非限定用法の関係代名詞の訳し方についての一考察●山口正晴

2013/01/11

非限定用法の関係代名詞の訳し方についての一考察

 
 

山口正晴


1950 年福岡県生まれ。九州大学卒業後、日本油脂に入社、化学薬品部門の工場研究課勤務。4年後、退社上京。その後、大学受験予備校で長く英語を教える。現在、 在宅でバイオ分野の特許翻訳に携わる一方で、サンフレア・アカデミーにおいて「翻訳英文法」「産業翻訳」の講義および通信添削を担当。他にも、添削を通じ て「バイオテクノロジー」分野の翻訳指導や大学受験をめざす高校生に英語を教える。
メールアドレス:my1070@dream.ocn.ne.jp 

 

 長年、英文法の授業を担当していて、まだすっきりした形で生徒さんに説明できない問題がいくつかある。今回、この原稿を書く機会を松田さんよりいただいて、その問題の1つを文章にしてみようと思った。それがこの「非限定用法の関係代名詞の訳し方」に関するものである。
 
1.何が問題なのか
 
 先ず次の日本語から見てもらいたい。
(1)「我々が住んでいる地球は形状が丸い」
(2)「福岡に住んでいる彼の妻は毎月彼に手紙を書きます」
(3)「緑色葉状野菜に含まれるビタミンKは、我々が食べる食物に含まれる必要はない」
(4)「一般にLEDと呼ばれる発光ダイオードは、電子工学世界の本当の縁の下の力持ちである」
(5)「ライフサイエンスとしても知られているバイオサイエンスは、自然科学の中で生体の構造と行動を扱う分野のことである」
(6)「哺乳動物胎盤胞の内部細胞塊に由来する胚幹(ES)細胞には、多能性を維持しつつ無限に増殖することができる能力および3種類全ての胚葉の細胞に分化することができる能力がある」
(7)「ウィンドウズ2000は、マイクロソフトがデスクトップと呼んでいるその最初の画面を表示する」
 これらの文は、日本語として適切な文と言えるだろうか。
 (1)(2)(4)(5)(7)は問題はないが、(3)(6)には問題がある。これらの文を英訳すると、すべて非限定用法の関係代名詞を使って書くことになる。
(1)The earth, which we live on, is round in shape.
(2)His wife, who lives in Fukuoka, writes to him every month.
(3)Vitamin K, which is included in green leafy vegetables, needn’t be in the food we eat.
(4)Light emitting diodes, which are commonly called LEDs, are real unsung heroes in the electronic world.
(5)Bioscience, which is also known as life science, is any branches of natural science that deal with the structure and behavior of living organisms.
(6)Embryonic stem (ES) cells, which are derived from the inner cell mass of mammalian blastocysts, have the ability to grow indefinitely while maintaining pluripotency and the ability to differentiate into cells of all three germ layers.
(7)Windows 2000 displays its initial screen, which Microsoft calls the Desktop.
 
  私が問題にしたいのは、同じ非限定用法の関係代名詞が使われているこれらの文が、(1)(2)(4)(5)(7)の英文は後ろから訳しても問題がないが、 (3)(6)は「ビタミンKは、緑色葉状野菜に含まれるが、我々が食べる食物に含まれる必要はない」、「胚幹(ES)細胞は、哺乳動物胎盤胞の内部細胞塊 に由来するが、多能性を維持しつつ無限に増殖することができる能力および3種類全ての胚葉の細胞に分化することができる能力がある」と切って訳すべきだと いう点であり、同じ非限定用法なのに、この異なる訳し方を生み出す原因は何かである。
 
 
2.限定用法と非限定用法の使い分けのルール

 
 
