3-D 大学と通訳翻訳業界の連携は可能か~TOKYO2020を視野に

2018/01/19

松下佳世 Matsushita Kayo

立教大学 異文化コミュニケーション学部・研究科准教授(PhD)、会議通訳者。朝日新聞記者、サイマル・インターナショナル専属通訳者を経て、教育と研究の道へ。2014年9月から国際基督教大学教養学部准教授。2017年9月から現職。通訳翻訳の理論と実践を中心に、学部・院で講義や実務訓練、論文指導を行っている。著書に「通訳になりたい!ゼロからめざせる10の道」(岩波書店)など。サイマル・アカデミーのインターネット講座『基礎からはじめる通訳トレーニング」』(https://www.simulacademy.com/web/courses/view/43) の講師も務める。


報告者:星野 靖子(個人翻訳者)
 



 2020年東京オリンピック・パラリンピック開幕まで2年半と迫る中、2016年の訪日外国人旅行者数は過去最大の約2400万人を突破し、2020年には政府目標4000万人の到達が見込まれる。大会に直接的、間接的にかかわる多数のランゲージ・サービス要員が必要となり、すでにプロとして稼働中の通訳者・翻訳者だけでは足りないとの指摘も出ている。そうした特殊な需要環境の中、教育機関と通訳翻訳業界が連携することで、相互にプラスの効果を生み出すことができないか。本セッションでは、第26回JTF翻訳祭(2016年11月)での武田珂代子立教大教授の講演*や、日本通訳翻訳学会年次大会(2017年9月)におけるサービス・ラーニングやボランティア通訳関連発表**を背景に、大学における最新の取り組みを紹介し、産学それぞれの発展を図るための問題提起がなされた。
 登壇者の松下氏は、大学と民間両機関において教育、指導経験を持つほか、現役の会議通訳者としても活躍中である。大学における通訳翻訳教育を語る際、ともすれば民間養成校との二項対立の議論になりがちな中、自らの経験から両者の橋渡しをしたいと同氏は語る。新聞記者時代に通訳翻訳サービスを利用したクライアントとしての経験もあり、会場に詰めかけた現役通翻訳者、学習者、通訳・翻訳エージェント、教育関係者等、それぞれの立場に向けて示唆に富む視点が示された。

進化する大学の通訳翻訳教育
~「サービス・ラーニング」の取り組み

 大学が社会との接点を見出すための取り組みとして、まず挙げられた事例は、2016年東京外国語大学の「リオオリンピック・スタディツアー」だ。短期海外留学授業の一環としてオリンピック・パラリンピックに学生ボランティア通訳を派遣する取り組みがなされたことは、報道等で記憶に新しいところである。現地での貢献や教育効果があった一方で、「即席養成」の形で学生を現場に送り込むことについてプロから批判の声も上がり、長短両面から話題になった。また、国際基督教大学における、自治体展示会でのアテンドや商談補助ボランティア、学内外のイベント同時通訳をはじめ、通訳・翻訳会社に中長期インターンを派遣するなど、さまざまな実践的な取り組みも紹介された。
 こうした各校での事例をふまえて、立教大学では業界への接点をさらに深めていくための試みがなされている。2016年に通訳翻訳を専攻する学生・院生の「サービス・ラーニング(SL)」の場として「立教大学コミュニティー翻訳通訳」(RiCoLaS; Rikkyo Community Language Service)を開始した。業界経験のある専属コーディネーターが学内に常駐し、スタッフである学生・院生に案件を紹介。対応の可否、アサイン要員まで学生が議論して決めるという、実践的なプロセスで進めていく。教室で習得した知識やスキルをコミュニティーに活用することで、教室での座学で「できる気になった」だけにとどまらず、実際に「できる」状況まで大学教育の中で持っていきたいというねらいである。
 すでに翻訳、通訳両面で多数の実績を持つほか、企業インターンも行っている。プロジェクトの実施にあたっては、教育活動としての側面から依頼者側への協力も欠かせないほか、通翻訳サービスを利用する側の理解を深めてもらう「ユーザー・エデュケーション」の側面もある。また、ユーザーが学生に仕事を依頼する際に不安材料となりがちな機密情報面に関しては、独自のガイドラインと倫理規定を制定し、責任を持って業務に当たるよう学生を指導している。

