三宅理恵のMultiLingual紹介vol.4

2015/11/06

三宅理恵のMultiLingual紹介vol.4

特集「スペイン語」(MulgiLingual2015年7/8月号)


 

株式会社 翻訳センター
三宅 理恵
 

今回ご紹介するのは、MultiLingualの2015 July/August Issueより、「スペイン語特集」からの記事です。
スペイン語特集については、実に多様な記事が集まっていることが、最初の驚きでした。世界的にも有名なアメリカおよびラテンアメリカにおけるスペイン語についての記事がそれぞれ(別個に)あり、同じスペイン語でも話されている地域によってユーザへの戦略を変えましょうという記事、そしてスペイン語の多様性や翻訳についての記事が複数あります。いかにスペイン語とスペイン語を話す人々・その文化と社会についての関心が高いかを示しているようです。
 スペイン語は、日本の大学生や一般の人々の中で学習者の割合が多い言語ではないかもしれませんが、スペインの文化に親しんでいる人は沢山います。民族舞踊フラメンコや、「アンダルシア」等のいくつかのスペインの地名を知らない人はいないでしょう。スペインを訪ねて気に入る人は(日本の人もヨーロッパの人も)多いようで、国外の人を惹きつける魅力のある国のようです。
 
スペイン語は話者が世界の中で非常に多いということはとても有名です。
しかし、スペイン国内がこれほどまでに多様性に富んでいるということは日本の人たちにはあまり知られていないのではないでしょうか。(スペインについての知識のあまりなかった自分は、バスク地方など文化が大きく異なる地方があることやその独立問題、カタルーニャ語が独特であるということくらいは見聞きしていましたが、言語と文化がこれほどまでに多様性に富んでいるということに驚きました。)
多様な特集記事の中から、今回はスペインとスペイン語翻訳の未来についての記事を取り上げたいと思います。
 
 

 
スペインとスペイン語翻訳の未来
Spain and the future of Spanish translation
Ben Whittacker-Cook
 
スペインは言語的に多様で、文化的にも分断されている。そしてスペインの異なる地方語(dialects)は、ひとつに混ざり合うのではなく、摩擦し平行線をたどっている。
 
スペインの独特の地域色は文化的にみれば面白い(odyssey)かもしれないが、翻訳とローカライゼーション産業にとっては頭痛の種。
各領土(each territory)が公式の言語と話し言葉の両方で独自の語彙を発達させ続けているから。
 
すべての人が同じ言語を話したり書いたりしなければいけない言語はふたつ:医療と法律の専門的な内容(profession)。
一般的に、スペイン語の話者は、(どこの出身者であっても)他のスペイン語話者の言うことを理解して会話することができる。しかし、書き言葉は異なり、問題が起こる。例えば、スペイン語とカタルーニャ語が両方含まれた医療報告書。これは翻訳するには課題の多いものである。翻訳者は、スペイン語とカタルーニャ語の表現法両方を含む文書を翻訳するときには繊細さが求められることが多い。
 
 
◎スペイン語を統一しようとする試みについて
 スペイン国内で問題を引き起こしている。
 スペインの議会の上院(upper chamber)では、2011年に、同時にスペインの地方言語(regional language)のうちの5つ(カタルーニャ語(Catalan)、バスク語(Euskaran (Basque))、ガリシア語(Galician)、およびバレンシア語(Valencian)ほか)で議論することを上院議員(senators)に許可し、論争を引き起こした。その際、Castilian Spanish(皆が理解することができる共通の言語)へ訳すための通訳者が雇用され、スペインの経済が最も緊縮されている時期に公的資金を無駄遣いしていると政治家たちは批判された。
スペインの異なる地域言語を保存する試みも、同じように抗議を受けている。
 
◎独自性が強い地方について
●カタルーニャ地方
カタルーニャ地方の近年の法律の多くは、医者、教師および公共部門の職員によるカタルーニャ語の文書の使用を求めている。
これは、カタルーニャの高等法院(High Court of Justice)による、スペインの学校では、クラスの25%でスペイン語で授業をすれば十分である(schools need only teach 25% of classes in Spanish)という判示(ruling)にしたがうものである。
●バスク地方
バスク地方の法的枠組みでは、被告(plaintiff)と原告(witnesses)の両方が最も自分が精通している言語を使用し、書記官(clerk)はカスティーリャ語(Castilian)で報告書をまとめあげ法改正をするようになっている(国の法的要件により)。
 統一性をもたらす試み…バスク政府は、2012年にスペイン語からバスク語への自動翻訳機(automatic translator)を起ち上げた。作成に5年を要し、開発コストにおよそ€50万をかけ、ツールはPublic Bank of Translation Memoryの開発に160万ユーロの投資を後ろ盾にして宣言された。その結果、成功したというデータはなく、うまくいかなかったということを示す例のみである。
 
