2061年翻訳の旅●高橋 聡

2015/05/08

2061年翻訳の旅

 

 

編集委員 高橋 聡

「フリースタイル、翻訳ライフ」
コラムオーナー


私が初めて翻訳で稼ぎを得たとき使ったのは紙とペンだった。仕上がりの3倍以上も原稿用紙を無駄にするという時代だった。
198x年、業務用大型ワープロをリースで使い始めた。ワープロの登場こそ、産業翻訳者にとっての産業革命だった。カット、コピー、ペースト。これはもう翻訳者のために存在する機械だと確信した。紙の無駄を気にすることなく、いくらでも推敲ができるのだから。
199x年、本格的にPCとワープロソフトに移行。パソコン通信、そしてまもなく登場したインターネットが、翻訳者にとって第二次産業革命となり、「調べもの」の効率と精度が飛躍的に向上した。21世紀に入ると電子辞書が本格的に登場、これが第三次産業革命となる。
こうして、かつて「紙とペン、紙の辞書、図書館」で営まれていた仕事は、すべてPC上で済むようになった。もちろん私も、1日のほとんどをPCの前で過ごしていた。
2020年。東京オリンピックが開催されるまでに、産業翻訳の一部は完全に機械翻訳に移行した。そこまで技術が進歩したわけではなく、読み手のほうが機械翻訳のレベルに慣れきってしまったのだ。とは言え、そのレベルの翻訳需要は多くても業界の4割どまりで、日本語でも欧米言語でもまだまだ人間翻訳者は必要とされた。
2030年。15年以上も頓挫していた日本語の音声入力が、ついに完成形になった。ほぼ人間並みの歌唱力を備えるようになっていたボーカロイド技術の転用だったという。慢性の腱鞘炎が悪化していた私にも、これは天の恵みだった。視線や瞬きによる制御もほぼ実用段階に入り、キーボードという入力装置は一部のマニア向けを除きほとんど姿を消した。
2038年。脳からの信号による直接制御が完成し、思考をすぐ言葉にできる時代になったが、意外にも翻訳や執筆には向かなかった。脳波にはノイズが多すぎるのだ。視線制御と音声入力という組み合わせのほうが大きくリードし、翻訳作業はヘッドセットとタブレットというのが普通の姿になった。
そして2061年。ニューロコンピューターと脳波を介した直接伝達で言語の壁は限りなく低くなり、日常的には翻訳というプロセスがかなり不要になっている。それでも、翻訳という職業はなくなっていない。理由は簡単。人間にとっての文字情報とは、単なる通信手段ではないからだ。
文字言語に込められた願いや思いを、別の言語で再現することは、いまだに機械にはできない。人が人である限り、翻訳はなくならないようだ。