• トップ
  • 特集一覧
  • 『何でも教えてキカク』今さら聞けない基本知識-おさらい編

『何でも教えてキカク』今さら聞けない基本知識-おさらい編

2015/11/06

田嶌 奈々

株式会社翻訳センター 品質管理推進部
1973年、兵庫県生まれ。神戸市外国語大学イスパニア語学科を卒業後、貿易会社での勤務を経て、(株)翻訳センターに入社。メディカル分野の社内チェッカーとして約10年間の経験を積んだ後、2012年以降は社内の品質管理業務に従事する一方で、日本翻訳連盟の会員企業の一員として、翻訳サービスに関する国際規格の策定にも携わっている。

 



2015年5月1日、翻訳サービス提供者に対する要求事項を定めた国際規格ISO 17100: 2015 Translation services – Requirements for translation servicesが発行されました。「えっ、もう発行されたの?!乗り遅れてしまった・・・」という方もご安心ください。この規格の策定にごく初期から関わってきた筆者が、できるだけ分かりやすく丁寧に基本的なことを説明します。来年度からは連載として最新動向や周辺情報をお伝えしていきますのでご期待ください。


誰が作成・発行したの?

この規格は、国際標準化活動を行うために1947年に設立された非政府組織である国際標準化機構(ISO: International Organization for Standardization)が作成し、発行したものです。
ISOには、各国から最も代表的な標準化機関1機関しか加盟することができません。2015年10月現在、約165か国が加盟しています。日本からは、経済産業省(産業技術環境局基準認証ユニット)に設置されている審議会の日本工業標準調査会(JISC)が加盟しています。加盟の形態には投票権を持つPメンバーと、投票権を持たないOメンバーがありますが、日本はPメンバーです。

補足:加盟国が165か国だからといってすべての国がすべての規格の策定に積極的に関与しているわけではありません。ISO 17100の策定に関わったのは30か国弱。国際総会に参加する等、アジア圏で積極的に参加していたのは日本だけです。


どこで入手できるの?

ISO 17100に限らず、ISOから発行されている国際規格はISOのホームページから、公用語である英語版とフランス語版とを入手することができます。英語と日本語の対訳版をご希望される場合は、日本規格協会のホームページから入手することができます。いずれも有料です。ちなみに、価格は為替に影響されるため変動的です。少し内容を確認してみたいだけ、という方はISOのホームページで目次と概要を確認することができます(英語のみ)。

補足:英語版を購入すべきか、英語と日本語の対訳版を購入すべきか悩んでいる方、当然対訳版の方が価格が高いわけですが、日本のクライアントとの取引が多い場合や日本国内で認証の取得を検討されている場合は、対訳版を購入し、クライアントや認証機関と共通理解が得られるよう用語等を把握しておくことをお勧めします。
日本語版の作成に当たっては、後述するTC37の国内委員会が監修をしています。

 

どのように作成されたの?

この規格はISOの加盟国のうち、約30か国が中心になって作成してきたとご説明しましたが、それだけではなかなかイメージしづらいですね。ISOでは電気分野を除くあらゆる分野の国際規格を作成しており、専門分野ごとに専門委員会(TC: Technical committee)が設置されています。この専門委員会に業界から専門家が送り込まれ、実際に規格の内容を検討します。
翻訳・通訳に関する規格は、300弱ある委員会のうち、用語や情報資源を扱う37番目の専門委員会(通称TC37)で検討されています。TC37内の組織はさらに分科委員会(SC: Subcommittee)、ワーキングループ(WG: Working group)に細分化されています。翻訳を扱うSCとWGが正式に設置されたのは2012年のことです。規格の検討開始から発行まで約3年かかったことが分かります。
 
参考:規格策定の枠組み

補足:規格は最も下位のワーキンググループ内で作成され、上位のSC5、TC37の承認を得ていく形になっています。ワーキンググループ内で、規格ごとにプロジェクトリーダーが任命されますが、リーダーは自国の立場を離れて中立的な立場でグループを率いることが義務付けられています。


さて、専門委員会はどのようなメンバーで、どのくらいの頻度で開催されているのでしょうか。積極的にこの規格の策定に関わっているのは約30か国に過ぎないとはいえ、各国の代表者が集まって議論する機会はそう多く持てないのが実情です。メールやテレビ会議を通じた議論を年に数回から多いときでも十数回するのが精一杯で、専門委員が顔を合わせてじっくり議論できるのは毎年1回、6月に1週間かけて開催される国際総会の場のみです。
ちなみに、ISOのルールにより開催地は毎年異なる大陸で行われています。残念ながら国際総会に参加できない専門委員も多く、国際総会に集まるのはTC37全体で100名、翻訳の規格の議論に参加するのは30~40名程度です。
 

