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神戸女学院大学翻訳通訳プログラムの経験から見た大学・大学院の翻訳教育●田辺 希久子

2014/11/07

神戸女学院大学翻訳通訳プログラムの経験から見た

大学・大学院の翻訳教育




 

田辺 希久子(たなべ きくこ)


青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修了。
神戸女学院大学教授。ノンフィクション英日出版翻訳者として英語・仏語から60冊以上を翻訳。著書にPractical skills for better translation (2007年、マクミランランゲージハウス)、『英日日英 プロが教える基礎からの翻訳スキル』(2008年、三修社)(いずれも光藤京子と共著)。主要訳書は『通訳翻訳訓練』(2012年、ジル著、みすず書房、共訳/中村昌弘、松縄順子)、『翻訳研究のキーワード』(2013年、ベーカー他著、監訳/藤濤文子、共訳/伊原紀子)。

 

 神戸女学院大学では、2年生から始まる翻訳通訳プログラムを設けています。全学共通のプログラムで、担当の専任教員は、通訳2名、翻訳は私1人です。コースは28単位から構成されます。翻訳は2年次と3年次に4単位ずつの8単位、通訳は2年次から4年次の12単位で、合計20単位。そのほかに、パブリックスピーキングやプレゼンテーション技術といった科目が8単位あります。翻訳は、2年次に英日、3年次に日英を扱います。日英翻訳には英語を母語とする実務翻訳者が非常勤で担当しています。通訳は、2年次が基礎で、3年次に逐次通訳、4年次に同時通訳を学びます。
 TOEICが600点以上であればどの学部の学生でも副専攻としてコースに登録できます。通訳ではTOEICで900点を超えるくらいからプロの訓練が始まると言われていますし、翻訳でも最低800点は欲しいところですので、プロになる基準よりも緩くなっています。学部でプログラムに登録する人の中で、実際に翻訳者や通訳者になりたいという人はあまりいません(私が担当した8年間でプロになった卒業生は1名のみです)。恐らく、翻訳は儲からないと考えており、通訳は敷居が高いためだと思います。コースは、一時期に比べると少し希望者が減っていますが、人気です。
 神戸女学院大学はリベラルアーツの大学ですし、コースとしては、翻訳・通訳を通して、異文化理解、コミュニケーション力、メタコミュニケーションの理解、リテラシー力を養うことが主眼となっています。翻訳を通して英語力をあげるというのは、目標としては必ずしも妥当ではないと考えます。コミュニケーション能力を伸ばすには翻訳より通訳のほうが向いているかもしれません。翻訳では、文化やリテラリーの理解を促し力を付ける、例えば文化の差異を考慮すること、翻訳というものの社会における位置づけや役割を理解することなどを重視します。テキストを客観的に眺めると同時に、文化的な差異も考慮して複眼的に見る。翻訳はこうした視点を促すのに適しています。
 学生が持っている翻訳のイメージは文芸翻訳と字幕翻訳です。教えるプロセスで大学2年生だと人生経験が少ないことを考慮しなくてはならないことと、アンラーニングの作業に時間を取ることが必要です。英文和訳と翻訳の違いを、字幕、レシピ、絵本等々、様々な素材を使った実践で理解し、訳し方が一つでないことを実感してもらいます。訳文の比較も、翻訳プロセスの理解を促すので重要な要素として取り入れています。訳し方が一つではないことについて、最初学生は驚きますが、次第に理解します。
 理論は、独立にではなく、実践と組み合わせて、教えています。機能主義の翻訳理論を教える場合でも、翻訳実践に織りまぜて教えると学生は納得しますし、実践に理論を活用することもできるようになります。

 大学院では、実務家になるための訓練と研究を行います。実務家になるための訓練を考えると、ISOが規定する力はそれなりに納得できます。32単位に加え、修了要件となっている修士論文では、1万ワードの翻訳プロジェクトという選択肢があります。専門性の高いテクストをまとまって訳すのは、自信を付けるという点で重要です。大学院で重視しているのは、自分の仕事を分析的に見つめる力と、適応力です。医学翻訳をやりたいから医学翻訳を学んだとしても、医学翻訳だけを仕事にできるとは限らないというのが一つの理由です。プロの翻訳者になるというキャリアパスよりも、翻訳のスキルを身につけた上で、それを生かせる企業で働くことが多いです。
 大学院は通訳も含めて、年間4人から8人程度で、大学院でもアンラーニングが必要な人はいますが、説明するとすぐに理解します。大学院でも、実践を中心に理論を織り込んでいます。規模が小さいので、コースを体系化することよりもむしろ、一人ひとりの学生にきめ細かに対応することを重視しています。
 学部でも大学院でも、グループでのプロジェクトを取り入れています。翻訳支援技術を利用して、プロジェクトで用語を統制したりといったことをすると、品質が上がることがはっきり観察されます。大学院では、個人的なつながりを利用して、1週間インターンに行くこともしています。また、NGOと協力して翻訳を行い、公開するといったこともやっています。最近では、コースに登録した学生の有志が、「デモクラシーナウ!ジャパン」というNGOの動画番組に字幕を付けることもやっています。Kiraly (2000)の言う、社会構築的アプローチで、成果があがっています。

 このところ、通訳・翻訳のコースや授業を、色々な大学が導入しています。これまでのところ、それなりに学生を集めていますが、これからは正念場になるでしょう。特に、学部段階で翻訳を教えることの意義は何なのか、私自身も教えながら模索してきました。大学間で情報交換も行われていて、通訳翻訳学会関係では、英語教育の一環としての翻訳という視点から、メタ言語力育成に有効といった議論も進んでいます。
 翻訳教育が教養教育やコミュニケーション力教育などの手段であるならそれはそれで良いのですが、翻訳教育そのものとしてみたとき、なぜ大学でやるのか、何を目指してやるのかは改めて考える必要があります。ISO 17100が導入されて大学にコースができたとき、実質をどうするかという問題にもつながってきます。
 神戸女学院では、学生数が少ないこともあり、教養教育的な側面を重視しながら、個別に対応してフォローすることで、実務翻訳の技術を身につけたいという人にも対応できていました。これが大きなコースになるとどうすればよいかは、大学全般に課題となるでしょう。また、教員をどのように供給すればよいかも懸案です。私は、実務を軸にしながら理論を入れることが大切だと思っており、私自身、大学で教え始めてから、翻訳プロセスを表現するためのメタな力を、翻訳論だけでなく言語学も含めて学び直しました。
 実務翻訳者を養成する体系的なコースを作るならば、他に、インターンやオンライン実習を含めて、大学の外で翻訳の現場と接することが重要です。神戸女学院でも院生は1週間だけ翻訳会社でインターンをやっていますが、それだけでも翻訳会社には負担となるようです。大学と翻訳産業全体が共同で、短期的には翻訳会社にとって負担となったとしても中長期的にはメリットとなるような体制と理解を進めるのが好ましいと思います。
 それから、修了時のレベルの維持をするメカニズムも大切です。豪クイーンズランド大学ではNAATIに準ずる卒業試験を行なっています。日本でもJTFの試験がありますが、いわゆる「試験対策」をする必要があります。翻訳産業と大学で、専門職大学院としての翻訳通訳コースの修了時に求められるコアコンピテンスとして何が必要か、ISOの枠組みに実質を埋めるかたちで共有理解を進め、それに基づく資格試験を設計できるとよいのではないでしょうか。

参考文献
Kiraly, D (2000) A social constructivist approach to translator education. Manchester, St Jerome.