株式会社十印 経営トップインタビュー

2013/03/08

JTFジャーナル・スペシャル「株式会社十印の五十年」

十印 経営トップインタビュー
「お客様にとってのベストを追求」
 
 
三月に創立五十周年を迎える翻訳業界の老舗企業・十印。「翻訳は個人がやる仕事」という認識が常識だった時代にいちはやく翻訳産業をたちあげ、機械翻訳への投資やライティングへの展開を本格的に行い、翻訳会社の海外展開にも日本企業として先頭を切って取り組むなど、常にパイオニアとして業界をリードしてきました。翻訳業界では知らぬ人のない十印の経営トップが、いま何を考え、どこに向かおうとしているのか、お話をうかがいました。
(2013年2月14日 株式会社十印にて取材。聞き手:日本翻訳ジャーナル 河野弘毅 執筆:ポパルダウド明)
 
お話をうかがった皆さん
勝田美保子(かつたみほこ)代表取締役会長(写真手前左)
渡邊麻呂(わたなべまろ)代表取締役社長(写真手前右)
伊藤彰彦(Aki Ito)Director of International Operations(写真後左)
片岡温央(かたおかあつひさ)取締役プロダクション本部長(写真後右)

 
 
―― 十印の今後の方向性、未来の姿についてお話を伺えますでしょうか。

渡邊
十印には過去から現在まで50年の歴史を通して一貫したものがあり、その延長線上に未来というものが存在するわけですが、それは「お客様にとってベストですか」という点なんです。これは弊社の大命題でして、社員全員のテーマとしてあります。常にお客様にとってベストでいることができれば、社員にとってもベストな会社が作れるでしょうし、ひいては法人個人を問わずお仕事をお願いしている方々も含めまして、十印と関わるとベストな仕事ができるよねと、全ての人に感じていただけるようなカタチが作れます。これを大きな目標としていますが、その一番最初の部分でまず仕事がなければ達成できないことですので、会社の命題として、お客様にとってベストなのかを問い続けて、今があるんですね。一昔前まで紙ベースで翻訳していたものがパソコンになり、印刷も写植からDTPに変わり、といったふうに翻訳の仕事というのはどんどん変化してきました。その流れの中で、現在の十印の事業のメインはローカリゼーションですが、なぜそうなのかというとお客様がそれを求めたから、なのですね。それで今のカタチがあるわけです。だからもしかしたら10年後はローカリゼーションじゃなくて全然違うことをやっているかもしれません。でもそれもまたお客様が求めているものがあって、それに対して十印がお客様にとってベストはなんであるかを模索した結果であると思います。もちろん軸としては翻訳というものが常にあって、それをベースにした上での変革ということですね。

―― 具体的な事業内容については十印の長い歴史の中で様々な変化があったと思うのですが、今後の10年20年といったスパンで見たときに、いま視野に入っているのは具体的にどういった分野でしょうか?
 
渡邊
分野というよりも前の段階の話になってしまうかもしれませんが、翻訳がビジネスとして成立するのかということを危惧している部分があります。特に日本において、とにかく単価最優先に走ってしまっている傾向が強いと私は感じていて、日英・英日翻訳の価格を例に取りますとここ数年でとんでもない落ち方をしています。お客様が翻訳に求める価値は過去と現在と未来とでまた変化するものですが、その一つの表れとしてこのような価格割れがあるのだと思います。私たちがお客様にとってベストということを考えたとき、お金の話じゃないところからスタートしなくてはいけないことがあります。それはなぜかというと、単発単発の案件をどうにか安くまわしていくというよりも、パートナーとしての長期的なつきあいの中でベストを提供することが弊社の目標であるからです。しかし、実際に見積もりを見る方はやはり価格を最優先させる傾向が強い時代ですから、私どもが考えるお客様にとってのベストを作り出せない状況が非常に多くなっています。十印のお客様は創業からこれまでメーカーを始めとした国内一流企業が主体でしたが、最近では外資と呼ばれる企業様の比率が増えてきました。なぜかというと、パートナーとしてやろうよ、と言ってくれるお客様がそちらに多いということなんですね。
 