参考:開催地

 
国際的な議論が本格的に行われるのは年1回の総会の場ですが、それまでの間、年に3~4回、日本の委員のみが集まって議論を行い、日本としての立場や意見をまとめあげるためのTC37国内委員会が開催されています。この委員会には誰でも参加できるわけではなく、主だった業界団体(日本翻訳連盟、日本翻訳者協会ほか)や大学などの教育機関から代表者が選出されて、約15名が参加しています。
TC37国内委員会は、日本工業標準調査会(JISC)から業務を委託された情報科学技術協会(INFOSTA)が事務局となって運営しています。ISOの中央事務局とのやり取りや国際投票はすべて事務局であるINFOSTAを介して行われます。

補足:日本翻訳連盟では、個人・法人会員の意見をできる限り日本の国内委員会に届けるため、2013年に連盟内にISO検討会を設置し、その中で定期的に議論を行っています(約15社・20名が参加)。また、国内委員会や国際総会の最新動向については翻訳祭やJTFセミナー等で適宜報告をしています。
 

各国の意見はどのように反映される?

事情の異なる様々な国が集まって議論をするわけですから、意見が必ずしもまとまるわけではありませんし、それぞれの主張をひたすら繰り返しても結論が得られるわけでもありません。ISOで規格を作成する際には所定のルールに従ってすべて投票で結論が出されます。国際規格として相応しいよう、一定の賛成票が得られることはもちろんのこと、発行に近い段階では反対票が一定数を下回ることも可決の条件となっています。規格の内容や段階によっても条件は多少異なりますが、原則、規格作成の提案がされてから3年以内に発行できなければ廃案に追い込まれます。3年以内に合意が得られないということは、すなわち、その業界内でのスタンダードがまだ確立されていないとみなされるわけです。
 
参考:規格発行までの流れ

補足:将来的には国際規格の発行について合意が得られる可能性が高いものの、直ちに合意が得られそうにない場合には、暫定的に技術仕様書(TS: Technical Specifications)という出版物の形で発行されることがあります。発行後、3年毎に定期見直しが行われ、これを国際規格(IS: International Standard)とするか、さらに3年間TSとして維持するか、廃止とするかの決定がされます。

何のために作成されたの?

ところで、何の目的でこの規格は作成されたのでしょうか。翻訳サービスの品質を向上させるため、と言ってしまえば簡単ですが、この規格が作成された背景にはもっと複雑な事情があるように思います。
まず、クライアントから翻訳業界に対して、一定の品質を要求する声があってこの規格が作成されたのか、と聞かれれば、その答えはNOです。むしろその逆かもしれません。翻訳サービス提供者が集まって、厳しいプロセスを自らに課すなんて信じがたいでしょうか。
しかし、専門委員の声に耳を傾けていると、「我々のプロセスはこんなに複雑なのだから適正に評価してほしい」、「いい加減な素人業者と一緒にしてほしくない」、という翻訳サービス提供者側のクライアントに対する想いが込められているように思います。実際、「留学経験があれば翻訳なんて簡単にできる」とクライアントが勘違いして翻訳サービスを買いたたくこともあるでしょうし、逆に素人が翻訳サービスとは何かを理解しないまま安易にクライアントから仕事を引き受けて低品質の翻訳物を納品し、翻訳業界の評判を下げているケースもあります。まともな翻訳サービス提供者にとってはたまったものではありません。そんな中、このような規格を作成し、クライアントに説明する手段として、また素人の翻訳サービスとの差別化を図る手段として活用していきたい、というのが真の目的だったと思われます。
翻訳業界を動かしたもう一つの原動力として、ISO 9001というあまりにも有名な品質マネジメントシステム規格の存在があります。クライアントが製造業者の場合、翻訳サービス提供者に対してもこのISO 9001の適用を要請したり、この規格に基づく監査を行ったりすることがあると思います。しかし、もともと製造業への適用を想定して作成されたISO 9001は翻訳業に馴染まない部分があり、それを無理やり押し付けてこようとするクライアントに対して、翻訳サービス提供者は昔から不満をため込んでいたようなのです。このままずっとISO 9001に苦しめられるのなら、翻訳サービスに特化した規格を作成しようじゃないか、そういった声があがったのも納得です(ISO 9001の考え方や有効性を否定するものではありません)。
このような背景があって作成された規格ですが、何はともあれ、この規格はきちんとした翻訳サービスのプロセス定着に役立つものとなっており、結果的に翻訳業界内で安定した品質の翻訳物を提供できる基盤ができたという意味で、クライアントと翻訳サービス提供者の双方にとってメリットのあるものとなっています。
 

この規格が適用される対象者は?

