5-3 -サン・フレア アカデミー公開講座-治験(臨床)翻訳のテクニック

2017/01/20

濱田 京子Kyoko Hamada

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サン・フレア アカデミー翻訳講師(医学・薬学、非臨床、臨床)。株式会社サン・フレア ライフサイエンス部メンター、校閲者。お茶の水女子大学家政学部食物学科、徳島大学薬学部薬学科、慶應義塾大学法学部通信教育課程卒。徳島大酵素化学研究センター、薬品会社勤務を経て、翻訳実務教育学院(現サン・フレア アカデミー)の通信講座を受講後、翻訳実務検定TQE に合格し、フリーランスの翻訳者に。アカデミーでは、責任のある商品性の高い翻訳に仕上げるにはどうすればよいかを受講生に考えさせることをモットーに、医学・薬学分野の講師を20年近く務めている。また、TQE審査委員も務めている。

報告者: 土屋 えみ(フリーランス)

 


 

まず医薬品開発の流れ、および治験翻訳に有用な書物・サイトを紹介したい。その後、サン・フレア アカデミーの治験テキストの課題を用いて、受講生が多く間違える箇所を挙げながら、正確で商品性の高い翻訳に仕上げるためのテクニックを紹介する。
 

  1. 医薬品の探索段階では、新薬の候補となる化合物を選び出す。

  2. 次に、非臨床(前臨床)試験ではGLPという実施基準に従い、動物実験などで試験を行い、新しく創製された物質が臨床試験に進み得るかを見極めるため、安全性・有効性を調べる。この段階の文書は特に内容が難しく、動物実験を含むせいもあってか、扱う訳者が少ないので狙い目でもある。

  3. 安全・有効と分かると臨床試験に進む。臨床試験はGCPという基準に従い、ヒトにおける試験を行う。I、II、III相があり、I相は通常、健康成人男性志願者について行われる。II相では二重盲検法(被験薬と対照薬の区別を知らせずに行われる臨床試験)を用いることが多い。ちなみに、この二重盲検法という名称は専門家のための訳出であれば使用して構わないが、一般人向けには盲という言葉を避けるため、二重目隠し法などと表現する。このように、言葉に関しては敏感である必要がある。相ごとに様々な報告書が発生し、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)との相談事項も発生する。前後関係が分からず訳すことが多いので難しい場合もある。また、同意説明文書(ICF)には患者が治験に参加するか否かを決定するのに必要な情報が過不足なく平易な文章で書かれている。クライアントも、この文書に関してはとても神経を尖らせる。有害事象報告書という文書に関しては国際医学団体協議会(CIOMS)フォームを用いて薬剤名、投与期間、有害事象の発現日、症例などを叙述することになっている。有害事象の名称はMedDRAという、ICH国際医薬用語集を用いる。この文書の翻訳を依頼された場合、使用するMedDRAのバージョンなどをクライアントに確認しておくことが非常に大事である。

  4. 次いで、製薬企業が医療上の有効性・安全性が確認された医薬品について厚生労働省に承認申請を行い、その後、承認、販売、製造販売後調査へと進む。製造販売後調査は、昔は市販後調査と呼ばれていた。


治験翻訳にあたってはICH、医薬業界・GM(D)P関連用語集、日本の薬事行政、PMDAによる医療医薬品の添付文書、厚労省による日本薬局方などのウェブサイトを参照されたい。書物は「臨床試験2003」「医薬品開発部員のための和英/英和・翻訳辞典」「医薬翻訳者のための英語」「薬事・申請における英文メディカル・ライティング入門I~IV」が有用である。「臨床試験2003」は国会図書館に行ってコピーして入手するなどの方法がある。

また、おさえておきたい基本用語として、「protocol」は非(前)臨床試験では「試験計画書」と訳すが、治験では「治験実施計画書」と訳する。他にも「sponsor」は非(前)臨床試験では「試験委託者」、治験では、「治験依頼者」となる。「Standard Operating Procedures 」(SOPs)も、非(前)臨床試験では「標準操作手順書」、治験では「標準業務手順書」となるが、クライアントの要望があれば必ず優先する。

