イベント報告

2014/11/07

2014年度第2回JTF翻訳セミナー報告
マーケティング翻訳とMTPE-今後の翻訳サービスの方向性


三笠 綱郎(みかさ つなお)

Translation Manager, Language Solutions, SDL
日立製作所でシステム開発に従事した後、翻訳業界へ。ベルリッツ・ジャパン、ITPジャパン、SDLジャパンを経て、約8年間フリーランス翻訳者を経験。IT系を中心にさまざまな分野の翻訳に携わる。2011年に古巣のSDLに戻り、現在は翻訳部の数十名のメンバーとともに品質管理と生産性向上に取り組む。
 

薄井 譲(うすい ゆずる)

Translation Line Manager, Language Solutions, SDL
ITPジャパンで翻訳業界へ。その後SDLジャパンでリンギストとしてさまざまな分野のクライアントの案件に従事。現在もトランスレーションラインマネージャとしてSDLに勤務し、各種クライアントのプロジェクトに従事する。
 

門 慶孝(かど よしたか)

Principal Translator, Language Solutions, SDL
スリー・エー・システムズで翻訳業界へ。Welocalize Japan、MIC を経て、2010年、SDL ジャパンに入社。
主にマーケティングマテリアルの翻訳やレビュー、後進の育成に従事する。

 



2014年度第2回JTF翻訳セミナー
日時●2014年9月11日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●マーケティング翻訳とMTPE -今後の翻訳サービスの方向性
講 師●三笠 綱郎(Mikasa Tsunao)(SDLジャパン株式会社 ランゲージソリューションズ部 トランスレーションマネージャー)/薄井 譲(Usui Yuzuru)(同社 トランスレーション ライン マネージャー)/門 慶孝(Kado Yoshitaka)(同社 プリンシパル トランスレーター)
報告者●津田 美貴(個人翻訳者)

 



 今回のセミナー講師は、SDLジャパン株式会社の三笠綱郎氏、薄井譲氏、門慶孝氏の3名。三笠氏が機械翻訳(以下MT)についての全般的なお話を、薄井氏がMTポストエディットの事例紹介を、門氏がマーケティング翻訳の事例についてお話し下さった。

今後の翻訳サービスの方向性(三笠氏)

いま「翻訳」に何が求められているか

 いま翻訳に何が求められているかというと、メッセージ性である。ユーザーや読者はますます言葉の中にメッセージ性=深層的な意味を求めている。というのも、スマホなどのモバイル機器、そしてSNS(Twitter、Facebook、LINEなど)の広範な普及により、即時的な発信型コミュニケーションが常態化し、、言葉によるメッセージはより短くより濃くなってきた。特に10代の若い人はTVではなくWebから情報を取得することが多い。翻訳業界は、こういう世の中の変化についていくことが求められている。

 一方で大量情報の効率的な伝達への要求も減っていない。いまや事実上あらゆる文字情報が電子化されている。翻訳ビジネス(特に英語からの)の潜在需要は無尽蔵である。翻訳できるはずのものは潜在的には増えている。これを掘り起こして翻訳サービスを提供するのが重要である。

 これらのことから、翻訳サービス提供者に求められている役割は、①コンテンツに応じた適切な品質の翻訳を、②大量に効率よく、③適正な価格で提供することである。手間をかけないでいいものは安く、手間のかかるものは高くというように、翻訳サービスを細分化することが必要になっている。

 「機械にできること」と「人間にしかできないこと」

 言葉の意味には、表層的な意味と深層的な意味の2つがある。表層的な意味の翻訳、すなわち機械的な逐語訳は、すでに多くの言語でMTが利用されている。とはいえ、英⇔日翻訳はMTでは依然としてもっとも難しい翻訳の1つである(他はフィンランド語とアラビア語がある)。辞書を引く、簡単な構文解析をするなどの作業をMTに任せることは現在でも既に可能である。とはいえ、表層的な意味と深層的な意味の間には“ほぼ”絶対的な隔たりがあると思ってよい。表層的な意味と深層的な意味の境界は不確定で流動的ではあるが、未来永劫この差は埋まらない。つまり人間の翻訳者の仕事はなくならない。機械にできることは機械に任せて、人間はより価値の高い人間にしかできないことをするべきである。現在の翻訳業界においてのそれは、マーケティング翻訳とポストエディットである。

