東日本大震災・在宅翻訳者の復興支援

2012/05/11

在宅翻訳者の復興支援

 


 

寺田美穂子


英日/日英 フリー翻訳者。分野は、工作機械、電気・電子機器、情報処理、エネルギー等。
訳書数冊。椙山女学園大学/Eastern Michigan University 卒業。

 
 
 
2011 年3月11日2時46分。私は、いつも通り、仙台の自宅で仕事をしていました。30分前にクライアントさんと次の仕事のお電話をして。コーヒーを入れ直し てパソコンに向かい仕事を再開。午前中は休憩やネット逃避が多いのですが、この時間帯になってくるとお尻に火が点いて集中力も高まってきます。ちょうどそ んなときでした。
 
我が家は山沿いなので、結局、自宅マンションは半壊になったものの津波の被害もなく家族全員無事でした。電気が戻るの に4日、水が2週間、ガスは2ヶ月弱。水が無いので降った雪を運んで使おうとしたり、雪の降り続く中3-4時間並んだり。そういう生活を2週間送った後、 名古屋の私の実家に2ヶ月疎開しました。
 
仕事は、大きなファイルをご納品した直後だったのでセーフ。電気が4日目に戻ってからは、普通 に仕事して残りのファイルも7日目か8日目ぐらいにご納品しました。実家にいる間は、実家で仕事。こういうことが可能だったのは在宅翻訳者だから。本当に ありがたいと、つくづく思いました。
 
5月中旬に仙台に戻ってきてからは、ほぼ日常通りの生活です。ただ、全国から集まったボランティア や自衛隊のみなさんのご活躍をテレビで観ていると、罪悪感がぬぐえません。私が行ったところで瓦礫処理も医療処置もできない。仕事もある。家族もあ る。。。そんな中、ようやく私でも務まりそうなボランティアが見つかりました。主に自宅で行う翻訳&通訳ボランティアです。
 
今回の東日 本大震災で、全米で最初に報道されたアメリカ人津波被害者はテイラー・アンダーソンさんという宮城県石巻市の英語教師の方でした。全米からご遺族にたくさ んの寄付が集まり、テイラー基金という形に。9月に石巻をご遺族が訪問され、テイラー文庫と名付けた本棚をテイラーさんが教えていらっしゃった小・中学校 に寄贈されました。私は、その寄贈式典での通訳、メモリアルDVDの制作をお手伝いした他、現在は彼女のドキュメンタリー映画を米国で制作中なのでその手 配や通訳などをさせていただいています。
 
先日、テイラーさんのご両親が来日されたときは、テイラー文庫の本棚を制作された木工作家の遠 藤さんの工房へ一緒にお邪魔しました。遠藤さんはお子さんを三人とも津波で亡くされたのですが、そのうちお二人はテイラーさんの教え子でした。遠藤さんは 震災の流木から拍子木のストラップを制作されて、それを今、テイラーさんご遺族がチャリティー活動の一環で米国で販売しています。「自分の子供(達)に誇 りに思ってもらえるように生きていきたい。」二人のお父様から違う場所で同じ言葉をお聞きしたとき、、、私は深く相づちを打つことしかできませんでした。
 
また、東日本大震災こども未来基金(http://www.mirai-kikin.com/)というNPOのお手伝いもしています。この震災での震災遺児は1206世帯で2005人[1]に 上りますが、支援は、まだまだ十分ではありません。元々単身親の世帯も多く、緊急の支援が必要です。この未来基金では、子供達に1人月2万円の支給をして います。応募のあった子供達全員に応えていきたいのですが資金が足りず、子供達からの作文などで「選別」しなければなりません。いただいたお金は全額子供 達のために使い、事務経費は会員の年会費で賄っているので告知がままならないためもあると思います。他にも震災遺児孤児支援の機関はありますが、この未来 基金では他の基金からの支援と重複してもかまいません。ですので、できるだけ多くの子供達に支援の手を差し伸べたいと、米国の某日本人協会ファンドに10 ページ程のプロポーザルを(英語で)書いたりしています。
 
私は、ほとんど家にいて自分の生活を最優先させ、できる範囲でお手伝いしているに過ぎず、現地へは月に1回行く程度。そこで実際に知り合った被災者の方々やボランティアのみなさんは、今もまだ毎日歯を食いしばって本当に強く生きていらっしゃいます。
 
そういった被災者やボランティアのみなさんの、地味だけれど素晴らしい活動が『さかな記者が見た大震災 石巻讃歌[2]』 という1冊の本にまとめられました。ニュースステーションで解説者をしていらっしゃった元・朝日新聞の高成田享氏によるものです。氏はシニア記者として震 災前の3年間、石巻でお魚記者生活をしていました。テイラーさんやこども未来基金のことなども書かれており、この本の印税は全額、みらい基金に寄付されま す。ぜひ、ご一読いただければと思います[3]
 
震 災から1年が経過し被災県以外ではどんどん関心が薄まっていっています。ですが、今月の石巻も半年前の石巻も季節以外、景色はほとんど変わっていません。 行くたびにため息が出ます。本当の正念場なのは、これからなのでしょう。私も、本当に本当に微力ながら、できる限りのお手伝いは末永く続けていこうと思い ます。
4-5年前の閖上海岸。子供達が地引き網体験。
お天気良くてとっても楽しかった。
今では瓦礫で跡形もありません。
『さかな記者が見た大震災 石巻讃歌』
高成田 享
 
 
[1] あしなが育英会調べ。2012年3月現在
[2] http://www.amazon.co.jp/dp/406217359X
[3] 私の名前も何度か出てきますが、職業の説明に誤植があります。正しくは「翻訳者」です。「翻訳家」ではありませんので、お間違えなきよう。。。