MultiLingual 2014年7/8月号の記事

2014/11/07

MultiLingual 7/8月号の記事

 
株式会社翻訳センター 三宅理恵
 

 今回の特集は、「アジア」です。アジアの一員である日本の皆さんにとっては見逃せない特集です。また、翻訳に携わっている中国や韓国の方も、日本語がお分かりの欧米の方もこの記事を読んでいらっしゃるかもしれません。
 アジア特集には、具体的には、中国、韓国、東南アジアに関する記事とともに、ワードカウントの問題に関する記事等が掲載されています。
 最初に、毎月のように、ピックアップをする記事以外の記事について簡単にご紹介したいと思います。
・中国のローカライゼーションに関する記事は、中国に限定されているものの、ローカライゼーションおよび翻訳、ひいては通訳に至るまで、言語産業や教育の歴史に幅広く触れています。この記事には、JTFジャーナルの今月号のテーマである通訳者・翻訳者の養成にも最も直結する内容が含まれています。
・韓国語のローカライゼーションに関する記事は、韓国語のユニークな特性を数多く紹介しており、韓国語を学んだことのない人にとっての素晴らしいガイドとなりそうです。また、日本と地理的には近いようで、社会はこんなに違うという、驚くような発見を与えてくれます。
・東南アジアに関する記事は、多言語の宝庫(あるインドネシアの方はlibraryとおっしゃいました)であるインドネシアを中心に、多言語社会としての東南アジアの様々な言語事情やインターネットの使用を豊富なデータをあげながら紹介するもので、日本とはかなり特性の異なるアジアの地域を知る貴重な機会を与えてくれています。
・ワードのカウントに関する記事の趣旨は、日本語、中国語、韓国語を含む、多くのアジア言語の文字が英語や欧州言語の文字とは異なるために、そのカウント方法を考慮しなければならないという、非常に実務的な問題への対処です。一見、面倒な問題を扱っているようにみえますが、アクション、あるいはファンタジー風に書いてあり、面白くするための筆者の工夫に感心させられます。特に、翻訳者さんや、翻訳会社で原文や訳文のカウント作業に携わっているコーディネータさんなど、カウントの問題に敏感な方々にとって、共感できるとともに、参考になることがあるのではないでしょうか。
 
 繰り返しになるようですが、今回の特集はアジアなので、韓国、中国、東南アジアについて知ることも、カウント作業の問題を考えることも、いずれも大切で、これらの重要さと価値は比較することは不可能です。
 一方で、編集長(米国の方)がアジア特集を組んだ趣旨を考えてみたところ、その根底にあるのは、アジアの各国・地域の言語や文化等、アジアそのものについて理解することにとどまらず、西洋と東洋はお互いにどのように違い、そして、相互に理解し合うためにどうしたらよいかという気持ちだと推察されます。
 編集長のKatie BotkinさんのPost-Editing(編集後記)を見ますと、彼女のアジアの友人との会話のエピソードが書かれていました。人生の様々な選択において、自分や家族の特定のメンバー(父親や母親)の誰の意志を尊重するかという興味深いものです。このような重大なトピックについて議論できる友人、それもアジアの友人を編集長が持っていることは素晴らしく、日頃から異文化に接するように心がけている編集長だからこそ、MultiLingualの特集記事を広い視野で選び、毎回、読者を楽しませてくれるのだなと実感させられました。このように、編集後記を読むのも、各号にこめられた編集長の気持ちを想像するための糧になり、とても興味深いものです。仮に、時間がなく、記事全体を読むことに抵抗を感じるという方がいらっしゃるなら、編集後記をお読みになることもおすすめです。短くて読みやすく、何より楽しめる内容だと思います。
 
 
 特集全体の紹介が長くなりましたが、7/8月号の特集記事のピックアップに移ります。

<今号のピックアップ>
西と東:ステレオタイプを乗り越える(East and West: Overcoming stereotypes)
Bob Donaldson
 この記事が特集の中で際立ってユニークなのは、西洋の人と東洋の人との、お互いの間に起こりやすい摩擦や、相互理解の必要性とその方法について話し合いの報告であるという点です。
 最初にキプリングの詩の紹介で記事ははじまります。

