2015年 ISO/TC 37/SC 5 日本・松江総会参加報告

2015/11/06

佐藤晶子

外為専門銀行勤務、社内通・翻訳業務を経て、金融・法務関係の翻訳、法廷通訳、大学非常勤講師業務に従事。言語文化学修士(大阪大学)。ISO総会は2014年から参加。JTF理事。ISO/TC 37/SC 5国内委員。共著『第二次世界大戦の遺産―アメリカ合衆国』大学教育出版から本年10月出版、Springerから共著『Modern Japan』、明石書店から共訳書『アジア太平洋地域の複眼的分析』近刊予定。

 

石岡映子

株式会社アスカコーポレーション 代表取締役社長、JTF理事
兵庫県出身。大学卒業後、コンベンション・通訳・翻訳を手掛ける会社に入社し、会議運営など様々な業務に従事。1995年にアスカコーポレーションを設立し、医薬翻訳を中心に、企画、編集、ライティングなど多様なサービスを展開している。

 

白木原孝次


慶応大学経済学部卒業、カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校大学院宗教学専攻。1983年株式会社アイ・エス・エスに入社、1989年より同社取締役として通翻訳事業、国際会議運営、語学系人材派遣および外資企業向け人材紹介事業、通訳者養成学校の経営全般に携わる。2011年㈱翻訳センター顧問、子会社㈱HCランゲージキャリア取締役を経て、現在は株式会社アイ・エス・エス経営企画室室長兼通訳グループディレクター

 

村下義男


1960 年生まれ。京都府出身 同志社大学卒業。1984 年卒業 その後 イベント会社に就職。 1996 年7月より ㈱コングレ大阪  通訳・翻訳者養成校“コングレ・インスティチュート”勤務。 2010 年 8 月より、東京本社転勤。通訳・ 翻訳部 営業責任者を経て、2013年1月より、コングレグループ 通訳・翻訳の専門会社 ㈱コングレ・グローバルコミュニケーションズ 常務取締役に就任。現在に至る。
 


はじめに

国際標準化機構(International Organization for Standardization: ISO)は、本部をスイス、ジュネーブに置く国際規格を策定する民間の非政府組織である[1]。現在は会員数が165か国におよび各国の代表的標準化機関が会員となっている。日本は1952年に日本工業標準調査会(Japanese Industrial Standards Committee : JISC)が加盟した[2]。ISOは投票権を持つPメンバー(participating member: P-member)と投票権を持たないOメンバー(observing member : O-member)で構成され、300ほどの専門委員会(Technical Committee: TC)が主要産業分野の標準化を行っている[3]
翻訳・通訳業務に関わる規格の策定はISOの第37専門委員会(TC 37)が担当している。TC 37は多言語コミュニケーションおよび文化の多様性を背景とし、専門用語やその他の言語・内容の情報資源に関する方針、方法、適用の標準化を行う。TC 37は5つの分科委員会(Sub Committee: SC)に分かれている。翻訳・通訳関係はSC 5に属している。SC 5は翻訳の国際規格を扱うワーキンググループ1 (Working Group 1:WG1)、通訳の国際規格を扱うWG2、通訳機器の国際規格を扱うWG3で構成されている。TC 37は毎年6月に総会を開催する。本年度はわが国の島根県松江市で開催された[4]。本稿は、ISO/TC 37/SC 5の松江総会に参加した報告記である。

1.既発のISO規格

現在までに翻訳・通訳に関するISO規格は複数発行されている。翻訳に関しては、欧州標準化委員会(European Committee for Standardization: CEN)が2006年に翻訳に特化した規格『EN 15038 -- Translation Services - Service Requirements(翻訳サービスサービスの要求事項)』を発行しており、この規格が標準とされる機会が多かった。SC 5は上記規格を参考に2012年5月15日に『ISO/TS 11669:2012 -- Translation projects -- General guidance (翻訳プロジェクトに関する一般指針)』を発行した。翻訳に関する国際規格を担当するWG1は『ISO 17100:2015 -- Translation services -- Requirements for translation services(翻訳サービス翻訳サービスの要求事項)』を策定し、2015年5月1日に同規格を発行した。
WG 2が策定した通訳に関する規格で、前年に承認段階(Final Draft International Standard:FDIS)の段階となった『ISO 13611:2014 -- Interpreting -- Guidelines for community interpreting(コミュニティー通訳に関する一般指針)』は、2014年11月 26日に発行された。
前年度に新設されたWG 3で改訂することになった通訳機器に関する発行済み規格は、松江総会では『ISO/CD2603:1998 -- Booths for simultaneous interpretation -- General characteristics and equipment(同時通訳ブースに関する一般的特徴と機器)』および『ISO/CD4043:1998 -- Mobile booths for simultaneous interpretation -- General characteristics and equipment(同時通訳移動ブースに関する一般的特徴と機器)』として委員会段階(Committee Draft: CD)で検討が行われた。

