6-1 トラック訳出の共通点と相違点 ~通訳と翻訳を比較して~

2017/01/20

西山 より子 (Yoriko Nishiyama)

フリーランス通訳者・翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート講師

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上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーター兼校閲者を経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車など産業技術系実務翻訳通訳を手がける。通訳者・翻訳者養成スクール「アイ・エス・エス・インスティテュート」講師

報告者:権 普美 (クォン ボミ ・ BOMI KWON) 国際基督教大学(教養学部 アーツサイエンス学科 3年)・株式会社QoLi(営業・ヒアリング)

 


序論

 発信者が伝えんとするメッセージを他言語で受信者に伝えるという意味では同じ「訳出」という作業ではあるが、通訳と翻訳では適切な表現やアプローチそのものが異なる。具体的な例文、訳文を挙げて、通訳と翻訳の共通点と相違点を説明する。翻訳では、文字情報を目で読解し、抽出したコンセプトを文字のみで100%伝えなければならず、一方、通訳では、音声を聴解し、自分の発声によってメッセージを伝える。インプットもアウトプットも翻訳と違って形に残らないことによる苦労とはどのようなものなのか。逆に、ソースクライアントとは面識のないまま終わる仕事がほとんどの翻訳と違って、直接人と接する通訳の遣り甲斐とは。また、翻訳者が通訳訓練を行うことにより翻訳作業にどのような効果が期待できるのか、翻訳と通訳の両方を実務で行うことのメリットなどの相乗効果についても、演者の経験を交えて解説する。
 この講演は、翻訳者・通訳の仕事や訓練に興味のある方、通訳訓練を始めたばかりの方、翻訳と通訳のどちらの道に進むべきか迷っている方など向けに開催されたものである。内容に関しては、1)翻訳と通訳の基本的な共通点や差異について、2)具体的な訳出の例文や登壇者自身の翻訳・通訳の経験談、3)通訳と翻訳両方の技術を身に付けることのメリットで構成されている。




「ことばの置き換えではなく、メッセージを伝えること」。はじめに、翻訳と通訳の共通点について、どちらとも根幹は、発話者・発信者のメッセージをいかに的確に掴み取り、分かりやすく相手に伝えるかを考えて訳出することであるという共通点について触れられた。続いて差異については、翻訳は書き言葉を用い文書として後に残るものであり記録を主な目的とするが、通訳は現場で相手の言葉を聞き取り、自分が発話する話し言葉であり、会話の成立を目的とするとのことであった。
 フリーランス翻訳者であれば、自宅で一人黙々と辞書を引き引き作業することが多いが、時には、情報保護のために客先で作業することが求められることもある。一方通訳では、基本的に発話者のいる現場に赴いて業務を行うことが主流であるが、最近では電話通訳、オンライン通訳など自宅で作業にあたる機会も増加傾向にある。
 通訳は、前述のように、現場に赴き決められた時間、通訳行為を実施するわけだが、業務としてはもっと前に始まっている。クライアントから原稿や発表スライドなどの資料を事前に入手し、不明点を調査したり、訳出に向けて単語帳を作成したりするなど準備に取り組む。但し、当日現場にて、発話者の口からどんな言葉が出るかはその時になってみないとわからない。大幅に変更があった場合には、それら準備の努力が直接訳出に結びつかないことも多々ある。それでも、何事も無駄なことはなく、いかに事前に情報を持っているかが発話者の意図の理解度や訳出の適正さを左右する。
 通訳するにあたって、事前資料をもらえることのメリットは、発話者のメッセージの肝を理解する、専門用語を把握する、話の流れや構成を知ることができることである。しかし、必ずしも事前に資料が入手できるわけではないため、当日困らないよう自ら積極的に調べることが欠かせない。例えば、今回の翻訳祭のようなシンポジウムが開催されて、自分がその通訳をすることとなれば、自分が通訳を担当する登壇者以外にどのようなスピーカーがいるのか、どのようなテーマで講演やセッションが開かれているか、プログラムをざっと見ておくだけでもいざというときに慌てない。当日突如ハプニングがあり、担当が変わることや追加で頼まれることがあるばかりでなく、プラスアルファの勉強になり実力向上にもつながるため、無駄になることはない。このように職業としての通訳において、最も重要なことは「徹底的な事前準備」と「臨機応援さ」であるといえる。
 具体的な事前準備方法として、有名な講演者の場合は、YouTubeでインタビューや過去の講演などを視聴しておくと、話者のバッググラウンドや話し方、特にこだわりを持って使っている用語などについて事前に知っておくことができる。知っているのと知らないのとでは当日の慌て方が異なるし、通訳のアウトプットにも差が顕著に現れる。例えば、恐ろしく早口の登壇者の通訳をするとわかっている場合、本人に前もってゆっくり話すようリマインドすることにより、少なくとも心づもりができる。
 事前準備の大切さ、必要性について実体験を踏まえて話のあった後は、逆にその事前準備に支配されてしまってはいけないことも述べられた。例えば、スピーチ原稿を元に「翻訳文」を作成してしまうと、当日その中身を読み上げることに集中してしまい聴くことがおろそかになりがちで、スピーカーが原稿から逸れて話していることに気づきにくくなることや、気づいたとしても咄嗟に対応することが困難な可能性がある。
 
