仕事でも趣味でもことばと格闘●国枝史朗

2013/07/05

国枝史朗(くにえだ しろう)

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英日・日英技術翻訳者。南山大学外国語学部英米学科卒業後、熱収縮シールのメーカーに勤務。その後、眼鏡・サングラスのメーカー兼商社勤務を経て、1997年に翻訳業を開始。技術分野全般、エネルギー、環境、ITを中心に幅広く英日・日英翻訳に携わる。趣味は俳句と園芸。
Web上のハンドル名: くにしろ(kunishiro)
俳号: 国城 鶏侍(くにしろ けいじ)
連絡先: kunishiro@jttk.zaq.ne.jp


 



 東京で行われた翻訳者の勉強会に参加したときの ことです。交流会の席で、話の流れで翻訳者になった経緯をお話することになりました。その際、とても珍しいケースなのでJTFの『日本翻訳ジャーナル』に そのことについて書いてほしいと高橋さんから依頼を受けました。まさか、自分が『日本翻訳ジャーナル』に何かを書くことになるなどとは想像すらしてなかっ たので驚いたのですが、私の経験談が少しでもほかの人の参考になるのであればと思い、引き受けることにしました。

 

1. 妻の一言がきっかけで

 
「産業翻訳なら在宅でできるみたいやから、それやってみたら」
「産業翻訳?何それ?」
「これ読んでみ」
妻 はそう言って『国際派就職事典』というムック本をカバンから取り出しました。1997年の春のことです。そのころの私は、ある病気の後遺症が原因で、会社 を1年ほど休職していました。会社からは、復帰するか辞めるか、そろそろ態度をはっきりしてほしいと言われていたところです。会社に戻りたい気持ちはあっ たのですが、健康状態を考えるととても復帰して以前どおりに仕事をできる自信がありません。しばらく外で働くことは無理そうなので、何か自宅でできる仕事 はないだろうかと思っていたところです。
 
 翻訳と言えば、当時の私にとっては、小説など文芸翻訳しか思い浮かばず、産業翻訳などという 仕事の存在は知りませんでした(厳密に言うと知っていたかもしれませんが、自分とは関係のないものだと思っていました)。在宅産業翻訳者とはどのような仕 事なのか、妻が買って来てくれた『国際派就職事典』の産業翻訳に関する記事を、目を凝らして読みました。後日、その他の翻訳関連のムック本や『通訳翻訳 ジャーナル』なども買い込んで、産業翻訳の仕事について徹底的に研究しました。
 
 当時のムック本には、フリーランス産業翻訳者を始める のに必要なものは、パソコン、電話、ファックスの3つだと書いてあったので、まずはパソコンを買いに走りました。パソコンを触るのはほとんど初めてです。 当時の最新OSはWindow 95でした。ダウンロードやデフォルトといった用語すらよくわからないレベルです。パソコンをひととおり操作できるようになったら、今度は翻訳の勉強方法 について考えました。
 
 私は学生のころから英文和訳が苦手で、いつもとんでもなくわかりにくい拙い日本語にしか訳せませんでした。正直 言って、英文和訳(大学の時は「英文訳読」という科目名だったと思います)は大嫌いでした。したがって、自分には和訳は無理だと思い、英訳一本でやってい こうと考えました。サラリーマン時代に、仕事で日常的に英文を書いていたからです。
 
 大学卒業後に初めて就職した会社は、熱収縮性の シールやラベルとその装着機械のメーカーで、海外部に配属されました。その後、眼鏡枠・サングラスのメーカー兼商社に転職しましたが、いずれの会社でも、 ファックスやテレックスを使って海外のお客様と英語でやり取り(いわゆるコレポン)をする業務を日常的に行なっていました。製品の材質や機械の仕様など、 技術的な内容もやり取りしていたため、ビジネスの交渉事や技術的なことを英文で書くことについては多少自信がありました。そういった理由で、技術分野の日 英翻訳をメインにやっていこうと決めたのです。
 
