スペシャルインタビュー 長尾真(元京大総長)

2012/11/09

【日本翻訳ジャーナル創刊30周年記念・スペシャルインタビュー】




学則在徳而久
長尾 真 (ながお・まこと)
国立国会図書館長(取材当時)
 
「学 問・研究を何のためにするのかを自分に問わない研究者はいないだろう。昔の学問は人格を陶冶するためのものという考え方が非常に強かったが、今日の研究に そういった観点がほとんど欠けているのは大きな問題である。無限に拡大する欲望を抑えることが出来るかどうかが問題となる。やれば出来ることでもやらない 方が良いというのは、学問の本来的な、あるいは本質的なところと関係しているだろう。二十一世紀の学問・研究はそういった考え方をもう一度見直すべきとこ ろに来ているのではないだろうか。」(長尾真『情報を読む力、学問する心』)
 
取材日:2011年9月6日
場所:国立国会図書館
聞き手:勝田美保子(株式会社十印代表取締役会長)、河野弘毅(日本翻訳ジャーナル編集長)
 


長尾真(ながお・まこと)

 
1936 年三重県生まれ。京都大学工学部電子工学科を卒業の後、京都大学助手、助教授を経て1973年に京都大学工学部教授。その後、第23代京都大学総長 (1997年~2003年)、国立大学協会会長(2001年~2003年)、情報通信研究機構初代理事長(2004~2007年)、国立国会図書館長 (2007年~2012年)を務める。
紫綬褒章(1997年)、文化功労者(2008年)、日本国際賞(2005年)、IEEE Emanuel R. Piore Award(1993年)、Medal of Honor(IAMT)(1997年)、ACL Lifetime Achievement Award(2003年)、レジオンドヌール勲章(2004年)ほか受賞多数。
著書として『知識と推論』1988年、『人工知能と人間』1992年、『電子図書館』1994年(新装版2010年)、『「わかる」とは何か』2001年、自伝『情報を読む力、学問する心』2010年など。編著として岩波講座ソフトウェア科学『自然言語処理』他多数。
言語処理学会初代会長(1994年)、電子情報通信学会会長(1998年)、情報処理学会会長(1999年)、機械翻訳国際連盟初代会長(1991年)などを歴任。
表題の「学則在徳而久」(学はすなはち徳にありて、しこうして久し)は京都大学を退職する際に関係者に贈った記念皿に書いた言葉。





出会いはMuプロジェクト

 
長尾: まず何と言いましてもね、最初に勝田さんにお会いしたのは、いつ頃でしたかね、1981、2年頃だったんですよ。それで、私は科学技術庁の機械翻訳プロ ジェクトをやるっていうんで4年間契約でやったんですけども、そのときに作業を手伝ってもらえる人がなかなかいなかったんで、十印のほうで相当いろいろ ね、翻訳事業を盛んにやっておられるというんで。
勝田:いえ、あのときは光栄でした。
長尾:いろいろその、翻訳辞書とか、いろんなノウハウを持っておられるというわけで、頼みに行きましてね。それで、人を派遣していただいたんですよね。それがおつきあいの最初だったと思うんですけども。それ以来、ずっといろいろお世話になってきまして。
勝田:先生はパイオニアですよね。この機械翻訳の。
長尾: ええ、まぁ1960年代から小さな実験はやり始めてたんですけども、その1981、2年頃から、実用になる本格的なシステムを作ってほしいっていうのが、 科学技術庁の依頼だったんで。大学っていうのは、小さなモデルの研究はできるけども、大きなシステムを作るっていうのはね、簡単にできないんで。それで、 外から、いろんな企業からね、参加者を仰いで、それで作っていこうっていうことをやったんですね。だから、東芝とか、富士通とか、日本電気とか、いろんな ところに頼んだんですけども、やっぱり技術だけじゃだめなんで、翻訳の実務をやっておられるところが必要だっていうんで、十印さんとか、インターグループ とか、まぁ他にもいくつか行って、ぜひお願いします、と。

