イベント報告

2017/11/10

2017年度 JAT総会「基調講演」報告 パネルディスカッション
Is there an elephant in translation?
機械翻訳、まだ見かけていませんか?



2017年度JAT総会 基調講演(パネルディスカッション)報告
日時●2017年6月24日(土)13:15~15:15
開催場所●国立オリンピック記念青少年総合センター
タイトル●Is there an elephant in translation? 機械翻訳、まだ見かけていませんか?
パネリスト●
隅田英一郎 Eiichiro Sumita (国研)情報通信研究機構(NICT) フェロー。先進的音声翻訳研究開発推進センター副センター長。JTF理事、アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)理事
河野弘毅 Hiroki Kawano ポストエディット東京、JTF理事
マシュウ・ヒートン Matthew Heaton  TBSJ 最高経営責任者
トム・ガリー Tom Gally  東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属グローバルコミュニケーション研究センター 教授・センター長
モデレータ●目次 由美子 Yumiko Metsugi  LOGOStar
主催●日本翻訳者協会(Japan Association of Translators:JAT)
報告者●冨永 陽 Akira Tominaga  翻訳者/翻訳チェッカー/翻訳コーディネータ

 


 

夏の始まりを感じさせる好天にも恵まれた6月の終わり、日本翻訳者協会の通常総会が執り行われた。基調講演の1つとして開催されたパネルディスカッションでは機械翻訳をトピックとし、産業翻訳においてもその利用価値が認められつつある最中、機械翻訳を多様な視点から最新状況を確認し、今後の傾向を把握するべく展開された。

各パネリストによるプレゼンテーション
機械翻訳の現況(隅田氏)

昨秋、Google翻訳の性能が飛躍したと話題になった。この流れが進めば、これまで人間翻訳(HT)に頼っていた分野でも、部分的にも機械翻訳(MT)の利用が加速するだろう。個人的には、特許、マニュアル、法務、医療、ウェブ、SNS、マーケティングなどで使われていくとみている。逆に、文芸翻訳やtranscreation、thick translation(文化的な違いなどで補足説明を要するもの)は、MTで太刀打ちできない。

これまでのMTは、第1世代のルールベース型(RBMT)の後、第2世代の統計ベース型(SMT)が登場し、昨年登場したのが第3世代のニューラル翻訳(NMT)である。これは、ヒトの神経細胞(ニューロン)をたくさんのコンピュータを使って再現したもので、神経細胞に信号が流れて複雑な計算をするように、ニューロンを模したコンピュータに信号を流し、多量の翻訳を読ませて学ばせる仕組みである。現在話題のGoogle翻訳もこのNMTであり(GNMT)、Microsoft Translatorなども同様である。今後NMTはさらに伸びると思われる。

昨年9月にGoogleがSMTとNMTを比較したところ、NMTはSMTよりも一段とHTに近い訳文だったという。ただし、分野や原文の質、言語的な距離、採点方法など諸条件によってMTの評価結果は変わるので、一概にNMTがSMTより優れているというわけでもない。NMTはHTのような流暢な訳文である反面、部分的な訳漏れが発生する欠点があり、学習にも非常に時間がかかるという一面もある。

翻訳業界におけるMT導入(河野氏)

1. ソースクライアント

今年、ある団体でMTの研修が開催された折、開催告知から2時間で定員に達したそうだ。MTへの関心は高いようだが、日本の市場全体を見るとクライアントにおけるMT導入はさほど進んでいない。翻訳の仕様を自分で決めたり、自分でも翻訳したりする発注担当者であれば、MTや新技術の導入も比較的早いが、翻訳を外注に任せ切りの場合は、新技術導入までに時間がかかる傾向にある(CATツールを自分で使わないクライアントで顕著)。

2. 翻訳会社

昨日、某求人サイトを調べたところ、翻訳関係の求人300件余のうちポストエディット(後処理)業務の募集は5件。翻訳会社でもMTがまだ十分に普及していないと想像できる。GNMTの場合、セキュリティ面を心配するクライアントが多く、翻訳会社の営業担当も売上減少や社内の反対を危惧し、翻訳会社の経営陣もMTを見据えた議論ができる状況にないといった様々な理由が考えられる。私が現在知る限り、MT導入に前向きに取り組む姿勢を示している翻訳会社は5社ほどだ。

3. 翻訳者

最終的な訳文がきちんと仕上がっていれば基本的に問題はないので、作業の中でMTをコッソリ使う翻訳者はいるかもしれない。だが、MTのアウトプットはそのまま納品できないし、ポストエディットで翻訳と同等以上の時間と労力を要する場合もあるので、実際のところ翻訳者も得しているとは考えにくい。

