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日本の大学・大学院における翻訳者養成と翻訳教育●影浦 峡

2014/11/07

日本の大学・大学院における翻訳者養成と翻訳教育


 

影浦 峡 (かげうら きょう)


東京大学大学院生涯学習基盤経営コース教授、東京大学教育学部教育実践・政策学コース教授(図書館情報学)。1986年東京大学教育学部卒業,学術情報センター助手、国立情報学研究所助教授等を経て、現職。PhD(マンチェスター大学,1993年)。専門は言語とメディア、翻訳支援。著書にThe Dynamics of Terminology (Amsterdam: John Benjamins, 2002),『子どもと話す 言葉ってなに?』(現代企画室,2006),『3.11後の放射能「安全」報道を読み解く:社会情報リテラシー実践講座』(現代企画室,2011),The Quantitative Analysis of the Dynamnics and Structure of Terminologies (Amsterdam: John Benjamins, 2012)、『信頼の条件:原発事故をめぐる言葉』(岩波, 2013)など。オンラインの翻訳支援サイト「みんなの翻訳」(http://trans-aid.jp/)を運用している。
 

 翻訳メモリ(TM)や「機械翻訳+事後編集」(MT+PE)の導入、クラウド翻訳やファンサブの展開、多言語・翻訳サービス企業の世界的な系列化、安ければよいというクライアントの増加と価格破壊。翻訳サービス・翻訳産業をめぐる状況が大きく変化しつつある中で、翻訳の品質を担保し、付加価値としての翻訳サービスを改めて社会に認知させることは、翻訳産業にとってだけでなく、文化の問題としても重要です。
 そうした中で、まもなく国際標準化機構(ISO)の翻訳サービス規格(ISO 17100)が発行される見込みです。この規格は、認証規格として、翻訳産業に世界的な影響を与えることが予測されます。この規格では、翻訳サービスの提供にあたり翻訳者に必要な能力と資格要件を定めており、品質管理と付加価値の維持にも関係してくるものです。
 ISOの規格が翻訳者について定める資格要件の一つに、翻訳の学位があります。欧州や北米、韓国では、大学院レベルで翻訳・翻訳学の訓練を受けて翻訳の職に就くことが標準的な流れとなっています。日本の大学では、主に語学力の強化や異文化コミュニケーション、一般教養を培う枠組みの中で翻訳教育が行われてきましたが(長沼, 2008; 日本学術会議, 2012; また染谷, 2010も参照)、翻訳産業の変化とISOの導入に伴い、大学・大学院における翻訳者養成教育のあり方、その翻訳産業との関係を検討することは、翻訳産業・大学双方にとって重要な課題となるでしょう。
 この問題を考えていくためには、大学教員だけでなく、翻訳産業、翻訳者、翻訳学校の関係者、翻訳関連技術の開発・提供者が意見を交換する場が求められますし、共通の参照点も必要になります。
 JTFでは、このような認識のもと、2014年7月9日、「ISO 17100と日本における翻訳職業教育の将来」と題するセミナーを開催しました。本特集は、このセミナーに基づき、(株)翻訳センター田嶌奈々氏によるISO 17100の報告、リーズ大学翻訳研究所前所長アンソニー・ハートレー教授によるリーズ大学翻訳研究所の紹介、立教大学武田珂代子教授による日本の大学・大学院における翻訳者養成の展望に、セミナーでのディスカッションをまとめたものです。中にはまだ答えがないものもあります。
 ウェブ版では、さらに、神戸女学院大学の田辺希久子先生とフェロー・アカデミーの室田陽子理事長にそれぞれ大学と産業の立場から日本の大学における翻訳教育について、また、日中韓翻訳の重要性に鑑み、広東外語外貿大学の仲伟合(Zhong Weihe)教授とソウル外国語大学の길영숙(Gil Young-Sook)教授にそれぞれ中国と韓国の翻訳教育事情について、コラムを寄稿していただきました。
 本特集が、大学における翻訳職業教育と翻訳産業の関係を考え、好ましい形でそれらを展開していくための議論を促すひとつのきっかけとなれば幸いです。


参考文献
染谷泰正 (2010) 「大学における翻訳教育の位置づけとその目標」『外国語教育研究』第3号, 73-102.長沼美香子 (2008) 「アンケートにみる日本の大学翻訳教育の現状―翻訳教育実態調査の集計と分析」『通訳翻訳研究』8号, 285-297.日本学術会議 (2012) 『報告 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準言語・文学分野』 26p.