この規格が適用される対象者は、あらゆる規模の翻訳サービス提供者、いわゆる翻訳会社です。「個人の翻訳者も関係がありますか?」という質問を受けることがあります。
ここは非常に混乱する部分なのですが、原則、この規格が扱っているのは「翻訳サービス」です。「翻訳サービス」とは、クライアントからの引き合いがあった際の原稿の分析に始まり、翻訳、校正、検品、お客様への納品、納品後のフォローまでの一連のサービスを指します。サービス内の「翻訳」という単一の作業だけを指しているわけではありませんので、クライアント直であれ、翻訳会社経由であれ、純粋に翻訳作業しか行っていない個人翻訳者はこの規格の対象外です。
ただ、自分ひとりで事業を行っている場合でも、自身がプロジェクトマネージャー兼翻訳者として機能し、校正作業を外部に委託している場合は、サービス提供者として扱われますのでこの規格の対象となりえます。簡単に言うと、プロジェクト管理を行っているかどうか、翻訳だけでなく校正作業(翻訳者以外の校正者による作業)まで行ってクライアントに納品しているかどうかが判断のポイントになります。
 
参考:個人で翻訳業をされている方の扱い

 

 

 
 
また、個人翻訳者は直接的にこの規格に準拠する必要はありませんが、翻訳サービス提供者が依頼できる翻訳者の要件が規格に定められていますので、まったく影響がないとは言えません。翻訳サービス提供者がISO 17100に準拠したサービスを提供する場合には、規格の要件を満たす翻訳者にしか依頼できないわけですから、当然、要件を満たす翻訳者の重要性は増してくるわけです。そういった意味で、個人翻訳者は少なくともこの規格の内容を把握しておく必要があります。
 

規格は守らなければいけない?

さて、この規格、翻訳サービス提供者は遵守する義務があるのでしょうか。答えはNOです。ISOの規格は、加盟国が知識を集約して業界の標準をまとめあげたものに過ぎません。この規格を遵守するかどうかは翻訳サービス提供者の判断に委ねられています。
もし、この規格を遵守するとしたら、メリットはあるのでしょうか。ここについては個々の翻訳サービス提供者が慎重に判断すべきところですが、少なくとも以下のようなメリットが考えられます。

(1) 国際競争から取り残されない

この規格は少なくとも一定の賛成票を得て発行された国際規格です。賛成した国々ではこの規格がそれなり普及すると考えられます。それらの国のクライアントがベンダー選定の際に規格への準拠を要件として定める可能性もありますし、官公庁の入札案件でも要件として今後組み込まれる可能性が十分にあります。そういった場面で取り残されないためにも、この規格に準拠できる体制を整えておくのもひとつの選択肢です。

(2) 素人の翻訳サービスと差別化を図る

「何のために作成されたの?」でご説明しましたが、残念ながら素人の翻訳サービスを提供する業者も少なからずあります。素人のサービスとの違いを明確に説明できればそれで構いませんが、この規格に準拠することでてっとり早くクライアントに理解してもらえる、というメリットはありそうです。

(3) 混乱を解消して業界全体の発展を促す

個々の翻訳サービス提供者のメリットとは言い難いかもしれませんが、これまで同じプロセスに対して翻訳サービス提供者が各々自由に用語を割り当てて使っていました。「チェック」とひとことで言っても、それが原文と訳文とを突き合わせた校正作業なのか、はたまた訳文のみの文法チェックなのかは、翻訳サービス提供者の定義次第でした。翻訳サービス提供者の定義の違いによって、クライアントが混乱することもしばしばあったのではないでしょうか。この規格の内容を把握し、少なくとも同じ定義で用語を使っていくだけでもクライアントの混乱は解消され、ひいては業界全体の発展につなげていく必要があると思います。


規格の内容が変更される可能性は?