重要なのは、MTを適用する分野・範囲を見極めること。自分の請けている範囲でMTの適用範囲をマッピングできるのが望ましい。また、プリエディット(前処理)を工夫し、チェックを可能な限り自動化できれば、ブレイクスルーは起こり得る。個人レベルで上手く機能するMTプロセスを組織レベルに拡張できれば次世代の勝者になれるだろう。

翻訳会社の立場から(ヒートン氏)

TBSJではMTではなくTM(翻訳メモリ)を使用する案件が非常に多い。MTでHTと同等の質の高い翻訳はまだできないが、決してデメリットだけだとは捉えていない。

ここで1つ問題。自由の女神像の写真があり、その下に “What state is this statue in?” と書いてあったとする。この1文はGNMTでどんな訳になるだろう? どの州にあるか記憶を辿る人もいると思うが、GNMTでは「この像はどのような状態ですか?」と訳される。MTは原文の文字情報に縛られるが、人間なら、原文の周辺情報、自分の経験や知識も動員しながら訳すはずだ。MTは文字を訳せても内容の理解や要約はできない。

しかし、案件によってはMTで作業時間が15~50%短縮できるとの声もある。翻訳市場は世界全体で年5%の成長率を遂げており、翻訳するコンテンツも増えている。MTは「原文の構造が単純で質の高いポストエディットが楽にできる」「大まかな意味が分かれば良い」「大量の文書から翻訳すべき対象を絞りたい」といった案件なら使える。一方、前提情報が省略された中間報告書やメール、一文が長い法務文、原文の質が低い文書などには向かない。

大切なのは、テクノロジーの進歩を無闇に恐れず、動向を見守りながら柔軟に対応すること。そうすれば、AI(人工知能)やMTが発達するにつれて翻訳が手堅い仕事になると思う。

独立5年目ぐらいの翻訳者へ(ガリー氏)

フリーランスで翻訳を主な生業としていた時の経験を踏まえて、現在の自分から30年前の自分に伝えたい話をする。

翻訳は言語を扱う作業であるが、言語とはどのように捉えるべきだろうか? 研究者による言語の定義を歴史的に辿ってみると、単語・語句を扱うレベルから出発し、文法やルールの分析、コーパスなど実例の分析へと変化し、さらにCEFR1では、言語が行為や社会的文脈に根差しているからこそ意味を持つことに言及している。こうした言語観の変遷は、MTの変遷と似ているが、現在のNMTでも行為や社会的文脈が絡むことには、まだ対応できない。つまり、人間同士のやりとりが深く関わる形で働く翻訳者は生き残れるだろう。

とはいえ、AIやMTは日進月歩。開発に携わる人も優れた洞察力の持ち主ばかり。翻訳には意識や感情が絡むことやMTが文字だけに縛られる話も先ほど出たが、今後は文章だけでなく、関連する画像や動画を認識し、文脈や状況を把握した上で翻訳するMTやAIがGoogleなどから出る可能性もある。

なお、Googleにとっての翻訳は数あるケーススタディの1つに過ぎない。同社では、もっと大きなプロジェクトが進んでいるので、今後の状況によっては、アルファ碁(Google DeepMindによって開発されたコンピュータ囲碁プログラム)のようにGNMTが突然終了する、または有料化することも考えられる。


1. Common European Framework of Reference: ヨーロッパ言語共通参照枠

ディスカッション

Q.: ポストエディットは割に合わないと言われるが本当か?
ヒートン氏: ポストエディットは翻訳に比べて単価が低く時間もかかるが、MTの普及で新たな需要が出てくるかもしれないし、新しい仕事が生まれる可能性もある。
河野氏: かな漢字変換のように学習してくれる機械なら、使い込むうちに自分に合ったツールになる。また、原文のプリエディットを工夫すれば、ポストエディットも最小限に抑えられる。コンマ1つで訳文がガラッと変わるのは面白い。 

Q.: コンテキストを考慮するMTは登場するか?
隅田氏: 現時点では文単位の処理だが、文章単位での処理や原文以外の情報を取り入れるようにすれば、可能性はある。現に、日⇔英間のMTでは主語や目的語を補う機能の研究が進み始めた。

Q.: MTに翻訳の仕事を奪われるのでないかと心配する人へのアドバイスは?
ヒートン氏: 翻訳の需要やボリュームは確実に増えているが、MT云々よりも、翻訳が楽しいと感じられなければ、仕事として続かない。
ガリー氏: あくまで個人の選択だが、人と人との繋がりや橋渡しなどに深く関わりつつ、翻訳を通して自分を活かせる道を私は勧める。自分で訳せることに誇りを感じてほしい。
河野氏: MTが日常的な場面で普及すれば、翻訳者は訳文の良し悪しを判断する専門的な語学メンターの役目を担うのではないか。
隅田氏: たくさん翻訳してほしい。MTもツールとして使いこなす気概があれば、工夫次第でうまく使える。