海外論文紹介 インタビューの翻訳:終助詞の使い方で変わる話者のイメージ操作

2014/05/09

海外論文紹介

高取由紀 
“More Japanese than the Japanese :
         Translations of Interviews with Foreigners”

                      
 
インタビューの翻訳 : 終助詞の使い方で変わる話者のイメージ操作
                          JTF理事 佐藤晶子
 


はじめに
ソチオリンピック終了1か月後に行われたフィギュアスケート世界選手権で、男子はオリンピック金メダリストの羽生結弦が逆転優勝した。[1]女子はショートプログラムで2010年に出したキム・ヨナの記録を書き換える世界最高点を獲得した浅田真央が、フリーの演技でも高得点をあげ、3度目の世界選手権優勝を手にした。[2]大会優勝者に対してはインタビューが行われ、人々は新聞やインターネットで配信されるニュースのスポーツ欄に掲載された多くのインタビュー記事を読むことができる。
本稿では、日本のメディアで外国人選手らに対するインタビューを翻訳する際にイメージ操作が行われていると指摘する、近々アメリカのPerspectives: Studies in Translatologyという雑誌に出版予定の高取由紀氏の論文を紹介する。合わせて、日本のメディアで配信されるインタビューの翻訳で外国人選手のイメージ操作が行われているのか、行われているならどう行われているか、インタビュー記事などを担当する翻訳者は今後どう対応するかについて考える。
 
1. 日本語の終助詞が与える印象
米国の大学で日本語を教授し、東京裁判等の日米関係史にも詳しい言語学者の高取由紀氏は、日本のメディアの外国人選手に対するインタビュー記事における会話の訳し方、特に終助詞の決定によって記事におけるアスリートの印象が大きく変わることに注目している。終助詞とは、文や句の終わりに用い、疑問・禁止・詠嘆・感動などの意を表す助詞であり、「か(疑問)」「な(禁止)」「ぞ」「ぜ」「さ」「ね」「わ」などの品詞を言う。[3]
現代日本語には会話における男女の言語差はほとんどない。ところが、外国人による会話の日本語訳にはそれが強調されており、特にスポーツ記事に著しい。同氏はさらに、この慣習は、外国人をアニメのキャラクターまたはアクション・フィギュアのように扱うのと同然であると批判している。[4]

2. 終助詞を使い分ける翻訳が意図的に生み出す乖離
同氏は、東京学芸大学教授谷部弘子氏がその論文の中で引用した1996年8月の「インタビュー 無神経な翻訳」と題された投書における指摘を取り上げている。[5]1996年、アトランタオリンピック陸上100メートルの金メダリスト、ジャマイカ出身のドノバン・ベイリー選手に対するテレビインタビューのテロップで以下のような訳文が流れた。テロップはベイリーの会話を正確に表していないという指摘である。この翻訳テロップに対し、高取氏は以下のような英訳(back translation)を施している。(ベイリー選手:べ、翻訳テロップ:翻、高取氏が英訳した翻訳テロップ:高)
 
 べ: If you work hard, you will get results.
 翻: 努力をすれば、結果はついてくるんだ
 高: Work your ass off, you’re gonna kick some serious butt!
 
 ベ: My goal is to run as fast as I can. I would like to run a perfect race.
 翻: 目標はできるだけはやく走ること。完璧なレースをしたいと思う
 高:  just wanna run fast, period. I’m gonna run a perfect rave, end of story, know what I’m sayin’?[6]
 
 高取氏は、原話者の英語と翻訳の間に心情的な乖離があると指摘している。通訳者なら当人と直接会い、横にいて訳すことからこうした心情的な乖離現象は比較的少ないが、原話者に直接会わず、テキストから訳文を作成する翻訳の現場において、終助詞を翻訳者が作り上げたイメージに合わせて巧妙に追加することにより、こうした乖離現象が起きると分析している。[7]
 
3. 終助詞による過剰な性差表現
同氏はまた、棒高跳びの世界記録保持者であるエレナ・イシンバエワ選手に対するインタビューの新聞記事の翻訳を考察している。(新聞記事の翻訳:翻、高取氏が英訳した翻訳されたイシンバエワ選手の会話:高)
  
 翻: 最後は有名な歌手とか女優の気分だったわ。 (朝日新聞)
 高: In the end, I felt something like a famous singer or actress.
 
  翻: 有名な歌手や女優になった気持ちだった。(読売新聞)    
 高: I felt like I became something like a famous singer or actress.
   
 
 翻: 次の目標はロンドンね。 (朝日新聞)
 高: The next goal is London.
 
