらっても、Excelの検索機能は不便なのでCATツールに入れる。用語を訳文に取り込むのも、検索をかけるのもショートカットキーでできる。使用禁止用語指定もできる。なにより訳語検索が便利。
小林:僕もツール指定がなくても使うときはあります。ただそのとき、原文側の1セグメントだけを見るのではなくて、文書全体を常に見ています。たとえばマニュアルを訳していても、これは手順を述べているところなのか、それとも機能を箇条書きにしているところなのかを確認します。マニュアルを実際に読む人がどういう風に感じるのかを考えて訳します。
高橋:会場のみなさんは、ツール指定なしの案件でツールを使うことはありませんか。
(会場の参加者Aさん):私はTrados 2017を使っていますが、お客さんからはツール指定の案件は一切受けないことにしています。使うのは、メモリーに入れてある自分の訳文だけです。自分の環境でうまく使いたいからTradosを使う。それが一番いいと思います。

まとめ:CATツールについてひとことずつ

高橋:私が言いたいのは、我々翻訳者の課題でもあるんですけれども、翻訳会社にもCATツールの長所と短所をわかった上で使ってほしいです。そうすれば、両方幸せになれるはずです。
松浦:Tradosでエディターしか使わないなんてもったいない。QA Checkerをはじめ、いろんな機能を試してみてください。わからないところは高橋さんのブログ* を見れば、初心者が引っかかるところは大抵出ているはずです。
井口:私は翻訳会社に勤めていたので、発注側が何を求めているのかもわかるつもりです。また、翻訳者として20年間CATツールを使ってきた経験もあります。翻訳者と翻訳会社がwin-winのツール運用を考えるグループをツールベンダーも巻き込んで作りたいんです。たとえば来年の翻訳祭まで1年間に限定して、会社を背負うんじゃなくて個人のレベルでできたらいいなと思っています。興味のある方はぜひご連絡ください。
小林:私はこの1年間、各地で翻訳支援ツール超入門という講座を開いてきました。ここで翻訳者のみなさんに一番言いたかったのは、データを入力しているのではなくて、翻訳をしていることを思い出そうってことです。「CATオペレーターにならないでほしい」んです。

* 禿頭帽子屋の独語妄言 side TRADOS http://baldhatter.txt-nifty.com/trados/