◎スペイン語の今後について
★地方の方言を保全し、またはそれらを統一しようとすることは、至るところで誰かを困惑させる。
★言語の未来が、多くの専門家が予測しているようにインターネットとソーシャルメディアの使用に依存することになるなら、スペインの多くの地方の方言(regional dialects)の魔法のような連合(magical union)は可能性が低い。誰もがブログに投稿し、誰もがツイートしたらテキストを載せたりすることができることから、言語は今までになくローカライズされることになる。言語はもっと地域的になり、さらに世界中に羽を広げるので、もっと混乱する可能性も大いにある。
 
◎スペインにおける高等教育について
言語の翻訳および通訳研究部門(language translation and interpretation studies sector)は、急速に伸びており、また、おびただしい数のスペインの学生が、翻訳および通訳で学位を取得している。ただし、国における規制がないので、これらのコースの質は定められていない。*1
 
◎翻訳会社と翻訳の質について
 世界の言語サービスプロバイダの数は膨大で、専門家のレベルと正確さは当然、様々である。翻訳産業は、膨大な量の様々な種類の法律および医療の資料を扱うことから、より高い品質を維持するための努力も重要になるかもしれない。
 翻訳サービスの最も高い国際的品質基準(highest global quality standard)であり、翻訳のプロセスの質を具体的に扱い翻訳サービスの要件を確立する最初の汎ヨーロッパ(pan-European)規格であるEN:15038:2006*2も強調されている。EN:15038は、European Committee for Standardizationによって2006年4月に承認され、2006年5月に正式に発行された。スペインは、初期のメンバーのひとつである。EN:15038:2006は、多くのレベルにおいて非常に重要。より多くの翻訳会社が認定(certification)を得ようと努め、この規格はさらによく知られるようになった。これは、翻訳企業に優秀さと産業としてのベストプラクティスのために努力し続けるようにプレッシャーを与えるのみならず、語学学校(language schools)、カレッジおよび大学に、学校で提供する翻訳および通訳のコースが求められる国際的な標準(required international standards)を確実に満たすように促すことになる。
標準(standards)*3はまた、翻訳のセルフチェック(check)とモノリンガルチェック(review)に関して翻訳プロセスの各レベルで処理をし続ける必要性を翻訳企業に迫るものである。
スペインの言語にとっての真の問題は、その使用する人の多さ。最近の数字では、米国では、ヒスパニックのビジネスの市場は世界規模で、影響力と購買力の高まりは、今年の終わりまでで$1.5 trillion(1.5兆ドル)と見積もられている。30年のうちに、スペイン語の翻訳産業、そのサービス、技術的アプリケーション(technical applications)、および顧客基盤は、スペインではなくラテンアメリカに集中する可能性がある。
 言語の発達は、翻訳産業にとっては良いニュースだが、言語が分離し膨らんでいく場合には、翻訳会社は現状維持で精一杯ではないか。すなわち、用語と文法が正確に一貫して使用されているかに注意しつつ、現地の慣習(local conventions)と地域による言語のニュアンス(regional nuances of languages)に配慮するということ。最後のプルーフリードは贅沢で不要だと思うかもしれないが、プロジェクトが動き始める(goes live)前の重要なセーフティネットであるという見方をすることもできる。
 翻訳メモリもまた、言語を保存する役割を果たすことができ、翻訳会社の知的財産の主要部分を形成するための売りに出すことのできる資産(marketable asset)と見なすこともできる。翻訳者の単価と品質は、コンテンツの熟知度(content familiarity)、メモリの再利用、文脈検索における用語集(terminology in context search)および自動的なスペルチェックによって向上するということは業界のスタンダードである。
 法律および医療のサービスにとっては、より広い市場を獲得し、潜在的な顧客にアクセスすることは比較的容易だ。より広いビジネスにとっても比較的容易である。スペイン語は、地球規模の広がりを享受している。
 