  翻: 次のゴールはロンドン五輪。 (読売新聞)
 高: The next goal is the London Olympics.[8]
 
高取氏は上記のように、文末に終助詞を付けた語彙を選ぶことにより性差をより強調した朝日新聞社と中性的な表現を採用した読売新聞の記事を並べ、比較している。同氏は、この差は翻訳者の性に対する先入観の違いであると指摘している。また同氏は、北京オリンピック陸上男子100メートル、200メートル、400メートルリレーで金メダリストとなり「世界最速の男」と言われたウサイン・ボルトのNHKテレビ番組のインタビューで流れたテロップで、ボルト自身を「オレ」と翻訳された放送を指摘した太田氏の論稿に触れている。[9]
翻訳者の恣意的な操作によって性差が露骨に表現された話者のイメージが出来上がる。この性差の違いを極端に強調することで原話者である外国人選手のイメージをアニメキャラクターのような存在に作り変えてしまう。つまり、成熟した人間ではなく、語彙の少ない子どものような扱いをしているのではないかと、同氏は危機感を抱いてもいる。[10]翻訳者はこうした恣意的な操作について慎重になるべきである。
 
4. 気になる主語の置き換え
本項では、外国人選手のインタビュー記事の翻訳における、終助詞以外で原話者を子ども扱いする表現、年齢不相応の表現についても触れる。最近、以下の記事が目についた。イングランドのサッカーチーム、チェルシーの主将を務めるジョン・テリー選手の去就について日刊スポーツと英国のスポーツニュースサイトが次のように報じている。(翻:日刊スポーツ記事タイトル、News: Mail Online 記事タイトル)
 
 翻: ジョン・テリー「僕の時代は終わった」(日刊スポーツ)[11]
  News:  Terry: My England days are gone... things have changed and I've moved on (Mail Online)[12]
 
紙面の都合もあるだろうが、日刊スポーツの翻訳は後進に道を譲る発言をしたイングランドのサッカーチームの主将を自ら「僕」と呼ばせ、他の会話を割愛して短いヘッドラインでまとめている。「僕」を「私」に変えたほうがジョン・テリーの年齢相応(33歳)の発言になると感じたのは筆者がサッカーやジョン・テリー選手をよく知らないからであろうか。[13] 
広辞苑によると「僕」は「成人前の男性が同等以下の相手に対して使う」名詞である。この定義によれば、「僕」と掲載した不特定多数の読者を対象とした記事は、極端な話ではあるが、(何等かの理由で成人前と想定する)33歳のジョン・テリーが成人前(と想定した)の読者に対しある種の「上からの目線」で会話していることになる。[14]
 
まとめ
 高取氏は、同氏の論文でメディアに取り上げられる外国人アスリートらのインタビューが日本でどのように翻訳されてきたか、先行研究者の批判を含め紹介している。日本語の終助詞を中心とした翻訳の意図的な性差表現、外国人選手の印象について翻訳が関わる重要性について、同氏は通訳者とは異なり、原話者に直接関わることがない翻訳者による原話者のイメージ操作は過剰に行ってはならないと警告している。
 主に「終助詞」という言語学的観点から検討した高取氏の指摘を重く受け止め、翻訳に携わる者として性差を含めた過剰なイメージ操作にならぬよう、十分に配慮するべきである。と同時に、翻訳者の役割とは何かを考えざるを得ない。  
しかし、読者の気持ちに寄り添いながら翻訳成果物を提供する側として同氏の指摘に反論もするべきであろう。読者に近いのは誰か。本当に翻訳者がイメージ操作をするのか。メディアの編集者がメディアの方針としてその一端を担っているのではないか。外資系通信社の記事を翻訳した経験がある筆者は、翻訳者よりも、むしろ編集担当者による記事全体のイメージ決定権が大きいのではないかと考える。こうした問いかけを今一度発し、不特定読者を想定し、読者の側に立ちながら、インタビューされる原話者の心情や現状に沿った誠意ある翻訳を提供することも翻訳者としての役割であると拝察する。
 
参考文献(ページ数は脚注に記載)
Craig Hope, "Terry: My England Days Are Gone... Things Have Changed and I've Moved on," Mail Online, March 08, 2014, section goes here, accessed March 31, 2014, http://www.dailymail.co.uk/sport/football/article-2576401/John-Terry-My-England-days-gone-things-changed-Ive-moved-on.html.
堀川貴弘「イシンバエワ世界新」『朝日新聞』2008年8月19日(朝日新聞社, 2008年)
中村桃子『「性」と日本語』(日本放送協会, 2007年)
NHK.「羽生結弦が世界選手権初優勝」『NHK NEWS WEB』 (NHK, 2014年3月28日), (2014年3月31日アクセス) http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140328/k10013334101000.html.
新村出編『広辞苑』第6版(岩波書店, 2008年)
日刊スポーツ新聞社「ジョン・テリー[僕の時代は終わった]」『nikkansports.com』(日刊スポーツ新聞社, 2014年3月10日), (2014年3月31日アクセス) http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/f-sc-tp3-20140310-1268289.html.
日本経済新聞社「浅田真央が優勝 世界フィギュア、自己ベスト更新」『日本経済新聞』(日本経済新聞社, 2014年3月29日), (2014年3月31日アクセス) http://www.nikkei.com/article/DGXNASDH2904H_Z20C14A3000000/.
大野展誠「[北京五輪]第11日陸上女子棒高跳び:イシンバエワが世界新で連覇」『読売新聞』2008年8月19日 (読売新聞社, 2008年)
太田眞希恵「ウサイン・ボルトの“I”はなぜ[オレ]と訳されるのか」『放送研究と調査』 (放送文化研究所, 2009年3月), (2014年3月31日アクセス) http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2009_03/090305.pdf.
Takatori, Yuki (2014) “More Japanese than the Japanese: Translations of Interviews with Foreigners.” Perspectives: Studies in Translatology (Accepted for publication).
谷部弘子「新聞報道の外国人談話に見る男女差:文体と終助詞使用の関係を中心に」『ことば』 (17), (現代日本語研究会, 1996年)
 