勝田
十印は幸いなことに創業時から日本を代表する一流のお客様ばかりがずらっと揃っていたんです。そして少し前まではそのお客様にぴったりくっついていけば間違いなく成長できた時代でした。テクノロジーは蓄積するし、一緒に仕事をする過程でいろいろなことを教えてもらえる、社員も成長できる。だからなにも考えずにお客様と一緒になって仕事をしていくだけで、十印は一貫してパイオニアであり続けることができました。でもバブルの辺りから日本のお客様がしばらく元気がない状態が続いていて、前は開発からともに歩めたのが、翻訳だけ分担するようになってしまったりというケースが増えました。その分海外のお仕事が増えているということだと思うんです。
 
―― いち早く海外に展開した十印ですが、今後は海外での売り上げの比重がますます高くなっていく方向性を考えているのでしょうか
 
渡邊
それは間違いないと思います。日本だけで見るのとワールドワイドで見るのと、明らかにキャパシティが違いますよね。マーケットの規模が違うのに、日本の売り上げの方が圧倒的に高いというのは本当はナンセンスで、確実に海外が上がって当たり前でしょ、と思っています。
 
―― 具体的にはMLVというかたちを目指すでしょうか。ヨーロッパ言語に強いMLVが多く存在するなかでアジアから出ていくときに何を売りにしていくのですか。
 
渡邊

同じ土俵で海外のMLVと勝負をしたってしょうがないと思います。では十印の特色は何かというと、アジア、もしくは日本に拠点があることです。日本のクオリティ、ワークフローでまずアジア、特にCCJKに関して弊社が優位性を持てるのか、そういったことを他のMLVやお客さまと話してみたら、欧米のお客様の感じとしてはアジアは意味がわからんという答えが返ってきたんですね。ヨーロッパ言語に強い海外のMLVにとっても、やはりアジアは文化や風俗もまったく違いますから、敷居の高さを感じているんですね。それでCCJKをスタート地点としましたが、今ではお客様も「CCJKはなんとなくわかったよ、十印さん」となってきました。そうすると、今までお客様が市場としていなかったところ、タイでもマレーシアでもいいのですが、そういったところがだんだん市場になってきて、アジアといってもCCJKだけじゃないんだなって気づくわけですよね。実際にたくさんの言語がアジアにはあります。「じゃあ十印さんそれなんとかならない?」ってなるんですね。ただの言語の置き換えという意味の翻訳だったらもしかしたら弊社じゃなくてもいいのかもしれません。だけども十印の考え方やワークフローやコミュニケーションというところで、お客様が、今までヨーロッパ言語をMLVに任せてたんだけど、同じ結果が出るんだったら、もしくはもっといい結果が出るんだったら十印さんに任せようかなと思うようになります。それで徐々にアジアではないところの言語も増えているんですね。

勝田
今までの経験から言うと、一回もやったことがないようなことでも、「あ、やらなきゃならないんだ」と思うと、驚くべきことにあっという間にできてしまうんですね。人材もノウハウも不思議にちゃんと集まるんです。
 
渡邊
最初にCCJKを始めたときも中国や韓国にオフィスがあったわけではありません。でも今はあります。だから初めての試みかもしれなくても、「じゃあお客様一緒に十印とやってみない?」ということなんです。
 
伊藤
お客様が求めてるものは環境や時代、どこにいるかで変わってきます。その中で「お客様にとってベスト」を追求するために何が必要かといいますと、まずはグローバルなネットワークです。これがないとお客様に出会えない。出会えなければベストもわかりません。次に、情報収集力です。お客様が本当に求めているものはなんなのか、というのを引き出すことですね。それが出てきたときに、今度はプロダクションあるいは経営とかかわることですが、ソリューションの提案力が重要になります。その問題を解決できますよと言えるかどうかです。クリエイティビティも大事ですが、時代と環境、どんなお客様なのかによっても当然答えは変わってきます。そして最後に、実際にそれを納品をできるかどうかです。話だけだったら簡単ですけど、それを商品にしないと意味はないわけです。このサイクルを回していく限りは、どこのお客様であろうと、いつの時代であろうと、景気がどうであろうとまったく関係ないんですね。そう考えたとき、十印の進むべき道というのがクリアに見えてくる。それは経営の中だけではなくて、社員もお客様に向いて活動をしているので彼らの中でもクリアになっています。
 
