2-3 世界が見る翻訳の品質、日本が見る翻訳の品質

2017/01/20

パネリスト:

西野 竜太郎 Nishino Ryutaro

201701182232_1-150x150.jpg

合同会社グローバリゼーションデザイン研究所代表社員。英語翻訳者(IT)、ソフトウェア・グローバリゼーションのコンサルタント。JTF標準スタイルガイド検討委員。JTFジャーナルで連載中。『アプリケーションをつくる英語』で第4回ブクログ大賞(電子書籍部門)受賞。

田嶌 奈々 Tajima Nana

201701182232_2-150x211.jpg

株式会社翻訳センター 品質管理推進部 部長。外国語大学卒業。複数の会社で翻訳コーディネーター兼チェッカーを経験の後、翻訳センターに入社。約8年、メディカル分野の社内チェッカーとして活動。現在は社内作業の標準化や仕組みづくりを行っている。

吉川 未希子 Yoshikawa Mikiko

201701182232_3-150x179.jpg

株式会社ヒューマンサイエンス リンギスティックレビューア。英大学院で総合翻訳コースを修了し、現在の会社に入社。英日翻訳のバイリンガルチェック担当者として、多様なITの案件に従事。IT関連のマーケティングコンテンツのリライトにも力を入れている。

建部 優子 Tatebe Yuko

201701182232_4-150x200.jpg

株式会社十印ランゲージソリューションズ部マネージャー。大学卒業後第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行し、経営情報システムの開発に従事する。退職後に翻訳の勉強を開始。IT関連の翻訳・チェック業務に携わった後、現在の会社に入社。

モデレーター:

田中 千鶴香 Tanaka Chizuka

201701182242_1-150x184.jpg

JTF専務理事/個人翻訳者。大学卒業後、自動車メーカーで海外広報を担当。1995年よりフリーランス翻訳者・通訳者。現在は専業の技術翻訳者。日本翻訳連盟(JTF)専務理事、標準スタイルガイド検討委員長。フェローアカデミー カレッジコース講師。
 

報告者:宮原 健(個人翻訳者)
 



登壇内容

JTF翻訳品質評価ガイドライン検討会のメンバーから5名が登壇。
本セッションでは、上記検討会の活動内容に関する簡単な紹介の後、

  • 海外の規格から見える翻訳の品質に関する取り組みの発表

  • TAUSの品質管理フレームワークDQFとMQMの紹介

  • JTF翻訳品質評価方法に関する業界アンケートの結果分析の報告

  • 登壇者によるパネルディスカッション

そして質疑応答が行われた。

海外の規格から見える翻訳の品質に関する取り組み

1995年以降にイタリア・ドイツ・オーストリアがそれぞれ立て続けに翻訳品質に関する国家規格を発行した。その後、欧州統一規格であるEN15038が2006年に発行され、これが2015年に国際規格ISO17100へと発展。欧州統一規格EN15038は、国際規格ISO17100の発行を受けて廃止。カナダでは、欧州統一規格EN15038をベースとして、2008年に国家規格CAN/CGSBが発行された。アメリカには翻訳の品質に関する国家規格は存在しないものの、2001年にSAEという組織が、2006年にASTMという組織が独自に規格を発行している。アジアでは唯一、中国が2003年にGB/Tという国家推奨規格を発行している。
翻訳の品質に対する取り組み方はいずれも異なり、翻訳のプロセスを定めることで品質の安定化を図る「工程基準」、あらかじめ合意された仕様をどの程度満たしているかで品質を判断する「仕様基準」、翻訳成果物そのものを直接的に評価して品質を判断する「製品基準」という三つの異なる基準に大別される。

1.カナダのCAN/CGSB規格

2008年に発行。翻訳を進めるにあたっての工程や翻訳者の資格を規定している。欧州規格をベースとしており、ISO規格と酷似。翻訳者の要件については、ISOと比較して、より資格重視であり、実績があまり評価されていない。品質マネジメントシステムはISOより厳しい情報・文書管理、品質保証、品質管理の規定がある。翻訳のプロセスにおいては、ISOとCAN/CGSBはほぼ同じ規定である。

2. 中国のGB/T規格

2003年に発行。欧州規格をベースとしたものではないため、ISO規格との類似性はあまりない。ISOと同じく工程基準の規格。カナダのような認証制度はなく、自己宣言制となっている。翻訳者の資格をみると、GB/T規格は語学力、勤務実績、教育訓練に関する要件が明記されており、ISOと比べてあまり資格重視ではない。翻訳のプロセスを見ると、GB/T規格では自己点検は特に触れられていない。
GB/T規格は12ヶ月の原稿保管や原稿返却時の記録、6ヶ月以内の修正対応、フィードバックへの返信義務、営業所の清掃度や担当者の身だしなみ、クライアントには忍耐強く応対、文字カウントは中国語ベースなどの内容が規格に含まれている。