 
 
――そのとき翻訳会社に声をかけるという発想は、長尾先生ご自身のお考えですよね?
長尾:ええ、やっぱり何て言うんですか、実務をしっかりやっておられるところには、いろんなノウハウがありますよね。そのへんは、学校にいるとよくわからないということもあったんですよね。だから、そういう方々の知恵を貸してもらおうと思って。
 
―― 『情報を読む力、学問する心』を拝読いたしました。Muプロジェクトの当時、外部の方が大学内に出入りすることはめずらしくて手続きなども煩雑であるた め、手続きをせずに何かあったら責任を取ろうとお考えになったそうですが、これはかなりの覚悟だったのではないですか?
長尾: うん、まぁねぇ(笑)。今は国の研究費も増えてきましたから、人をちゃんとね、お金を出して雇うことができるんだけども、昔はそういう人件費を予算の中に 組むことはできなかったんです。それで、十印さんなんかからも2人くらい、確かね、4年間来てもらったんですけども、それは僕ら一銭もお金出さずに来ても らって(笑)。それでいろいろ作業してもらったんですよ。だから、非常にね、勝田さんには感謝してて、今でも。
勝田:いえいえ。とんでもないです。ありがたかったですよ、お勉強させていただいて。
長尾:頭が上がらない。だけど、おもしろかったです。
勝田:そうですね。長尾先生はもう本当に学者らしい方でね。もう一生懸命、開発にご自分を投入して、こう、やっていらっしゃって。いつもいつも、私はもう本当に尊敬申し上げております。
長尾:いえいえ。いや、その当時からもうね、翻訳連盟を作っておられて、もう何百社かいましたよね。100社以上。もっとあったかなぁ。
勝田:ええ、そうですね。最初の頃は200社くらい。
長尾:200社くらいでしたっけね。翻訳会社の連盟を作って、そこの会長をしておられましたんでね。すばらしく頑張っておられるというんで。
勝田:何が何だかよくわからないけれど、その頃はもう一生懸命で。
 
――翻訳業界との接触がない中で、どのように十印やインターグループを探されたのですか?
長尾: やっぱり翻訳会社が相当やってるっていうのは知ってたんですけどね。じゃあ東京でどんな翻訳会社があるか、関西でどんな翻訳会社があるかっていうのは、何 かいろいろ調べたんですね。どうやって調べたか忘れたけど。それで、十印っていうのはでかい会社で、すごいスタッフで翻訳しておられるし、勝田さんは翻訳 連盟の会長をしておられるし、これはぜひ頭を下げて頼みに行くかと思って。
 
――そして長尾先生のほうから連絡をとられたわけですね。
長尾: うん、何をやったか忘れましたけど、とにかく最後はお会いに行って、お願いしましたよ。それで、よくわかっていただいて、やったというのは、それは我々に とっても非常によかったし。やっぱり機械翻訳をやってる連中っていうのは、みんなエンジニアリング出身ですからね。言葉の、その翻訳のデリケートなとこ ろっていうのは、やっぱりどうしてもなおざりにするでしょ。そういうのに対して、やっぱり翻訳会社の人たちがそこをきちっとやるから、そのへんがやっぱり 非常に役に立つというか、参考になりますよね。
勝田:それがきっかけで、ずいぶんとお客様の要望もあって、言語処理を勉強した人たちが50人くらい集まって、お客様のお手伝いしましたよ、いろいろ。お客様はコンピューターの会社ですから、言語処理のいろんな作業を。
長尾: なるほどなるほど。そうですね、確かに。だから、そういうことを通じて、この翻訳辞書の充実っていうのを、翻訳会社のほうでもなさったし、僕らのほうでも やったんですね。ただまぁ、ちょっと残念なのは、翻訳辞書っていうのは、それぞれの翻訳会社の、企業としてのノウハウだから、一般に外へ出さないんですよ ね。だから、僕らも欲しいなぁと思うんだけども、簡単に使わせてもらえないというような。
 
