校正刷りの山の中から●伊豆原 弓

2014/03/07

伊豆原 弓(いずはら ゆみ)


1966年横浜生まれ。幼少期は神戸、西宮、都内各所を転々と し、10歳で横浜に帰る。中学生のときに翻訳家になりたいと思い立ち、高校時代から翻訳の勉強を始める。上智大学文学部英文学科在学中にいくつか翻訳のア ルバイトを経験し、卒業と同時に翻訳会社で出来高制の専属翻訳者として働く。このときの上司がのちの経済翻訳家・故山岡洋一氏で、数人の新人翻訳者ととも に、徒弟制度さながらに厳しい翻訳修業を積む。1991年に独立し、IT専門へ転向。1995年頃から、主にテクノロジー、ビジネス、ノンフィクションの 出版翻訳を手がける。主な訳書は『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)、『奇跡の生還へ導く人』(新潮社)、『熊とワルツを』(日経BP)、『コンサル タントの道具箱』(日経BP)など。
■Twitter: @yummyz
■訳書リスト: http://astore.amazon.co.jp/yizuhara-22

 

 「先生」と呼ばれるのがきらいな人だったし、私もそう呼んだことはないので、山岡先生とは言わない。2011年に亡くなった山岡洋一さんからは、OJTでみっちり翻訳のノウハウと金融・経済の知識を仕込まれた。ただ、それは20代前半の3、4年の話で、教わった仕事のほとんどは実務翻訳である。お互い出版翻訳を本格的に手がけるようになった頃には別々の道へ進んでいたので、書籍の翻訳ではあまりご一緒していない。もちろん、勉強会に参加したり、仕事を紹介していただいたり、当時私の専門だったIT寄りの本を一緒に訳したりと、お世話になる機会はあったが。

 初めてひとりで訳した本は、1995年の『Power Mac完全ガイド』という技術書だった。「実機チェックをしたいけれど、手元にMacがないんです」と電話で話したら、「買いなさいよ。それぐらいの投資しなくて、どうするの」と一喝。それもそうだなと秋葉原に出向き、たしか27万円ぐらいで初代PowerMac 6100を買ったが、さらにお金をかけて拡張しないと快適に使えないことがわかり、結局、本が出たあとはほとんど使わなかった。かれこれ15年は電源も入れていないが、いまだに処分できずにいる。

 出版翻訳の実務翻訳と大きく異なる点のひとつは、翻訳作業以外にも翻訳者がかかわる工程があることだ。翻訳が終わって原稿を送ったら、つぎに著者校正が待っている。以前は、初校ゲラがあがってくるまで何週間か時間がかかったので、次の仕事が差し迫った状況でなければ、しばらくのんびり過ごして疲れをとり、リフレッシュした頭で初校を読むことができたのだが、最近は印刷技術が向上したのか、一息つく間もなくゲラが送られてくる。脱稿直前に体中を巡っていたアドレナリンが鎮静化しないうちに、ふたたび原稿と向き合わなければならない。

 山岡さんはほとんど校正刷りを見ない人だった。もう何十回も見直したものを、いまさら見る必要はないというのだ。翻訳中の山岡さんの集中力とスピードはよく知っているので、もっともなことだとは思う。そこで、お手伝いした本などは、印刷工程でミスが起きていないかといったことだけ私が見直した。ほとんど直しはなく、作業は一日で終わる。

 自分で訳す本は、なかなかそうはいかない。早めに仕上げ、しばらく寝かせて納品前にもう2、3度見直したいと思うのだが、結局、そこまでの余裕はない。赤字は最小限にするつもりでいるが、「なんじゃこりゃ」と言いたくなる間違いを見つけてしまう。時がたって見直してみると、ところどころぽっかりと集中力が途切れていたのがわかる部分がある。

 著者校正の苦しさはそれだけではない。この工程は編集者との共同作業である。翻訳者と同じように、編集者にもいろいろな人がいる。原稿をほとんどそのまま印刷に回してしまう人もいれば、びっしりコメントを入れてくる人もいる。「ここのつながりが少しわかりにくいです」などと意見や提案を書き添えてくれる人もいれば、自分で赤を入れて「確認してください」と送ってくるだけの人もいる。「てにをは程度なのでこちらで直しておきました」と言われ、「ちょっと待った!」となったこともある。編集のプロだから著作権のことはよく知っているかというと、実はそれも人それぞれである。翻訳者は、みずから著作権者としての権利と責任をわきまえて必要な押し引きをしなければならない。

 編集者にも翻訳者にも仕事に対する自負がある。それはぶつかり合うべきものではなく、良い本をつくるという同じ目標に向けて協調すべきものだ。編集者のコメントには、自分では気づかない「なるほど」と思う指摘がたくさんある。それでも中には、「あれ? この直しはおかしい」と思うところもある。そういうときにいちいちムッとしていたら先へ進まないし、ほかのところまで色眼鏡で見てしまうことになる。そういうときは、自分の訳文の何が勘違いを誘ったのだろうと考え、その文全体を見直して再修正を入れる。
 意外に引っかかるのが、「どちらでもいい」修正である。ここは直しても直さなくても同じだけどなぁ、と思うところを直されることがある。そういうときは、「ま、いいか」と言って編集者の提案に従う。どちらでもいいと思ったら、自分が引いた方がスムーズだ。

 こうしてフィードバックのボールを投げ合う作業は、コミュニケーションに不慣れな翻訳者にとって神経を使う部分でもあるが、編集者との相性が良ければ、とても楽しい部分でもある。そう、当然といえば当然だが、編集者と翻訳者には相性がある。この点では、私は今まで恵まれてきた方だと思う。

 ちょうど先週、春に出る本の初校を確認し終えたところだ。今週には再校ゲラが届くと思うが、ここまでくれば読者になったつもりでさらっと一度読むだけだ。この後工程が楽しめるようになってきたのは、年を取ったせいかな、などと思う。


 
 小さなこだわりグッズは付箋。会社ではあまり使わないような色を選んで楽しむ。


方眼罫の小さなメモ帳やノートが好き。これに進捗を書き込むのが長年の習慣。

 
 
 

コラムオーナー

矢能 千秋
(やのう ちあき)

 
レッドランズ大学社会人類学部卒業。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。日本翻訳者協会会員、日本翻訳ジャーナル編集委員。スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道分野における日英・英日翻訳に従事。サン・フレアアカデミー主催「オープンスクール」講師。
共訳『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』河出書房新社
特集:翻訳の未来を語ろう 
人間翻訳者●矢能 千秋

 

MISSION STATEMENT

フリーランス翻訳者になり16年目に入りました。最初の10年はがむしゃらに走ってきました。10年後、20年後の翻訳者としてのキャリアを模索し、いろいろな方のお話を伺ってきました。向こう10年、20年、30年の翻訳者としてのキャリアプラン、ライフプランを立てる上で、業界で活躍されている翻訳者の方々のお仕事ぶりを拝見したい、と思い、このコラムでは、2000字、翻訳、というお題に対して映し出される「人間翻訳者」の方々の「仕事部屋」を拝見したいと思います。皆さん方の「機械翻訳」に負けない「人間翻訳者」としてのキャリアの一助となれば幸いです。