引きこもり読書生活●関根マイク

2012/09/07

関根マイク


フ リーランス翻訳者、会議通訳者。勝負より芸に生きるタイプ。机の前で奇跡を待ち続ける「のび太的セカイ系」に憧れつつも、基本的に祭り好きなので引きこもれない。英文和訳で (laughs) を www と訳すチャンスを虎視眈々と狙っている。日本翻訳者協会(JAT)、全米司法通訳人・翻訳人協会員(NAJIT)の会員。過去にハリソン・フォード、アン ドレ・アガシ、ジェームズ・マックナーニ(ボーイングCEO)、入江陵介(競泳日本代表)、野村萬斎、小泉元首相などの通訳を務める。
 
翻訳と通訳のあいだ http://blog.smacktrans.com/

 


決定的な弱みを握られている遠田親分に依頼されて、読書量ではおそらく私の倍は軽くありそうな翻訳者の皆様相手に本の紹介をすることになりました。アウェー感満々な原稿です。「本棚を他人に見せるな」とユダヤの諺にもあるように、紹介する本で私という人物が定義されることをいささか危惧しながらも、やはり自分が気に入った本は多くの人に読んでもらいたい、というのは本の虫なら誰もが共有する欲望だと思います。それに書かなければ遠田親分が私のダークな秘密を 2ちゃんねるに書き込むらしい。まあ、そんなわけで。
 
大学では物理を専攻していた時期もありましたが、今ではすっかり文系な私なので、ここで紹介する作品も必然的にその傾向が出ています。古典を紹介しても芸がないので比較的新しい作品を選びました。翻訳書はあまり読まないので勝手ながら対象外とします。あしからず。

 
三浦しをん著『舟を編む』(光文社)
http://www.amazon.co.jp/dp/4334927769

 
20年前であれば翻訳技術はもとより、高価な紙の辞書や専門書を揃える財力も実力のうちと暗に認められていたが、電子(オンライン)辞書とインターネット検索 がかなり重要視されるようになった今では「紙の辞書しか使いません (キリッ」と言う翻訳者は稀な存在です。むしろ変人扱いされるかもしれません。私自身、専門書は読むものの、紙の辞書はもうかれこれ数年は引いていません。でも初めて手に取った辞書は今でもはっきりと覚えています。
 
『舟を編む』は深く広い言葉の大海原を冒険するための舟、つまり辞書を編纂する人々の物語です。気になる言葉・表現があるたびに用例採集カードに書きとめ、「のぼる」と「あがる」の差異に悩み、現代的な「愛」の意味を再検証する(今でも「異性をいとしいと思う心。男女間の、相手を慕う情」などと、LGBT的な価値観を完全に無視した意味が目立つ)言葉の職人たち。調べることが仕事の大部分である翻訳者は実に共感できると思います。
 
翻訳者が日々使用している辞書が世に出るまでどれほどの努力と時間を要するのか、私たちはおそらく考えたこともないと思います。デジタル全盛で情報が容易に入手できる今だからこそ、私たちは改めて自分が使う言葉について深く考え、心から慈しむべきではないでしょうか。それは翻訳者としての基本姿勢であり、言葉の海を探索するための羅針盤を与えてくれた先人たちへ敬意を払うことでもあるのです。言葉は世代を超えて想いをつなぐのだから。
 
ちなみに松本先生のモデルとされる国語学者の松井栄一は、「全然」のあとに「ない」が来なければならないという常識を覆した人でもあります。あげぽよ、と書いたら先生はどう思うでしょうか。
 
洋書で辞書モノが読みたい方はサイモン・ウィンチェスターのThe Professor and the Madman: A Tale of Murder, Insanity, and the Making of the Oxford English Dictionaryがお薦めです。

 
椹木野衣著『反アート入門』(幻冬舎)
http://www.amazon.co.jp/dp/4344018095


私はたびたび翻訳者をアーティストにたとえます。創造的な営みをしているからというのはもちろんですが、注目したいのは客から見て「評価が難しいモノ」を売って生計を立てている点です。
 
日本を代表する現代アーティストである村上隆のフィギュア「マイ・ロンサム・カウボーイ」は2008年5月に16億円で落札されました。どうひいき目に見て も1千万円はかかってないフィギュアです。なぜここまで高く評価されるのか。それは村上が「モノ」を通して「物語」を語り、買い手がその物語を共有・共感するからでしょう。ここに翻訳者が学べることは山ほどあります。
 