――当時からそうだったんですね。今でもそういうことがありますが。
長尾:今でもそうでしょうね。
 
――その頃からなんですね。
長尾:うん、それはその頃から。
勝田:辞書作りだけのお仕事もあちこちからいただきましたよ、確か。
長尾:あぁ、そうでしたね。電子辞書みたいなやつをやるのに、翻訳会社に委託して作ってるっていう、そういうプロジェクトもあったし。

 
 

学界と業界の距離

 
――たくさんのコーパスを使うと、機械翻訳の性能は上がりますが、コーパスを持っている翻訳会社が、なかなか研究のためであっても学界にコーパスを提供しないでいるという現状があります。この業界と学界の壁についてどのようにお考えですか?

長尾: そうですね、そこはやっぱり乗り越えないといけない壁だと思いますね。やっぱり機械翻訳をやってる連中はですね、そういう辞書のノウハウが欲しい、用例辞 書が欲しい。だけども、なかなかもらえないのでね、いろいろ考えて、最近ではもうネット上に山ほどテキストがあるから、それをわーって集めて、対訳テキス トを集めて、それを機械的に処理することによって、翻訳会社が用例辞書を作ってたのと同じようなことを、もうコンピューターが力任せで作るっていう方向に なっているわけなんですよね。だから、そういう風に技術が進むわけですから、やっぱり翻訳会社の方々も、こう、抱え込んでやってても、あんまり発展性がな いんでね。もっとオープンに自分たちのも出すけども、他のももらって使う、と。そういう時代になってきたと思うんですよ。昔はね、それぞれの翻訳会社が、 それぞれの翻訳辞書を持って、それぞれやってたんだけども、今はもう、機械翻訳やってる連中は巨大なコーパスで用例辞書をバッと自動的に作るようになっ て、結局機械の力によって、それが、まぁたくさんあるから、勝っちゃう可能性があるわけですよね。だから、囲い込みの時代はもう終わっちゃって、むしろ オープンにして、お互いがね、協力しながら、こう、全体のエフィシェンシーを上げていくっていう、そういう時代が来てるんじゃないかと思うんですよね。
 
――ヨーロッパや欧米ではそういうことが始まっていますが、日本ではまだですね。NICTの隅田さんは先日のインタビューで、冗談半分ですが、翻訳を国会図書館に納めるという法律を作るのはどうかという提案をなさっていました。

長尾: なるほど(笑)。そういう風になると、それは非常にすばらしいことだと思いますね。だから、どこの企業のテキストであるとか、そういうことがわかるとまず いから、シャッフルしてね、どこのテキストであるか、どこが翻訳したものであるかっていうのが、わからない格好でもって、利用できるようにすると、本当は 一番いいんですけどね。ただ現在の著作権制度からいうと、そこをやるっていうのは非常に難しいところなんですよね。
 
――日本の場合は、翻訳会社がそのイニシアチブをとるのは難しいように感じます。それこそ長尾先生が提唱していただけると……。

長尾: (笑)ただ著作権法が2年前に改正されて、研究のためにはテキストを許諾なく自由に使ってほしい、と。こういう風になりましたからね。これは非常に学術研 究のために役に立ちますね。だから、隅田さんがああ言ったように、そういうものを研究のために使わせてもらう、ということがもっともっと自由にできると ね、いいんですけどね。
 
――そうですね。研究で作り上げた成果を翻訳会社がビジネスにどのように転用するかということも課題のひとつですよね。この点については、どのようにお考えですか?

