イベント報告

2018/09/14

2018年度第1回JTF翻訳セミナー報告
ネットに頼らない、日英語辞書環境構築入門


関山 健治


専門は英語辞書学、応用言語学。名古屋学院大学外国語学部英米語学科卒業、南山大学大学院 外国語学研究科英語教育専攻修士課程修了、愛知淑徳大学大学院 文学研究科英文学専攻博士後期課程単位取得。沖縄大学専任講師、准教授を経て、現在中部大学准教授。著書に、『辞書からはじめる英語学習』(小学館、2007)、『英語辞書マイスターへの道』(ひつじ書房、2017)、『英語のしくみ』(白水社、2009)、『日本語から考える英語の表現』(共著・白水社、2011)などがある。『ウィズダム英和辞典(第3版)』『プログレッシブ英和中辞典(第5版)』『ベーシックジーニアス英和辞典(第2版)』をはじめとした各種英和辞典の執筆、校閲、編集にも携わる。
 



2018年度第1回JTF翻訳セミナー報告
日時:2018年7月13日(金)14:00 ~ 16:40
開催場所:剛堂会館
テーマ:ネットに頼らない、日英語辞書環境構築入門
登壇者:●関山 健治 Sekiyama Kenji 中部大学准教授
報告者:井上 望(フリーランス翻訳者)

 


 

 本セミナーは、第27回JTF翻訳祭の同氏による講演に、「ネットに頼らない」という視点のもとで新たな内容が加えられた講演であった。

辞書検索環境の歴史

 講演は辞書を引く環境の変遷をたどることから始まった。1990年代、電子ブックプレイヤーで利用するCD-ROM辞書の登場はあったものの、当時はまだ冊子辞書中心の時代だった。2000年代にはパソコンで利用するEPWING規格のCD-ROM辞書が数多く登場し、主要大辞典がCD-ROM化されたこともあって普及が進む一方、電子ブックプレイヤーはICメモリー搭載の電子辞書専用機に置き換えられていった。容量の制限から学習辞書は電子辞書専用機、大辞典はCD-ROMソフトといったすみわけも行われていた。紙離れが拡大したのもこの時代である。2010年代になると電子辞書専用機のコンテンツをパソコンで利用するPASORAMAという機能を搭載した電子辞書が登場した(セミナー冒頭の挙手によるアンケートでは聴衆のほぼ半数がPASORAMAユーザーだった)。ただし開発元は2015年に電子辞書市場から撤退している。一方でスマホが普及し、ネットで利用するオンライン辞書がいわばデフォルトの検索手段にもなった。
 ここで講師から指摘があったのは、ネット検索には短所もあり、特に初心者が最初からネット検索をすると吟味不足から誤った情報を手にすることがあるという点だ。実際、電子辞書専用機の方がネット検索よりも迅速、的確に調べがつくことは多い。オフラインの辞書で得られない情報をネットで検索すればよい、というのがこの日のアドバイスであった。
 なおEPWING規格の辞書コンテンツについては、新品市場は縮小しているものの、かつての電子ブックプレイヤーで使用されていたCD-ROMソフトがEPWING準拠であることから、検索機能に制限があることを理解した上で、オークションに今なお数多く出品される電子ブックプレイヤーに付属するソフトをEBWinなどの検索ソフトで利用する方法もあるとのことだ。

そろえたい辞書

 続いて、手元にそろえるべき辞書が紹介された。英和大辞典では小学館ランダムハウス英和、研究社新英和、ジーニアス英和の大辞典御三家に加えリーダーズ、リーダーズプラス、研究社新和英大辞典。学習英和・和英辞典はジーニアス、ウィズダム、オーレックス。英英辞典はOxford Advanced Learner's Dictionary(OALD)、Longman Dictionary of Contemporary English(LDOCE)、COBUILDといった学習英英辞典。デスクサイズ国語辞典は広辞苑、大辞林、大辞泉のうち最低1冊。小型辞書は明鏡国語辞典、新明解国語辞典、三省堂国語辞典の3冊とも。英語類語辞典ではLongman Language Activator(LLA)、Oxford Learner's Thesaurus(OLT)。日本語類語辞典は角川類語新辞典、新明解類語辞典(比較的新しい)、日本語大シソーラス(語釈はない)のうち最低1冊。コロケーション辞典では、新編英和活用大辞典、Oxford Collocations Dictionary、研究社日本語コロケーション辞典、三省堂てにをは辞典が挙げられた。
 ここで収録語数イコール主見出し語数ではないという注意喚起があった。収録語数には主見出し語の数に加えその変化形、句動詞、成句、派生語の数も含まれるので、実際の主見出し語数が収録語数の半分強にとどまる例もある。さらに海外の辞書(英英)では収録語数が多義語の語義数だけ加算されているものが多い。つまり収録語数で主見出し語数の多寡を推しはかることはできない。たとえばOALD第9版とジーニアス英和辞典第5版の収録語数はそれぞれ約18万5000語、約10万5000語とされているが、ジーニアスにあってOALDにない主見出し語も多いという。