3.米国のASTM規格

製品仕様や試験方法に関する規格。翻訳依頼者とTranslationServiceProvider(TSP)間での納品成果物の期待度と実際の品質の相違によって発生するトラブルを解消するため、ASTM規格にはF2575-14という翻訳品質保証に関する規格がある。
この規格では、まず、翻訳依頼者がTSPを選定する方法について例をあげて示し、続いて、最終利用者の期待と要求を満たす翻訳を提供できるようにするために、関係者が事前に合意しておくべき、翻訳サービスの品質に関するファクターを、仕様設定、制作、事後検証というフェーズごとに定義している。

4. 米国のSAE規格

SAE Internationalが、2001年にSAE J2450 Translation Quality Metricという翻訳品質規格を発行。エラーカテゴリーと重要度が設けられていることから、異なる評価担当者でも同じ観点で評価でき、エラーを点数に変換して定量的に測定できる。エラーの分類に悩んだ場合のルールとしてメタルールというものを導入し、評価の一貫性を高めている。原文に起因するエラーや同じエラーの繰り返しによっても評価が下がる点に、本規格が翻訳の成果物に注目していることが表れている。

TAUSの品質管理フレームワークDQFとMQMの紹介

プロダクト評価の歴史的な流れとして、1990年代頃から業界で「エラーベース」の手法が使われ始め、1995年にLISA QA Modelという評価手法が開発された。エラーベースの手法では、1)原文と訳文を1文ずつ比較し、エラーの有無をチェック、2)エラーがあれば、重大度に応じて点数をつける、3)合計点数が一定以上で不合格にする、という利用方法が一般的である。2010年代に入るとこの手法に対して文章レベルに対する意識が薄く様々な種類の文書に対応できない(one-size-fits-all)という批判を受けて新しい手法が提唱された。

1. TAUS DQF(Dynamic Quality Framework)

品質評価手法に加え、ツールなども含めた枠組みで、2012年に提案された。コンテンツに応じて動的に評価方法が変わる。「コンテンツ・プロファイリング」という操作をウェブ上で行い、結果に応じた評価手法(エラーベース評価やユーザビリティー評価など)が推奨される。こうして推奨された評価手法で評価を行う。

2. MQM(Multidimensional Quality Metrics)

2014年から開発が行われている。要件に応じて自分で評価メトリクスを作成するための枠組みとなっており、独自に作成して評価を実施するためすぐにそのまま使えるものではない。このメトリクス作成では、分析評価か全体評価かという点、そしてどのエラー分類項目を使用するかという点を考慮する。

3. DQF-MQM統合エラー分類項目

2015年に、DQFとMQMがエラー分類項目を統合。今後国際的に広く使われる可能性があるが、まだ新しいため実績は少ない。また、和訳時のエラーをうまく扱えるかは未知数であり、例えば「同音異義語」の誤りは何に分類するのかはっきりしていない。

JTF翻訳品質評価方法に関する業界アンケートの結果分析

アンケート結果:
https://www.jtf.jp/jp/style_guide/pdf/2016JTF_TraslationQualitySurvey.pdf

(本セッションの資料では、上記の公開報告書に未掲載の分析データが使用された)翻訳受注側が仕様書(発注書)への適合性を重視する一方で、翻訳発注側は最終読者による評価の高さを重視する傾向がある。品質評価の手法については、ほとんどの回答者が会社独自の手法に倣って行っており、業界の手法はあまり浸透していない。翻訳会社の半数およびクライアントの1/4が評価結果を数値化している。分類項目ごとの評価では、クライアントは流暢さにより重きを置いているのに対し、翻訳会社では用語集の順守やスタイルガイドの順守に重きを置く傾向がある。品質をめぐるトラブルやクレームの件数そのものは少ないが、トラブルやクレームの頻度については、翻訳会社とクライアントの間で認識が異なっている。

パネルディスカッション

  1. 業界アンケートの結果を見た印象
  2. 日々の仕事の中で、品質とはどんなものと捉えているか
  3. 海外の規格・業界標準、海外のアプローチは日本でも有効か
  4. 業界標準の品質評価は日本でも役に立つのか

という点に絞り議論がなされた。

独自の手法で評価しているという会社が意外と多いことに驚いたという意見が複数から出た。海外での品質評価に関する同様のアンケートでは、会社独自の手法を採用している企業の割合がもっと少なく、海外のほうが「業界標準の手法を作ろうという意識が強い」ことが指摘された。
クレームについては受発注時の合意ができていればお互いに納得のいく成果物が納品できるのではという意見が出た。
品質については、誤訳がないこと、訳抜けなし、スタイルは沿っているか、文法ミスなどがないかはもちろんのこと、最終読者の期待にどれくらい応えられているかが品質において重要。
海外の規格・業界標準、海外のアプローチが日本で通用するかという点については、顧客の(工程・仕様・製品)基準によっては難しいと思われるものの日本でも有効と思われる。
業界標準の「翻訳品質評価ガイドライン」は日本でも役に立つのかという点では、皆役に立つという意見で一致。業界標準のガイドラインを作るのは容易ではないが、プロセスを対象にしたガイドラインであれば、業界の内外で参照できるような有用なガイドラインを制作できる可能性がある。