2.松江総会での議論概要

現在、検討中の規格と松江総会でのワーキングループにおける議論の概要は以下の通りである。

(1)WG 1―翻訳関係

1)『ISO/DIS 18587 -- Translation services -- Post-editing of machine translation output – Requirements(機械翻訳後のポストエディティングに関する要求事項)』 
本規格は2015年の年初に照会段階(Draft International Standard: DIS)の段階まで進んだが、松江総会では検討が行われなかった。

(2)WG 2―通訳関係

1)『ISO/CD 18841 -- Interpreting -- General requirements and recommendations(通訳一般に関する要求事項)』
 
・内容
通訳者、通訳会社を対象とした一般的な通訳サービスに関する要求事項で、7章構成で付属文書がついた10ページの規格である。
 
・三部構成から一部構成へ
三部構成だったCD1の投票結果が割れたため、ISO事務局の助言に従い、松江総会前に一部にまとめたCD2案がPメンバー国に配信された。しかし、さらに松江会議において通訳者の学位要件および稼働要件(時間、人数)等が各国異なることを考慮し、要求事項としての要件内容に関する詳細な記載を改めることとなった。
 
・通訳サービス提供者(Interpreting Service Provider: ISP)の定義
ISPは企業のみではなく、個人である通訳者もISPであるとの再確認が行われた。
 
・通訳者の資格要件
各国の教育事業、業界のあり方、政府の役割等、官産学の事情は各国によって異なる。従って、通訳の学位を持つ通訳者と他の学位を持つ通訳者の違いを際立たる学位取得要件、通訳訓練時間、実務時間の詳細な要件設定は、通訳一般に関する要求事項に適さない。この観点から、具体的な数値を含めた条項が本文から削除された。
倫理綱領の徹底が強調され、その他の通訳者要件は付属文書として扱われることとなった。
両方向での同時通訳を行う日本と一方向のみの同時通訳で交代する他国の通訳者の疲弊度の違いや、ラテン系言語とゲルマン系言語を主体とする言語の組み合わせとアジア言語である日本語とラテン系・ゲルマン系言語との組み合わせの違い等、規範(Norm)の相違を考慮するように求めた日本の主張が通る結果となった。
 
・定義
「遠隔通訳」と訳される「Distance Interpreting」は欧州連合(European Union)が伝統的に使用している用語であったが、アカデミック界で定義されている「Remote Interpreting」を含めて定義されることとなった。
 
・A、B、C言語の説明
付属文書では、通訳者の稼働に関しA、B、C言語間の通訳に関する説明が新たに追加された。(以下は暫定的内容の要約)
A言語―通訳者が使用する言語で最もレベルが高い言語。通訳者はその言語に堪能であり複雑な思考であっても瞬時に理解できる言語。
B言語―通訳者のA言語以外で、通訳者が使用する複数の通訳対象となる言語。
C言語―通訳者が深く理解し、通訳者のA言語に通訳する言語。
通訳者は少なくともA―C言語間の通訳を行う。
 
・今後の展開
日本を含むプロジェクトチームが会期中に別途集まり策定の検討が行われたISO/CD2 18841案は、6月26日にISO事務局に提出された。事務局で検討後、CD2としての投票を行うと決定された後にPメンバー国にCD2が配信される。コメント収集後、CD2に関する2時間のWebEx会議が9月に2回、10月に2回開催される。その後DIS化へ向けた投票が行われる予定である。
既発の『ISO 13611:2014』との整合性を保つため、今後も同規格を参照しながら策定を進め、用語定義、付属文書の用語説明等の統一を行う。
 
