大統領を追いかけ続け早十二年●村井理子

2013/05/10

村井理子(むらい りこ)



京都外国語大学英米語学科卒。アメリカ合衆国大統領ウォッチャーであり、ホワイトハウスウォッチャー。大統領とファーストレディー周辺のニュースを追いかける日々。映画、料理、法廷ドラマが好き、なにより本が大好き。著書に第四十三代アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュの発言をまとめた『ブッシュ妄言録』(二見書房)、訳書に『大事にされない女たち―男の本音を知りたいあなたへ』(イースト・プレス)『0歳からの「育脳ゲーム」―赤ちゃんがよろこぶ親子あそび60』(二見書房)『こうして特許製品は誕生した!』(二見書房)『ヘンテコピープルUSA』(中央公論新社)『ゼロからトースターを作ってみた』(飛鳥新社)などがある。現在、ジョージ・W・ブッシュの妻、ローラ・ブッシュの自伝を翻訳中。
Twitter:@Riko_Murai  Gmail:riko.murai@gmail.com

 


はじめまして。村井理子と申します。滋賀県の田舎で山と湖に囲まれながら細々と翻訳をしております。
 
この世界に入ったきっかけは一冊の本の執筆でした。イラク戦争開戦直前、大慌てでまとめて出版した『ブッシュ妄言録』(二見書房)です。執筆と書いていいのか迷うほど簡単なジョーク本でしたが、なぜだかスマッシュヒット。出版後、ぽつりぽつりと書籍翻訳の依頼が舞い込むようになり、今に至ります。よく専門分野を聞かれますが、私にもイマイチわかりません。今まで訳した本を並べてみても見事にバラバラ!こんな本も訳していたんですかと呆れられることもあります。それでもここ数年は、一癖あるノンフィクションが多いように思います。両親が共働きで鍵っ子だった小学生の頃、家に戻ると必ず母の書棚から本を引っ張り出しては読んでいました。今にして思うと、大人向けの小説ばかりでした。最初に没頭したのは時代小説、それからもちろん恋愛小説。結局書棚にあった本は全て読んでしまいました。本の世界にどっぷり浸ることの楽しさ、最後まで読み終えたときの充実感、感動。本は自分にとって一番身近な友であると気づいたのがこの頃です。
 
学生時代は大学図書館に通ってはアメリカのゴシップ誌を読みふけっていました。すべて読んだら次はカルチャー誌、そしてファッション誌。それも尽きるとペーパーバックを適当に選んでは読み、退屈するとビデオライブラリーでハリウッド映画を見ていました。そんな学生時代だったので、書籍の翻訳をするためにどんな勉強をしたのかと聞かれると、本をたくさん読みましたし映画も好きですと小さな声で答えるしかありません。翻訳のための専門学校に通った経験もありませんし、特別なコースを受講したこともありません。ただひたすら本を読み続け、気づいたら今の仕事に就いていました。今思えば、とてもラッキーだったと思います。
 
自宅で翻訳作業をするときは、なるべく静かな環境を整えるようにしています。べつに特別な儀式をしているというわけではありませんが、原書を読んで浮かんできた最初のイメージを失いたくないという思いからです。頭の中にふわふわと雲のように浮かんでくるイメージを、急いでかき集めながら文章にしていく作業だからこそ、一人静かに取り組みたいのです。それでも締め切りなどの関係で、やむを得ず子どもが在宅時に作業することもあります。男児二名の無茶な要望をあっさりスルーしつつ、必死に作業を進めます。仕事と育児の両立は大変だとよく言われますが、確かに大変です。そのうえ家事もあります。毎日クタクタで楽しみは晩酌ぐらいになってしまいました。それでも、悩みを共有できる仕事仲間や友人に恵まれ、互いに切磋琢磨しながら仕事を続けられる今の環境をありがたく思っています。

 
   