―― プロダクションの観点で言うと、多言語で規模が大きくなると管理が課題になっていくと思いますが、その点についてはどのようにご覧になっていますか。
 
片岡
50年の節目を迎えて未来の姿を考えたとき、やはり十印はお客様を見ていたい。そのことをさらに鮮明に打ち出す次の50年になるのだと思います。高度経済成長などの波もあり、黙っていても仕事が勝手に進んでいったこれまでの時代と比べますと、今はやはりお客様もかなり悩んでおりまして、先ほどの情報収集力の話ですが、かなり踏み込んでいかないとなかなか本音が出てこないんですね。ですから受身でなく、より能動的にお客様に向かっていかなくてはならないのです。その象徴が、自分の話になりますが、入社以来26年間営業一筋だった私が去年からプロダクションを管理するようになったことにも現れていると思います。営業の人間である私がここに立つ意味は、会社の内外に対して弊社のスタッフは「受身の作り手です」ではなく、みんなで能動的にお客様のほうに向いていくんだという姿勢を打ち出すことにあります。そういう集団になることで、多言語の問題を始めとしたこれからの新しい課題にソリューションが出せると考えています。

―― では今後はCCJKを切り口としてスタートしながら、アジアの他の言語、もしくはヨーロッパ言語に対してもどんどん間口を広げていくということですね。
 
渡邊
そうですね。最初から「ヨーロッパ言語の十印です」なんてことは言わないですね。ヘッドクォーターはここにあるわけですから。
 
伊藤
マーケティングの話で言えば、「十印はこれができます」という言い方はあまりしません。それはあくまでもウチの事情でしかないからです。「お客様にとってベスト」という視点をとると、お客様の立場から見たときに十印がどう見えるかが大事なんですね。ですから、海外展開の最初のとっかかりはアジア言語ではありましたが、今お客様とお話をするときに「アジア言語に強い十印」という言い方もあまりしないですし、かといってMLVみたいに「全言語できます」といった言い方もあまりしません。
私たちが言うのは、「お客様はなにを求めているんですか」、終始一貫これなんです。そしてその答えを実際に納品できる、それが十印の強みです。だから例えばヨーロッパ言語のみ扱ってるお客様でも「十印のプロジェクトマネジメントがすごくいいという評判を聞いているのでやらせたい」と言ってくださる方も実際いるんですね。そこに「日本企業だから」や「日本語が得意だから」っていうのはいりません。いつも白紙の状態で、お客様に向き合うので、十印のことをお客様に聞けば、いろいろな答えが返ってきます。ある方は日本の会社というでしょう。ある方はグローバル会社というでしょう。言語はどうあれ、プロジェクトマネジメントはすごいよね、かもしれないし、その逆かもしれません。とにかく各お客様にとって十印はベストをつくす、ということなんです。
 
渡邊
「会社案内」が減らない、というのが十印の特徴の一つですね。会社案内をほとんど出さない会社だからです。スタートラインで、「お客様なにか困っています?」って聞くんです。「困ってない、ハッピーだよ」って言われたら、お邪魔しましたーって帰るんですね。困っていたら、「お、出番だぞ」となるわけです。弊社からこれを買ってくださいって売るものはなくて、困っていますか、困っていませんか、ってだけなんですね。だから会社案内が必要ない。

伊藤
「お客様にとってベスト」という命題はものすごくシンプルで社員にとってもわかりやすいです。例えば会議でいろいろな意見が出てくるのですが、それはあなたの意見、お客様はなんて言ってるの、とここからスタートできるんですね。そのお客様が求めてるものをどうしたら提供できるかを考えてきて、その積み重ねを結果として振り返ると十印はこれまでパイオニアとしてやってこれた。今後もスタイルとしては一緒で、お客様はなにを求めてるの、から始まり、それに対して何ができるのかをみんなで考え、答えを提供していく。おそらく今から十年後に振り返ると、十年前にはこれとこれができなかった、でも今はできてるね、他の翻訳会社はこことここはできてるけど、比べてみるとここはできてないね、やっぱり十印はパイオニアだね、と言っていると思います。
 
渡邊
一つ付け加えるとしたら、日本の他の翻訳会社さんにもどんどん海外に出て行ってほしいですね。伊藤と一緒に海外をなんとかしようって出て行ったとき、ヨーロッパなどで業界団体のカンファレンスに参加しても、日本の会社はもとよりアジアからの参加者自体ほとんどいませんでした。やっぱりさみしいんですよね。日本語でしゃべる相手もいませんし。最近では中韓から参加する会社は増えていますが、やっぱり日本からはまだまだ少ない。せっかく競争相手がいるならば、日本の翻訳会社と競い合って日本の力を世界に示して行きたいと感じています。