産学連携を深めるために

 RiCoLaSでは、必ず通訳翻訳の専門教育を受けた学生のみを現場に出すことを原則とする。通訳翻訳は専門職であり、プロの現場を決して軽んじることのないよう依頼側、学生双方に認識を徹底し、いわゆる「ボランティア問題」とは一線を画す。単に語学のできる学生に安易に通訳翻訳を任せるのは論外であり、業界としても、学生を単に「無償の/廉価な労働力」として使うことは、通訳翻訳の専門性を脅かし、価格破壊につながる恐れがある。しかし、しっかりと訓練を受け、職業倫理等を学んだうえで能力の範囲内で行う通訳翻訳ならば、学生は十分戦力になるし、業界にとってもメリットがあるのではないか、と松下氏は指摘する。プロの仕事を奪うのではなく、「アンメット・ニーズ」を満たすために学生を活用し、社会貢献と実践教育を両立できれば、WIN-WINの関係となり得る。大学としても、キャリアを積んだ現役通翻訳者の再教育としての役割のほか、将来的にはTOKYO2020を機に言語サービスに関心を持ったプロ予備軍の受け皿となる可能性など、多様なニーズに対応していきたいとする。日本の通翻訳者養成は民間学校が中心だが、海外諸国のように大学がプロ養成機関になれるのか/なる必要はあるのか、といった議論も必要だろう。業界の発展と大学教育の連携を強めることで相乗効果をねらい、双方の発展につなげたいとする、ポジティブな提言で講演は締めくくられた。

質疑応答

Q1 翻訳業界では多言語サービスの需要が増えているが、通訳の需要も増えているのか。
A1 多言語の需要は増えている。英語の需要についても、非ネイティブ対応含め依然として高い。医療通訳や法廷通訳では、ベトナム語やタガログ語などの言語サービスがコンスタントに不足している。しかし、報酬面や急な現場対応を要する面から、主婦やリタイア層等(配偶者や本人がその国の出身者である)ボランティア通訳の善意によって成り立っている現状がある。

Q2 学生ボランティア通訳を派遣するにあたり、事前研修の結果、実力不足により落選した例はあるか。

A2 落選例はない。教員が1年次より直接教え上げてきた、顔と実力の分かる学生ばかりなので、案件依頼の時点で対応可否の判断や適任の学生の選定ができる。事前研修は、案件ごとの個別的な研修である。一般的なボランティア通訳のように、希望者を広く募り、研修後登録する形とは異なっている。

Q3 教育制度上難しい面もあるが、日本でも諸外国のように、プロの通訳翻訳育成機関の役割を大学が担ってほしいと願う。医療、法廷通訳分野などで、大学レベルの教育を受ける機会や場所は、我々プロの通訳者にとっても必要であり、自己研鑽だけでは限界があると感じる。実際の展望は。
A3 現場での実務経験を積んだプロが学ぶ場所、帰る場所としてのニーズが高いことは、通訳者としても、指導者としても実感している。医療・法廷などのコミュニティー通訳が学ぶ場を提供できれば、通訳者自身はもちろん学生にとっても良い効果をもたらすだろう。今後も多様な役割を果たせるよう努めていきたい。

Q4 サービス・ラーニングの受け入れ先の開発はどのように行っているのか。工夫している点は。
A4 教員の持つ人脈・ネットワークから依頼するケースが大半である。現場や担当者、業務内容を事前に知っていることが重要と考える。また、教員の招きで大学の授業を見学して、学生の実力を知った企業からインターンの声がかかった例もある。今後はそのような形で新規の依頼先も増やしていきたいと考えている。

Q5 企業インターンを体験した学生にとってよかった点は。
A5(会場の学生達より)

  • 業務フローの中での作業内容や留意ポイント、分野別翻訳や翻訳支援ツール等を学んだ。

  • 自分の翻訳に対してチェッカーや編集者から直接フィードバックを受け、蓄積することで同じようなミスを減らせるようになった。

  • 学校で扱うことの少ない、医療など専門分野のテキストに触れる機会が得られた。

注記

*第26回JTF翻訳祭(2016年11月)立教大学教授武田珂代子氏「大学における通訳者養成:理論と実践」(https://journal.jtf.jp/topics_detail27/id=614)
**⽇本通訳翻訳学会年次⼤会(2017年9⽉)
「翻訳通訳教育におけるサービス・ラーニングの機会と課題」武田珂代子・戸井田慶子・橋本理沙(立教大学)
「オリンピック・パラリンピックにおけるボランティア通訳の役割―ロンドン、ソチ、リオ⼤会の実例をもとに」西川千春(目白大学)、坂本真実子(ポルト大学)
「オリンピック・パラリンピックにおけるボランティアの参画と役割」塚本博(日本オリンピック・アカデミー会員/上毛新聞編集局)、鶴田知佳子(東京外国語大学)