 まずは、日英テクニカルライティングコースの通信講座を受講することにしました。ま た、翻訳に関する本を片端から買い集め、通信講座以外にも独学で翻訳の勉強を始めました。その時読んだ本の中に『翻訳英文法』(安西 徹雄著、バベル・プレス)があり、それを読んだ時に目からうろこが落ちた思いがしました。翻訳とは何かということがおぼろげにわかり、急に英日翻訳がおも しろい、やってみたいと思い始めたのです。それまで、英日翻訳は自分には無理だと思っていたのですが、自分にもできるかもしれないという思いが芽生え、英 日翻訳の通信講座も始めることにしました。当時いちばん需要が多いと言われていた分野はコンピューターだったため、コンピューターの基本と翻訳を同時に勉 強できる英日コンピューターコースの受講を開始しました。

 
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翻訳がおもしろいと思うきっかけになった『翻訳英文法』
 
  このようにして私のフリーランス翻訳者への道が始まりました。失業保険が支給される6カ月の間に、プロの翻訳者として仕事を始められるようになることが目 標でした。いや、厳密に言うとそれは目標ではなく、6カ月でプロの翻訳者になると決めたと言ったほうが正確かもしれません。プロの翻訳者になることが決し て簡単なことだと思っていたわけではないのですが、当時の私が生活していく手段としてはこれしか選択肢がないと思ったのです。
 
 4つの 通信講座と独学で、英日翻訳と日英翻訳の勉強を並行して行いました。毎日6~8時間ほど勉強したでしょうか。勉強を開始して3カ月ほど経ったころ、腕試し に数社のトライアルを受けてみることにしました。未経験者でも受験できる翻訳会社を見つけるのは大変でしたが、3社目でトライアルに無事合格し、すぐに初 仕事を受注しました。その後も、勉強しながらトライアルを受けるという日々を送りました。勉強を開始して6~7カ月経ったころでしょうか、トライアルに合 格した翻訳会社から初めて大きな英日の仕事(大手メーカーの年次報告書)をいただき、それ以降複数の翻訳会社からコンスタントに仕事を受注できるようにな りました。1997年の晩秋でした。
 
 最初の3年間はそれこそ必死でした。こういうツールを導入したら仕事を定期的に発注すると言われ れば、そのツールを導入したり、夜の9時に「明日の朝9時までの納期でお願いしたい案件がある」と言われれば、徹夜を覚悟で引き受けたりしていました。ま た、宗教団体のパンフレット、音楽学校の入学案内、ビジネス雑誌のケーススタディの記事、野球ゲームなど、医学・薬学以外の分野は何でも引き受けました。 英日と日英の比率も大体半々くらいだったでしょうか。3年が経過して、ようやくこの仕事を何とかやっていけると思えるようになりました。
 
  現在は、機械、自動車、工業製品、医療機器、その他技術全般、環境、エネルギー、ITといった分野を中心に、マニュアル、仕様書、パンフレット、Webサ イト、報告書、プレゼン資料、論文などの翻訳に携わっています。年々日英の比率が高くなり、最近では8割程度が日英案件です。

 

2. 夜は仕事をしない

 
 1日の過ごし方について書きたいと思います。基本的には1日を5つのパートに分けて過ごしています。具体的には、「午前」「ランチタイム」「午後」「ラストスパート」「夜」の5つです。
 
(1)午前
  7:00~7:30ごろに起床し8時にはPCを起動します。メールやSNSのチェックをしたあと、日々の記録(前日の作業時間など)をExcelファイル に入力し、8:30~9:00には仕事を開始します。12:00~12:30までの3~4時間は集中できる時間帯なので、午前中にその日のノルマの半分く らいを終わらせることを目標にしています。
 
(2)ランチタイム
 12時から1時の間で、区切りのいいところまでできたらランチにします。納期が迫っているときは自分で簡単に何かを作ることもありますが、たいていは気分転換とウォーキングを兼ねて外に食べに行きます。ウォーキング時間を入れて昼休みは2時間くらい取ります。
 
(3)午後
  午後の仕事は午後1:30から3:00の間に開始します。昼ごはんを食べたあとは、なかなかやる気が復活してくれず、集中力も欠如するため、ついついだら だらしてしまいます。しかし、この時間帯は仕方がないとある程度諦めて、のんびりやることにしています。SNSに何か書き込んだり、園芸をやったり、仕事 以外のことに熱中したりしてしまうこともしばしばあります。
 