電子辞書専用機を見直す

 PASORAMA対応機種にはスタンドアロンでのみ有効な機能が数多くあるため、パソコンにつないだままでは宝の持ち腐れになるという指摘には納得させられた。所有者は本体のふたを開け、たとえば世界大百科事典で索引検索を利用するとどれほど検索対象語数が増えるかなどを確かめてみるべきだろう。なおPASORAMA対応機種以外ではカシオの最上位機種が推奨されるが(これ1台で一通りの辞書がそろう)、10年以上前の中古機種は動作が速く、持ち運びに便利なので意外と役立つ。その場合は串刺し検索(見出し語、用例、成句)機能や日本語へのジャンプ機能があるものを選ぶことがポイントとのことであった。

英語辞書の使い分け

 各英語辞書の用途と特徴が紹介された。外国人向けの学習英英辞典は、価格と物理的重量から電子辞書専用機やオンライン辞書が推奨されるものの、定義の正確さと分かりやすさが両立したMerriam Webster's Elementary Dictionary(子供の英語母語話者向け辞書ながら非常に有用)のように、英語母語話者向け英英辞典には冊子版限定のものも多い。英語の類語辞典については、先述のLLA、OLTに加え、Oxford Learner's Word Finder、Longman Lexicon of Contemporary English(絶版、古書市場で見かけた場合購入の価値あり)、Random House Word Menu、Roget's International Thesaurusそれぞれの特徴が紹介された。このほか、Dudenや食べる指さし会話帳のような図解辞典、英語の数量表現辞典(研究社)、外国人名よみ方辞典(日外アソシエーツ)、英和ブランド名辞典(研究社)、和英・英和タイトル情報辞典(小学館)、英語動詞1500使いこなしBOOK(明日香出版)も紹介された。
 なお、会場の質問に答えて氏が紹介したところでは、冊子版の辞典類は大手文具メーカーの事務用裁断機で裁断し、自動送り機能のある卓上型スキャナーでPDFにし、PDFのしおり機能を利用して手作業で目次を作成しているとのことである。

国語辞典を知る

 大辞林、大辞泉などほとんどの国語辞典は、英和辞典のように語義を現在の使用頻度順に列挙した共時的配列になっている。一方、広辞苑は、一部の英語母語話者向け英英辞典(MWCD、WNWDなど)のように、古い語義から順に列挙した通時的配列になっており語義の使用頻度と並び順が一致していないことがあるので要注意とのことである。、
また辞書の編纂方針には正誤を重視する規範主義と、実態を重視する記述主義があることも紹介された。ほとんどの辞書は両者の折衷であるものの、どちらに軸足を置くかには違いがある。たとえば、広辞苑の場合は冊子版とデジタル版の内容は同一で、いずれも規範主義的傾向が強いが、大辞林および大辞泉の場合は冊子版を増補し、記述主義的傾向を強めたデジタル版が別途編纂されている。
 なお、新明解国語辞典は独特の語釈に加えアクセントや数え方の表記がある点、また三省堂国語辞典は新語の収録に積極的で語釈が簡明である点が特徴として紹介された。このほか古い言葉を探すための現古辞典(河出文庫)、大和ことば辞典(東京堂出版)についても紹介があった。

辞書をつくるということ

 最後に辞書の執筆・編纂の現状が紹介された。日本には辞書学会がないこと、学生が辞書編纂の現場に触れる機会が減ったこと、辞書の執筆や編纂に対する労力や時間の割に、研究業績としての評価がまだまだ高いとは言えないことなどが原因となり若手の辞書執筆者・編集者が不足している。またインターネットの普及に伴い、情報は無償のものと考える風潮が強まったこともあり、辞書の改訂や新企画の実現が困難になっている。しかし辞書の執筆・編纂は社会の人々に直接役に立ち、成果が長く残る発見に満ちた魅力的な仕事であることも事実である。講演の最後は、現場で実務に携わる翻訳者や通訳者も含め、より多くの人が携わるようになることを望む氏のメッセージで締めくくられた。