2)『ISO/AWI 20228 -- Guidelines for language services in judicial settings(法律関係言語サービスに関する一般指針)』
 
・内容
法律関係言語サービスに関する7章13ページ構成の一般指針である。
 
・要求事項か一般指針か
欧米諸国では法律に則った法的措置、訴訟に於ける言語サービスの重要性が高い。本規格を要求事項にするか、一般指針にするかの議論が行われた。各国の法律が異なるため、上記『ISO/CD 18841』以上の議論になることを避ける意味でも一般指針として取り扱うという声が多かった。事務局で検討し、10月頃に投票等の動きがある予定である。
 
・文章の削減
全体的に文章が長いため、削減の提案があった。重要性が高いにも関わらず、各国の法的事情が異なるため、今後文言の省略を余儀なくされる可能性が高い。
 
・言語の定義
A、B、C言語間の通訳・翻訳に関する定義が行われているが、このA言語、B言語、C言語についての定義を確認し、『ISO/CD 18841』との整合性を保つよう調整が行われた。日本の担当者(フライトスケジュールが急遽変更となり、帰国できず欠席)のメモを元に日本側からは質疑応答を行った。
A、B、C言語のうち、B言語とC言語の区別がつきにくい旨をISO/CD 18841のプロジェクトチームの話し合いにおいても話題に出したところ、若干説明の追加が行われ、「少なくともA―C間以上で通訳を行う」との但し書きが挿入された。
 
・担当者が精通すべき内容
「司法通訳人はあらゆる分野の法律の特徴に精通しておかねばならない」という文言に対しても各国の法手続きが異なり全参加国の事情に合わせた文言にできないため、省略するか、修正するかは今後話し合いが行われる予定である。司法通訳の業務は法廷通訳だけではない。従って本国際規格では、司法通訳業務の内容、範囲も確認するべきであろう。

(3)WG 3―通訳設備関係

1)『ISO/CD2603:1998 -- Booths for simultaneous interpretation - General characteristics and equipment(同時通訳ブースに関する一般的特徴と機器)』(既発規格の改訂)
2)『ISO/CD4043:1998 -- Mobile booths for simultaneous interpretation -- General characteristics and equipment (同時通訳移動ブースに関する一般的特徴と機器)』(既発規格の改訂)
3)『ISO/WD20108 -- Simultaneous interpreting -- Quality and transmission of sound and image input -- Requirements(同時通訳音響機器および画像に関する要求事項)』
4)『ISO/CD20109 -- Simultaneous interpreting -- Equipment --Requirements(同時通訳機器に関する要求事項)』

 
・複数の規格の同時進行
WG3では、上記1)~4)の複数の規格が同一セッション内であらかじめ記入されたPメンバー国のコメントシートを基に検討された。以下は主な論点である。コンビーナ、プロジェクトリーダーが後日、公式の要約を作成する。
 
・サイズに関するノート挿入の是非について
『ISO/WD 20108』以外はCD段階での各国コメントを基に、検討が進められた。1998年度版の『ISO/4043:1998』では移動式ブースについてISO規定サイズ以下のブースに関するノートが挿入されていたが、今回のCDではノートがなかった。欧州では一般に日本より移動式ブースのサイズが大きく、サイズに関するノート記載を復活するように求めた日本の要求は、大きくする分には構わないが、縮小するのは認められないとのことで却下された。
ただし、日本国内の同時通訳機器レンタル会社にはISO規格に準拠したカナダの移動式ブースを大量に購入している会社もあるため、移動式においては問題なく、従来からあるサイズの小さな通訳ブースが設置されている会場ではISO規格に準拠した移動式ブースを設置すれば、問題がないとの認識がある。
 
・遠隔通訳
「Distance Interpreting」を「Remote Interpreting」に変更するよう提案したが、EUは伝統的に「Distance Interpreting」を採用しており、機器を使った「Remote Interpreting」は「Distance Interpreting」に含まれるとした。今後の検討が望まれる。
 