長尾: いや、ぜひそういう方向でお互いに協力する環境というかね、雰囲気を醸成していかないといけないと思うんですよね。だから、翻訳連盟もそうだし、機械翻訳 協会もそうだし、何かそういうところが一度、こう、合同して、そういう風な前向きな方向での議論をする場を作るとかね。そういうことをすると、非常にいい 方向性が出てくるんじゃないかという気がしますね。やっぱり何と言うんですか、そういう今ある情報資源とか知識をみんなが最大限に活用できるようにする と、それぞれの企業とかいろんなところがやってるパフォーマンスは、ものすごく上がると思うんですよ。だから、そういう努力はこれからやっていくべきでは ないかという気はしますけどね。
勝田: 好むと好まないとに関わらず、あらゆる分野で、隠しておくよりも、とにかく損でも出して、お互いに利用するほうがメリットがあるという時代が、どんどんで きてきてますから。そういう今までのやり方が通用しなくなると思いますね、どっちにしてもね。やっぱりやってみれば、メリットも大きいですからね。
長尾: そうなんですよね。だから、そういうことをやれば、メリットが大きいという実例をね、示していくことが必要だと思うんですよね。特に隅田さんなんかの NICTなんかが、そういう実例をうまく出してくれるといいし、彼らだったらもう相当な蓄積を持ってるから、やれるんじゃないかと思いますね。

――なるほど。実例で社会を説得していくということですね?

長尾:そうそう。そうなんですよね。理論的に言っててもなかなかだめですから。

 

 

人間とコンピュータ

 
勝田: 人間がね、コンピューターを開発して、コンピューターが人間の能力をもう今限りなく開発してますよね。個人も社会もコンピューターの開発によって、そのあ りかたも価値観もどんどん変わってきてますよね。機械翻訳の開発っていうのは、テクノロジーとしてはもっともっと進むと思うんですけれども、これがビジネ スとしての翻訳、要するに、お金に変えていくという意味から言うと、コンピューターの開発、どんどん進んでいくテクノロジーが、翻訳業界を発展させていく のか、逆に必要なくしていくのか。いろんな例見ると、こっちの(必要なくなる)例、多いですよね。だから、それはもうやむを得ないという人もね、やっぱり そこを多少覚悟したり...そうしておかないとビジネスが知らないうちになくなっちゃって、いくらあがいてもどうしようもなくなっちゃったなんてことにな るので、やっぱりそこを見極めたいというのが大きな問題ですね。
長尾: 確かにね。ええ、それはね、そういう心配は確かにあると思いますけど、コンピューターがいくら能力が上がっても、やっぱり人間には勝てないですよ、絶対 に。と思いますね。だから、翻訳なんていうのはね、人間の頭脳活動の中でも最高のものだと思うんですよね。総合的な知識を、人間の頭の中の知識を使わない といい翻訳はできないわけなんで、そういう意味では、機械はまぁ絶対に人間に勝てないと思いますね。だから、人間のほうはどちらかと言うと、やっぱり機械 をうまく使いこなして、翻訳のパフォーマンスを上げるとかね、そういうところでいつまでも人間が優位に立っていけるんじゃないかっていう気はしますけど ね。
勝田:人間のありかたとか、価値観とか、今、クラウドだとか、ソーシャルネットだとか、全然考え方も変わってきて、ありかたとか価値観までね、今コンピューターで変わる人、いますよね。そうすると、本当にそれに誘導されて、変わっていっちゃうような気がして。
長尾: 確かに粗っぽい翻訳でね、間に合うような分野については、まぁそうなっていく可能性はありますよね。だけど、やっぱり翻訳会社なんかは機械では出せない品 質の世界で、今までも生きてきたんだし、これからも生きていく。そういう風になっていくんじゃないかという気がしますけどね。Googleなんか今、数十 カ国言語、いや、百言語くらいに近い言語で翻訳をやるソフトを無料でサービスしてるわけでしょう? だから、世の中ずいぶん変わってきましたよね。どんど んどんどん無料の世界になってきてる。だけど、その品質は非常に悪い。
勝田:今はね。でも、すっごいデータを蓄積すれば、ずいぶん微細なところまで。
長尾:それはね。いく可能性はありますよね。だから、それはまぁ確かにそうなので、まぁ50年とか100年のスパンで考えると、産業も栄枯盛衰があるかな。
勝田:生まれ変わっちゃうかもね(笑)。
 
