ワタシハデジタルナホンヤクシャ●安達眞弓

2013/09/06

安達眞弓

 
宮城県出身。父親の転勤により大阪市、高松市で小学生時代を過ごし、中学から東京都在住。成城短期大学教養科卒業後、外資系メーカー数社を経て独立。 1997年からフリーランスの翻訳者として、IT、経済、マーケティング、雑誌翻訳にたずさわる。翻訳業務と並行し、放送大学で経済学と経営学を学ぶ。卒論のテーマは『正規表現による文書置換の効率化』

 出版翻訳は共訳・翻訳協力を経て、2010年に初の単独訳書を刊行。以後年に数冊のペースで訳書を出しながら実務翻訳の仕事を続けている。JAT会員。同会主催の新人翻訳者コンテストでは運営事務局スタッフと審査員を兼任。Twitter IDは、@Gravity_Heaven

 


 JTF会員のみなさま、お久しぶりです。まだ翻訳者ではなく、翻訳学習者兼発注者だったころ、JTF主催のセミナーによく参加しておりました。ちょうど、 『ほんやく検定』がオンラインで受験できるようになったころだと記憶しています。当時インターネットは知る人ぞ知る世界、受験者は自宅で訳文を作り、モデ ムで事務局へバイナリメールを送っていました。制限時間内に届かなかった回答は無効ですので、無事に送信したのを確認後、胃が痛くて寝込んでしまったのも 懐かしい思い出です。あれから約20年。自分がJTFジャーナルに寄稿する側になったのかと、あらためて時の流れを感じております。

 現在は出版翻訳と金融翻訳、消費財マーケティング関連文書の翻訳にたずさわっています。翻訳者としてお金をいただくようになって17年の月日が流れ、いつしか自分なりの仕事のスタイルが確立したようです。

  まず、原稿はすべて電子化します。PDFやワード原稿も増えてはきたものの、出版翻訳では書籍一冊わたされて「訳してください」という依頼が主流です。子 どもの頃からひどい乱視であるせいか、紙の原稿を見ながらテキストを打ち込む作業は目にかなりの負担がかかる上、気づかぬうちにストレスが溜まっていまし た。試行錯誤の末、紙の原稿はすべてスキャンし、PDFファイルにしてディスプレイに表示させることにしました。32インチ横長のディスプレイに入力用の エディタと原書1ページ分のPDFファイルが収まるよう配置すると、ちょうどA4原寸大の紙と同じ大きさになります。みなさんデュアルディスプレイなどい ろいろ工夫をこらされているようですが、これが自分にとってベストな翻訳環境だと思っています。

 最近のスキャナは精度が上がり、家庭用の複合機 でも、きれいなPDFファイルが作成できます。スキャンとPDF化、OCRによる文字認識用に、ちょっと高価ですがAdobe Acrobatの製品版を使っています。もっと道を究めるなら、書籍の裁断機に強力なシートフィーダーと両面スキャンが可能なスキャナなど、いわゆる“自 炊”用の道具を揃えるべきでしょう。ただ、数年前に購入した複合機が元気なうちは大事に使おうと、フラットスキャナに本を押し付けてはPCに戻り、ボタン をクリックして複合機まで移動する……を繰り返しています。無駄なようでも、私にとっては仕事始めの儀式のような工程です。

 フラットスキャンで 本の“のど”付近の文字がきれいに読み取れず、画像の品位が悪くて読めないぞ、となれば、いさぎよくKindle版を購入します。Kindleはテキスト が吸い出せないというデメリットがありますが、検索機能は重宝しています。そんなわけで、最近は多少の持ち出しになってもKindle版が出ている書籍は 自腹で購入するようになりました。タイム・イズ・マネーです。千円程度の支出を惜しんで無駄に疲れるぐらいなら、自分の腹は何度でも切るつもりで臨んでい ます。

 原稿の下準備が終わったら訳出です。Jammingで辞書を引き、納得の行く結果が得られなければ電子辞書をPCにつないで検索。それが だめならネットに行きます。英語圏以外の人名のカタカナ表記調べで意外に役立つのがYouTubeです。同じスペルの人が“Hello, I'm~”と自己紹介してくれている映像を見つけたときは、思わず歓声を上げてしまいます。

 YouTubeは音楽のノンフィクションを訳すとき の強い味方でもあります。アーティストのテレビ番組出演時の録画が見つかれば、文字情報を超えた、その人の喜怒哀楽を踏まえた訳文が作れます。ライヴの描 写があれば、映像を見つければ迫真の臨場感を文章に再現できます。ミュージシャンのインタビューは文字データだけでは伝わらないところが多々あるため、映 像資料の存在には何度となく助けられました。