現代アートは意味不明な作品ばかり――私たちの多くはそう感じているのではないでしょうか。アーティストが作品の文脈を説明せずに投げっぱなしにしているのが一つの大きな理由かもしれません。これは翻訳者でも同じことです。 翻訳を発注するエンドユーザー、特に中小企業の大半は訳文を適性に評価できません(適正に評価できる人材がいたらその人が訳している)。ゆえに翻訳者がきちんと訳文の文脈を説明して付加価値を与える、つまり「物語」を語ることができれば、訳文の質は上がり、顧客の信頼を獲得できます。
 
多くの翻訳者はクリエイターとしてのマネジメントやイメージ作りを軽視している印象があります。そしてアート、特に現代アートの歴史はある意味、イメージとの格闘であり、文脈をいかに設定するかを絶えず問い続けることでした。翻訳技術はもちろん大事ですが、市場が評価するのは技術だけではありません。アート の歴史を知ることで、表現者としての翻訳者(自分)の立ち位置を再確認することも面白いと私は考えます。
 
ちなみに、表現者の市場におけるポジショニングについては村上隆著『芸術起業論』(http://www.amazon.co.jp/dp/4344011783)をお薦めします。日本を代表する「変態」アーティストである会田誠のゆる~いエッセイ集『カリコリせんとや生まれけむ』(http://www.amazon.co.jp/dp/4344017854/)もなかなか味があります。あ、中野京子著『恐い絵』(http://www.amazon.co.jp/dp/4255003998/)も違った意味で面白いですよ。

 
東浩紀著『一般意志2.0』(講談社)
http://www.amazon.co.jp/dp/4062173980


 
あなたが最適と考える政治家のコミュニケーション方法とはなんでしょうか。アレントやハーバーマスの系譜を踏む「熟議民主主義」、つまりとことん話し合って 決めましょうという方法でしょうか。おそらく私たちの多くは学校でそう教わったはずです。しかし現代の複雑な社会では人々の価値観は多様であり、熟議を成立させること自体が非常に難しく、かつコストも高い。では熟議をしないで、国民の総意を汲み取ることは可能だろうか?可能だ、と著者は説きます。具体的には現在の情報環境を前提とした上で、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』に新たな解釈を与えて「一般意志2.0」という概念を導き出すことで可能になる、と。
 
私たちは「総記録社会」に生きています。ツイッター、フェイスブック、エバーノート、フォースクウェアなどの情報技術のおかげで、日々のあらゆる出来事や自身の言動を記録できるし、実際しています。一つひとつのツイートやチェックインは意識的なものであり、取るに足らない情報かもしれないけれど、これが数千万、数億、数十億となったらどうだろう。それはもはや個々人の思いを超えた無意識の欲望のパターンを抽出可能にするデータベースなのではないか。そしてそれは無視できない沈黙の主張となるのではないか。
 
実は一般意志2.0的な「モノ」はすでに体験することができます。たとえばグーグル日本語入力。これはネットで公開された膨大な量の日本語の文章を収集・解析し、日々自動的に新たな変換辞書を生成しています。個々人のユーザーはだれもグーグル日本語入力のことなど考えていませんが、同時にみなでその改良に奉仕しています。この辞書は熟議の結果として作られたものではなく、無意識のデータベースを基盤として作られたといえるでしょう。


今年は奇しくもルソー生誕300周年です。一部では「むすんでひらいて」の作曲家として知られているルソーですが、もしかすると彼の時代では実現不可能だった夢を300年後の私たちに託したのかもしれません。
ちなみに現代日本の情報環境については濱野智史著『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』(http://www.amazon.co.jp/dp/4757102453)が詳しいです。そして個人的には佐々木俊尚著『ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語』(http://www.amazon.co.jp/dp/4048679996)もお薦めです。ニコ動を語らずにいまの日本の情報環境は語れません。
 
市川寛著『検事失格』(毎日新聞社)
http://www.amazon.co.jp/dp/4620321141

2009年の大阪地検特捜部による摘発で幕を開けた郵便不正事件は、主任検事の前田恒彦が証拠物件であるフロッピーディスクを改竄し、証拠隠滅容疑で逮捕・起訴され、これが検察全体を巻き込んだ大事件となったことはまだ記憶に新しいです。国民にとっては検察のありかた、そして裁判員裁判制度も含めて司法制度のあり かたを再考するきっかけになったはずです。
 
