3-B 書籍を訳すという仕事

2018/01/19

村井 理子 Murai Riko

翻訳家。1970年静岡県生まれ。訳書に『ヘンテコピープルUSA』(中央公論新社)、『ローラ・ブッシュ自伝 - 脚光の舞台裏』(中央公論新社)、『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮社)、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)、『兵士を救え! 珍軍事研究』(亜紀書房)など。著書に『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)。連載:毎日小学生新聞『毎小コラージュ川柳』、コスモポリタン『村井さんちの田舎ごはん』、新潮社『村井さんちの生活』、亜紀書房ウェブマガジンあき地『犬(きみ)がいるから』など。
 

伊皿子 りり子 Isarako Lilico

株式会社CCCメディアハウス書籍編集者。国内外のノンフィクション(ビジネス、エッセイ、実用)を中心に手がける。一方でみんなが楽しい気持ちになれる本をつくりたい。個人的には事件もの、戦争など、硬派な海外ノンフィクション好き。著者や翻訳者と共有したい課題は「いい本なのはわかった、あとはどう売るか」。最近の担当翻訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房、キャスリーン・フリン著、村井理子訳)、『息子が殺人犯になった』(亜紀書房、スー・クレボルド著、仁木めぐみ訳)など。翻訳書の企画は随時受付中。


報告者:白須 清美(フリーランス翻訳者)
 



 このセッションでは書籍の翻訳を主に手がける翻訳者の村井理子氏と書籍編集者の伊皿子りり子氏の対談形式で、出版翻訳の現状や魅力、出版翻訳者になるにはどうすればよいか、などについて語ってもらった。

 自己紹介後、まず「今年の成績」として村井氏が2016年の仕事を振り返った。出版された書籍は5冊、訳文の総文字数は85万2,327字(原稿用紙2,130枚)、壊れたキーボードは2台。伊皿子氏によれば、出版翻訳は華やかなようで実は地味な世界。全体的に、増刷する本は10冊に1~2冊、その中で1万部売れている本は全体の1%ぐらいと言われている。市場が大きいビジネス書の初版部数は4,000~6,000部、翻訳書は2,000~3,000部。定価×翻訳印税率(5~8%)×部数で報酬の決まる出版翻訳の場合、初版のみでは収入的に厳しい。村井氏の場合、5冊中で増刷がかかったのは『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(以下『ダメ女』)1冊だが、4刷3万部を達成し、ほかの本も今後まだまだ増刷の見込みがあるため、決して悪い成績ではないという。出版翻訳の面白いところは単行本が文庫化したり、企業からタイアップの話があったり、連載依頼の話があったりと、副次的なものにつながっていくこと。村井氏は翻訳以外にも連載や書き下ろし本、取材といった仕事を受けている。保障がないので、いかに継続的に仕事を獲っていけるかが大事だという。

どうしたら出版翻訳家になれますか?

 翻訳家と編集者を結ぶ確実なルートはあまりなく、編集者もよい翻訳者を探しているが、なかなか出会う機会がない。両者がつながるにはどうするかが課題。そこで、具体的にどうすればよいかについて、村井氏は次の五つを挙げている。

ブログを書け!

――村井氏は長年ブログを書いていたことで編集者の目に留まった。編集者は常に面白いコンテンツを探している。その人にしか語れないテーマがある場合は文章が下手でも構わないが、表現力が求められる翻訳者の場合、日々のことでも面白く読ませるブログを書くことは大事である。

SNSをやれ!

――Twitterなど文字数に制限のあるものは文章を磨くツールになる。村井氏は一つのツイートをするまでに何度も書き直している。連続ツイートの中で一つのツイートだけをピックアップしても、それだけで意味が通じるように工夫している人は、文章に対するきめが細かいと伊皿子氏は指摘する。

金を使え!

――本や辞書はお金で買える実力。自分のプラスになるものには惜しみなく使うべき。村井氏はツールも含め、毎月の原稿料の半分ほどは使っているという。

ヒトを大事にしろ!

――同じ翻訳者の仲間を多く作り、情報や雑談、愚痴を交わすことが大事。精神的に孤立すると文章も書けなくなってくるので、人との交流は大切だ。また、評判の悪い出版社の情報を共有できる利点もある。

企画は持ち込め!