 続いて、通訳する際にあると便利なものや必要不可欠なものについて確認があった。当日携帯するものとしてノートテイキング(メモ取り)用の筆記用具、事前に作成した単語帳、役に立ちそうな論文や関連組織のウェブサイト、 クリップボード、ポストイット、電子辞書、水、のど飴・チョコレートなどが挙げられた。
  ノートテイキングについては、決まった手法が確立されているわけではないが、一般に、数字や固有名詞、発言者の話が長い場合に、物事の関係性を簡略にまとめることを意識することで、通訳の手助けにすることを目的とする。ここで気をつけるべきは、速記ではないということである。一言一句、文字の羅列をそのまま書き取っても通訳の役には実際そこまで役に立たない。通訳はあくまでメッセージを伝える行為であり、言葉の羅列を変換するものではないからである。一義的には、ノートに頼るのではなくしっかりと耳をすませ、相手の一番伝えたいメッセージを掴み逃さないように聴くことに集中すべきである。参考として、過去・今(現在進行)・未来を、矢印で表現することや画数が多い漢字やよく繰り返される固有名詞などは、省略形を用いてあらかじめ混同しにくい短いイニシャルや記号を決めておくなど簡略化することなどが紹介された。このように工夫を積み重ねれば、メモする時間が短縮され、書くことに集中するのではなく、話全体の流れや内容のディテールに神経を向けることができる。
 通訳者として適切な服装にも触れられた。船の上に上がっての通訳、鉄塔に登って行う通訳などの稀なケースの時は、動きやすいスニーカー靴やラフな服装が望ましいときもあるが、そうでない一般的なシチュエーションならば、なるべく派手にならないよう、落ち着いた黒・紺・灰・茶色のモノトーン系色で服装や小物を準備することが常識とされている。通訳者はあくまで黒子であり、赤や蛍光色などの服装で、登壇者よりも目立つような格好は当然避けるべきである。

 より良い通訳のアウトプットについては、実際配布された資料にある例文を用いていかに「耳で聞いてわかりやすい訳にするか」を参加者一同で挑戦し、確認する時間が設けられた。

 講演の一番のハイライトとして、「翻訳・通訳の両方をすることのメリット」、とりわけ通訳と翻訳の相乗効果について話があった。頭の中に入ってきた情報や伝えたいメッセージをイメージとして捉え(視覚化)、異なる言語で表現し直すという根幹がどちらも同じである以上、得手不得手・好き嫌いは当然あろうが、言語を扱って仕事をすることが好きな人にとってはどちらも魅力的な仕事である。どちらかの経験がある人ならば、両方することによって、 専門分野の背景知識や内容理解を深めることができるし、仕事の規模や範囲を拡大させるチャンスにもなり、また収入面のリスクヘッジになる。「百聞は一見にしかず」の言葉通り、通訳現場で実物を一目見ること、実際にいろいろなものと触れる機会を得ることが、翻訳の際、原稿から状況を想像する際に大きく役立つ。逆に翻訳でコツコツと培った知識や訳出の工夫が通訳としての実力を引き上げてくれる。まとめると、翻訳者にはさほど必要ではないが、通訳者に求められる主な資質は、短期記憶力(リテンション)、臨機応変さ、発表力(発声)である。

 質疑応答では、いくつか通訳に関する質問が挙げられた。どのように通訳の訓練をすることができるかとの質問に対して、徹底的にシャドーイングをすることが勧められた。シャドーイングとは、「音声を聞いた後、即座に復唱する実践技術」である。
 また、社内通訳の仕事をしている来場者からの質問で、立ち話で聞き取りにくい場面、感情的すぎる複数人の同時発話の議論、連発される怒りの汚い言葉、話されている音が小さすぎて聞こえない場合などに、どういう風に対処すべきかとの相談があった。通訳は「聞く」ことですべてが始まることを雇い主に啓蒙し、「聞こえる」環境、周囲の人の「通訳」に対する理解を積極的に作り上げていくよう奨励された。感情的な議論の場合は、能面状態で私情を挟まずに、ただひたすら通訳としての仕事をやりきるよう助言があった。
  これから東京オリンピック2020に向けて通訳の需要が増えることが期待される。翻訳・通訳の垣根を越えて翻訳祭の来場者を含む、様々な場所で活躍する通訳・翻訳関係者や勉強中の学生たちが活躍することへの期待を伝えて講演は締めくくられた。