 
(注記)
*1この記事を原文でお読みになった、スペインのグラナダ大学のsenior translation lecturerであるCatherine Way教授によりますと、スペインはヨーロッパの中でも高度な翻訳教育部門で知られており、高い教育レベルの維持のために大変な努力をされているとのことです。Way教授は次のように述べていました:“Spain is renowned as having some of the best translation faculties in Europe and we work very hard to maintain standards.”
 スペインの事情を公平に正しく理解するため、皆様には、(あらゆる情報について同じことが言えると思いますが)1つの記事の中に書かれていることが全てと思わず、ぜひこのコメントも頭に入れていただければと思います。筆者は恐らくスペイン出身の方ではなく、また言語産業としての視点から見て執筆しているのだと思われます。
 人により見ている部分、立場や見解は異なるということでしょう。また、教育と実務の間にはしばしば認識のギャップが生じるのは避けられないことではないでしょうか。
 スペインからはテーマがずれてしまいますが、例えば日本では、ISO17100の発行に伴い、職業翻訳者をどのように育成するかを、企業と大学が一緒に考えていく試みが始まっています。過去のJTFジャーナルで日本の翻訳通訳教育の今後について検討している特集もぜひご参照ください:
http://journal.jtf.jp/274/
 
*2European Committee for Standardizationは、通常CENと呼ばれ、日本語では欧州標準化委員会と翻訳されています。
 ENは、European Standardsの略です。国家規格としての地位を与え、相容れない国家規格があればそれを廃止することによって国家レベルの実施を義務づけられた欧州規格のことです。メンバー国はENを自国の国家規格としての地位を与えることによってENを実施する義務を負っています。
 ENは、加盟国の国家規格としての地位を与えられ、国家規格でこれに相容れないものがあれば廃止することにより、国家レベルで実施することが義務づけられているとても強い影響力をもつものです。
 国際規格であるISOとは協力関係にあり、ウイーン協定が定められています(1991年にオーストラリアのウイーンでISOとCENとの間で交わされた技術的協力に関する協定)。
 ISOとENには上下関係があるというわけではありません。
 ISOでENと同じ内容の規格に各国が参加しているかどうかということも別問題だということです。
(参考資料:JISC(日本工業標準調査会)によるホームページ公開資料
『標準化実務入門テキスト(試作版)』より第10章国際標準化動向
テキスト全文:
<http://www.jisc.go.jp/policy/hyoujunka_text/text_zenbun.pdf>
第10章:<http://www.jisc.go.jp/policy/hyoujunka_text/text_10syou.pdf>)
 翻訳のプロセスや翻訳者のレベル、翻訳および通訳の教育、といった日本でISO17100に関連して議論されているトピックと注目している内容がとても類似しており、しかも筆者が注目しているのはEN15038であることがとても興味深いと思いました。繰り返しになりますが、それぞれのISOの規格策定に各国が参加しているかは規格によりけりです。
 2006年の承認および発行から丁寧にひもといてあり、スペインでは、少なくとも筆者の周囲の言語産業に携わる人々の間では、EN15038を視野に翻訳のレベル等を向上させようと頑張っているようすが伝わってきます。
 MultiLingual2014年3月号の記事でも(執筆当初、発行間近であった)ISO規格についての言及がありました。
http://journal.jtf.jp/topics_detail23/id=335でも概要を紹介しておりますが、ここでは、記事の中の関連する文章を引用させていただきたいと思います。
2014年3月号の記事から引用:
 「現在のヨーロッパの水準であるEN15038は、翻訳者の間での理解が高まり、フリーランス翻訳者の間でもますます認知度が上がっている。新たなISOの基準は、翻訳および通訳のプロに、彼らの世界規模のサービスを差別化(differentiate)する、待望の機会を与えるだろう。」
 「英国のISO TS37委員会は、EN15038に関するフリーランス翻訳者の懸念に熱心に対処しようとしている。ISO規格が発行されたらそれに従うようにと促すための、プレゼンとトレーニング用資料も提供された。」
 
 なお、JTFジャーナルの今号はISO特集とのことですので、あわせてご参照いただければスペインについての理解も深まるかと思われます。
 
*3 少なくともこの文章の中ではISOについて言及されておらず、ここでも、EN:15038:2006に基づく標準と考えられます。
 
(感想)
 
