イベント報告

2019/05/10

2018年度翻訳品質セミナー
JTF翻訳品質評価ガイドラインを活用する


西野 竜太郎(ニシノ リュウタロウ)


一般社団法人日本翻訳連盟 理事
IT分野の英語翻訳者。米国留学を経て国内の大学を卒業後、2002年からフリーランスの翻訳者とソフトウェア開発者に。2016年に合同会社グローバリゼーションデザイン研究所を設立。2017年からJTFの理事および翻訳品質評価ガイドライン検討会委員長も務める。
産業技術大学院大学修了(情報システム学修士)、東京工業大学博士課程単位取得退学。
『アプリケーションをつくる英語』で第4回ブクログ大賞(電子書籍部門)を受賞。近著に『アプリ翻訳実践入門』がある。


工藤 竜広(クドウ タツヒロ)

株式会社サン・フレア 商品保証部部長
ソフトウェアメーカーに十年ほど勤務した後に、株式会社サン・フレアに入社。
製造(電気機械・化学)、法務、金融、ICTに関する翻訳、レビューに長年従事。
英語、中国語を始めとして様々な言語(欧州言語・アジア言語)で多様な分野の案件について翻訳、レビュー、品質管理を担当。




2018年度翻訳品質セミナー
日時●2019年2月4日(月)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●JTF翻訳品質評価ガイドラインを活用する
登壇者
●西野 竜太郎(ニシノ リュウタロウ)一般社団法人日本翻訳連盟 理事
●工藤 竜広(クドウ タツヒロ)株式会社サン・フレア 商品保証部部長
報告者●外山 厚子(株式会社ホンヤク社)

 


 

 今回の翻訳品質セミナーでは、2018年11月に公開された「JTF翻訳品質ガイドライン」の解説ならびにその活用事例が紹介された。このガイドラインは、JTF翻訳品質委員会の部会「翻訳品質評価ガイドライン検討会」で2016年度より検討をはじめ、多数の翻訳会社と個人翻訳者の協力を得て完成したものである。

第1部:JTF翻訳品質評価ガイドラインの概要

 「翻訳品質評価」というと、まず、「品質」が何を指すのかが明確でないため、関係者間で共通認識を持ちづらい、という課題がある。そうした現状を踏まえて今回公開されたガイドラインは、関係者間で共通認識を持ち、結果的に翻訳ビジネスを円滑化することを目的としている。ただし、このガイドラインはかならず遵守すべきというものではなく、それぞれの立場に応じて便利に使ってもらうことを意図している。
 「翻訳品質評価」に関する用語の定義は以下のとおり。

  • 品質:翻訳成果物が、関係者間で事前に合意した仕様を満たす程度のこと
  • 品質評価:翻訳成果物が仕様をどの程度満たしているか測定すること
  • 仕様:クライアントや最終読者のニーズや目的などに基づき、翻訳成果物が持つべき用件をまとめたもの

 ここで重要なのは、事前に決めた仕様がなければ品質評価ができない、という大前提である。ニーズや目的によって翻訳に求められる品質は異なるため、仕様書の形でまとめておくことが望ましい。
 JTF翻訳品質評価ガイドラインは、欧米の翻訳業界でも用いられているエラーベースの評価メトリクス(客観評価)をベースとしている。翻訳成果物に含まれるエラーに対し、重大度に応じて点数を付ける方法で、エラー・カテゴリーと点数をあらかじめ明示するため、関係者が共通認識を持てる、という利点がある。一方で、簡便に使えるが、翻訳品質の一側面しか捉えていない、という点には注意が必要であり、状況に応じて主観評価などほかの評価手法の利用も検討すべきである。また、関係者が継続的に対話し、カテゴリーや重みなどの充実化や改善を図り、主観的で暗黙的な評価基準を客観的なメトリクス(指標)に変換する努力を続けることが望ましい。
 また、品質評価を行う際には、「納期」「コスト」「原文の質」も考慮すべきである。短納期、低予算、原文の出来が悪い、といったケースでは、合否のしきい値を下げるといった対応を検討し、合意した内容を仕様に盛り込むことが望ましい。

