1-D なぜ私たちはこんなに忙しく大変なのか?- 日本と日本語の特性 -

2018/01/19

パネリスト:

森 みゆき Mori Miyuki

Women in Localization Japan 日本支部マネージャー
米国及び日本のIT企業でオペレーションマネージャー、プロセスリエンジニアリング、マーケティング等を経験。米AT&T、米シスコなどの組織で、海外の製品を日本に導入し浸透させる事に注力してきた。2017年からWomen in Localizationの日本支部マネージャーとして、会員80名の組織を統括する。趣味は自転車と食。

上田 有佳子 Ueda Yukako

ネットアップ(株)グローバリゼーション チーム リード。国内IT企業勤務、フリーランス翻訳者、国内外のLSP勤務などを経て、2011年にネットアップ株式会社に入社。15か国のメンバーで構成されるコンテンツ マネジメント チームのマネジメントに従事。各国オフィスのローカリゼーション ニーズの管理、製品ローカライズのプロセス改善、品質管理を行う。2015年にWomen in Localizationの日本支部を立ち上げた。3人の子の母でもある。

澤村 雅以 Sawamura Mai

SDLジャパン(株)RVP PMO APAC。1997年ITPにDTP Operatorとして入社、2000年にSDLへ合併後 DTP ManagerからProject Managementへコンバートされる。Multi-Language Service Division Directorを経て現在はAPACのProject Management オフィスのRegionalディレクションに従事(イベント開催時)。好きな言葉は「餅は餅屋」

千葉 容子 Chiba Yoko

(株)十印 ディレクター。1997年にローカリゼーション業界に足を踏み入れ、20年にわたり外資系、国内系のLSPにてプロジェクト・マネージャーとして従事。2006年株式会社十印入社。2016年同社取締役就任。「関わる方すべてがお客さま」をモットーに、「言葉」を使うすべての人々に利益と幸せがもたらされるような世界にしたいとの野望を掲げ日々奮闘中。


モデレーター:

伊藤 彰彦 Ito Akihiko

(株)十印 海外事業部本部長。1996年にデルコンピュータを退社後、翻訳業界の様々な役職を経て2006年に十印に入社。ローカリゼーションコンサルタント。米国在住。ローカリゼーション業界の活動に力を入れており、2007年にはGALAの会長を務める。MultiLingual MagazineのEditorial Board MemberおよびTAUS Representativeを兼任。
 
報告者:上田 毅木(株式会社テクノ・プロ・ジャパン)
 



Women in Translationでは今、「なぜ私たちはこんなに忙しく大変なのか」というテーマの下、その原因を探るだけにとどまらず、解決策をクライアント、翻訳会社(以下「LSP」)、翻訳者に向けて提言する活動を行っている。本セッションはその一環である。伊藤氏はLSP海外拠点の営業担当、上田氏は発注企業のローカライズ担当、千葉氏と澤村氏はLSPのPMやDTP担当等の視点から、会場からも意見をもらいながら、翻訳に携わるすべての日本人にとって新たな発見と希望が得られる忌憚ないディスカッションが繰り広げられた。なお、登壇予定だったWLの現チャプター マネージャーである森氏は残念ながら体調不良のため欠席された。

Women in Localizationの概要と現在の取り組み

伊藤:まず、Women in Localization(WL)の紹介を。
上田:WLは翻訳に携わる女性を主なメンバーとする組織で、米国に本部がある。私の上司でWL創始者のAnna Schlegelから頼まれ、私が2015年3月にジャパン チャプターを立ち上げた。当初は15人くらいで、機械翻訳のエキスパートを招いて話を聞く場としてスタート。現在は約100人に達し、3カ月に一度、食事をしながら、自分たちが興味のある分野のエキスパートから新しい知識を吸収している。参加費は実費のみ。興味があれば、皆さんもぜひご参加を。
千葉:私がWLに参加したのも2015年。WLのテーマは当初の機械翻訳から移り、現在は「なぜこんなに忙しいのか」がメイン。英日翻訳の場合、他の言語ではサクッといっていることが日本語ではなかなかうまくいかない。それで大変に。侃々諤々していく中で、日本語と日本人の特性に焦点が当たった。
澤村:それに端を発して、今年6月にWLイベントでパネル ディスカッションを行い、11月にはシリコンバレーで開催されたLocWorld(世界中の翻訳業界人が一堂に会するイベント)で発信した。さらに、今日のセッションを経て、来年4月にはLocWorld Tokyoで集大成として発表する予定だ。今日は皆さんにその取り組みを紹介するとともに、最終発表に向けて一緒に考えたい。

なぜ私たちはこんなに忙しく大変なのか?

伊藤:スライドには「なぜ私たちはこんなに忙しく大変なのか」というテーマに対して挙げられた現状や要因が表示されている。1つずつ掘り下げたい。
 まず、「Don't do 100% match review.」について。
澤村:海外にあるクライアント本社と多言語LSPは「100%マッチはレビュー対象外」でグローバルに合意するが、それだと日本で成果物を使う人にとっては品質が悪くなる。日本語では文脈に応じて100%マッチも変える必要があるからだ。だが、DTPを終えた成果物に赤を入れられると手戻りが発生して大変になる。「100%マッチ レビューはしない」は日本語でも通用するのか。会場にいる翻訳者の方はどう感じているか。
会場:原稿で1文のものがTradosファイルで複数のセグメントに分割されていると、日本語の語順の関係で100%マッチの訳文を使えないことがけっこうある。
上田:クライアント内のローカライズ部門の視点では、本社に100%マッチ レビューが必要であることを説明するのが大変。具体例を挙げ、全体の何%で問題が発生し、負荷はどれくらいかを数字で示す説明資料を作成している。これはスライドにある「レビューを入れたがる日本人」にも通ずる。LSPがレビューしたものに、日本オフィスで翻訳物を使用したり顧客に渡したりする部門が品質にこだわってレビューを入れたがる。