――でも5年、10年は大丈夫だと思います。

長尾: まぁあと20年か30年は大丈夫ですよ(笑)。そこから先はどうなりますか。でも、文学的な翻訳を考えたら、これはもう永久にあれですよね。シェークスピ アの翻訳にしろ、何の翻訳にしろ、もう最高の学者が翻訳してても、また別の人が翻訳する、別の人が翻訳する……ってね、ずっとこうなってきてるわけなんだ から、そのやっぱりある種の分野は永久に人間による翻訳っていうのは残るでしょうけどね。何と言うか仕事の役に立つとか、そういう限定範囲だったらね、 やっぱり機械がもの言うっていう、そういう時代はどうしても来ますよね。まぁだけど、20~30年はまだ安心していられるんじゃないですか。

 



生涯現役の秘密

 
――多くの人は歳を重ねると知力や活力が落ちる不安を持つと思いますが、長尾先生は75歳を迎える現在でも第一線で多くの人がうらやむようなご活躍なさっています。何か秘訣はあるのですか。

長尾:いやいやいや...それはもう、私も自分の限界、いろいろ感じてますよ、もちろん。ものすごく。ですから、何て言うんですかねぇ。まぁその本にもいろいろ書いておりましたけども、何と言うか基本的に私は人を押し退けて何かやるっていうことは好きじゃないんで。
勝田:そうですね、先生は。
長尾: できるだけリタイアするというか、やらない方向で考えてはいるんですけどね。だから、ここまでずっと、図書館に来るっていうのも来たくなかったと言うか、 断りまくったんだけども、まぁやれって言うからやってはいるんですけどね。私としてもやっぱり、それはエネルギーがだんだん落ちてきてるし、いろいろ限界 は感じますよね。だけど、何て言うんですかね、あるポジションに、まぁ京都大学でも研究なら研究、あるいは学長なら学長、あるいは図書館なら図書館の館長 になったときのやるべき義務っていうのはね、やっぱりあると思うんですよね。それをやっぱり果たさないといかんという、その義務感というのはものすごく感 じますね。
 
――それは社会的な役割という意味ですか?

長尾:そうですね。だから、自分がその義務を果たせなくなったら、果たせなくなると思ったら、もうさっさとやっぱり辞めないといかんと思ってます。
 
――通常の人は自分が社会的役割を果たせているかどうか、客観的な目で自分自身を見ることが難しいのではないかと思いますが。

長尾: ええ。ですから、私も客観的にね、見るのは難しいし、世の中の人がどういう風に見てくださってるかっていうのはわかりませんよね。わかりませんから、そう いうことをあまり気にせずに、自分がそれぞれのポジションに就いたときに、自分としてやるべきことを全力尽くしてやる、と。そこで自分がやるべきだと思っ たことが終わったら、それはもうさっさと辞めるという、そういう風な。
 
――そのようにこの本の中にも書いていらっしゃいますよね。言語処理から始めて、画像処理、機械翻訳、図書館学といく中で、いい仕事をすると人が入ってきて、若い優秀な人が入ってくると自分は引いていく、というパターンが繰り返されているように思います。

長尾:まぁそういう風に結果的になりましたね。
 
――「結果的」ですか?