(4)ラストスパート
 だらだらやっていた仕事も、5時ごろになる とようやく調子が出てきます。5時以降はラストスパートの時間帯です。7:00~7:30までの2~2.5時間で、その日のノルマを絶対に達成するべく、 一心不乱に取り組みます。1日のうちで最も集中力と効率が高まる時間帯であり、その日のノルマの半分くらいをこの時間帯でカバーすることも珍しくありませ ん。時間を制限されると集中力が高まり、効率が高まるものです。夜(夕食後)は絶対に仕事をしないと決めており、できなかったら夜やればいいという考えを 一切持たないようにしていることがラストスパート時間帯の効率アップにつながっているのかもしれません。
 
(5)夜
 厳しい納期の仕事を引き受けたりして、どうしても納期に間に合わせられそうにない時を除いて、基本的に夜(夕食後)は仕事をしません。スポーツ番組、テレビドラマ、録画しておいた映画を観たり、本を読んだりして過ごします。
 
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作業環境。モニターは24インチのワイドと17インチのスクウェア。
 

3. ウォーキングと健康管理

 
  健康維持の一環として、よほどのことがないかぎり毎日欠かさずウォーキングをしています。不規則な生活と運動不足が原因で体調を崩したことがウォーキング を始めたきっかけでした。この仕事を始めて最初の5年間は昼夜関係なく仕事をしていたのですが、昼夜逆転の生活を3カ月ほど続けた結果、体調を大きく崩し てしまいました。精密検査の結果、どこも異常はなく頭の疲れ方と身体の疲れ方のバランスがとれていないのだろうとのことでした。それ以来、定期的な運動を するように努力しました。ジムに通っていた時期もあるのですが、ジムだとどうしても大儀になってしまい毎日通うのは大変です。そこで、昼ごはんや買い物に 出かけたついでに、そのままの服装でいつでも気軽にできるウォーキングを習慣化することにしました。
 
 ただ、毎日歩くと言っても、漫然 と歩いているだけではなかなか続けられないので、ちょっとした工夫をしています。それは、1年間で歩く距離の目標を決めて、毎日歩行距離を記録するという ことです。ただし、単に「1年でXXX km歩く」と決めてもあまりおもしろくないので、実際の道を歩いていることをイメージできるようにしてみました。具体的に言うと、昨年は「1年間で東海道 の江戸・京都間を往復する」という目標を立て、バーチャル東海道五十三次の旅を始めました。江戸・京都間の距離は往復991 kmなので、1年間で歩く距離の目標としてはうってつけでした。1日のノルマは3 km弱です。記録を兼ねて、毎日の歩行数、歩行距離、江戸からの累積距離、現在位置(どの宿場の辺りか)などを日々ツイッターでツイートし、そのツイート をEvernoteに転送するように設定しました。絶対に達成してやるという思いで歩いた結果、年末には無事東海道往復を達成できました。今年は、奥の細 道の旅に挑戦しています。奥の細道の全行程は2,106.5 kmなので、2年かけて歩ききることを目標に日々ウォーキングを楽しんでいます。
 
  また、私の住む兵庫県川西市は、大阪(梅田)まで快速で17分という位置にありながら、自宅から15分も歩けば自然の風景が広がっています。よく歩くコー スは猪名川の河川敷やお隣池田市(大阪府)の五月山です。四季折々の草花や動物にも出会えるので(五月山には入場料無料の小さな動物園もあります)、私に とってウォーキングは単なる健康維持の活動だけではなく、くつろぎのひとときでもあります。

 
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一級河川の猪名川。向こう岸に見えるのは五月山
 

4. 世界を広げてくれたSNS

 
  フリーランス翻訳業を開始して十数年、ほとんど人と会話を交わすこともなく、孤独にPCに向かって作業を行う毎日を送ってきました。その間に実際に会った ことがある同業者を数えたら片手で足ります。もちろん、日常的にやり取りをしている同業者など、ひとりもいませんでした。翻訳関係の本などで、世の中にフ リーランス翻訳者が実在することは頭ではわかっていたのですが、同業者に実際に会う機会は皆無です。
 