 最初に最も強烈に印象に残ったのは、スペイン語と簡単に言ってはいけないということです。通常、スペイン語が意味するのはカスティーリャ語だということです。(スペインの国内では大半の人々がスペイン語を使っていると勘違いしていたことを、スペインの方々に申し訳ないと思ったほどでした)
 スペイン国内では様々な地方言語が使用されている中、医療と法律のみでは共通の言葉が使用されるというのは、やはり、安全や権利保護についての必要性があるからでしょうか。
 日本における通訳でも、医療通訳と法廷通訳には特有の重要な(時として困難な)課題があり、これらの課題に取り組んでいる人たちがいるようです。9月に開催された通訳翻訳学会の大会でも、医療通訳および法廷通訳に関する研究発表がありました(残念ながら、JTFジャーナルの今号の記事の中でそれらの内容をご紹介することはできていません)。
MultiLingual誌では以前、西部ヨーロッパが特集され、EU内での翻訳や通訳についての記事に、司法通訳等についての記載がありました。JTFジャーナルでもこの記事にふれましたので、全体の中ではわずかしか紹介できていませんが、こちらもよろしければご参照ください:http://journal.jtf.jp/topics_detail23/id=335
 
 記事では、明るい、華やか、情熱的、歴史ある美しい建築物、といった一般的な(一種の憧れのような感情をともなった)スペインのイメージとは異なる、スペインとその言語の直面している課題が明らかにされていました。
スペインの言語産業の方々は、国家の運営同様に悩んでいると筆者は言っています。
そして、筆者の最後の一文は衝撃的でした。課題への取組みなどを放棄していると書いてありました。
ここに引用いたします:
「スペインは、ひとつの国家としてどのように生きるかという永久の課題への答えを探し続けて、同時に、地域間の相違を促進し賞賛しようとしている。スペインの言語は、独自の道をたどり続け、終わりの見えない中、翻訳産業は日々の課題と複雑さを放棄しているというのが現実である。」
(As Spain seeks to find the answer to the perpetual question of how to live as one nation, while at the same time promoting and extolling its regional differences, its language continues to follow on a path of its own, throwing up daily challenges and complexities for the translation industry, with no end in sight.)
 
あまりにも多くの問題があると、着手できないことがあるのは、私たちの日々の生活や仕事でもなくはありません。スペインの言語産業の方たちも、ここに書くことでその深刻さが明らかになり心苦しいほどの、片づけることのできない課題をずっと引きずっているようです。スペイン語の市場が世界規模に広がるなどとてもよい面があるものの、悩んでもいるのです。素晴らしいことと悩みが表裏一体となっています。スペインという国やスペイン語とあまり関わりがない者の想像を絶するほど、当事者である国家や、スペイン国内で翻訳等の言語産業に携わっている人々には、いつまでも解決しない、共生せざるをえない苦しみであるに違いありません。
明るい風土と素晴らしい文化という一般的な好ましいイメージとは別の次元の、スペインとスペイン語の悩みを教えてくれた筆者に感謝したいと思います。(この紹介文では伝えきれないのですが)筆者の文章力が読者をひきつけ、問題を克明に描き出しています。
多様性とまとまりというのは、同時に達成するのがとても難しい問題で、議会での複数の言語での議論やスペイン語(カスティーリャ語)からバスク語への自動翻訳等、様々な試みに成功例が見られないのもその苦しみを表すものでしょう。
しかし、どのような問題を抱えていようとも、スペインの豊かな地方色と多様な文化を持つという側面はやはり素晴らしいものです。「光と影」という表現が使われることがありますが、両方をきちんと捉えるとともに、スペインらしいあり方を模索していってほしいものです。それは、お金やモノで解決できないもので、さらに独自の事情を心底から理解している当事者でなければ解決できない問題であり、当事者も四苦八苦しているということです。
当コーナーでは以前、カナダの言語の多様性についての記事を取り上げたことがあります。
置かれている状況も歴史も全く異なるスペインとカナダですが、カナダの先住民族の人々の言語の存続のための努力や、カナダ国家・地域政府による言語政策など、何らかの学べる点があるかもしれません。
 
最後になりますが、ライター(creative and communications writer)であるという筆者の文章の素晴らしさが特筆に値することをお伝えしたいと思います。odysseyなど、歴史のある言葉や高度な語彙を適宜使いつつも、文章全体が大変読みやすいので苦痛を感じないようになっています。報告者は読みながら感動を覚えました。残念ながら、筆者の文章のトーンと格調の高さはここには再現できておらず、内容の要点を伝えるだけでは本当に記事を紹介しきれたことになりません。事実を書き並べつつも読ませる文章になっているのは驚くべきことです。内容を知るのみならず筆者の文章の質の高さ(そして雰囲気)を味わうため、ぜひ皆様には原文も読んでいただきたいと思います。