 そして、忘れてはならない大切なパートナー、それは『一太郎』です。今ではOfficeに押され気 味ですが、一太郎の校正機能の素晴らしさは特筆に値します。誤字脱字、用字の誤用、表記揺れのチェックなど、同じ会社のJust Right!と同等の機能を兼ねそろえた上、ATOKの最新版がもれなく付いてくるのです。最近のATOKは過去の入力履歴を変換候補の上位に出してくれ るため、固有名詞や人名、私の最近の仕事では、曲名やライヴ会場の名前をきっちり憶えていてくれます。寄る年波に勝てず、あれ、なんだっけと記憶の糸をた ぐり寄せなければならなくなってくると、こうしたサジェスチョン機能が本当に頼りになります。

 テキストエディタで訳文を作り、ひととおりの推敲が終わったところで一太郎を立ち上げ、チェック後再び自分の目でチェック、時間切れ寸前のところで納品です。実務にせよ、出版にせよ、〆切を落としたことがないのだけが取り柄です。
 
  ここまでお読みになって、何かお気づきになりませんでしたか? そう、出版翻訳では、レイアウト指定や特別な申し送り事項をコメント機能で伝える必要がな い限り、私はWordを一切使わないのです。執筆用マクロは秀丸で組みますし、ワープロ的な機能は一太郎で済ませます。だからといって別にマイクロソフト に喧嘩を売っているつもりはさらさらなく、実務翻訳ではWordなしではお仕事できません。
 
 出版と実務の仕事を両立させようとする と、あちらを立てればこちらも立てねば、という悪循環に陥り、気がつくと休みなしで働きづめというのも珍しくはありません。幸い次の出版案件はゆるやかな 納期になりそうですので、年内はのんびり過ごしてみようかと考えています。若いころのように、やれ海外だ、ロックフェスだ、ファッションだ、食べ歩きだと お金のかかることに関心のベクトルは向かなくなり、中央線の最寄り駅から10分で行ける立川や吉祥寺で映画を観て、終わったら近場のカフェにでも籠もり、 Kindleにダウンロードした本を読む。10年来の相棒であるクロスバイクでポタリング。そんなささやかな愉しみのため、今日も私はフラットスキャナに 原書を押し付けています。



 

『ジミ・ヘンドリクスかく語りき』(P-Vine Books)
2013 年3月発売。伝説の天才ギタリストのあまりにも短かった生涯をインタビューと雑誌記事でたどったノンフィクションです。JTF会員企業であるアンフィニ ジャパン・プロジェクト(http://www.infini-jp.net/)の水科哲哉様とのご縁で実現した案件です。水科様とのコラボで、秋にもう 一冊音楽ノンフィクションが出る予定です。
 


   趣味は歌です。歌えばたいていのストレスが吹き飛びます。
 中学時代は合唱部、その後はロックを中心に歌っていました。6年前から毎年12月、地元の合唱団でオーケストラと一緒に歌っています。今年の2月は、翻訳者仲間と国技館の『すみだ第九を歌う会』に参加し、ベートーベン交響曲第九番『歓喜の歌』を歌ってきました。
 写真は2012年『メサイア』公演のゲネプロを写したものです。合唱団の舞台裏で毎年救護を担当してくださっている看護師さんのブログからお借りしました。



 

コラムオーナー

矢能 千秋
(やのう ちあき)

 
レッドランズ大学社会人類学部卒業。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。日本翻訳者協会会員、日本翻訳ジャーナル編集委員。スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道分野における日英・英日翻訳に従事。サン・フレアアカデミー主催「オープンスクール」講師。
共訳『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』河出書房新社
特集:翻訳の未来を語ろう 
人間翻訳者●矢能 千秋

 

MISSION STATEMENT

フリーランス翻訳者になり16年目に入りました。最初の10年はがむしゃらに走ってきました。10年後、20年後の翻訳者としてのキャリアを模索し、いろいろな方のお話を伺ってきました。向こう10年、20年、30年の翻訳者としてのキャリアプラン、ライフプランを立てる上で、業界で活躍されている翻訳者の方々のお仕事ぶりを拝見したい、と思い、このコラムでは、2000字、翻訳、というお題に対して映し出される「人間翻訳者」の方々の「仕事部屋」を拝見したいと思います。皆さん方の「機械翻訳」に負けない「人間翻訳者」としてのキャリアの一助となれば幸いです。