長尾:結果的になってきたんでしょうね、よく知らないけど(笑)。
 
――なぜいろいろな分野を研究されているのかと思っていましたが、これを読んで、なるほどそういうお考えだったのか、とわかりました。

長尾: まぁちょっとね、くちはばったいと言うか、あんまり自分でそんなこと言うのも、よくないことかもしれないんですけども、まぁ言ってみれば、自分でないとで きないという、そういうことに出会ったときに、奮い立って頑張る、という。だから、これは他の人もできるな、と思ったやつは、自分はやらなくていい、と。 逆に言うとね。その場からできるだけ辞めていく、と。それでまぁ、なんですか、やっぱり人間、命のある限り生きていかなきゃいかんから、何か人のやってな いことで新しいことはないかっていうことを考える、と。
勝田:先生、これからは書籍が電子書籍に変わって、国会図書館のありかたっていうのもずいぶん変わって、またその新しいチャレンジが生まれてくるんじゃないですか?
長尾:ええ、それで4年半ほどもうやりましたんでね、それでまぁ自分としてはやるべきことはほとんどやったし、まだ完成はしてなくても、道ははっきりついて、みんなが頑張れるようになった。
 
――まさに、今おっしゃったように他の人でもできる状態になりつつあるのではないかということですか。

長尾:だから、辞めさせてくれ、辞めさせてくれ、って言ってる(笑)。
 
――今までのパターンからすると、そろそろ次のステップに行かないといけないのかなという気がします。

長尾:そうそう。おっしゃる通り。だから、あとは京都に帰って、悠々自適な生活をしようと思ってるんですけどね。
 
――ちなみに、次のステップはもう心の中ではプランがあるんですか?

長尾:だから、人の邪魔をせずに、もう自分の趣味に生きるっていうか。
 
――それは神職を継ぐということではなくて?

長尾:いやぁ、それはないかなぁ。神職はなかなかできませんけどね(笑)。
勝田:今はすごく気が遠くなるような変化があるから、先生が夢中になられるような何かが、また生まれてくるかも。
長尾:いやいや。もうあとはあの世にいく(笑)。
 
――そういうふうには見えません(笑)。あることに着手されて、多くの人が入ってくるとき、あえて引いていかれることの繰り返しが、歳をとらず、フレッシュに物事を考えられる秘訣ですか?

長尾:あぁそれはあるかもしれませんね。ただまぁ居心地のいいところから辞めていくというのは、なかなか決心のいることです。
 
――そうですよね。いればいるほど、周りからは崇められますし、その分野では権威者でいられますし、いいことばかりではないですか。

長尾:いや、それはやっぱりよくないですよ。
 
――そういうふうにお考えになるところが長尾先生なんですね。

長尾:うーん。それはよくないんじゃないですか、やっぱりね。生きてる限りは、いろんな風で頑張って。いや、それは勝田さんだって、私がつきあってから今日まで、ずっといろんなことで、社長さんでも苦労されたし、翻訳連盟でもずいぶん苦労してこられたし。
勝田:年齢はずっと先輩だけど、図々しく、先生みたいに考えないで、いつもいつもそのことを忘れて、図々しく生きてます。
長尾:いえいえ、それはわざわざやることがあるから、頑張って。
 
――ちょっと長尾先生とはアプローチが違う気がしますが、勝田さんもいつも新しいことをされていますよね。
勝田:仲間としてね、(河野さんとは)お互いディスカッションしてるんです。
長尾: あぁ、そうですね、やっぱり若い人といろいろ丁々発止とディスカッションするとかね、それによって若い人がどんどんすばらしく育っていくとかね、そういう のはすばらしいですね。だから私なんかも、辻井さんもそうだったけども、他の人たちもそういう若い人にずいぶん恵まれて。彼らと話してると、まぁ彼らも僕 のしゃべってることから何かプラスになることを得てるんでしょうけど、私自身もそういう人からいろんなことを学びとるとかね。単なる知識ではなくて、何と 言うか発想法とかね、いろんなことを学びとるということができるから、それはやっぱりすばらしいですね。