本書は佐賀市農協背任事件の主任検事を務め、同事件で被疑者に不当な取調べをした責任をとり辞職した元検事の告白本であり、今まであまり知られることがなかった検察内部について多分に暴露している話題の一冊です。「やくざと外国人に人権はな い」、「無罪が出ると検事は困る」、「否認(犯罪事実を認めないこと)している奴を不起訴にするわけにはいかない」など、一部の検察官による過激な発言が目立ちますが、それ以上に検察という組織特有の政治とそれに翻弄されてヒラ検事たちが右往左往する姿が痛ましい。冤罪がいかにして作られるか、そして大志を抱いた一人の検察官がどのように「堕ちて」いくのか、そのプロセス描写は読者の心の闇に迫ってくるでしょう。これは私にもありうることなのだ、と。
 
かつて検察庁には「たとえ重大な事件が本来あるべき形で処分されなくても、検事がからだを壊して休んだり辞めてしまうよりはずっとましだ。事件より検事を大切にしろ」という意味で、「事件つぶしても検事つぶすな」という言葉があったそうです。それが今では組織内政治が、現場で一所懸命に働く検事を肉体的・精 神的に追い込んでいる印象があります。私はつい最近まで地元の検察庁で通訳者を務めていましたので、純粋で有能な検察官が多いことも知っています。近年は検察に対する信頼が揺らいでいますが、改革を通じてぜひとも国民が誇れる組織に再生してほしいものです。
ちなみに司法関係なら上野正彦著『死体の犯罪心理学』(http://www.amazon.co.jp/dp/4048686372)と由良秀之著『司法記者』(http://www.amazon.co.jp/dp/4062170132/)もお薦めです。

 
 
川上未映子著『すべて真夜中の恋人たち』(講談社)
http://www.amazon.co.jp/dp/4062172860/

フリーランスの校閲者。人付き合いが苦手で基本引きこもり。これだけで多くの翻訳者が共感できそうな主人公(冬子)なのですが、ひょんなことから初老の男性に恋をします。ああ、リア充生活。翻訳者なら誰もがあこがれるリア充生活。それはさておき。
 
本作は川上が初めて書いた長編恋愛小説。芥川賞受賞作である『乳と卵』しか読んだことがない方は、本作のソフトな語り口に驚かれるかもしれませんが(実際、 ひらがなも多い)、これがまた登場人物の関係性を描く上で一つの重要な要素になっています。冬子の校閲者としての習性というか職業病は翻訳者にも通じるものがあるので、その意味でも彼女には感情移入しやすいと思います。
 
冬子は作中で大きな喪失感を味わいます。ただ、日中は太陽に負けて見 ることができない星も日が沈んだ後はしっかりとその輝きを確認できるように、人間も心が深い闇に包まれたときにこそ隠れていた光を発見するのではないで しょうか。真夜中はなぜこんなにもきれいなんだろう、どうして真夜中には光しかないのだろう、そう問いかけるときに私たちは何かを求めて手を伸ばしている のだから。涙があふれるほど好きなあなたがそこにいるのだから。
 
ちなみに私は『グランド・フィナーレ』(http://www.amazon.co.jp/dp/4062127938/)で見られたような阿部和重のダークな描写が大好きなのですが、川上と結婚したと聞いてリア充爆発しろと思ったのはここだけの話です。年の差恋愛を漫画で楽しみたい方には『甥の一生』(http://www.amazon.co.jp/dp/4091322697/)なんて手も。『うさぎドロップ』(http://www.amazon.co.jp/dp/4396763808/)は反則気味だけど作品としては面白いです(笑)。
 
あと、川上の「イチオシ光スポット」は四谷の駅前らしいです。もちろん真夜中の。



インタビュー
 
- 書評を読み、何冊も注文してしまいました。ご紹介の本は多岐に渡っていますが一番好きなジャンルは何ですか?好きな書き手はいますか?

関根: 好きな書き手はガブリエル・ガルシア=マルケスとかホセ・オルテガ・イ・ガセット、ジャック・デリダでしょうか。日本人なら長谷川三千子や内田樹、最近の 若手作家だと朝吹真理子です。でも基本的に読む本はトピックで選んでいて、今は情報環境とメディア系が多めです。それと3.11以降はやはり放射能関連の 本も読みますよね。今は情報を出す側、つまり政府と東電があまり信用できないですから、やはり自分でなんとかして基本的な知識はもっていたいと。和合亮一 の『詩の礫(つぶて)』(http://www.amazon.co.jp/dp/419863193X)みたいな詩集とかも手にとってしまいますが。
 
- 通訳者であるためには、日々異なるテーマを扱い、さまざまな専門分野を飛び交う必要があると思います。どうやって対処していますか? 

