はじまりは気づかぬうちに●北川知子

2014/07/11

北川知子


 
翻訳者。奈良女子大学大学院修士課程(社会学専攻)修了。国立国会図書館勤務を経て 翻訳業に従事。訳書にモリス『人類5万年 文明の興亡』(筑摩書房)、ムン『ビジネスで一番、大切なこと』、オニール『次なる経済大国』(ダイヤモンド 社)、共訳書にアダム・スミス『道徳感情論』(日経BP社)、ルービニ『大いなる不安定』(ダイヤモンド社)など。
 
メール:ktgw1389@gmail.com
訳書一覧:http://booklog.jp/users/yakusyo

 
 
 数か月前、柴田耕太郎門下生研究会で、本コラムのオーナーである矢能千秋さんとお会いした。講師の矢能さんからは、主に産業翻訳にまつわるお話をいろいろ聞かせていただいた。なかでも印象深かったのは、「自分にはとてもムリ」と思うような依頼が来たときでも、すぐに断るのではなく、「はい、やります!」と積極的にやってみよう、というアドバイスだった。日頃、「でも~、だって~」と、とかく尻込みしがちな私には耳の痛い言葉でもあった。
というわけで、「はい、やります」と威勢よく返事をしながらも、翻訳者の方々を前にいったい何を書けばいいのやら、と頭を抱えている。ご挨拶代わりに自分のことを少しお話しすることでお許し願いたいと思う。
 
「翻訳者」と名乗るようになってから、今年で6年目になる。経営、ビジネス、歴史、教育、心理学などを中心にノンフィクションの出版翻訳を手がけている。大学を卒業した頃には自分が翻訳者になる日が来るなど想像もしなかったが、あらためて振り返ってみると、いくつかの節目となる出来事があり、それが自分でも気づかぬうちに「現在」につながっているように感じる。


 
朝の散歩コース。運動不足になりがちなので、
できるだけ歩くようにしています。
いつか走れるようになるのが目標です。

 
 大学では社会学を専攻し、卒業後、国立国会図書館に入館した。25年の在職中は主にレファレンス部門で勤務、いわゆる司書の仕事で、何かを調べたい人に対して、図書館の資料を使って答えをみつけられるよう手助けをする。聞かれたことに答えるだけではなく、あらかじめいろんなテーマに即して調べるツールを用意するのも仕事の一部だった。
図書館で働いていたことが、翻訳という作業をする過程で何か役立っているのだろうかと考えることがある。もしかすると「調べもの」をするときに無意識にやっていることもあるのかもしれないけれど、正直よくわからない。私自身がノンフィクションの翻訳者として図書館を利用するのは、参考になる本を借りるときと引用箇所を確かめるときが多い。役立ちそうな本は購入するが、さすがに全部買うわけにもいかないので、近隣の図書館をよく利用する。引用箇所の確認については、国会図書館の資料の郵送複写サービスをときどき利用する。ノンフィクションでは、著者によっては引用が多く、しかも引用された箇所を読んだだけではいまひとつわからないことがある。邦訳があればもちろんそれに頼るが、なければ原論文を入手し前後をたどる。
1998年から2000年までの2年間は、アメリカの国立公文書館でUSCAR(琉球列島米国民政府、沖縄が占領されていた時期のアメリカの統治機関)文書の整理に携わった。わずか2年であっても、外国で生活し、街の風景や匂い、そこに暮らす人たちの日常を肌で感じられたのは得難い経験だった。

 
帰国後、なんとなく思い立って(本当になんとなく、としか言いようがないのだが)翻訳の勉強を始め、やがて柴田耕太郎先生の英文教室に通い始めた。英語と言えば受験英語、それさえおぼろげな記憶になっていた私にとって、この時期に英文を丹念に読み解く訓練ができたことは大きな収穫になった。冒頭で触れた卒業生の研究会は、編集者、翻訳者、エージェントなどさまざまな講師から学べる場であると同時に、情報交換、交流の場でもある。とかく引きこもりがちな身には月に一度の集まりがとても楽しみだ。

 
週一回の早朝ヨガレッスン。
まだ一年ほどですが、少しずつ身体が変わってきたように感じます。


 2006年頃には山岡洋一さんの「古典翻訳塾」で学ぶ機会を得て、一年あまり「ミル自伝」と格闘した。J. S. ミルの文章は私にはとてもむずかしく、毎回課題を提出するのに必死だったのを思い出す。山岡さんから学んだことは言葉では言い尽くせないほど多い。

このとき共に学んだ村井章子さんに声をかけていただき、2年ほど前からアダム・スミスの『道徳感情論』に取り組んでいたが、今年4月、ようやく形にすることができた。古典には当然ながら過去に出版された邦訳書があり、複数あれば使われている訳語が異なる場合もある。時代を経た結果、現代の私たちがほとんど使わなくなっている言葉もあれば、意味が変わっている言葉もある。訳語の選択にはとても悩まされたが、村井さんが「訳者あとがき」で書いておられるように、「できるだけ普通の言葉」で、というのが当初から目指したところだった。なお、今回訳したペンギン版の原書に収録されているアマルティア・セン教授の序文は、以下のサイトでご覧いただける。ご参考までに。http://business.nikkeibp.co.jp/article/book/20140418/263096/ 
 
「ねえねえ、どんなお仕事してるの?」と五歳の子供に聞かれたら何と答えますか、と聞かれたことがある。「本を書いた人と、それを読みたい人の橋渡しをする仕事」と答えながら、ふと思った。ああ、私はずっとそれをやっているんだ、と。公務員とフリーランスでは働き方はまったく違う。それでも図書館で働いていたときにも私がやっていたのは、本を書いた人とそれを読みたい人をつなぐ仕事だった。どうやらやっていることは変わらない。自分でも気づかないうちに、翻訳者としての今は始まっていたのかもしれない。
 

コラムオーナー

矢能 千秋
(やのう ちあき)

 
レッドランズ大学社会人類学部卒業。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。日本翻訳者協会会員、日本翻訳ジャーナル編集委員。スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道分野における日英・英日翻訳に従事。サン・フレアアカデミー主催「オープンスクール」講師。
共訳『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』河出書房新社
特集:翻訳の未来を語ろう 
人間翻訳者●矢能 千秋

 

MISSION STATEMENT

フリーランス翻訳者になり16年目に入りました。最初の10年はがむしゃらに走ってきました。10年後、20年後の翻訳者としてのキャリアを模索し、いろいろな方のお話を伺ってきました。向こう10年、20年、30年の翻訳者としてのキャリアプラン、ライフプランを立てる上で、業界で活躍されている翻訳者の方々のお仕事ぶりを拝見したい、と思い、このコラムでは、2000字、翻訳、というお題に対して映し出される「人間翻訳者」の方々の「仕事部屋」を拝見したいと思います。皆さん方の「機械翻訳」に負けない「人間翻訳者」としてのキャリアの一助となれば幸いです。