特集:名古屋の翻訳ライフ●高橋聡

2013/11/08

このコーナーもおかげさまで連載第10回を迎えました。1年目は関東在住の男性と女性3人ずつに執筆をお願いし、過去3回は関西在住の方々にご登場いただきました。ところが、気付いてみると、その中間の東海地方にお住まいの翻訳者さんには、執筆をお願いできるほどの面識が私自身にあまりありません。

そんな折、東海地方の翻訳ライフを知る絶好の機会がありました。

日本翻訳者協会、通称JATはIJET(英日・日英国際翻訳会議)という年次総会を開催しています(昨年の広島大会についてはこのジャーナルでも特集記事が組まれました。http://jtfjournal.homepagine.com/eventreport/id=123)。来年は6月21-22日に東京で開催されますが(http://ijet.jat.org/ja/)、本番に向けた約9か月の間、日本各地でプレイベントも予定されており、その第1回が10月5日に名古屋で開かれたのです。

コラムオーナーである高橋がこの名古屋プレイベントに参加し、「中京地区の翻訳業界事情」と題するパネルディスカッションでモデレーターを務め、同地区の翻訳ライフを垣間見ることができたので、今回は特別回としてその様子を私がご報告することにしました。

パネリストとしてご登壇いただいたのは、大手自動車メーカーに社内翻訳者として勤務した経験を持つ日英翻訳者、大手楽器メーカーと自動車メーカーでライティングと翻訳に携わってきた日英翻訳者、メーカーで制作企画から翻訳実務までを幅広くこなす翻訳者、工業製品の翻訳を中心に名古屋で活躍している日英翻訳者、の4人でした。パネリストだけでなく会場からもできるだけ声を集めながらディスカッションを進めましたが、全体に日英翻訳者の比率が高かったのは、国産メーカーの多いこの地域の特徴だったのかもしれません。

私がいちばん知りたかったのは、やはり「リーマンショックのときにどんな影響があったのか」ということでした。ところが、まったく意外なことに、パネリストからも会場からも「影響があった」という声はほぼ皆無だったのです。

当の自動車メーカーでもそれ以外の製造業でも、社内勤務かフリーランスかを問わず、翻訳業務が激減するような直接の影響はなかった(社内の場合、残業規制やコスト削減徹底の指示などはあった)。むしろ、不況だからこその販促物や社内教育のための資料などが必要になって翻訳需要は増えたぐらい、なのだそうです。ただし技術分野以外の翻訳については、代理店からのICT案件がかなり減ったという意見もありました。

 

そして、自動車業界について言えば、リーマン以上に影響が大きかったのは例のリコール問題。ところがこちらも、訴訟関係で翻訳需要が増えるという側面があり、discovery(情報開示)については現在に至るまでその傾向が続いているということです。

皮肉なことに、「世間の人が困るときに翻訳者の仕事が増えることもある」ということなのかもしれません。

一方、この地域に限らず翻訳業界全般で耳にする影響は、やはりこちらでも避けられない様子でした。中国やインドの翻訳市場に仕事が流れる(品質を理由に日本に戻ってくるケースも一部にはあるが、大局的には価格の点で苦戦)、多言語翻訳とCMS(コンテンツ管理システム)導入が広がっている、紙メディアが減少してそれ以外のマルチメディアへの展開が進んでいるといったことです。どれもグローバルな傾向であり、そこは東京も名古屋もないということでしょう。

また、この地域の翻訳市場の特徴としては、やはりクライアントに大手メーカーが多く、そのほとんどは社内翻訳者を多く抱えており(技術的な理解を考えるとアウトソーシングが難しい)、発注する場合でも翻訳会社しか相手にしないため、個人のフリーランサーが直取引で新規参入するのはかなり難しいのだそうです。実際、今回の参加者の中でも社内翻訳者の割合は高く、フリーランサーの生活は東京・大阪より成立しにくいのかも、と個人的には感じました。

以上のような業界事情とは別に、今回のイベントが大歓迎され、ほとんどの人が「名古屋では翻訳関係のイベントがほとんどない」とおっしゃっていたのは印象的でした。SNSが普及したこの数年、東京・大阪・広島では個人翻訳者どうしの交流が活発化し、自主的な勉強会などもさかんに開かれるようになっていますが、この地域にはまだそういった動きが出ていないということです。ということであれば、JTFが「関西セミナー出張版」を開いてもいいでしょうし、十人十色(https://www.facebook.com/groups/339270169513730/)やSKIT(https://www.facebook.com/groups/459665584126938/)のような自主勉強会が出張してもいいのかもしれません。そうしたイベントが何回か続いたら、今度はこの地域の中から自主的な動きもきっと出てくるでしょう。

東海地区の翻訳業界、私がイメージしていたのとはだいぶ違いましたが、やはり東京と大阪の間にあって出遅れている面もあると知り、逆に今後この地域ではいろいろと試すことができる可能性がありそうだという感触を得ました。

東海地区のみなさん、そんなわけで、どなたかこのコーナーに翻訳ライフを書きませんか? ご執筆をお願いできる方は、ぜひ高橋(rsc45798@nifty.com)までご連絡ください。



 

コラムオーナー

高橋 聡
(たかはし あきら)

 
CG 以前の特撮と帽子をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活を約10年、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生 活を約 8年経たのち、2007年にフリーランスに。現在はIT・テクニカル文書全般の翻訳を手がけつつ、翻訳学校や各種SNSの翻訳者コミュニティに出没。

■ブログ「禿頭帽子屋の独語妄言」
http://baldhatter.txt-nifty.com/trados/


 

MISSION STATEMENT

「意外と知られていないフリーランス翻訳者の素顔をさぐる」ために始まったこのシリーズ。そもそもは、私自身がいろいろな翻訳者さんの様子を伺ってみたいと思ったことがきっかけでした。思ったとおり、今に至るまでの人生も、生活スタイルも仕事のしかたも千差万別です。これからも、登場していただきたい方はたくさんいますが、執筆してみたい方がいらっしゃれば、ぜひ帽子屋までご連絡ください!