イベント報告

2020/03/13

2019年度第4回JTF翻訳セミナー報告
製薬・治験翻訳の道しるべ


山名 文乃 Yamana Ayano

筑波大学第二学群生物資源学類卒業、筑波大学大学院バイオシステム研究科修了。2008~2009年頃から翻訳者を志し学習を開始し、2011年にフリーランス翻訳者として独立。以来、バイオ・メディカル分野を専門に日英・英日双方の翻訳需要に対応している。2015年からは製薬・治験分野の翻訳者育成にも携わってきた。日本メディカルライター協会正会員、日本医学英語教育学会正会員。
 



2019年度第4回JTF翻訳セミナー報告
日時●2019年12月11日(水)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●製薬・治験翻訳の道しるべ
登壇者●山名 文乃 Yamana Ayano  メディカル翻訳者、メディカルライター
報告者●伊藤 祥(翻訳者/ライター)

 


 

1. 概要

 メディカル文書で、特に需要・規模ともに最大なのが製薬企業や医療機器メーカーからの文書作成依頼だ。しかしながら、製薬・治験翻訳はとりわけ学習が難しく、未経験者には狭き門となっている。それは、各社固有のルールが多く、かつ医学薬学の専門家であるクライアントの要求レベルが高いからだ。山名氏は「製薬・治験翻訳において、基本となるのは、依頼主の視点で背景と意図を理解した上で、適切な文体で正しく簡潔に伝える能力である」という。本セミナーでは、メディカル翻訳市場の全体像、治験業務・医薬品開発の流れの説明の後、治験文書の事前課題をもとに訳文講評と解説、リサーチ方法などをご教授いただいた。以下、その要旨をご紹介する。

2. カバー範囲が非常に広いメディカル文書
 ―論文翻訳と治験翻訳の違いとは

 医療にかかわる文書は非常に幅広い。論文はIMRAD形式に沿って様々な疾患領域や研究内容が記載される。一方、治験は一つの剤(薬)に対して大変多くの文書が紐付いてくる。
目的もそれぞれ異なる。治験は新薬が研究開発から販売許可を得るための法律・条例・規制に則ったプロセスである。医学論文は、公衆衛生や治療法などに関する新たな発見を公開し、広く世に知らしめることが目的となる。
治験と論文では踏まえる点が違うので、治験の翻訳をする時に論文に出ていた表現だから流用というふうに簡単にはいかない。そのため同じ単語でも訳し分けないといけない場合がある。
論文は内容が凝縮されており、難しくても分量は数ページと多くない。一方治験関係は、文書の種類が多い上、ページ数も文書によって数千ページ、数万ページにおよぶものもあるなど桁が違い、翻訳のマーケット規模が異なることがわかる。

3. 翻訳演習

 訳文の商品価値を上げるにはどうすればよいか。正しく読み、正しく訳すだけでも難しいのだが、それ以上に、科学的なポイントは抑えつつも専門家が読んでも違和感のない文章、「ざらつきを取った」訳文を目指すべきだと思う。翻訳は商品であり、顧客はその価値に対価を支払っている。依頼主からすると翻訳は「高い買い物だ」と感じることが多いと聞く。だからこそ翻訳者はそれ以上の価値を提供する必要がある。翻訳者はついつい職人気質で訳文に入り込んでしまうため、自分の知識や、苦労して調べた内容に固執することもあるが、そうではなく相手のこだわり、相手がどうしてほしいかに沿っていかなければならない。どこまで相手の期待を超えられるかが商品価値につながってくる。そのためには、たとえば辞書や論文で用いられている用語をそのまま使うのではなく、クライアントの言い回しを、なぜそのように言うのか理由や背景を理解した上で、なるべく踏襲する。会社ごと、剤ごとに違い、同じ会社の中でも担当者ごとに違う場合もあるので、「この用語にはこの訳語」と単純な暗記では対応できないことを認識しておく。日本の新薬承認申請資料の公開部分も参照するなどして、その薬に使われる用語の把握に努める。
 他のセミナーで紹介されていた内容であるが、翻訳の満足度調査でも、訳抜けがない・用語が正しく訳出されている等の項目が上位にくるそうだ。

4. 製薬・治験翻訳のための勉強方法

 製薬・治験翻訳に必要とされる背景知識は膨大で、列挙すればきりがない。学習者さんのなかには背景知識というと病気のことばかり調べてしまう方もいるが、製薬・治験翻訳であれば、医学の知識だけでなく、薬理学や薬物動態、免疫学、分子生物学、生物統計学、生化学のような細かな知識も求められる。もちろん、薬機法、ICH、薬局方、GCPをはじめとする法律・省令・ガイドラインに加え、製薬企業で実際に行われている実務の知識や経験も重要である。私見であるが、大まかに分けると、①語学、②法律・省令・ガイドライン、③病気の知識と薬の知識、④治験業務の知識、⑤業界の慣習になると思う。このうち、これまた個人的な見解ではあるが、一般的な翻訳学校で教えてくれるのは主に①の部分になる。残りの②~⑤は自分でコツコツと積み上げていく必要がある。インターネットに無料で公開されている資料もあるが、専門書など書籍への投資も惜しまないでいただきたい。