 Oh, East is East, and West is West, and never the twain shall meet.
 (仮訳:東は東、西は西。これらは決して交わることはない。)

 これは、1889年に書かれた”Ballad of East and West”の巻頭の一行だそうです。
 導入部分にみられるように、記事の最初の段階では、西洋と東洋は完全に異なるものであるかのように印象づけられます。
 記事は、西洋と東洋とでは、ステレオタイプが異なるということを中心に展開されています。
 その例として、西洋のプロジェクトマネージャ(ローカライゼーションの工程管理者)は、ベンダー(翻訳者)が、自らイニシアティブを行使し、創造力をもって行間を読んでくれることを想定してしまうということがあります。しかし実際には、東洋の人は、指示をきちんと理解しなければならないと思う傾向があり、理解できなかったという無能さを露呈したり、批判として受け取られたりすることを恐れるために、質問をすることが難しい状態にあることが多いです。こうして、必要なコミュニケーションがとられないままプロジェクトが進行し、大きな問題、失敗に結びつく可能性があります。
 あわせて、紹介されているのは、ストレス状態におかれると、人は、自分のステレオタイプに固執してしまう傾向があるという、ある意味非常に恐いことです。アジアの人は、相手に落ち度があっても逃げ道を与えようとしますが、逆に、西洋の人から、そのような配慮なく指摘や質問を受けると、防御姿勢になり、攻撃されたという思いを強めることになりがちだということです。
 ということは、問題が起こり、解決をしなければならない、不一致があった、という事態に直面したときに、東洋の人と西洋の人の問題解決へのアプローチや感じ方の違いが通常よりも強く出てしまうということになります。このことを知っておくことは、問題に直面した際に自己を顧みるために、非常に役に立つように思います。実際に経験をするのが一番かもしれませんが、意見を闘わせる状況が生じるような国際的な場面に置かれることは、誰にでもあることではありません。せめて、このような記事から学ぶことができたら、仕事にとっても、そしてひょっとしたら友人などとの個人的な関係にとっても、役に立つ日がくるかもしれません。
 筆者が述べている最も重要だと思われる内容(仮訳)をここに引用させていただきます:
「我々は、感情を害することを避ける努力をするにあたって、いかなる障害も存在しないふりをしていたということを発見した。最終的に、我々は、前に進む唯一の方法は、困難を認識し、協働で解決策を見つけるために、障壁をまたいで接触することであるということを理解した。」
 最後まで読んでいただければ分かるのですが、筆者はとてもしゃれたことをしています。冒頭で紹介したKiplingの詩の一節には、実は続きがあるのです。ここで紹介したいところですが、英語も日本語も好きな読者の方々に、ぜひ、ご自身で読んで訳してみていただきたいと思います。
 昔の人も、西と東の違いというものを意識して、このような詩まで残っているというのは、非常に意義深いことです。また、そのような詩を記事の中で引用している筆者の教養とセンスもなかなかのものです。
 ご紹介する順番が逆のようですが、実は、この記事は、Localization Worldで筆者がモデレータを務めたパネルディスカッションの内容をまとめたものだそうです。その場に居合わせた人たちは、本当に、西洋のスピーカーと東洋のスピーカーが自分たちの感覚や、経験した問題を率直に語るディスカッションに、きっと、共感や新しい発見をすることになったことでしょう。筆者が記事として書き起こしてくれたおかげで、タイのバンコクへ行けなかった多くの人たちも、その内容を追体験することができるのは素晴らしいことです。
 記事をお読みになることで、皆様が、仕事や学問の場で、異文化の人と接する際のヒントを得られれば、筆者のDonaldson氏にとっても、パネリストの方たちにとっても、そしておそらく、詩人のKiplingにとっても、非常に喜ばしいことになるのではないでしょうか。
 
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