イベント報告

2017/09/08

2017年度JTF第2回翻訳セミナー報告
医薬翻訳セミナー
~正確に読み、訳すためのヒント~ (事前課題あり!)


森口 理恵

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京都薬科大学薬学部薬学科卒業。香料研究室勤務、データ検索担当者(サーチャー)、医薬系翻訳会社のコーディネータ兼社内翻訳者などを経て独立、以来20年あまり医学論文や製薬・医療機器関連の資料などの英日・日英翻訳を手がける。翻訳教育機関での翻訳指導やテキスト執筆など、翻訳者教育にも携わる。著書に、医薬業界に特有の基本表現を平易な表現で説明した『まずはこれから!医薬翻訳者のための英語』(イカロス出版)がある。
 



2017年度JTF第2回翻訳セミナー報告
日時●2017年8月3日(木)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●医薬翻訳セミナー ~正確に読み、訳すためのヒント~ (事前課題あり!)
登壇者●森口 理恵 Moriguchi Rie(R&Aメディカル 代表)
報告者●熊谷 玲美(翻訳者)

 


 

通常は関西を中心に開催されている森口氏のセミナーを東京で聞くことができる貴重な機会となり、会場には医薬翻訳者はもちろん、他分野を専門とする翻訳者の姿も見られた。事前に論文和訳の課題が出されており、提出した41名にはレベルチェックのうえで当日返却された。当日のセミナーはその課題を1文ずつ検討しながら、押さえるべき重要なポイントや情報検索法の解説をしていただいた。参加者からの情報提供や質問も活発におこなわれ、2時間40分という時間があっという間に感じられた。(セミナーは課題文に沿って進められたが、本報告ではセミナーのポイントごとに内容をまとめた)

どこまで読むか

 事前課題は、新興感染症に関するパブリックドメインの論文誌に掲載された論文の「抄録」と「考察」の一部。品質で定評のある医薬系翻訳会社が、戦力になる翻訳者を見つけるために実施するトライアルという想定で採点した。
 トライアルでは、たとえ指示がなくても原論文の全文を入手し、それを参照しながら訳すようにしたい。原文を読んだかどうかは訳文を見ればすぐにわかる。出題側の意図は、全文を読むことも含めて、翻訳者がきちんと調べているかどうか、論文を読んで解釈する力があるか、という点である。
 抄録の訳で解釈に悩んだときは、原文の該当部分や、できれば参考文献まで確認する。論文の中身を読めば誤読が避けられる。和訳の場合でも、英語資料を読んで内容を吸い取り、それを日本語で表現するようにしたい。

ストーリーをふまえて訳す

 課題の抄録部分では、C型肝炎ウイルス(HCV)と肺炎球菌の関係がわかりにくい文があるが、緒言を読めば「HCVに重複感染することで、侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)による死亡や合併症のリスクが高くなる」ということがわかる。そこまで確認したうえで、その内容を補って訳す。
 さらに調べると、これがワクチン摂取の費用対効果分析の基礎データにしたい、という話だとぴんとくるはずだ。考察にもこうしたストーリーを理解していないと訳せない文がある。
 どの論文にも、研究の目的や、著者の言いたいことなど、それぞれのストーリーがある。翻訳者もそのストーリーを理解して訳したい。そのストーリーを理解せずに文字通り訳しただけでは、伝わらない訳文になってしまう。

「常識」を身につけるための情報検索法

 課題に出てくるC型肝炎ウイルスや肺炎球菌についてよく知らなければ、まずネット検索で把握しておく。例えば、[HCV prevalence age]でGoogle画像検索をすると、C型肝炎の有病率を年代別に表したグラフが見つかり、高齢者に多いという背景知識が得られる。そうした常識を身につけることで、訳文を読む人(研究者、製薬会社の人、医師)に、同じ常識を共有する「コミュニティ」の仲間と思ってもらえるようにしたい。
 適切な専門用語もネット検索で見つけられる。課題の例では、「Concurrent infection」を検索すると「同時感染」という訳語が出てくるが、HCVとIPDという2つの感染症に「同時」に感染するのかという疑問がわく。そこでさらに検索すると「重複感染」という用語を発見でき、「ウイルスと細菌の重複感染」という表現が実際に使われていることも確認できる。

日本語の表現を工夫する

 長い文を訳す場合には、後ろから訳し上げるよりも、原文での情報の順序に注目して訳したほうが、情報が伝わりやすくなる。具体的なテクニックとしては、文の冒頭に「今からこういうことを言いますよ」ということわりを入れると、最後まで読んでもらえる。そうせずに前置きもなく長い文が続くと、読者が途中でなんのことかわからなくなり、読み飛ばされてしまうおそれがある。課題の訳例では、「より現実的な例として・・・との解釈がある」という表現を使った。訳し終わったら、自分の訳文を批判的に見て、途中で読みとばされてしまうような表現になっていないか確かめよう。
 一方、英語の文章は同じ単語の繰り返しを避けるが、日本語では繰り返して使うという違いがある。例えば課題では、抄録の最後の文に「illness」という単語が出てくるが、これはそれ以前に話題にしていた「IPDの合併症」のこと。これを「疾患」と訳してしまうと、別の合併症の話かと思われてしまう。
 また、英文では文章の冒頭を数字にしないというルールがある。課題の「A total of 355 of 3,241 patients with IPD」という文の「A total of」はそうした英文のルールによるものだ。実際には意味はないので訳さなくてよく、「IPD患者3,251例のうち355例」となる。これに対して、クライアントなどから「A total ofが訳されていない」という指摘を受けるケースがあるが、その場合には不要であることをきちんと説明して、現状を変えていく必要がある。

英英辞書と翻訳ツール

 英和辞典だけでなく、学習者用の英英辞典を使おう。例えば、"HCV is common in patients with IPD"のcommonは「一般的」「普通」と訳している例が多かったが、頻度についての表現である。これは英英辞典を引けばわかる(訳例では「感染率が高く」と訳出)。
 翻訳支援ソフトは、個人用ツールとしても役に立つ。例えば薬局方の通則で訳し方が決まっている表現(やや溶けにくい=sparingly soluble)や、頻出する表現・薬剤名などを単語帳に登録して、繰り返し使うことができる。似た表現の文章を毎回使う傾向がある企業広報関連の仕事でも、翻訳支援ソフトを使うと以前の訳文をすぐに探せるので助かっている。機会があれば使ってみて欲しい。

課題を振り返って

 課題はなかなか難しい内容だったが、例えば考察の部分でも、「論文の考察とはどういう進むものか」というのをわかっていれば訳せたはずだ。その意味でも、論文とはどういうものかを知っておくことはとても重要である。
 英語の文章を素早く読んで、情報源として使えるレベルの英語力はどうしてもつけなければならないが、それに近道はない。ただ、メディカルの分野は事実を扱う分野であり、どの国の人もほぼ同じ病気にかかる。そのため、肺炎球菌についての説明であれば、言語が違っても、内容としては同じことを言っている。その点では、先に日本語の情報を頭に入れたうえで、英語を読めば、英語の文章を読む力がつく。

 

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