ドラマに酔う。映像翻訳屋の基本メニュー●佐々木真美

2014/09/12

佐々木真美



映像・エンターテインメント翻訳者(字幕、吹替、舞台)
高校卒業後、カリフォルニア州に留学。在米中、近所の基地に飛んできたブルーエンジェルスに感化され、自家用機の操縦免許を取得。帰国後は米系航空会社に就職。2001年の同時多発テロを機に退職し、フリーの映像翻訳者に。作品歴:字幕「クローザー」「Law&Orderクリミナルインテント」「ナイトライダー」「フライト93」「ホテル・フォー・ドッグス」、吹替「スピンシティ」ディズニー作品シリーズ、舞台「スペリング・ビー」など

 

 いらっしゃいませ!この度テリーさんのお計らいで、「翻訳横丁の表通り」の片隅に出店させていただきました。店主の映像翻訳へのこだわり3品を肴に、軽く一杯おつきあいください。

 


制約へのチャレンジ焼き
 同業者の方には当たり前な話で恐縮ですが、映像翻訳に馴染みがない方のために説明しておきます。映像翻訳とは、外国の映画、ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像に、字幕をつけたり吹替台本を作ったりする仕事です。

 日本語字幕の場合、視聴者が読み切れるように「原音1秒ごとに4文字」という基準があります。登場人物が発する音を、長くとも6秒以内で区切っていき、その区切りごとに最大24文字(横12~14文字、縦9~10文字×2行)の字幕をハメていきます。
 この縛りがあるため、原音の情報すべてを盛り込むことは至難の業。ポイントを絞り、効率的にメッセージを伝えることが大切になるのです。そのためにセリフを削ったり圧縮したり。時には意訳という形で飾ることもあります。英語はそんなこと言ってないじゃん!というツッコミは覚悟。画面を訳文で埋めることはできない以上、ある種の諦めも必要です。

 吹替の場合は、登場人物のしゃべりに合わせて、役者(声優)さんが演じるセリフを作ります。梗概やト書き(場面や動作の説明)なども挿入しますので、ドラマの台本を書く感覚です。
 シーンの背景で流れる、特に重要ではないテレビの音声や、レストランの客の無関係な会話など、字幕では飛ばしてしまう(スクリプトにも書かれていない)部分も訳出します。画面に口元が映っているか否かを表す記号など、様々な合図も書き込まなくてはなりません。台本作りに加えアテレコに同席することもあるので、字幕の何倍も作業時間がかかります。体力がないと続けられない仕事です。

 ちなみに舞台(戯曲)の翻訳ですが、基本的に映像が手元にないので、紙の台本から芝居をイメージするしかありません。現地の舞台を観に行けたら良いのですが、それは時間的、費用的にも難しい。役者の様子や舞台美術などの視覚的情報がない状況での翻訳は、想像力が試されます。

セリフの活け造り
 セリフは、一言一句、すべてが大切な素材。原音のニュアンスをしっかり理解した上で、語感やリズムを整えながら、ひとつひとつ丁寧にドラマを組み立てていきます。前後の流れを合わせること、会話をかみ合わせること、全体の統一感を持たせること。作品のカラーやキャラクターの性格も念頭に置かなくてはなりません。

 字幕では字面も気にします。ひらがなばかりがずらっとならぶとよみにくいですよね。漢字の羅列は詰屈で難解な印象、カタカナオンリーモナカナカツライ。視聴者の目にスッと入る読みやすさを心がけます。
 雰囲気や内容に合わせて表記を変えることもあります。例えば「あいつは酒に弱い」。「アイツは酒に弱い」にすれば女子っぽさや軽いニュアンスが出せますし、「あいつは酒にヨワい」にすると、お酒が大好きで目がないという意味合いを表現できます。(この場合は視聴者が迷う恐れがあるので、「ヨワい」の上にルビ点を振るほうが良いかも。)登場人物が酔っ払っていたり、宇宙人だったり、発言が理解不能な時は、「#$%☆@△」のように記号を使ったりもします。