・数値に関する詳細
技術は日進月歩でオーディオ機器のバッテリー時間等、長時間になる傾向が著しい。具体的な数値を入れる必要は無いのではないかという日本側の提案は、欧州では基準を満たない機器も多く存在し、具体的数値を外すと基準を満たさない機器が増える可能性もあるという意見もあった。プロジェクトリーダーからは、各国提出のコメントシートにおいて数値に関する記述がある個所は今後検討するとの返答を受けた。例えば日本にとってはバッテリー時間が具体的になっても、数値要件は満たしているため、問題がない。
 日本からのコメントは多岐におよんだが、規格に準拠しないサイズのブースに関するノート挿入が却下されたものの、移動式ブースで対応可能等、提案事項の却下に対応する次案があるため、このまま通訳機器関連国際規格のDIS化が進んでも、日本でメジャーな通訳機器会社は対応できる態勢をすでに整えているといえる。欧米の機器メーカーにとって日本は大手顧客のため、意向に沿わない進め方はしないとの感触を得られたのは大きな収穫だった。

まとめ
(1)会議の規模と参加者

日本の地方都市である島根県松江市で開催され、WG1の検討が行われなかったにも関わらず、前年度のベルリン総会に出席したコンビーナ、プロジェクトリーダーを始めとし、リエゾンであるEU、国際会議通訳者協会(The International Association of Conference Interpreters :AIIC)、欧州法務通訳者・翻訳者協会(European Legal Interpreters and Translators Association :EULITA)の主要メンバーの参加が多く、最終的には100名を超える規模の国際会議となった。
会期中に松江城、出雲大社をはじめ島根県の史跡をめぐる遠足を行った。小泉八雲が愛した旅館をレセプション会場に、参加者は地域の伝統芸能である太鼓を堪能し、体験演奏を楽しんだ。会場となったくにびきメッセでは地元の方々のご協力で、昼食時に茶道の点前を披露する等、海外からの参加者が日本の伝統美を堪能できる機会を提供したことは日本の新たな面を参加者に印象づける点で大変有効だった。日本の町を歩くことで、実際に日本語と欧米語の大きな相違点に気づいたと直に伝えてきたEU関係者もいた。
会議には欧州連合等のリエゾンの参加が多く、特に通訳機器ではEU主導の国際規格であると感じられる場面が多かった。アジアからSC 5への参加は前年度とは異なり、中国と韓国からの参加があった。

(2)日本の位置づけ

通訳関連のISO規格は、日本寄りに大きく変わったと言っても過言ではないが、要件から数値を排除することで敷居が低くなったとの感覚は免れない。今後、世界標準である国際規格をどう解釈し、策定していくかに日本も大きな責任を持つ。日本は「要件を満たさない」と考えず、日本の事情を鑑みた国際規格となるように日本も積極的に発言していく姿勢がさらに求められるだろう。相違点にはどう対応するか、何を発言し、どのように許容し、許容できない点は日本の事情をどう主張するかを考えなければならない。国内のISPである民間企業、民間養成機関を中心とする「産」アクター、大学、大学院、研究所を中心とする「学」アクター、経済産業省、文部科学省等の「官」アクター、もう一方のISPとなる個人通訳者、個人事業主等の「民」アクターが積極的に交流の場を作り、話し合う必要があるだろう。
2016年度の総会は、6月26日~7月1日にデンマーク、コペンハーゲンで開催される。
 
謝辞:情報科学技術協会『情報の科学と技術』 Vol.65, No.8, 361-364.に掲載された報告記事を基に作成した。本稿の国際規格内容に関し、ISO/TC37委員会の確認をいただいた。
 
 


[1] ISO, “About ISO,” ISO (http://www.iso.org/iso/home/about.htm) 佐藤晶子訳(アクセス2015年9月1日)

[2] 日本工業標準調査会, 『日本工業標準調査会』(http://www.jisc.go.jp/)(アクセス2015年9月1日); 日本工業標準調査会は工業標準化法に基づいて経済産業省に設置されている審議会である。

[3] ISO, “Who develops ISO standards?” ISO (http://www.iso.org/iso/home/about.htm) (アクセス2015年9月1日)

[4] 長田孝治「ISO/TC37松江会議報告」『情報の科学と技術』(8),(2015年, 情報科学技術協会)(http://www.infosta.or.jp/journals/201508-ja/#3)(アクセス20159月1日)