伊藤:「日本人はコミュニケーションが取りにくい」については。
千葉:メールでも口頭でも行間を読んでほしがる傾向が日本人には強い。原稿に赤を入れて、その意図をくみ取って全体に反映してほしいなど、ゴールを明示しない。それで後工程の手間が増え、大変になる。
澤村:LocWorldでも「どうすれば日本人とコミュニケーションをうまくとれるか」と聞かれた。海外だと「言わないほうが悪い」のだが、日本では「察するのが美徳」。料金に不満があっても黙ってする翻訳者が重用される。ゴール設定やサービス レベル アグリーメントをかわさないまま仕事を進めるが、互いに違うことを考えていることも多々あり、後で自分たちの首を絞める。海外が相手だと「言わないからうまく進んでいると思った」となる。齟齬が生じると訴えられるので声を上げるのが普通。
上田:翻訳者としては、割が合わないからクエリはあげないなど、単価に見合う範囲で作業することになり、LSPやクライアントで手戻りが発生し、全体がダメ スパイラルに陥る。

伊藤:「自分のスタイルを崩したくない」についてはどうか。
千葉:新しいツールやプロセスはうまく活用すべきだが、日本は抵抗する人が多い。実体験として中国では積極的に活用されて改善されていくのに、同じツールが日本ではなかなか浸透しなかったことがある。
伊藤:確かに、海外オフィスの日本人は普通に使っているのに日本オフィスでは「日本語には合わない」という反応が返ってくることも。同じことが機械翻訳(MT)に対してもある。海外では導入率が非常に高く、日本語にもMTがどんどん使われている。日本でも「使えるかどうか」ではなく「どう使うか」を議論しないと、5年後には海外に仕事を全部持って行かれる可能性がある。
澤村:人間は人間にしかできない翻訳に特化すべき。マーケティングやトランスクリエーションなど。MTを組み上げる仕事やプログラミングも人間にしかできない。
上田:クエリをあげる必要のある案件もそうだ。クエリの手間を惜しむとMTに仕事を取られる。
千葉:要するにドキュメントの用途を意識すべき。マーケであっても情報だけわかればよい場合はMTでも十分。誰のため何のために翻訳するかを考えなければいけない。

私たちにできること

伊藤:では、どのような解決策が考えられるか。まず、クライアントは。
上田:WLとして、LocWorldシリコンバレーで英語圏の業界人に対して日本語の特性について訴えた。JTF作成の日本語用スタイル ガイドも紹介した。その必要性をわかっている人が少ない。LocWorld Tokyoでも引き続き発信する。
千葉:シリコンバレーでは翻訳メモリの仕組みや経済効果の大きさを伝え、それを活かせる原稿作りをとも訴えた。ローカライズ前提の原稿を作ることで、コストや納期でメリットがあると。
澤村:日本で翻訳に携わる人が誰でも使える英語圏向けの説明資料をWLで作る予定だ。「日本語にローカライズするうえで、どのようなことが必要なのか」を定義し、クライアントや本社に渡せるように作って公開する。

伊藤:LSPと翻訳者はどうか。
澤村:最初に「目指す品質」について明確に合意すべき。たとえば、翻訳者は最初に原文に目を通したときに不明点が5個あったらこの単価ではできないと答えるなど。
千葉:クライアントに対しては、LSPの営業が「いつもの案件」で済ませず中身を確認し、難易度や品質について合意すべき。100%マッチについてもレビューの要不要をコンテンツの用途を考慮して確認する。
伊藤:100%マッチを流用しやすい原稿であればコストを削減できるし、そうでない原稿ならその分の料金を上乗せするというお金の話も必要。問題があって作業が増える場合は、これくらいの時間とコストがかかると提示し、それを任せてくれるのか社内でするのかを判断してもらう。
千葉:クライアントやLSPのPMより翻訳者のほうが原稿をよく見ているので、おとなしい日本人の殻を破って情報を上げれば喜ばれる。チームワークを重視したエコシステムが必要。
上田:クライアントが社内レビューを入れる理由は「あがってくる翻訳の品質が信用できないから」。であれば、翻訳者の時点で品質の良いものが作れる仕組みを築く。翻訳者にマーケ担当者と同じだけの知識やpreferenceを共有したり、一定期間オンサイトで働けるようにするなど。
澤村:口頭でのコミュニケーションが苦手であれば、メールで会話させてくださいと思い切って言うのもありだ。
会場:今日話された問題は日本語特有のもので、他言語では生じていないのか。
千葉:どこでも起こっているものもあるが、それはグローバルに取り上げられる。各国に固有の問題は、日本以外は積極的に声を上げている。
澤村:WLでは日本語特有の問題にフォーカスして、発信していきたい。
上田:日本語は美しい言葉なので、こだわるところはこだわりたい。しかし、こだわりすぎて日本は世界から取り残されている側面もある。市場規模の違いから予算が中国に持って行かれつつあり、このままでは翻訳案件が減ってしまう。各立場が取り組み方について今一度見直すべき時だ。

Women in Localization:http://womeninlocalization.com/
日本支部問合せ:women.in.localization.jp@gmail.com