日本人の生きる道

 
――若者へのメッセージ、日本へのメッセージをお願いします。

長尾: 若い人とか日本とか区別なくですね、やっぱり自分とかあるいは日本そのものが、世界あるいは社会の中で、どういう位置づけにあるものであるかっていうの を、もっとこう客観的に眺めることによって、それこそ蓮舫さんじゃないけど、なんでもかんでも一番になるっていうためにね、無茶苦茶な無理をするっていう ことは間違ってると思うんですよね。だから、日本は日本として、私なら私個人の能力として、どういうことをしっかりやっていくべきかっていうことを考えた ら、それが一番なのか二番なのか何番なのかっていうことは関係ないんですよ。自分がやるべきこと、この場でやるべきことは何かっていうことを、やっぱり もっと考える、と。たとえば日本なら、日本は資源がない国だし、小さな国だし、外交は下手なら下手でしようがないになるんでしょうけども、その中でここ 20年~30年先までどういう風な形で日本は生きていったらいいかっていうのはね、もっと基本的な立場から考えると、まぁ私はどちらかと言うとヨーロッパ の中位くらいの国とかね、たとえばスウェーデンとかデンマークとか、いくつかの国はある意味で非常に賢く生きてると思うんですよ。それこそブータンじゃな いけども、GDPは何十番か下のほうかもしれないけども、Gross National Happinessみたいなことからいうと、ひょっとしたら世界一もしれない。というような、そういう生き方もあるわけなので。そっちの方向にいけとは 言ってるわけでないんだけども、別のものの見方からしたときに日本は非常に尊敬される国である、というような日本の生き方があるとかね、個人の生き方があ るとかね。そういうことはあると思うんですよね。それを何か産業が一番でないといかん、何が一番でないといかん……そういう風にやるから、それはそれで ターゲットを設けてやるというのはいいんだけども、やっぱりそれをやることによって、他が無理になるとか、バランスを欠くとか、いろんなところで弊害が出 てくる可能性があるわけでしょ。だから、そのへんをやっぱり政治家がもっとこうオールラウンドに考えて、日本の方向性を出してくれるといいんじゃないかっ ていう気がしますけどね。そういうのはもうマイノリティ中のマイノリティの考え方だと思いますけどね。
 
――今のご意見は、長尾先生の「全体と自分の関係から考えていく」という考え方と共通していますね。


長尾: それはいくら頑張ったってね、これから30年先の中国には勝てませんよ、日本は。絶対に。その中で、じゃあ日本は中国に対して、どういう位置を、ポジショ ンを占めていくかっていうことについては、もっともっと考えてやればね、決してそんな吸収されるとか、吸い込まれるとか、やっつけられるとか、そういう風 にはならない生き方があると思うんですよね。だから、そういう風に考えたらどうかな、という気はしますけどね。
勝田: ちょっと離れちゃうんですけど、最近、日本の長所っていうのは少しずつ浮き彫りになってきてますね。押し出さないんだけれども、日本のよさっていうんです か、性格っていうんですか。最近、料理がもう黙ってても世界一みたいですよね、これ。だから、黙っていても世界一になっている。
長尾: そうそう。そういうのがいいんですよ。料理もそうだしね、たとえばマンガとかね、アニメとかね、ああいうのは世界一を目指そうと思って、最初から頑張って たわけじゃないんですよ。自分たちがおもしろいし、自分たちがこれによって、生き甲斐を感じてるんだっていう形で頑張ってたら、結果的に見たら、世界一に なってた、と。そういうのがいいんですよ。そういうありかたにいろんな面がなっていくのが、本当は一番いいと思うんですね。だから、翻訳だってね、日本ほ ど全世界の文学だけじゃなくて、いろんなものをね、翻訳して消化している、理解している国ってないんじゃないかと思うんですよね。ものすごく翻訳してる。 それによって日本人は、世界中のいろんなところが、どんな風になってるのかっていうことがわかっているわけなんで、そういう意味できちっとしたプライドを 持って、自分たちが生きていく方向性をもっともっと考えれば、自然とこれはやっぱり世界に対して影響を与えていくことができると思うんですよね。だから、 翻訳とか、機械翻訳なんかも、結果的に見れば、日本が一番翻訳世界ではいいことやってるっていうのはあるんじゃないかと思いますけどね。
 
――本日はありがとうございました。