 実際のJTF翻訳品質評価モデルの特徴は以下のとおり。

  • エラーベースの評価メトリクスを利用している
    (エラー・カテゴリーとその重み例、重大度、合否しきい値を提示する)
  • 基本的に日本語への翻訳の評価を想定している
  • 国際的な評価ガイドラインとの互換性を考慮している
  • 分野の実情に合わせて柔軟に設定できる

 このモデルを用いて得られた評価は、リソースの能力を判断したり、品質改善に役立てることができる。
 本ガイドラインには、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスが設定されており、クレジットを適切に表示するだけで、複製や変更が自由に行えることになっている。一部を変更して自社のガイドラインを作り、クライアントに提示することなども可能だが、本ガイドラインは今後徐々に改善を図る予定であり、意見などあれば、ぜひJTFまで連絡いただきたい。

 

 

第2部:JTF翻訳品質評価ガイドライン活用の実例

 株式会社サン・フレアで商品保証部部長を務める工藤氏により、同社の事業ならびに品質保証システムについて紹介された。
 グローバルコミュニケーションを実現するために同社が掲げる「ドキュメント総研」というビジネスは、コアコンピタンスである言語力を中心に、提案力、デザイン力、IT力、教育力という「人材力」で構成され、グローバルビジネスで求められるスピードと信頼性を極限まで磨くことを「品質方針」としている。業界ごとに関連規制や慣習が異なるため、複数のBusiness Unit(BU)をおき、BUごとに独立採算制をとるほか、それぞれのBUが「ひと」と「しくみ」による独自の「品質保証システム」を構築している。
 今回このガイドライン作成検討会に参加した理由としては、大きな流れとしてドキュメント品質評価の動きがみられ、ニューラル機械翻訳が一世を風靡している翻訳業界でも品質評価基準策定の要求が高まっていること、以前に比べて発注企業により求められる翻訳精度が向上していることなどがある。クライアントの要求が高度化、多様化するなかで、発注企業と受託先(翻訳会社)が「仕様」という形で納入品質を策定すること、また、翻訳会社と受託作業者の間でも品質に関する合意を策定することが必須となっている。クライアントと事前の共通認識がないために、翻訳成果物を納品した際に、クライアントが納得しないケースも増えている。事前に何がよくて何がよくないかを定義し、クライアントにも了解してもらう必要がある。また、作業者の翻訳品質についても、放っておけば品質はどんどん低下するので、客観的な基準に基づいた品質評価を随時行う必要がある。
 サン・フレアでは、今回JTFで制定された翻訳品質ガイドラインを参考に、エラー・カテゴリーや重み付けといった項目について、既存の品質保証システムの改訂を行った。業界として、このようなガイドラインがあることで、クライアントと品質評価基準のすりあわせができるとともに、クライアントに対して品質規定を「教育」したり、翻訳品質について理解を共有しやすくなる。
 このように、このガイドラインを用いて翻訳品質に対するクライアントの理解を促進する努力を続けるとともに、翻訳会社の社内では業界知識や品質の概念をクライアントに説明するスキルを身に着けるための営業教育ツールもしくは、クライアント戦略ツール、もしくは社内外のスタッフに向けたトレーニングツールとしても活用することができる。
 これからもガイドラインを更新し、翻訳会社・クライアントのWin-Winな関係構築に一役かってもらいたいと考えている。

 

 

第3部:演習

 JTF翻訳品質評価モデルを使い、実際に評価を試す演習が行われた。あらかじめエラーを仕込んだサンプル翻訳をもとに、各エラーの「カテゴリー」と「重大度」を評価シートに書き込む作業を会場の参加者たちとともに行った。限られた時間ではあったが、実際の作業をとおして、第1部の「概要」で紹介されたカテゴリーや重大度、カテゴリー重みといった概念の具体的なイメージをつかむことができた。カテゴリーの種別(「誤入力」と「誤訳」)の違いなど慣れが必要な部分や、重複エラーのカウントなど事前に関係者で合意しておくべき内容など、運用の際に気を付ける部分を実感することができた。

 「翻訳品質を定義するのは難しい」とよく言われるなか、今回のセミナーには翻訳会社、個人翻訳者、翻訳発注企業の方など、多数の参加者があり、業界としてこうしたガイドラインがいかに切望されていたか推察された。今後、各現場でこのガイドラインを使用し得られた知見をもとに様々なフィードバックがなされ、このガイドラインが徐々に改善し、より成熟したものとなっていくことを期待したい。