そんな名詞は、捨てちゃえば?●上林香織

2013/11/08

上林香織

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フリーランス医薬翻訳者・メディカルライター。証券会社、 ITコンサル会社を経て医療機器輸入販売業者の薬事業務部に翻訳者として勤務。 400種以上の添付文書の作成・発行に携わる。治験翻訳を学び在宅フリーランスとして独立。現在は専門分野の医薬・医療機器を中心にビジネス全般の翻訳を手がける。またメディカルライターとして薬事申請書類の作成業務も行っている。「人と出逢う才能」を武器に、今日も新たな可能性を模索中。
カンサンの医薬翻訳ノート
http://www.kambayashi.net/

 


何か新しいことを知る、自分で考えてみることが好きな私にとって、翻訳という仕事に出会えたのは本当に幸運だったと思います。日々の仕事をしながら、興味の向くまま調べ、理解した結果を元にわかりやすい言葉にしていく。こんな楽しい(時にはツライ)仕事があっていいのでしょうか!愛しい翻訳との関係に酔いしれているだけだと揶揄されそうですが、毎日楽しくお仕事をできるというのは、本当に恵まれているなと思います。

今回、「翻訳のこだわり」について考える機会をいただきました。「原文よりもわかりやすい訳文を上げる!」を目標に毎日ガリガリと訳しているので、それが私のこだわりなのかもしれません。技術向上のために、セミナーに参加したり、書籍で勉強を重ねていくうちに、わかりやすい英語を書く(Writing)、わかりやすい日本語を書く(ライティング)、光る訳文を書く(翻訳/Translation)、この3点には共通項があると気づきました。この機会に日本語と英語の類似点を踏まえながらまとめてみたいと思います。

英文ライティングを学びながら

いい英訳をあげるためには、原文の日本語をわかりやすく正しく書いてもらうことを啓蒙する必要があるのではないかという議論を目にするようになりました。確かに原稿をいただいて長い一文を目にした時、筆者が一番言いたいことは何なのかな?と頭を抱えてしまう経験はどなたにもあるのではないでしょうか。もちろん英日翻訳の訳文は日本語ですから、読みやすい日本語を書くというのは、翻訳者にとっても重要な課題であるのは言うまでもありません。私の翻訳分野は、医薬・医療機器を中心に広くビジネス全般を対象としていますが、翻訳に加えて薬事申請書類のライティングもお引き受けしているため、審査官が申請書を読んで、余計な疑問が生まれず、審査がスムーズに進むような日本語が書けるように努めています。

Nominalization(名詞化)の撲滅

英語のライティングのテキストを読んだり、セミナーに行くと、必ずテーマにあがるのが“Nominalization”(名詞化)。読み手に誤解をあたえないわかりやすい文章を書くためには、このNominalizationを撲滅しましょう、とまず指導されます。

私が初めてNominalizationという言葉を知ったのは、本年2月に日本翻訳者協会(JAT)の医薬分科会(JATPHARMA)が主催のセミナーで、トム・ラング氏※2が講師としてお話された時でした。

動詞の名詞化とは、強い動詞を一つ用いれば済むところを、「弱い動詞+名詞」で表現することです。先のトム・ラング氏のセミナーでもたっぷりと解説があり、またご自身の著作『トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド』(シナジー)でも書かれているのですが、動詞には「強い」動詞と「弱い」動詞があり、1語で明確に動作を示せるのが強い動詞、これに対し、目的となる名詞を伴わないと意味を持たないのが弱い動詞と分類できます。このNominalizationを排除すれば、たとえ一文が長くなっても、何が何をどうした、という関係が明確になるため、読者が文の行方を予測しやすくなり、読みやすくなるわけです。

おもしろいことに、日本語のライティングにも名詞化の概念は存在しています。日本語と英語、言語体系も異なりますし、主語と動詞の扱いも違う言語。それでも「読みやすくわかりやすい文章」を編み出す技が共通しているのです。

医薬関連文書でよくみかける動詞をNominalizationした例と、名詞化した動詞を元の動詞に戻して使う例(Denominalization)を以下に挙げました。

 
1) Nominalization We performed operation on the patient with gastric cancer. "perform + operation"
胃がん患者に手術を行った 手術を   行う
Denominalization We operated on the patient with gastric cancer. operate
胃がん患者を手術した 手術する

上段の英文では、operateという動詞が名詞化した例です。performという弱い動詞はそれだけでは意味をなさないので、operationという目的語を必要としています(perform +operation)。このため、この一文が伝えたい本当の目的語、patientが動詞と離れてしまっています。
下段の英文では、operateという行動を示す動詞のすぐ後ろに目的語 patientが来ているため、誰に、何を、どうする、がはっきりしています。
2) Nominalization This study conducted an investigation of the finding. "conduct + investigation"
本試験で所見の調査を行った 調査を 行う
Denominalization This study investigated the finding. investigate
本試験で所見を調査した 調査する