 
  英訳で関係代名詞を使う場合、限定用法を使うか非限定用法を使うかは先行詞で決まる。限定用法は、先行詞が複数(または、複数種類)存在するものの場合に 使い、例えば、「我々が住んでいる惑星は形状が丸い」を英訳する場合、太陽系には惑星が8個存在するので「惑星」というだけではどの惑星のことか分からな い。そこで「我々が住んでいる」という語句を付けて限定してやれば、その惑星が「地球」のことを指していると相手に分かるわけである。したがって、
The planet which we live on is round in shape.
と 限定用法のwhichを使う。一方、非限定用法には2つの用法(挿入用法と継続用法)があり、挿入用法(挿入される場所は文中だけではなく、文尾の場合も ある)では、先行詞が特定されている、すなわち、この世に1つしか存在しないもの、1人しか存在しない人物、1種類しか存在しないものの場合に用いる(非 限定用法のもう1つの用法である継続用法についてはここでは触れない)。したがって、「我々が住んでいる地球は形状が丸い」は、
The earth, which we live on, is round in shape.
と非限定用法のwhichを使う。これを、限定用法でthe earth which we live onと書くと地球が複数存在し、そのうちの我々が住んでいる地球という意味になってしまう。
  英訳でどちらの用法を使うかを決めかねる場合には、限定用法を使うと「それ以外の先行詞も存在する」ことになる点から判断すると分かりやすい。つまり、 「惑星」の場合は「我々が住んでいる惑星以外の惑星もある」となり問題はないが、地球の場合は「我々が住んでいる地球以外の地球もある」となり、これはお かしいので、限定用法で書くのは誤りと判断できる。
 上の(2)~(7)の英文を限定用法の関係代名詞を使って書くと、(2)では「福岡に住んで いる妻以外の彼の妻もいる」、(4)では「LEDと呼ばれる以外の発光ダイオードもある」、(5)では「ライフサイエンスとしても知られている以外のバイ オサイエンスもある」、(7)では「マイクロソフトがデスクトップと呼んでいる以外のウィンドウズ2000の最初の画面もある」ということになってしま い、おかしなことになる。そこで、これらの場合、英文は非限定用法を使って書かなければならないと判断できるわけである。
 (3)の場合はもう少し複雑である。ビタミンKは緑色葉状野菜の他にニンジンや動物のレバーにも含まれている。しかし、人間の健康に必要なビタミンKは人間の体の中でも合成されるので、食物に含まれるビタミンKを摂取する必要はない。したがって、限定用法を使って、
Vitamin K which is included in green leafy vegetables needn’t be in the food we eat.
と 書くと「緑色葉状野菜に含まれるビタミンKは、我々が食べる食物に含まれる必要はない」となり、問題になる。これは、例えば、「玄界灘でとれるトラフグは 調理に免許がいる」(最近、この点に関して東京都では条例が変わったという情報が入っているが、ここでは以前の法律が有効として考える)という日本語と同 じで、そのまま解釈すると「玄界灘以外の海域でとれるトラフグは調理に免許はいらない」ともとれることになり、ビタミンKの場合も、「緑色葉状野菜に含ま れる以外のビタミンKは、食物の中に含まれる必要がある」とも解釈されるからである。したがって、(3)も英文は非限定用法で書かなければならず、前に (3)の日本語は問題があると書いたのはこういう理由だからである。
 (6)の場合、英文を限定用法で、
Embryonic stem (ES) cells which are derived from the inner cell mass of mammalian blastocysts have the ability to grow indefinitely while maintaining pluripotency and the ability to differentiate into cells of all three germ layers.
と書くと「哺乳動物胎盤胞の内部細胞塊に由来する胚幹(ES)細胞以外の胚幹(ES)細胞もある」ことになる。しかし、 胚幹(ES)細胞はすべて哺乳動物胎盤胞の内部細胞塊に由来するのだから、「それ以外の胚幹(ES)細胞もある」という意味になる限定用法では話がおかし くなる。したがって、英文は非限定用法を使って書くことになる。(6)の日本語の「哺乳動物胎盤胞の内部細胞塊に由来する胚幹(ES)細胞」が問題になる のは、「哺乳動物胎盤胞の内部細胞塊以外のものに由来する胚幹(ES)細胞」もあると解釈されるおそれがあるからである。
 
 
3.2つの異なる訳し方を生み出す原因について

 
 
 
  最初の日本語の(1)(2)(4)(5)(7)に問題がないのは、例えば(1)の場合、日本人には「地球は1つしかない」ことが分かり切っているから、 「我々が住んでいる地球」という文を読んでも、また聞いても「この文がおかしい」、つまり「我々が住んでいる地球以外の地球がある」とは誰も思わないから である。(2)であれば「人の妻は一人しかいない」、(4)では「LEDといえば発光ダイオードのことであり、それ以外は思い付かない」、(5)では「バ イオサイエンス=ライフサイエンスであり、それ以外は思い付かない」、(7)では「画面の図柄が何であれ、最初に表示される画面がデスクトップである」 と、それぞれが「1つ(1人、1種類)であることが分かり切っている」からである。
 整理すると、非限定用法が使われている文(ただし、2つある 非限定用法のうちここで問題にしている挿入用法の場合に限る)は、先行詞が「1つ(1人、1種類)であることが分かり切っている」場合は後ろから訳しても よい、ということになる。しかし、この「分かり切っている」という基準は必ずしも明確ではないようである。先行詞が「地球」、「人の妻」などであれば1つ または1人であることは「分かり切っている」と言えるが、非限定用法の関係代名詞の先行詞はそういうものばかりではないはずである。例えば、英文(6)の 胚幹(ES)細胞や、次の文、
(8)The high boiling point of water is due to hydrogen bonding, which causes an attraction between individual molecules and prevents their easy escape into the vapor phase.
(水の沸点が高いのは、個々の分子間に引力を引き起こし水分子が蒸気相へと容易に移動するのを妨げる水素結合のせいである)
(9)Glucose unit can be snipped off the branched chains of amylopectin by the enzyme amylase, which hydrolyses the glycosidic bond.
(グルコース単位は、グリコシド結合を加水分解する酵素アミラーゼによりアミロペクチンの枝分かれ鎖から切り取ることが可能である)
では、(8)の水素結合と(9)の酵素アミラーゼはそれぞれの文脈では1種類しかないので「分かり切っている」のであるが、それを言うには他の知識が必要になる。
 このような専門分野の英文になると様々な専門用語が出てくるので、その用語の意味や背景、文脈を考慮し、関係代名詞の前でいったん文を切って訳す方法も含めて、訳し方を決めていくことが求められることになる。
 