 吹替では、いかにも翻訳!と感じさせない、自然なしゃべり言葉を目指します。違和感のないセリフを、口の動きにピッタリ合わせるのは楽じゃありませんが、多少の粗は役者さんの演技力でカバーしてもらえたりします(本物のプロだなぁと感心)。ですから、視聴者の耳に届きやすいというだけではなく、役者さんがしゃべりやすいセリフにすることが肝心です。
 また、可能な限りですが、日本語を画面の口の形に合わせるように気をつけます。例えば、お酒を持ってきてと下品にお願いするシーン。口の形が「お」で終わっていれば「酒持ってこいコノヤロー」。口の形が「い」であれば「コノヤロー酒持ってこい」。という感じに合わせるわけです。

作品愛の乗っけ盛り
「どんな映画でも、必ずいいところがある」と映画評論家の故・淀川長治さんがおっしゃっていました。私もそう思います。正直に言えば、つまらない作品ってあるんです。何年か前に担当した、あるSF映画もそうでした。どこかの惑星で異常事態が起こって、ついでに地球も危うし!ってやつです。詰めの甘いストーリー、ラジー賞総なめかと思われる俳優陣、オモチャのような安いセット。逃げ惑うシーンでは延々とWatch out!  Let’s go! ばかり叫んでるし。バリエーションを出すのに苦労しました。

 訳すのが苦痛に思えてきたので、私はその映画の好きになれるところを探しました。音楽のノリがいい、脇役のオッサンがちょっと好み、親子愛が(泣こうと思えば)泣ける。そうやって作品に対する愛情を育てると、B級映画でも少しはマシなドラマに仕上げる手伝いをしようと思えます。

 もちろん、すばらしい作品に出会えた時は、思い入れも何十倍。その完成度を損なわないよう、キャラクターを活かしきれるよう、張り切ってセリフを作ります。とはいえ、入れ込み過ぎて独りよがりになることは避けるべきです。オリジナルの制作者の想いと、クライアントの意向を汲むことを忘れてはなりません。

 

 
 仕事の出来に100パーセント満足することは一生ないでしょう。それでも、ぴったりハマるセリフを思いつくと幸せ。出来上がった作品は愛おしい。
 巷では、映像翻訳は目立たないことが大事、観終わった後に「あれ、字幕なんてあったっけ?」「外国の俳優が日本語を話しているような感覚だった」と思ってもらえることが目標、なんて言われておりますが。何日もかけて、ウンウン唸って、ひねり出したセリフたち。「翻訳もよかった!」とホメてもらいたいのが本音でございます。

 ちょっと一杯、最後までお付き合いありがとうございました。いつかまた、一緒に乾杯できるご縁がありますように!



 

コラムオーナー

齊藤 貴昭
(Terry Saito)

 
電子機器メーカーにて開発/製造から市場までの品質管理に長年従事。5年間の米国赴任から帰国後、社内通訳・翻訳者を6年間経験。2007年から翻訳コーディネータ兼翻訳者として従事。「翻訳者SNSコーディネータ」として業界活動に精を出す。ポタリングが趣味。甘いもの好き。TwitterやBlog「翻訳横丁の裏路地」にて翻訳に関する情報発信をしています。

■Twitter: terrysaito
■Blog: http://terrysaito.com




 

MISSION STATEMENT

「翻訳横丁の表通り」には色々な人々が往来するようになりました。このコーナーでは、翻訳者さん達に「翻訳横丁の表通り」に出店して頂き、自身が持つ翻訳への「こだわり」を記事にして頂きます。「想い」であったり「ツール」であったり、「翻訳方法」であったり「将来の夢」であったり、何が飛び出るかは執筆者の翻訳への「こだわり」次第。ちょっと立ち寄って、覗いていきませんか?