――編集者は基本的に面白い企画を待っているので、積極的にやるべき。『ダメ女』は持ち込みだが、最初に一度断られ、二度目の挑戦で今のヒットにつながった。出版社の特性などもあるので、一度断られたからとめげることはない。

 よい企画書のポイントは「面白いか」と「売れそうか」。その本が面白いと思ったからこそ売り込むのだろうが、テーマが持ち込んだ編集者や出版社の好みに合わない場合もある。そこでポイントなのは「売れそうか」。売れそうならば編集者も企画を通そうと頑張るので、本国でどれだけ評判になっているかなど、売れる根拠が書いてある企画書は丁寧。数値的なデータがついていると心が動かされやすい。
 企画が通り、実際に出版社と働くことになったときに気をつけるポイントは、翻訳の依頼があった時点で印税や初版部数を確認しておくこと。そこから最低限の保証額を計算し、自分の作業量・時間とのバランスを見て、受ける価値があるのかを考える。出版契約書が交わされるのは翻訳作業が終わる頃というのが通例だが、理由は刊行直前まで初版部数が決まらないため。しかし、きちんとした編集者なら事前に最低部数や見込み部数を教えてくれる。編集者は、会社につくタイプと人につくタイプがあるので、人についてくれる編集者と仕事をすべき。

翻訳書ができるまで

 第一段階は出版社側で企画が成立、版権を取得する。第二段階は翻訳者の作業。その後の初校・再校といった作業は完全に翻訳者と編集者の協働となる。その中で翻訳者が大事にすべきこととして、村井氏は「からだ!」、「こころ!」、「編集者の意見!」の三つを挙げている。長丁場の作業になるので、体を壊さないよう、睡眠と体を動かすことは必要。また、一人で集中して作業していると、判断力が鈍り、心のバランスを保つのも難しくなる。書籍の翻訳は最後まで走り抜くことが大事なので、心の健康を保つことは重要である。編集者の意見については、編集者は読者に一番近いところにいるプロなので、村井氏は赤入れはほぼ100%受け入れているという。正確であることは大事だが、生真面目で面白くないよりは多少くせがあっても面白いほうがいい。出版社はクライアントではないので、最終的に読者のことを考えて訳すことが大事だ。
 第三段階としては、事前の宣伝活動が始まり、初版部数が決まり、出版契約書が交わされる。校了・見本出来となり、いよいよ市場へという流れになる。

出版翻訳の魅力

 村井氏は「目利きの博打」という言葉でその魅力を語っている。初版で終わるか版を重ねるか、毎日がギャンブル。実は翻訳者の頑張りで意外と部数は伸びる。重版がかからない場合、労力を考えると、どう考えても少し足りないのが実情。一方、大当たりしたら大きい。やはり稼げば稼ぐだけ楽しくなってくるので、それが大きな魅力だ。続いて「惚れぬくウキウキ感」。訳者がいいと思った本にその通りの反応が返ってくると、とても嬉しい。自分たちが作ったものが、今まで届かなかった読者に届いたという喜びは大きいし、読者からの、よかったの一言で苦労が報われる。最後に「コンテンツを育てる喜び」。『ダメ女』の場合、著者が日本ではあまり有名人ではなかったので、宣伝費もない中、早めの段階からSNSで内容を小出しに紹介するなど、認知を広げる作戦を取った。そのため発売と同時にメディアの取材があり、著者が来日するまでになった。

プロフェッショナルとは

 仕事はとてもハードだが、常に楽しいと村井氏は言う。やりがいがある仕事かと訊かれたら、確実にイエスと言える。出版翻訳は「儲かるも、儲からないも(わりと)あなた次第」の世界だという。これまで翻訳者は陰の存在で、あまり積極的に出ないほうがよいという考えもあったが、村井氏は逆で、著者のために本を宣伝したいと考えている。ひいては、それが翻訳者の収入増にもつながってくる。ブログやSNSなどで影響力のある翻訳者になることも、宣伝に効果的といえる。
 最後に村井氏は、人生の目標は一つに決めなくてもよいと語った。翻訳のほかに何か一つ夢を持てば、肩の力が抜けるのではないか。出版翻訳には夢がいっぱい詰まっているので、挑戦したい人はどんどん一歩前に踏み出してほしいと村井氏は言う。もっと素晴らしい本を世に送り出すために、皆さん一緒に頑張りましょうと聴講者に呼びかけ、対談は終了した。

質疑応答(一部)

問:原書の探し方は?
村井氏:『ダメ女』は書評家の東えりかさんから紹介された本なので特殊なケースだが、通常はニューヨーク・タイムズのレビューやamazon、書評サイトを参考にしている。

問:メールによる持ち込みは一般的なのでしょうか?/持ち込みのタイミング(曜日など)で気をつけることは?
伊皿子氏:メールで構わないし、タイミングを気にすることもない。恥ずかしがらず、傷つかず、どんどん持ち込んでほしい。

問:翻訳者だが、今後出産などをしたときにキャリアと私生活が両立できるか不安。
村井氏:自分の工夫次第でできる。何かを我慢しなくてはならない状況になってはいけない。私はツールやアウトソーシングをフル活用し、キャリアが途切れないようにしている。まだ起きていないことを心配するのはしんどいので、心配するなら5分前から心配しよう。