2015年に発行されたこの規格の内容は将来的に変更される可能性はあるのでしょうか。ISOの規格は通常、初回発行から3年後、その後は5年ごとに定期見直しが行われるルールになっています。定期見直しでは、投票によって (1) 確認(技術的変更なし)、(2) 修正または改正、(3) 廃案のいずれかが決定されます。この規格は2015年に発行されましたので、初回の見直しは2018年になります。
特に翻訳者の資格については各国、教育制度や国家資格の整備状況が異なることもあり、定期見直しの際に議論になる可能性が大いにあります。

規格の内容―概説

全体の構成
■表紙・目次・序文・まえがき
■本文 箇条1~6(11ページ)
■付属文書A~F(7ページ)
■参考文献(1ページ)
 
全体で20ページに満たないことからもお分かりいただけますが、翻訳サービスの詳細が規定されているわけではありません。あくまで中核となる重要なプロセスについて、最低限の要求事項が定められたものです。

箇条1 – 適用範囲

各種言語サービスのうち、翻訳サービスのみを取り扱うことが記載されています。通訳サービスが明示的に除外されています。また、翻訳サービスの中でもまだまだ発展途上である機械翻訳+ポストエディティングについては通常の翻訳サービスとは切り離して別規格で検討されることになったため、この規格の適用範囲からは除外されています。

箇条2 – 用語の定義

この箇条では「translate(翻訳する)」というごく基本的な用語から「language register(言語使用域)」といった専門用語までが定義されています。なかでも注目すべきは何といっても翻訳プロセスに関わる用語ではないでしょうか。
例えば「check」という用語。これは、「翻訳者が実施する訳文言語コンテンツの検査」と定義されています。日ごろ何気なく使う「check」という用語ですが、特に日本では、翻訳者以外の誰かが訳文を検査するプロセスに対してこの用語を使うケースが圧倒的に多いので注意が必要です。誤解がないよう、日本語版作成の際には単に「チェック」とせず、意図が伝わりやすいよう「セルフチェック」という訳語が選択されています。
この他にも「revise(バイリンガルチェック)」は「原文言語コンテンツに照らして訳文言語コンテンツが合意した目的に対して適切であることを確認するバイリンガル検査」と定義されています。従来から定義が曖昧なまま使用されてきた「校閲」や「校正」といった訳語の使用を避け、あえて新しい訳語が採用されている点も注目です。

箇条3 – 資源

この箇条では、翻訳サービスに関わる作業者に対する要求事項が記載されています。翻訳の品質を最も左右する翻訳および校正(この規格では「バイリンガルチェック」という)等の作業については、作業者の資格と力量を規定することで一定の品質を担保しようという考えです。
例えば翻訳者については以下のa)~c)のいずれかの要求事項を満たすことが条件となっています。
a) 高等教育機関が認定した翻訳の卒業資格
b) 高等教育機関が認定した翻訳以外の卒業資格および専業専門家として2年の翻訳経験
c) 専業専門家として5年の翻訳経験
 
バイリンガル担当者については、翻訳者と同等の資格および力量が求められています。また、翻訳サービス提供者は、作業者が必要な資格および力量をもっていることを確実にするために文書化されたプロセスを整備しなければならない、と規定されている点にも注意が必要です。

箇条4 – 制作前のプロセスおよび活動

この箇条には、引合いや見積りの段階、あるいは制作の前段階で行うべき事柄について記載されています。特に、クライアントとの合意が書面にて記録されていることが最も重要視されており、少なくとも、価格、言語ペア、引渡し日、形式、媒体などの詳細が記載された見積りをクライアントに提出しなければなりません。

箇条5 – 制作プロセス

この箇条では、引合いから納品、そしてクライアントからのフィードバック処理も含めた全般的なプロジェクト管理が取り扱われているほか、どのプロセスが必須とされるのかについても記載されています。
必須とされるプロセスは、翻訳者自身によるセルフチェックや翻訳者以外のバイリンガルチェックです。バイリンガルチェックとは、原文と訳文とを突き合わせた検査を意味します。
逆に、訳文のみを専門家が検査するモノリンガルチェックや印刷前の検査であるプルーフリードは、クライアントから要望があった際に適用するプロセスと位置付けられています。
また、納品前にはプロジェクトマネージャーが仕様に照らして最終検品を実施するためのプロセスも整備しなければならない、とされています。

箇条6 – 制作後のプロセス

この箇条では、クライアントからのフィードバックの処理や修正対応、不具合があった際の是正処置など、翻訳サービス提供者が整備しておくべき制作後のプロセスが記載されています。また、クライアントの重要な情報を扱うだけに、適切なデータ保護についても触れられています。
なお、附属文書はいずれも参考情報という扱いではありますが、ISO 17100における標準的な翻訳サービスのフローチャート、クライアントとの合意に含めた方がよい項目が掲載されているため目を通しておきたいところです。

 


来年度のお知らせ

2015年9月から既に開始されているISO 17100の認証サービスについて概要をご説明する予定です。認証取得にご興味のある方は是非ご覧ください。