それでは課題をもとに、間違いやすい訳例を挙げたい。「The events considered to be related to the investigational drug by the investigator were headache, nausea, and vomiting, which were mainly seen at doses ≥ 90mg/day.」という文章を、「研究者により本被験薬によると考えられたイベントは頭痛、悪心および嘔吐であり、これらは主に90mg/D超の用量でみられた。」と訳出したとする。「events」は カタカナで「イベント」と訳してもよいが、「事象」が一般的である。「related to」を「~による」と訳すのは非(前)臨床で使うことが多い。「investigational drug」は「治験薬」と訳されるが、「study drug」も「治験薬」と訳される。また、治験薬とは被験薬と対照薬の両方をさす場合もあるし、被験薬のみをさす場合もある。クライアントによってその定義は異なり、また、同じ製薬会社でも部署ごとに異なった意味で使用していることもあるので、内容から対照薬が入るか入らないかを考える必要がある。「investigator」は一般的に「治験責任医師」と訳し、「研究者」とは訳さない。上記の訳は「headache, nausea, and vomiting」を「頭痛、悪心および嘔吐」と訳しているが、「および」は日本薬局方用字例に従い漢字で「及び」とするのが基本形であり、ひらがな表記はクライアントから指示があった場合のみである。また、コンマは各症状の後ろに入れて「頭痛、悪心、及び嘔吐」とするのが正しい日本語であるが、「A、B及びC」「AやB、C」とする会社もあるので、これもクライアントの要望を確認する。参考資料があれば従うようにする。「/day」は「/日」または「/day」とするのが一般的。「90mg」は数字が全角となっているので半角にする。英訳の場合、数字と単位の間には必ずスペースを入れる。和訳の場合はまちまちだが、空けることが多い。「≥」は、英語では「≥」、日本語では「≧」又は「以上」。「seen」を「みられた」と訳してあるが、口語的なので「認められた」のほうが好まれる傾向あり。「considered」だが、「判断する」と訳する。英訳の場合、因果関係を判断するという意味の「consider」よりも法律用語的な意味合いの強い「judge」のほうが重い。一般的には「consider」を使用するが、クライアントの要望で「judge」を使うことも。「dose」はactual administrationにおける一回分の用量、「dosage」は投与計画に基づいた長期的な量という風に使い分けることが多い。指示代名詞を裸で使うことを避けたいので、「これらは」は「これらの事象は」とする。指示代名詞をできるだけ減らしたいので、「判断された事象は」を共通項とするほうがよいのでは。これを踏まえた訳例は以下の通りである。「治験責任医師により本治験薬に関連ありと判断された事象は、頭痛、悪心、及び嘔吐であり、主に90 mg/日以上の用量で認められた。」

次に、「Subject 10000-0001, a 40-year-old Caucasian woman, received 10 doses of 2 mg of XXX.」という文のよくある誤った訳例としては「被験者番号10000-001(40才コーカサス女性)は、XXX 2mgを10回にわたり受け取った。」だが、数字のミスはクライアントからもっとも指摘を受けやすい項目の一つなので、訳しながらチェックし、訳した後に印刷(仕事の際は、クライアントから印刷することが許されていれば)して原文と照らし合わせてチェックし、さらに素読みするという三段階の見直しは最低限必要。括弧は原文どおりとするのが原則。クライアントによっては、原文にない括弧を用いるときはその理由を翻訳コメントに書かないといけない場合がある。「才」は簡略字体であり、「歳」が正字である。コーカサスは「白人」でよい。また最近の傾向として、「male/female」は動物的なので「man/woman」の使用に戻りつつある。ただし患者の場合は「a male/female patient」は用いる。「receive」は「服用する」が基本訳である。基本的には翻訳は頭から訳すので、訳例としては「被験者10000-0001は、40歳の白人女性であり、XXX 2 mgの10回投与を受けた。」となる。「This subject was subsequently lost to follow-up.」と文が続く場合「その後、この被験者は失念した。」と訳す者がいるが、「本被験者」のほうが引き締まった訳となる。被験者10000-0002の報告も続くのであれば「この被験者」のほうが好まれる場合もある。また、「lost to follow-up」の基本訳は「追跡不能例」。この文は「その後、被験者は追跡不能となった。」が訳例として挙げられる。いずれにせよ、クライアントからの要望があれば必ず優先する。

基本的には、原文に沿って愚直に訳すことを意識してほしい。意訳は、直訳すると日本語として不自然な場合のみである。「一単語入魂」をモットーとしたい。また、熱を込めて訳したかどうかは読めば一目で分かるもの。石橋を叩いて渡るように、慎重に訳することを心がけたい。