1)の例と同様に、 conductだけでは何を行ったのか不明瞭であるため、investigationという名詞で意味を補っています。下段の英文は、このまどろっこしいconductを削除し、investigationを元の動詞であるinvestigateに戻し、本来の目的語であるfindingを従えています。短い例文ですが、主語と動詞を読んで、調査する対象は何だろうと予測できると思います。
 
3) Nominalization Examination of the specimens was carried out microscopically. "carry out + examination"
標本の検査を顕微鏡下で行った 検査を 行う
Denominalization The specimens were examined microscopically. examine
標本を顕微鏡下で検査した 検査する

上段の英文では、主語がExaminationであり、この一文の主体であるspecimensではありません。さらに弱い動詞であるcarry outを用いており、全体にぼやっとした印象になっていますね。下の英文では、主語に主体を据えたことで一番最初に「何が」という部分が明確になりました。さらに主語の後ろに examineという強い動詞が続くため、「(主語が)どうした」という部分も頭に入ると思います。

ここで示した3例の動詞以外にも、動詞が名詞化した名詞の語尾には、-ment(例:mesaurement)、-or(例:indicator)-ity(例:reality)、-ory(例:category)、-al(例:approval)などもあります。また名詞化を引き寄せる弱い動詞には、perform、conduct、carry outの他に、make、doなどもあります。分野によっても気をつけなければならない単語も変わってくるでしょう。

さて、ここで上記3例の日本語訳も合わせてみてみましょう。
みなさんの多くは、「あら?これっていつも和訳で注意している点と同じだわ」と思われたのではないでしょうか。1)~3)に共通して上段の日本語では、動作内容(手術、調査、検査)を示す動詞ではなく「行う」という動詞が入っています。このため、本来の目的語
(患者、所見、標本)の変わりに動作を説明する名詞(動詞の名詞化)が目的語の役割を果たしています。残念なことに「行う」という言葉自体には何の情報も含まれていおらず、ただ「何かする」という漠然としたイメージを与えているだけだという点にも注目しましょう。こういった無駄な言葉をできるだけ省くことも読みやすい文章への一歩だと思います。一方、下段の日本語では、これらの冗長な表現を、サ変動詞として処理することで、目的語の名詞としっかりと連結し、迷いのない力強い文になっています。

こうやって英語と日本語を並べてみると、英語であっても日本語であっても、「読者に誤解を与えない、複数の解釈を生まないわかりやすい文章」を書くために気をつけるべき点は、あまり変わらないように思います。私は言語学者でも国文法の専門家ありませんので、言語体系がどうのとか文法的にどうなのかとか、難しいことは申し上げられませんが、実務のレベルで見ても、英語、日本語に関係なく読みやすい文書を書くコツに共通項があるのは十分わかります。

本稿ではNominalizationを文章を読みやすくする工夫として例に挙げましたが、文の基本的な骨格である「誰が、何を、どうした」「何はどうなのか」を明確にすることや、受動態の扱い方、修飾語の置く位置など、英語にも日本語にも共通する工夫は他にもたくさんあると思います。

最後に

英語と日本語、やっちゃいけないことが実は同じだった!と複数の勉強会や書籍を通して気づいた点をまとめてみました。こうやって書き出してみると、そんなに目新しいことはなく、実務を続けていれば当たり前に処理しているかもしれません。しかし自分の頭で考え、発見したことを、言葉で説明し、伝えようと試みることも、日本語のトレーニングになっていると実感できました。

原文を読み、頭の中にもやもやっと浮かんだ内容をつかみとって正確に訳文に落とすこと。それは対象となる言語が変わっても、行為としては変わらない。こう考えると、英語だろうと日本語だろうと、頭の中に浮かんだ「伝えたいこと」をわかりやすく文字に落とすライティングも翻訳と同じなのかもしれません。英語と日本語、ライティングと翻訳。これからも全部まとめて精進していきたいなと思います。

このような拙い文章に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。またこの場をお借りし、勉強会やセミナーの講師の先生方、いつもたくさんの気づきを与えてくださる先輩方に御礼を申し上げます。最後に齊藤貴昭さん、このような貴重な機会を与えてくださり本当にありがとうございました。


 

コラムオーナー

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齊藤 貴昭
(Terry Saito)

 
電子機器メーカーにて開発/製造から市場までの品質管理に長年従事。5年間の米国赴任から帰国後、社内通訳・翻訳者を6年間経験。2007年から翻訳コーディネータ兼翻訳者として従事。「翻訳者SNSコーディネータ」として業界活動に精を出す。ポタリングが趣味。甘いもの好き。TwitterやBlog「翻訳横丁の裏路地」にて翻訳に関する情報発信をしています。

■Twitter: terrysaito
■Blog: http://terrysaito.com




 

MISSION STATEMENT

「翻訳横丁の表通り」には色々な人々が往来するようになりました。このコーナーでは、翻訳者さん達に「翻訳横丁の表通り」に出店して頂き、自身が持つ翻訳への「こだわり」を記事にして頂きます。「想い」であったり「ツール」であったり、「翻訳方法」であったり「将来の夢」であったり、何が飛び出るかは執筆者の翻訳への「こだわり」次第。ちょっと立ち寄って、覗いていきませんか?