 そんな状況でツイッターを始めま した。ITも専門分野の1つに掲げているので、流行のツイッターぐらいは知っておいたほうがいいだろうという程度の考えから始めたに過ぎないというのが本 当のところです。最初はどう活用していいのかわからなかったのですが、とりあえず同業のフリーランス翻訳者をフォローしてみることにしました。ブログを書 いていらっしゃる翻訳者の方は何人か知っていたので、そういう人のブログにアクセスして、ツイッターをやっている人をすべてフォローしました。ツイッター をやっている同業者を探しだすのは大変でしたが、10人程度見つけられたら、あとは芋づる式に次から次へと見つかりました。こうやって、ツイッター上で同 業者との会話をするようになりました。特に会話をしなくても、同業者のつぶやきを眺めているのは楽しいものでした。自分と同じようなことで悩んでいるんだ なあとか、皆さんがんばっているなあとか、ほかの同業者の様子を知ることができるだけで、元気付けられました。
 
 ツイッターを始めて1 年ほど経過したころから、各種セミナーやオフ会にも積極的に出席するようになりました。これまでツイッター上でやり取りしていた人たちと本当の顔見知りに なったわけです。また、実名・顔出しということで躊躇していたFacebookも始め、ますます同業者との交流が深まりました。こうやって、JTFの『翻 訳ジャーナル』に寄稿する機会を与えていただいたのも、ひとえにSNSで世界が広がったおかげです。以前は、ひとりで孤独にPCに向かう日々でしたが、最 近はSNSで、そしてリアルの世界で同業者と会話することを楽しんでいます。

 

5. 趣味でもことばと格闘

 
  最後に、趣味の俳句について簡単に書きたいと思います。1年半ほど前から、国城 鶏侍(くにしろ けいじ)という俳号で俳句を始めました(「ハイ!句にしろ!」(http://hi9246.style47.net/)というサイト名で拙句を発表して います)。俳句を始めたことによって、日本人の季節感や季語の本意など、改めて日本人の感性や日本語の奥深さを知ることができました。語順を入れ替えた り、類語辞典を調べて別のことばに言い換えたり、歳時記で最適な季語を探したり、漢字とかなの使い分けを考えたりして、頭をひねりながら拙句を推敲してい ると、翻訳作業をやっているかのような錯覚に陥ることがあります。自分で、まずまずいい句ができたと思えるのは、10~20句に一句ぐらいです。こねくり 回して一晩寝かせた結果、結局最初に思い浮かんだ句に戻ることもあります。これも翻訳と似ています。めったにないことですが、お褒めのことばをいただくと 飛び上がるほど嬉しくなることも翻訳と共通しているかもしれません。翻訳には、俳句のように季語、切れ、文字数制限といった制約はありませんが、特定の情 報を簡潔にことばで表現するという点では、この2つは本当によく似ています。
 
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愛用の歳時記
 
  翻訳と俳句。仕事でも趣味でもことばと関わり、ことばと格闘して唸っている自分は、ことばというものが本当に好きなんだと思います。これからもことばと関 わる生活を続けていきたいと思っています。英語というよりも、ことば、特に日本語が好きなので、今後はもっと英日翻訳を増やしてくことが現在の目標です。
 
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

コラムオーナー

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高橋 聡
(たかはし あきら)

 
CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約10年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生 活を約 8年経たのち、2007年にフリーランスに。現在はIT・テクニカル文書全般の翻訳を手がけつつ、翻訳学校や各種SNSの翻訳者コミュニティに出没。

■ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」
http://baldhatter.txt-nifty.com/trados/


 

MISSION STATEMENT

「意外と知られていないフリーランス翻訳者の素顔をさぐる」ために始まったこのシリーズ。そもそもは、私自身がいろいろな翻訳者さんの様子を伺ってみたいと思ったことがきっかけでした。思ったとおり、今に至るまでの人生も、生活スタイルも仕事のしかたも千差万別です。これからも、登場していただきたい方はたくさんいますが、執筆してみたい方がいらっしゃれば、ぜひ帽子屋までご連絡ください!