コンテンツによる翻訳サービスの細分化

 マーケティング翻訳とは、広告文などのコンテキスト依存性が高いもの、メッセージ性の高いものである。たとえば、つい先日行われた新型iPhoneの発売発表などがそうだ。産業翻訳の対象コンテンツのうち最もメッセージ性の高いマーケティングマテリアルの翻訳はもちろん人間にしかできない。短く簡潔なメッセージほど、訳すには広く深いコンテキストの理解が必要になる。行間に埋め込まれ、文字ではっきりと表されていない意味や情報を拾い上げることは人間にしかできない。

 また、ポストエディット(PE)も人間にしかできない作業である。MTから出力された訳文を人間が編集して必要な品質レベルに引き上げる作業は人間にしかできない。今後MTの出力品質が向上していっても原理的にPEはなくならない。PEは、チャップリンのモダンタイムスのように機械に隷属した“非人間的な仕事”と誤解されていることが多いが、そんなことはなく「人間にしかできない」作業である。

MTポストエディット事例紹介(薄井氏)

 大量のコンテンツを適切な品質かつ適切な価格で提供するためにMTを導入するという選択肢がある。ただ、MTをそのまま使用すると理解しやすさと正確さに課題が残る。だが、少し人間が手を加えることでこの問題を解決することができる。人間による質の向上、付加価値をつけることをポストエディット(PE)という。

 MTを採用する際、まず顧客に対し、人間と同じレベルの翻訳ではないことを事前に説明して納得してもらうことが大切である。たとえば、自然な日本語らしい表現が損なわれる可能性があることや、目的語の位置や選択した単語が異なると同じ内容の文章でも同一の文章にはならない(揺れが生じる)などでをあらかじめ伝えておく必要がある。

 また、PEの実作業者へのトレーニングにも十分な時間を割いた。導入の背景を説明し、MT出力に大きく関係する使用エンジンの特性を知ってもらい、注意してみたもらいたいMT出力の典型的なエラーを伝えた。そして、「ここまでやる必要はない」という留意点を周知徹底した。
 
このように注意しながらPEを導入した結果、この案件では従来の1.4倍のコンテンツをローカライズすることができ、LISAモデルの基準を満たす品質で、目標に近い削減額を実現することができた。しかし、課題も残る。導入前は2倍の生産性を目指していたが、そこまで生産性が上がらなかった。今後もポストエディットの手法や手順を見直す必要があると考えている。

マーケティング翻訳の実際(門氏)

 マーケティング翻訳とIT翻訳との違いとは、求められる品質の違いである。IT翻訳は正確性とスピードが求められるのが、マーケティング翻訳はさらに、読みやすさ、わかりやすさ、インパクトが求められる。

マーケティング翻訳の目的は「読み手に興味を持たせ、製品やサービスを買ってもらうこと」である。そのためには読み手にアピールする訳文が必要である。つまり、①何を誰のために訳すのか?②原文のトーンは?(柔らかい?硬い?)③クライアントの好みは?を訳す前に考えなければならない。そして訳した後も、自分が読んだときに興味を持てるか?購入したいと思えるか?という視点で見直す必要がある。

 マーケティング翻訳でNGとされる翻訳は、何の工夫もない直訳、原文と関係がない創作のような超訳、リズムのない単調なつまらない文章である。逆に読み手にアピールする訳文とは、直訳を避け、わかりやすく工夫された、読みやすく自然で、文にリズムのある日本語である。そして、最も大切なのは第一印象と読後感だ。

では、上達のためには何を心がければよいか。①原文との適度な距離感を保つ。原文に忠実に訳すことは必要だが逐語訳にならないように適度にスパイスをきかせる。②日本語を何度も読み返す。文章の流れを大切にし、IT翻訳とは逆に用語や文末表現にバリエーションをつけ、文章にリズムを持たせる。③お手本となる文章を暗記する。素晴らしいコピーをみつけたら覚えて自分のものにする。④英語力を伸ばす。訳文にスパイスをきかせるために、原文の「メッセージ」を正確につかむ。⑤小説や書籍を読む。小説家は美しい日本語を書くエキスパートなので、小説を読んで美しい日本語を身につける。またコピーライターが言葉にどういうこだわりをもっているのかを知ることも重要なので、コピーライティングの書籍でコピーライターの実践テクニックを学ぶことも大切である。

感想

 機械翻訳(MT)というだけで毛嫌いする翻訳者が私の周りにもまだまだ多い。今回のセミナーを受講していて、翻訳会社が仕事を発注する際にポストエディットと言わずに「機械翻訳を使って翻訳してください」とお願いしていることも原因の一つではないかと思えた。ポストエディトという用語が一般的になり、翻訳者ではなくポストエディター募集という風にきちんと募集を分ければもっとMTを導入する翻訳者も増えるのではないだろうか?