関根: 日常的には「広く浅く」知識を集めていますね。仕事が入るとその分野を深く掘り下げてリサーチしますが、ひとたび終わると2週間後くらいにはほとんど忘れています(笑)。いい意味で感情的な距離感(emotional detachment)があるというか。読むことは好きなので、あまり特別なことをしているとは感じていません。
 
- 法廷通訳の難しさは何ですか?

関根: 実はもう社会奉仕は十分かなと思って法廷通訳は春に引退したのですが、難しいのはやはり瞬時に「正確」な訳、少なくとも最寄りの訳を出さないといけないプ レッシャーですね。メディアが注目する事件ですと通訳者のミスも報道されてしまいますし。でもこれは通訳全般について言えることですが、通訳者は現場で叩 かれてナンボな部分もあるのです。「コミュニケーションは常に『誤配』の可能性があるから成立している」とはデリダの言葉ですが、日本人同士で話していても誤解はよくありますよね。ですから誤解を恐れずにいえば通訳者がミスをするのは当然なのです。大切なのは通訳者がそのミスをどう反省するか、そして周囲 の人々が通訳者を叩きすぎない、ということでしょうか(笑)。
 
- 「表現者としての翻訳者の立ち位置を再確認」の言葉に共感します。翻訳者(通訳者もかな?)は、他人の創造物に手を加えるだけの職業だと思われがちです。マイクさんは、「表現者」になるためどんなことをしていますか?

関根: 翻訳者は二重の意味で表現者だと思います。文字でメッセージを伝える意味で表現者であり、市場においてプロとしての自分を発信する意味でも表現者だと思います。
 
実は数ヶ月前にツイッターで「翻訳者の営業は何か」というトピックで議論がありました。そこでとりあえず落ちついた(多くの支持を得た)結論は、「いい仕事 をする・続ける」ということでした。でもこれは私から見ると当たり前のことというか、問題はその先なのですよね。市場経済において客は質の高い翻訳を選ぶとは必ずしも限らない。だからといって質の低い仕事をしろという話ではなく、競合する翻訳者がみんな質の高い翻訳をする(目指す)中、さらにその上をいく ためには何をしたらよいのか、という視点が欠けていて残念な議論だなと想いました。
 
フリーランスは定義上自由であり、誰とでも仕事がで きるわけです。しかしプロとしての自分を市場で表現すること、つまり「物語」を語っている翻訳者はとても少ないわけです。仕事はエージェント経由でしか取れないと思っている。別にエージェントと仕事することが悪いわけではないですが、もう少し広い視野で長期的な戦略をもって翻訳キャリアを考える人が増えて くるといいな、と個人的には思っています。
 
- プロフィールをみて、ミーハーな興味がわきました。今まで通訳した「有名人」で一番印象に残っている人は誰ですか?

関根: 現場でパーソナルなやりとりはないので、印象に残っている人は正直いないですね。それに業務倫理上、話せるエピソードがありませんし(笑)。仕事は仕事として割り切っているので有名人と一緒に写真を撮ることはありませんし、豪華な食事が出ても食べる暇はありません(休憩中にサンドイッチなどを食べます)。そんなに華やかな仕事ではないのですよ。
 
ただ、歴史が動いた瞬間に立ち会えることは素直に嬉しいですし、誇りに思います。私の名前が表に出ることはほぼ100%ありませんが、日本の政策決定に間接参加したり、なでしこジャパンの快挙を間近で見たり、宇宙ステーションとの交信を通訳したり と、楽しい思い出は山ほどあります。その意味ではとても魅力的な職業ですよ!
 
- ありがとうございました。私も「物語」を語ること、目指していきます。


 

コラムオーナー

遠田 和子
(えんだ かずこ)

 
日英翻訳の傍ら翻訳学校での講師、またプレゼン研修の講師をしています。著書に、「英語なるほどライティング」、「Google英文ライティング」、「eリーディング英語学習法」、「あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話」(講談社)があります。趣味は読書・映画・旅行です。また英語スピーチの練習、バレエのレッスンを続けています。それぞれ少しでも上手くなるため、地道に努力しています。

■Website: WordSmyth英語ラボ
FacebookWordSmyth



 

MISSION STATEMENT

WordSmyth Caféは、翻訳に関わるさまざまの人々が集う「誌上カフェ」です。当コーナーでは、毎号異なる執筆者にご登場願い、翻訳を含む言語に関わるさまざまなテーマを取り上げます。名前のWordSmyth (ワードスミス)は、wordsmith (言葉の職人)とmyth(神話=お話)を組み合わせた造語です。「言葉の職人として、さまざまな物語を紡ぎたい」という店主の願いを表しています。