 私の仕事場                       大量に書き込むので原書はコピーします。


「内容的に他の方には頼みにくかった」(スラングてんこ盛り)という理由で翻訳の依頼を受けたことがあります。このときほど嬉しかったことはありません。「え、これって女性が訳者だったの!?」というのも最高の褒め言葉で、そんな記述をネット上で見つけるたびに大喜びしています。昨年出版された『ゼロからトースターを作ってみた』(トーマス・トウェイツ著 飛鳥新社)の編集者である飛鳥新社の大森氏に「現時点で、日本国内におけるトーマスの最大のファンは村井さんだと思います」と書いていただいた時は、翻訳者として、この本の出版に関わることができた幸せを感じました。これだから書籍の翻訳はやめられません。書籍の翻訳は根気の要る作業です。こつこつと、一歩一歩前進するしかありません。数ヶ月、時には一年以上続く作業に耐えられるのは、著者に対する尊敬の念と、この一冊をなんとしてでも読者に届けるのだという強い思いがあるからです。そしてもちろん、担当編集者さんの強力なバックアップなしで、すべての作業を終えることは不可能でしょう。
 
当然のことですが、原文のニュアンスをそのまま日本語に置き換えることを目標にしています。言語の違いで、完全に置き換えるのは不可能と言われる場合もありますが、あえてその壁を越えてみたい、著者の言葉をそのまま読者に伝えたい......そんな気持ちで毎日原稿に向き合っています。難しいと言われれば言われるほど、挑戦してみたくなるのです。
 
とにもかくにも、めまぐるしい日々です。翻訳の仕事をしつつ両親の経営する日本食料理店でアルバイトをしたり、毎週月曜日には伝統工芸師の工房で海外折衝のお手伝いをしたりしています。二人の息子はますます生意気だしよく食べるし、部屋を汚します。小学生なので親が参加しなくてはならない学校行事も多いです。犬の散歩は一日二回。掃除と洗濯をするだけで一日が終わりそうになることもあります。そんなバタバタ続きの毎日ですが、子供や家族を家から送り出して一人になったとき、私の手の中には必ず本があり、そして翻訳の仕事があります。大好きな仕事が常に私とともにいてくれるから、嵐のような日々をなんとか生きていけるのだと思います。だから、私のところに来てくれた本にはいつもありがとうと言っています。そして、ちゃんと日本語にするから安心してねと伝えるのです。おかしいでしょうか。いえ、翻訳が好きなだけ。これをお読みの皆さんもきっとそうですよね。



   
 夏の琵琶湖。西側は人もあまりおらず、静かです。     飼い犬と山に登ることも。

   
 近所で放し飼い状態の山羊。理想の生活スタイル。     気づいたら出産していたりする羊。

   
 仕事の合間によく行く喫茶店の屋外テラスからの眺め。   とりあえずのんびりした所です。
 人影なし。



 

コラムオーナー

矢能 千秋
(やのう ちあき)

 
レッドランズ大学社会人類学部卒業。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。日本翻訳者協会会員、日本翻訳ジャーナル編集委員。スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道分野における日英・英日翻訳に従事。サン・フレアアカデミー主催「オープンスクール」講師。
共訳『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』河出書房新社
特集:翻訳の未来を語ろう 
人間翻訳者●矢能 千秋

 

MISSION STATEMENT

フリーランス翻訳者になり16年目に入りました。最初の10年はがむしゃらに走ってきました。10年後、20年後の翻訳者としてのキャリアを模索し、いろいろな方のお話を伺ってきました。向こう10年、20年、30年の翻訳者としてのキャリアプラン、ライフプランを立てる上で、業界で活躍されている翻訳者の方々のお仕事ぶりを拝見したい、と思い、このコラムでは、2000字、翻訳、というお題に対して映し出される「人間翻訳者」の方々の「仕事部屋」を拝見したいと思います。皆さん方の「機械翻訳」に負けない「人間翻訳者」としてのキャリアの一助となれば幸いです。