2-D 会社員から通訳者への転身 ― どの局面でどう動くのか

2018/01/19

白倉 淳一 Shirakura Junichi

日英・英日通訳者、日本会議通訳者協会 理事。空調設備会社・その関連会社で会計・人事・国際部門事務を28年経験。通訳訓練開始後半年で退職し、その1年半後の2014年にフリーランス通訳者として市場参入。人生の残された時間を意識して日々向上を目指している。25歳も年下の通訳者と共に同時通訳ブースに入ると人生にはいろいろなことが起こるものだと感心せざるを得ない。今年2017年から出身通訳学校で講師も開始。通訳学校通学の初日に開始したブログ「50歳で始めた通訳訓練」は Googleで [通訳 ブログ] を検索すると順位は常時1~3位。


報告者:土屋 えみ(フリーランス翻訳者)
 


 聴衆として参加したこともあるこの翻訳祭に、今年は登壇者として出席することになり感慨深い。現在は日本会議通訳者協会の理事と大手通訳学校講師もしているが、2012年9月までは会社員として勤務していた。50歳を過ぎて会社員から通訳者へ転身した一個人という立場で、今日はお話ししたい。
 言語の仲介という意味で、通訳と翻訳の根っこは同じであると考えている。仕事を振るエージェントには専業のほうが覚えられやすいかもしれないが、実際には通訳と翻訳を兼業する人は多い。共通しているのは、英語はやはりマーケットが大きいということ。英語以外の通訳者は翻訳も受託していることが多い。
 通訳の需要は圧倒的に都心が多く、自分は横浜在住なのでそれだけでも有利だと感じたので、翻訳や兼業を選ばず通訳専業の道を選んだ。一方、翻訳はどこででもできる点が魅力だが、じっと座って画面を見るのは自分には合わないと判断した。大勢の前で言いよどむことなく話すのが得意だったこと、人前に立って自分の言葉を伝えることや、ライブ感のある現場が好きなことも、通訳を選んだ大きな理由である。
 会社員から通訳に転身するにあたり、まずは信頼できる知人に自分の適性を冷静に判断してもらった。2年半で通訳デビューすると決め、退職半年前から通訳学校に通い始めた。通訳になれないという最悪のケースに陥っても、社会保険労務士の資格を所有しており、さらに英語ができるのであれば、企業への再就職はなんとかなると感じた。年収が当時の半分の金額になるのはリスクだったが、「代金を払わなければゲームには参加できない」。年収400万マイナスは、取れるリスクだと考えた。
 仕事につなげられることを考え、大手エージェント併設の通訳学校を探した。お手本となる通訳者と仲間を探すためでもあった。通訳学校の受講生のうち、フリーランスになれるのは20~30人に1人、つまり1クラスにおよそ1人。そう聞いたので、クラスで一番になり続けた。使える時間はすべて通訳の勉強に充てる覚悟でいれば、トップグループに居続けることはそれほど難しいことではない。競輪学校は「入学後一年経ってもデビューできなければさようなら」という世界だと聞いたが、その感覚で勉強した。できない言い訳は一つずつ排除し、時間を食う趣味もやめた。

当初の予定より半年早くデビューを迎えることになり、2014年3月に初仕事のチャンスが巡ってきた。その次の仕事は真夏のそれも屋外、2週間のあいだお客さんと同じ宿舎で生活し、トイレは仮設トイレという条件の仕事だったが、内容は機械系の通訳だったので、建設設備会社出身だった自分には「はまった」仕事だった。この年の通訳年収は実質半年で270万円で、企業に勤務していた頃の年収と比較すると大幅ダウンだが、「これならいける」という手ごたえを感じる額でもあった。
 その後、半年にわたり同じ仕事のプロジェクトから断続的に通訳の依頼を受注することができた。一見順調だったが、プロジェクトが終わると年収は下がるし、建設設備系の分野では強くても、会議、商談系の通訳としてはまだまだこれからという時期が続いた。
 2015年3月に通訳学校を修了。自分の存在を知ってもらい、世に出るにはどうしたらいいか。できることはすべてやらなければいけない、という気持ちで動いた。誰でも最初は底辺から。仕事の伝手、ルートがあるなら使う。同業仲間を作っておく。エージェントや顧客に思い出してもらえるようになれば仕事が来る。そのために、使い勝手の良い通訳者になろうと決意した。質問が来れば即回答、何でも受託、「資料まだですか」を言わない。仕事が入ったらエージェントには現場の状況を少し知らせてあげる、新しい担当者にはお菓子を持って挨拶に行く。一年後には担当できる分野の幅が広がり、収入の谷がなくなった。
 これからフリーランスをめざす人は、まずは周囲の人に適性を聞いてみるとよい。できれば今の勤務先と、これから自分の行こうとしているフィールドにいる人を含め、いろんな人に聞くことを勧める。一方で、専門職だけに適性に対する思い込みが強い人を見かけるが、適性が自分にぴったりの仕事というのはありそうで意外と少ないもの。職業の一つとして、「とりあえず今日もできている」と思えるならもっとやってみていいのでは。
 また、自分の適性を見極めてもいきなりフリーランスになることはお勧めしない。社内通訳者なら身分が安定しているし、職場に行けば仕事がある状態を確保できるので入口としてみてはどうか。ただし社内通訳者はその企業の機能、ファンクションとして在籍しており、キャリアアップ養成人材という目では見られない。「誰かが抜けたから自分が入る。自分もいつかは抜ける」という心づもりで働いたほうが良い。
 通訳学校はまだプロにはなれないレベルでも通訳をさせてもらえる上に、講師のコメントまでもらえる貴重な場である。自分の訳が添削される場ではなく、自分の作品を客の代わりに見てくれる場だととらえてみてほしい。どの学校でも大差はないと思うので、あとは自分の肌に合うかで選ぶのが良いと思う。通訳経験のある学生はレスポンスがよく、始めと終わりがはっきりしている点で強みがあると感じる。
 入学レベルチェックの結果、入門クラスや基礎準備クラスに入るよう言われたら両言語の実力が足りていないということである。外国語の運用能力でつまずいている人が多い。外国語を読んだときにその出来のよしあしがわからなかったり、さっと訳出ができなかったりする人が多い。それなりの外国語能力があれば主流コースから始められる。通訳訓練で語学力アップを目指すのは、足元のゴキブリを退治しつつ頭上のハエを追い払おうとしているようなもので、効率が悪い。TOEIC950点と990点の間には大きな差がある。「英検1級は受かって当たり前、TOEICはほぼ満点で当たり前」がスタート地点である。危なげのないメールを書けている、その日の新聞記事の解説がさっと出てくる。相手にストレスなく話せているなと自分で感じたら入学を検討してはどうか。
 そして、「考えたら動け」。根性、決意で結果は出ず、結果が出るのは行動を起こしたときだけである。実際に体験してみなければ分からないことばかりの世界だ。初めのうちは「どうしよう、とうとう仕事の依頼が来てしまった」と不安になるかもしれないが、「今日もここにいるお客さんのために良い訳を出そう」と気持ちを切り替えられれば、意識の矢印が自分から相手に向かう。やっていくうちに、どれぐらいのサービスをいくらぐらいで買ってくれるかというマーケティングセンスもついてくる。
 自分のニーズと違う仕事でも、相手に合わせてまずはやってみてほしい。「今日は通訳の仕事がキャンセルになったけど、代わりにこの翻訳をやっておいて」と言われたら、こだわらずにやってみてほしい。依頼されたその翻訳が、翌日通訳するスライドだったりすることだってある。繰り返しになるが、できることはすべてやらなくてはいけないのである。