 
その他の参考文献
因京子「談話ストラテジーとしてのジェンダー標示形式」」『日本語とジェンダー』佐々木瑞枝監修日本語ジェンダー学会編 (株式会社ひつじ書房, 2006年)53-72.
小林千草「女は文末に何をこめる?」『女ことばはどこへ消えたか?』(光文社新書, 2007年)42-103.
水本光美「テレビドラマと実社会における女性文末詞使用のずれにみるジェンダーフィルター」『日本語とジェンダー』佐々木瑞枝監修日本語ジェンダー学会編 (株式会社ひつじ書房, 2006年)73-94.
中村桃子「第7章天皇制国家の伝統となった[女ことば]:植民地支配の正当化」『「女ことば」はつくられる(株式会社ひつじ書房, 2007年)204-221.
任利『「女ことば」は女が使うのかしら?:ことばにみる性差の様相』(株式会社ひつじ書房, 2009年)51-74.
宇佐美まゆみ「第11章[ね]のコミュニケーション機能とディスコース・ポライトネス」『女性のことば・職場編』松本功, 現代日本語研究会編(ひつじ書房,1997年)241-268.

 
 
[1] NHK.「羽生結弦が世界選手権初優勝」『NHK NEWS WEB』(NHK, 2014年3月28日), (2014年3月31日アクセス)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140328/k10013334101000.html.
[2] 日本経済新聞社「浅田真央が優勝 世界フィギュア、自己ベスト更新」『日本経済新聞』(日本経済新聞社, 2014年3月29日), (2014年3月31日アクセス) http://www.nikkei.com/article/DGXNASDH2904H_Z20C14A3000000/.
[3] 新村出編「終助詞」『広辞苑』第6版(岩波書店, 2008年)
[4] Takatori, Yuki (2014) “More Japanese than the Japanese: Translations of Interviews with Foreigners.”Perspectives: Studies in Translatology (Accepted for publication). 15-19.;
[5] Takatori, Yuki (2014). 3-4.;谷部弘子「新聞報道の外国人談話に見る男女差:文体と終助詞使用の関係を中心に」『ことば』 (17), (現代日本語研究会, 1996年), 58. 
[6] Takatori, Yuki (2014). 3-4.; 谷部弘子(1996年) 58-72.
[7] Takatori, Yuki (2014). 15-18.; 筆者は、インタビューで翻訳対象となる外国人選手等の話者を「原話者」と表記する。
[8] Ibid.16.; 堀川貴弘「イシンバエワ世界新」『朝日新聞』2008年8月19日(朝日新聞社, 2008年), 大野展誠「[北京五輪]第11日陸上女子棒高跳び:イシンバエワが世界新で連覇」『読売新聞』2008年8月19日 (読売新聞社, 2008年)
[9] Ibid.5.; 太田眞希恵「ウサイン・ボルトの“I”はなぜ[オレ]と訳されるのか」『放送研究と調査』 (放送文化研究所, 2009年3月), (2014年3月31日アクセス) http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2009_03/090305.pdf.
[10] Takatori, Yuki (2014). 15-18.
[11] 日刊スポーツ新聞社「ジョン・テリー[僕の時代は終わった]」『nikkansports.com』(日刊スポーツ新聞社, 2014年3月10日), (2014年3月31日アクセス) http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/f-sc-tp3-20140310-1268289.html
[12] Craig Hope, "Terry: My England Days Are Gone... Things Have Changed and I've Moved on," Mail Online, March 08, 2014, section goes here, accessed March 31, 2014, http://www.dailymail.co.uk/sport/football/article-2576401/John-Terry-My-England-days-gone-things-changed-Ive-moved-on.html.
[13] 中村桃子『「性」と日本語』(日本放送協会, 2007年).59.;興味深いのは中村氏によると、「僕」は「(男の)標準語」である。それに対し「オレ」は「男ことば」である。「翻訳がつくるアイデンティティ」として、翻訳小説における性差に関し翻訳の役割の重要性を指摘している。
[14] 新村出編「僕」『広辞苑』第6版(岩波書店, 2008年)