 
4.文をいったん切って訳す方法

 
 
 
 これまでの話から、「つい1週間前に買ったこの万年筆は漏れがひどい」を英訳する場合、万年筆をこの1本しか持ってない人なら、
(10)This fountain pen, which I bought only a week ago, leaks badly.
と書き、複数の万年筆を持っている人の場合は、
(11)This fountain pen which I bought only a week ago leaks badly.
と書くことになる。
  非限定用法を使った(10)の英文の場合、最初の日本語訳であろうと、「この万年筆は、つい1週間前に買ったものであるが、漏れがひどい」と訳そうと、こ の人(I)が万年筆を1本しかもっていないという点は訳出できない。それを訳に含めるには(10)は「私が持つこの唯一の万年筆は、つい1週間前に買った ものであるが、漏れがひどい」、(11)は「私が持つ万年筆の中でつい1週間前に買ったこの万年筆は漏れがひどい」と訳し分けられる。しかし、ここまで訳 す必要があるかどうかは、文脈から万年筆の数が問題になるかどうかなどを考慮して決めればよいと思う。例えば、この人が持つ万年筆が1本だけである、また は複数であることが前に述べられているのであれば、(10)も(11)も「つい1週間前に買ったこの万年筆は漏れがひどい」でよいわけである。
  ここで、「非限定用法の英文は、いったん切って訳し、限定用法の場合は後ろから訳せば問題は生じない」という意見に対しては、確かにそれが可能であれば翻 訳作業の効率も上がるはずであるが、実際の翻訳で、例えば、上の(1)の英文の訳に「地球は、我々が住んでいるところであるが、形状が丸い」のような訳文 は書きたくない。「我々が住んでいる地球は形状が丸い」という日本語と比べるとその優劣は明らかであるからである。次の文はどうであろうか。
The moon is the only satellite of the earth, which we live on.
こ れを切って訳すと「月は地球の唯一の衛星であり、地球には我々が住んでいる」となり、「月は我々が住んでいる地球の唯一の衛星である」と比べると日本語と してのその優劣は歴然としている。前者の訳は、文のポイントが「地球には我々が住んでいる」のほうにずれてしまうという問題も抱えている点からいっても、 これは後者の訳をすべきである。
 このように、上の意見はすべての場合に当てはめることはできない。非限定用法の英文を訳す場合、特に、先行詞が 「分かり切っている」かどうかの判断に迷う場合は、ぎこちない不自然な日本語にならない限りいったん文を切って訳せばよい。しかし、切って訳すとぎこちな い不自然な日本語になり、しかも先行詞が「分かり切っている」と判断される場合は、後ろから訳すほうがよいことになる。翻訳において良質な訳文を作成する ためには、どちらの方法で訳すかを文章ごとに判断するという柔軟な姿勢が必要になる。
 
 
5.分詞を使っても同じことが言える

 
 
 
 例えば、「一般にLEDと呼ばれる発光ダイオードは、電子工学世界の本当の縁の下の力持ちである」と、「ライフサイエンスとしても知られているバイオサイエンスは、自然科学の中で生体の構造と行動を扱う分野のことである」を関係代名詞ではなく、分詞を使って書いても、
(12)Light emitting diodes, commonly called LEDs, are real unsung heroes in the electronic world.
(13)Bioscience, also known as life science, is any branches of natural science that deal with the structure and behavior of living organisms.
と、commonly called LEDsやalso known as life scienceの前後にカンマが必要になることにも留意する必要がある。
 
6.おわりに

 
 
 
  長年、英文法の授業を担当してきて、ここで取り上げた問題をたびたび考えてきた。しかし、授業ですっきりした形で生徒さんに説明することができずにいる。 今回の説明も何かすっきりしないところが残っているような気がしている。この問題は個々の英文で考えるしかない面があるので、仕方がないのかもしれない。
 
 この文を読まれた方でもっとすっきりした考え方をお持ちの方がおられると思います。是非、お知恵をお貸しください。メールをお待ちしております。
 
文法用語は『英文法解説』(江川泰一郎著、金子書房)に倣った。

 

コラムオーナー

2012/05/11

松田 浩一(まつだ こういち)

横浜市在住。長年SONYに開発系エンジニアとして務め、一念発起して2004年春に早期退職し、2005年秋よりフリーランスの特許翻訳者/産業翻訳者として独立して現在に至る。 専門分野は電子・電気/通信・ネットワーク/機械系。本業の翻訳と並行して、翻訳スクール講師、ネット翻訳道場の講師、SNSの翻訳コミュニティ管理者などを兼務。元気の源は愛犬と愛猫とジムでのエクササイズ。辞書と音楽とiPhoneが大好き。Facebookとmixiで同名のコミュニティ「翻訳の泉」を主宰。

Facebook  http://www.facebook.com/honyaku.no.izumi
mixi  http://c.mixi.jp/honyaku